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4. 底辺からの出発

 皆が寝静まる深夜、俺はベッドで目が覚めた。月の光がすすけた窓から差し込み、薄暗い部屋を青白く照らしている。


「え? あれ?」


 俺は呆然ぼうぜんとする。記憶によれば、俺はこぢんまりとした孤児院で暮らす十歳の少年、ユータ……だが……。


 むっくりと体を起こし、周りを見回す。目に映るのは、所狭しと並ぶ三段ベッド。右も左も、孤児たちの寝息が響く。これは見慣れた風景……。だが、激しい違和感がむくむくと湧き上がってくる。


「いやいやいや、何だこれは?」


 混乱した俺は目をつぶり、必死に記憶を呼び覚ます。すると、まるでせきを切ったように、前世の記憶があふれ出してくる。


 日本でのニート生活。そして、死ぬ間際までやっていたあの豪華なグラフィックだったMMORPGの攻略方法。特殊な薬草集めて金貯めて、装備を整えてダンジョン行くのが最高効率ルート。途中、バグ技使って経験値倍増させるのがコツだった。これらの記憶は、妄想なんかじゃない。


 俺はベッドに腰掛け、周りを見る。隣のベッドで幸せそうにすやすやと眠る少年。そう、親友のアルだ。その無邪気な寝顔に、俺は思わずほっとする。


 俺は日本人……でも、異世界の孤児でもある――――。


 つまり……俺はこの少年に無事転生したってこと……なんだろう。


「や、やった! 二回目の人生だ、今度の人生は上手くやってやるぞ!」


 ようやく実感がわいてきてグッとガッツポーズを決めた。


 しかし――――。


 孤児――――?


 俺はガックリしてベッドに転がった。


 女神様ももうちょっと気を使ってくれてもいいのに。貴族の息子の設定とかでもよかったんだよ? 俺はあの先輩に似た女神様を思い出し、ふぅっとため息をつく。


 なんともハードなスタートだよ。


 俺は大きくため息をついた。


 えーっと……。何か特典を貰っていたな……。確か……『鑑定』、そうだ! 鑑定スキル持ちなはずだぞ。


 だが、どうやるかまで聞いてなかった。


 くぅぅぅぅ……。


 俺は思わず頭をかかえる。


 俺はアルに向かって、小さな声で呟いた。


「鑑定……」


 だが……何も変わらない。


 おいおい、女神様……。チュートリアルくらい無いのかよ……。俺はちょっと気が遠くなった。ゲームでは指さしてクリックだったが……クリックってどこを?


 試しにアルを指さしてみたが、そんなので出てくるはずがない。俺は途方に暮れ、大きく息を吐き、月明かりの中幸せそうに寝てるアルをボーっと見つめた。


 鼻水の跡がそのまま残る汚い顔、何かむにゃむにゃ言っている。一体どんな夢を見ているのだろうか……。まさか親友が異世界転生の二十代のゲーマーだとは思ってもみなかっただろう。


 アルが鑑定出来たらどんなデータが出るのかな……レベルとか出るのかな……。


 そう考えた瞬間だった。


 ピロン!


 頭の中で音が鳴り、いきなり空中にウィンドウが開いたのだ。


「キターー!!」


 俺は思わずガッツポーズ。女神様は約束通りチートスキルを恵んでくれていたのだ。


 どうも心の中で対象のステータスを意識すると自動的に『鑑定ウィンドウ』が開く仕様になっているらしい。


 この瞬間、俺の新しい人生が本当の意味で始まったのだ。鑑定スキルを武器に、この厳しい世界で生き抜いていく。そう、たとえ孤児という厳しいスタートであっても、前世の記憶とこのチート能力を駆使して、栄光の道を切り開いてやるのだ。



       ◇



 さてと――――。


 俺はワクワクしながら、鑑定ウィンドウの中を覗き込んだ。


アル 孤児院の少年

剣士 レベル1


 他にもHP、MP、強さ、攻撃力、バイタリティ、防御力、知力、魔力……と並んでいる。数値の意味までは分からないが、どれも大切そうだ。特にHPは要注意だな。ゼロになったら、きっと……。俺は思わずゴクリと息をのんだ。


「よし、次は俺だ!」


 自分を鑑定するにはどうしたらいいか……。しばし考えた後、思い切って叫んでみた。


「ステータス!」


 すると、まるで魔法のように空中にウィンドウが開き、俺のステータスが現れた。


「やったぁ!」


 喜び勇んで中を見ると……。


ユータ 時空を超えし者

商人 レベル1


 しょ、商人だって!?


「えぇっ!? マジかよーー!」


 思わず宙を仰いだ。


 何だよ、女神様……。そこは勇者とかじゃないのかよ! せめてアルみたいに剣士にしておいて欲しかった……。


 明らかに異世界向きじゃないハズレ職に俺は意気消沈する。ため息が出そうになるのをこらえながら、俺は周りの仲間たちも次々と鑑定してみた。


 だが、皆【村人】だの【遊び人】だの平凡なジョブばかり。特殊な職業は見当たらなかった。むしろ【商人】はマトモな部類だった。


 ふぅ……。


 月明かりの中大きく息をつく。


 さて、俺はこの世界で何を目指せばいい? 商人じゃ派手な冒険は無理だ。となると、金儲け特化型プレイ? うーん、どうやったらいいんだ?


 俺は頭を抱えて考え込んだ。ゲームの時はどうやって稼いでいたんだっけ――――?


 そうか! 鑑定スキルを使えば、レアアイテムや隠された宝を見つけられるかもしれない。それを売買すれば……!


 グッとイメージが湧いてきた。商人として成功の道が、少しずつ見えてきたのだ。


「よし、決めた! 明日から、なんでも全部鑑定してみよう。隠された真実が分かるかもしれないぞ」


 俺はベッドに横たわり、薄い毛布にくるまった。冷たい夜風が窓から忍び込んでくる。だが、俺の心は温かかった。


 明日から俺は転生商人だぞ。うっしっし……。


 ワクワクした気持ちを胸に、俺は静かに目を閉じた。夢の中では、きっと俺は大商人になっているだろう。そして、この孤児院の仲間たちを幸せにする方法を見つけているはずだ。


 月の光が俺の顔を優しく照らす中、新たな冒険への期待に胸を膨らませながら、俺の意識はゆっくりと薄らいでいった。



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