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第12話 祭りが終わって

「今日のライブ、すごく楽しかったわ」


 閉幕後、クロージング作業を終えた俺は一色と合流して歓楽街を歩いていた。

 一色に一時間ほど喫茶店で待ってもらってまで合流したのはライブの感想を聞きたかったのと、以前のように危ない目に遭わないようバス停まで送り届けたかったからだ。


 歩きながら「あのバンドは良かった」「こっちはイマイチだった」と感想を言い合った。


「ギャラスコもすごく良かったわ」


「そう?」


「えぇ。今日出た中で一番好きだったわ」


「本当!?」


 一番欲しかった感想に胸が踊る。


「一色が気に入ってくれて嬉しいよ! 実は俺、あの人達目当てでミルキーウェイに行って、それからバイト始めたんだ」


 一色は目を丸くして驚く。

 無理もない。店に通うならともかく働き始めるのは自分でもどうかと思った。だが少しでも近づきたい欲求に抗えず、ダメもとで面接をお願いして運良く採用されたのだ。


「どうしてそんなに好きなの?」


 当然の疑問を口にする。ギャラスコは多少ファンがついているが無名のインディーズバンドだ。そこまで入れ込むのは理解できないだろう。


 その理由を話すのはすごく恥ずかしい。でもライブ後の高揚感が口を軽くさせた。

 それに、一色なら分かってくれる気がした。


「実は俺、四月の間ずっと不登校だったんだ」


「そうなの? 全然そうは見えないわ」


「受験に失敗して滑り止めの蘭陵に来たけど、不合格なのが悔しかったし、知り合いに知り合いと顔を合わせるのが恥ずかしくてさ」


 それだけじゃない。身内への高慢さも挫折への落差を生んだ。

 高校受験の直前に国有地を巡る問題をすっぱ抜かれて大隈家の生活はてんやわんやの大騒ぎだった。

 その最中、俺は必死に受験勉強に勤しんだ。そうすることで雑音から遮断される気がしたし、合格すればみっともない大人達とは違う次元に行ける気がしたのだ。

 しかし結果はまさかの不合格。非情なまでの知らせは俺の自信を粉々に打ち砕き、深く挫折させた。


「不登校の間は何もやる気が起こらなくて、ずっとベッドで横になってた。見たくもない動画見て、飽きたら表をほっつき歩いて時間を浪費してた。あの時は何をするのも億劫で、なんで生きてるんだろうって本気で考えたりした」


「そんな時にTOKIに出会った?」


「あたり! 駅前で路上ライブやってて、その時聞いた歌が妙に刺さったんだ」


「それが最後の曲なのね」


「うん、『桜が散っても』。不合格の現実は変わらないけど、新しい環境で別の幸せを探してみようって思えて立ち直れたんだ」


 それからミルキーウェイを訪れ、アルバイトを申し込み、親を説得して働き出し、ついでに学校に通うことになった。

 思い返すとギャラスコとの出会いはただ立ち直るきっかけを得ただけでなく、世界を広げてくれた。

 自覚するとますますギャラスコが好きになったのだった。


「だから泣いちゃったのね」


「やっぱ見られたか。実はあの曲、生で聞いたのはそれっきりで、ついあの時のことを思い出しちゃったんだ……」


「恥ずかしがることないわ。人生のターニングポイントになった歌があるなんて、素敵よ」


 一色はバカにすることなくむしろ肯定してくれた。

 半ば勢いで話した過去だけど、打ち明けて良かった。


 同時にある推測が確信に近づく。


 俺と一色は似てるかもしれない。


 色眼鏡で人から見られること。それを窮屈に思ってること。心の安らぐ場所を求めていたこと。ギャラスコを好きと言ってくれたこと。


 探せばもっとあるかもしれない。

 一色のこと、もっとたくさん知りたいな。


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