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第10話 バンギャ姫とライブハウス

 それから数日過ぎ、迎えた土曜日。


 今日はライブハウス『ミルキーウェイ』のライブの日で、俺はスタッフとしてシフトに入っていた。


 午後十七時半。開場すると外階段から地下一階のホールにお客さんが入ってくる。

 俺の仕事はドリンク係で、お客さんが受付で渡されたドリンクチケットを飲み物に交換するのが仕事だ。

 注文がソフトドリンクならその場でカップに注いで渡し、アルコールはバーテンダーに作って出してもらう。


 今日もお客の入りは好調で開場からひっきりなしにドリンクの応対に追われている。

 俺はてんてこ舞いになりながらも、意識の片隅で一色が訪れるのを今か今かと待ち侘びていた。


 一色に借りを返してもらうという名目だが、楽しい気分になってほしいという計らいがもちろんある。

 足を運んでくれる約束になっているが、その後予定に変わりはないだろうか。


 気もそぞろで仕事をこなし、開演間近になった頃、とある客が現れた。


「こんばんは、大隈くん」


「井原。いらっしゃいませ」


 なんと、以前俺にアプローチをかけてきた井原がやってきた。

 今日の井原は長袖Tシャツの上にフリフリのキャミソールを重ねている。下はデニムのショートパンツと全体的にフェミニンさを醸す私服である。メイクも濃いめでめかし込んでいる。


「ここ来るの初めてだよな。今日は誰かの応援?」


「違うよー。今日はこの辺で遊んでたんだー。本当は帰るつもりだったけど、大隈くんがここでバイトしてるって小耳に挟んで、面白そうだから顔出してみたの! ライブハウスには前から興味あったし」


「へ、へぇ……。それじゃあ楽しんでってね」


 ライブハウスの雰囲気に興味を惹かれる気持ちは分かるよ。ただ、俺がバイトしてる情報はどこから仕入れたんだろう。引っかかるけど、お客さん相手に詮索はするまい。


「飲み物は何にします?」


「それじゃあダイエットコーラで。ねぇ、休憩とかないの? 一緒にライブ鑑賞しようよ」


「開演中はここで仕事。はい、ダイエットコーラ」


「ふーん。意外と忙しいのね。ま、仕事だし当然か」


 井原は唇を尖らせながらドリンクを受け取る。

 開演中、お客さんは皆ライブを鑑賞するので基本はヒマだ。それでも開演後に来る人はいるし、おかわりの注文が入ることがある。


「それよりさ、今日の私のコーデ、どう?」


「どうって?」


「もう、可愛いかって聞いてるの! 気が利かないと出世できないわよ」


 そういうことか。お客さんから服の感想を求められたのは初めてなので咄嗟に返せなかった。

 正直なところ、井原がどんな服着てようが俺の知ったこっちゃないが、感想を求められたからにはおざなりにできない。


「ごめんごめん。可愛いよ。井原のイメージにピッタリ合ってると思う」


「ふふ、ありがとう。でも私のイメージってどんなの? それ気になるなぁ〜」


 井原は機嫌良さそうに会話を深掘りするが、仕事中だからちょっと迷惑。

 うーん、困った。


「あの、順番代わってもらっていいですか? 後ろで待ってるんですけど」


 と、井原の肩越しに他の女性客が催促してきた。多分井原に言ったつもりだろうが、スタッフの俺が責められてる気がして焦る。


「井原、後ろの人に順番譲ってあげて。俺のことよりライブ楽しんでおいでよ」


「むぅ、もうちょっとお話ししたいのになー。あ、それじゃあこの前交換しそびれたからLINEのID交換しようよ」


「仕事中はロッカーだよ。あと、ライブが始まったら電源は切ってね」


 井原は膨れっ面して「また学校でね」と言い残してホールの中程へ去っていった。

 スタッフとの交流もエンタメの一つなので店としては歓迎している。しかし当然業務に支障が出ない範囲での話で、スタッフのプライバシーに踏み込んだり、他のお客さんに迷惑をかけるのはご法度である。


「大変お待たせしました。ご注文を承ります」


 俺は恐縮しながらロック女子風のお客さんに会釈した。


「ジンジャーエールをよろしく、大隈くん」


「はい、かしこまり……って、一色!?」


 名前を呼ばれてようやく気づく。この声は一色だ。

 気づかないのも無理なかった。今日の一色は制服姿とも以前のワンピースコーデとも雰囲気が違う。


 本日の服装はピンクのグラフィックTシャツに黒のプリーツミニスカート。膝から下は細いのに太ももが割と太めでエッチすぎる。

 Tシャツはスリムフィットのため、豊かな胸元とくびれたウェストのシルエットが浮かび上がっており、すごく大人っぽい。


「な、何よ。そんなにジロジロ見て……」


 一色は眉を顰めて少し身体を捩る。しまった、つい女性らしい見た目に呆気に取られてしまった。


「ごめん、誰か分からなくて驚いちゃった。一色ってそういうガーリーな格好もするんだ」


「変かしら? こういうお店に合う服と思って揃えたんだけど……」


「もしかしてドレスコード意識したの!?」


 真面目か!

 でもその真面目さに花丸を上げたい!


「あれ、一色、もしかして髪まで染めた?」


 彼女の頭髪に違和感を覚える。普段は下ろしてる髪を高い位置でツインテールにしてるのだが、毛先が少し黄緑がかっている。


「えぇ、この方が店の雰囲気に合うと思って」


「いや、それはまずいよ! 風紀検査で引っかかるって!」


「ふふ、大隈くんにまた注意されたわね」


「言ってる場合か!?」


 一色はしてやったりとなぜか得意げに笑うがこれはシャレにならない。

 蘭陵高校は比較的校則が緩いのでちょっとのメイクや髪染めくらいは見逃されるが、華美すぎるのは風紀指導の対象だ。


「安心して。これはヘアカラースプレーだから洗えば落ちるわ」


「だったら良かった。月曜日に体育の古賀先生にドヤされないか心配したぞ」


「それだけは絶対に避けたいわね。それじゃあ、お仕事頑張ってね」


 一色はドリンクを受け取ると踵を返した。俺はその背中を寂しく見送る。

 開演間近で次の客はいないのでおしゃべりは一向に構わないのに。


「一色!」


 そんな心持ちのせいか、つい彼女を呼び止めてしまった。

 一色は振り返って首を傾げた。


 しまった、呼び止めたのは良いが会話の内容を考えてなかった。


 あ、そうだ! 服装をきちんと褒めてあげないと。


「今日のコーデ……すごく似合ってる」


 井原へのリップサービスと違い、これは本心だ。


 学校では制服をきちんと着こなして清楚にしてるけど、遊び心のあるコーデも素敵だ。

 氷姫が学校一の美女と呼ばれるのは伊達じゃない。


「そ、そう? なら良かったわ。普段こういう格好しないから心配だったけど、大隈くんに気に入ってもらえたなら着てきた甲斐があったというものね」


 一色は身を捩って恥じらう。そういうところも含めて全部可愛いな。


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