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第98話 親友の仲

──深更しんこう


「カカ様、カーファをお淹れしました」


「おうセンキュー、これでまた少し睡魔を追い払えるぜ…」


<〔Perspective:‐カカ視点‐Kaqua〕>


シャンデルで美味な夕食をとり、再び飛空艇はアツジを目指して飛行中。私が寝てる間に何があったか知らんが、アクアスとミクルスが仲良くなってた気がする。


献立にミクルスの好物が並ぶくらいには仲良くなってたな。懐かしかったわ野草のバターソテー、最後に食べたのアイツの家にお泊りした時以来だぜ。


野草の苦みとバターの塩味がパンと相性抜群で、大変美味しゅうございました。心地良く満腹になれたおかげで…その後の眠気は凄かったが…。


チラっと後ろを振り返ると、ソファーの上で呑気にスースー寝息を立てているミクルスの姿。相変わらず変な寝方してやがる…。


うつ伏せの状態で顔を前に向けた奇妙な体勢でスヤスヤ…。上体反らしの開始前みたいなポーズ…、毎度思うが息苦しくないのかあれ…。


「ミクルス様ってあれですよね…、なんか極端ですよね色々と…」


あぁ…また遠い目をしてる…。ちょっと評価が上がったのかと思った矢先に…、いやむしろ上がったからこそなのか…?


寝れば変人…覚めれば変態…、評価を一定に保つのクソ難しいぞォ…?! どうしようかなァ…もう諦めちゃおっかなァ…?!


ミクルスはずっと変態評価で…そんなアイツと親友関係の私も変人のレッテルを貼られ続ける…。もうそれでもいいかな…ハハハハッ…。


「そういえばカカ様。ミクルス様に初めて会った時にふと疑問に思ったのですが、森人族ハースは本来森の外に出ませんよね? でもミクルス様は王都で暮らしてて…それに祖父様も祖母様も森人族ハースじゃありませんでしたし…」


「アイツ捨て子だったらしいぞ? 幼少期におじさんとおばさんに拾われて、それからずーっと王都暮らしだってよ」


森人族ハースが森を好むのは生まれた環境に起因するものではなく、たとえ森の外で生まれても本能的に森を求める種族だ。


しかし我らがミクルスは我関せず。森に一切の頓着が無く、それどころか世界中に興味を広げるほどの変わり者である。


変わり者な性格が受け入れられなかったのか…はたまた超能疾患クァーツなのがバレたのか…、捨てられた理由は本人すら知らない…。


一つ確かなことは、アイツが一切気にしてないってこと…強ェ奴だ…。私なんて一生引きずる自信あるぜ…? 何なら現在進行形だし…。


「ミクルス様が過去を引きずらないのは、祖父様と祖母様…そしてカカ様のおかげなのかもしれませんね」


「まあ、私がちょっとでも役に立ててたんなら嬉しいけどさ」


私とアクアスは涎を垂らしてぐっすり眠っているミクルスを見つめながら、ちょっと濃いめのカーファをすすった──。







──2日後 明昼あかひる


「ようやく到着ですねカカ様、ここまでお疲れ様でした」


「つってもまだゆっくりは休めねェけどな…。まあそれはそれだ、今のうちに降りる準備しとけよな。オマエもだぞ怯えた子犬ー」


「ボクは大丈夫だよ…特にリュックから物出してないからぁ…」


ここ2日間上空の風がかなり強く、しかも都合よく追い風続きだったことで予定よりもずっと早くマルベイに到着できた。


町の様子は以前と同様…空からでも分かるほどに静寂そのもの…。ニキとクギャは大丈夫だろうか…、そんな一抹の不安を抱きながら飛空艇を停めた。


外へ出ると、聞こえてくるのは風になびく草の音だけ。──訂正…着陸を喜ぶミクルスの声も聞こえる…。


「ふぅ、十分喜びに震えたところで…早速患者のもとへ行こうじゃないか!」


「そうだな、治癒療院ヒーリングギルドに行こう。そこに別働隊の仲間も居る筈だ」


寝ぼったい目を擦って、私達は治癒療院ヒーリングギルド目指して駆け足で町に入った。


生気のない町の中を走り抜け…ようやく目的地が見えてくると、療院ギルドの前に見慣れた生物が伏せていた。


「おーいクギャー! ご主人様が帰ってきたぞー!」


「 “クギャッ?! クギャギャ~♪” 」


私を発見したクギャは嬉しそうな声を上げながら一目散に向かって来た。久し振りに頭を撫でてやると、クギャは食い気味に私の顔を舐めてきた。


可愛らしいから嫌じゃないが…もはや完全に犬だなコイツ…。飼い主の前では偽竜種レックスのプライドもどこ吹く風か…。


「──いいなぁ…」


「ヒィ…!? やめろよ…悪寒がしたぜ今…」


そうしてクギャと戯れていると、療院ギルドから人が飛び出してきた。これまた見慣れた紫頭巾、ひとまず元気そうで安心した。


「カカー! アクアスー! 会いたかったニ~♪」


「おうっ、オマエ等両方何ともなさそうで良かったぜ。薬用素材は集まったか? これからすぐに特効薬の製薬に取り掛かりたいんだが…」


「もうバッチリニよ! こっち来てニ!」


言われるがままニキの後を追い、療院ギルドに足を踏み入れた私達は唖然とした…。そこには山の様に積まれた大量の薬用素材…。


薬草…キノコ…木の実…、果てには名の知らぬウサギやヘビまで多種多様…。よくこの量を集められたものだ…。


「足りそうか…?」


「症状を診ないことには断言できないね…、患者はどこだい…?」


ニキの案内のもと、私達は病室にお邪魔した。部屋にはたくさんベッドがあり、その全てに患者がぐったり横たわっていた…。


しかしこれはまだ氷山のほんの一角…、この町の住民が全員この有様だと考えると…見ずとも地獄絵図が想像できる…。


ミクルスはそんな横たわる患者のそばに近付くと、手を優しく握り…そして手の甲に舌を走らせた。


「ニィ…!? 舐めた…!? えっ今舐めたよニ…!? えっ…手の甲フェチ…?」


「後でちゃんと説明してやっからちょっと黙ってろ…」


舐め終えたミクルスは、目を閉じたまましばらくうつむいている。風邪程度の病ならいつも速攻で判断できてるミクルスだが…今回は流石に時間を要している…。


住民を侵す病を必死に分析してるのだろう…。私達は静かにその様を眺めていると、ミクルスはおもむろに立ち上がってゆっくりと口を開いた。


「──こんな病は診た事がないよ…。奇病とも特定危険疾病とも違う…、病原体がまるで生き物みたいに体内を蠢いてる…。細胞が必死に侵食を食い止めてるけど…いつまでもつか…」


病に関する知識は大して無いが…生物みたいな病原体はどの本でも読んだことがない…。薄々分かってはいたが…これで十中八九魔物の仕業だと確定した。


「治せるか…?」


「治すよ…! 必ず特効薬を作り上げてみせる…!」


横たわる患者を見つめるミクルスの目は本気だ…少し前までソファーの上で震えていた奴とは別人のよう。


ミクルスを筆頭に、私達は早速特効薬作りの準備に取り掛かった。山積みの薬用素材の中から、ミクルスが指示した物を持って製薬室に入った。


中には滅多に見れない専門的な器具が棚にずらりと並び、薄っすら薬品の匂いが漂っている。ここなら不自由なく製薬に励めそうだ。


ミクルスの指示のもと必要な器具を手分けして机に並べ、薬用素材の皮や殻を剥いていく。住民達の為…焦らずとも手早く作業を進めていく。


私は専門的な技術こそ持ち合わせてはいないが、趣味の延長で少しくらいならミクルスの補助ができる。助手としてミクルスの手助けができる。


そう思っていたのだが…限界は突然やってきた…。ここからが本題だと言うのに…不足した睡眠が全身に重く圧し掛かってきた…。


「カカ様…!? 大丈夫ですか…?! 無理なさらないでくださいカカ様…! 後の事はわたくし達に任せて…カカ様はゆっくりお眠りになってください…」


「うぅ…いや…、ここから…なんだ…、私だけ…休む訳には…」


「大丈夫だよカカっ! 特効薬を作るのは元々ボクの役目! ボクが必ず特効薬を作り上げるから、カカは気にせず休んでいいよっ! 次起きたらもう出来上がってるかもね~! ヘヘヘッ!」


ミクルスの屈託のない笑顔を見た途端…、不思議と全身の緊張がほぐれ…無防備なところに抗えない眠気が襲ってきた…。


「──そうか…、じゃあ…託した…ぞ…」


町の命運をミクルスに託し…私はアクアスの腕の中でゆっくりと眠りに落ちた…。きっと何とかしてくれる…、そんな不確かな確信を抱きながら──。







「──んぅ…ん…、んぁぁ…。うん…?」


自然と眠りから目が覚め、目を開けるとそこはロビーの椅子の上。ロビーには誰も居らず、昨日と同様に物静かだった。


住民はもちろんのこと、いつもそばに居てくれるアクアスの姿もない…。だが窓から入る優しい日差しに混ざって、外から人の気配を感じる。


様子を確認したいが…高い位置に窓があるせいで外の様子は見えない…。見えるのは家々の上部と青空に浮かぶ太陽のみ。昼過ぎ頃かな? めっちゃ寝た。


掛けられた温い毛布を畳み、私はとりあえず扉を開けて外に出てみた。陽光が目に沁み…慣れるまで手をかざしていると、瞼の奥から話し声が聞こえてきた。


何とか目を開くと、そこには元気に道を歩く住民達の姿があった。まるで夢でも見ていたかのように普通な光景…、しばし思考が停止…。


「──よく眠れましたか? おはようございます」


「えっ…ああっおはようございます…。えっと…貴方は確か…」


呆然と立ち尽くしていた私に声を掛けてきたのは、あの日療院ギルドで私達の対応をしてくれた受付嬢だった。


以前見た時とは見違えるほど顔色が良く、こんなにも笑顔が優しい女性だったのかと思うほどスッキリとした表情をしていた。


「私の仲間を知りませんか…? メイドと頭巾と角と、あと偽竜種レックスなんですけど…」


「メイドの方でしたら、あっちの広場で薬を配っていましたよ。偽竜種レックスも一緒に居たかと」


アクアスの居場所を教えてもらい、私はすぐにその広場に向かった。着くと早速目の前に気になる人だかりができていた。


人混みを搔き分けて奥へ奥へと進むと、案の定そこにはアクアスとクギャが居た。足元には複数の木箱が置かれ、その中には薬らしき瓶が入れられている。


「カカ様っ! おはようございます、よく眠れましたか?」


「おかげさまでぐっすりだぜ、おはようアクアス。クギャもおはよう」


「 “クギャッ!” 」


朝の挨拶(昼)を済ませ、私は今のこの状況について尋ねた。何故故にアクアスがこの人だかりの中心にいるのかを。


アクアスによると、どうやら集まっているこの人達はマルベイこの町の住民達ではなく、隣町〝イントレイス〟の住民達なのだという。


マルベイに病が蔓延すると同時にイントレイスは強制封鎖された為、隣町は病に侵されずに済んでたらしい。だからこんなに元気なのね…。


病に侵されたマルベイの住民達のほとんどは家で療養しており、安静が必要だが容態は極めて良好らしい。


そんな動きたくとも動けないマルベイの住民達の代わりに、隣町の住民達がこぞって感謝を言いに来ているそうだ。


「状況は理解したが…何だってオマエがこの役なんだ…? 救世主ミクルスはどうした…? アイツが薬を完成させたんだろ…?」


「そのことなのですが…、実はミクルス様が…」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




アクアスから話を聞き、集った感謝住民達に説明をして私達は町の外れにやって来た。青々と草が茂った川のほとり、なんと気持ちが良いことか。


そんな清々しさ全開のこの場所に、1人ポツンと寝転がる救世主様の姿があった。仰向けで大の字で、パッと見気持ち良さそうだが…本人は違うらしい…。


「おーい大丈夫かー? 変態生きてるかー?」


「あぁ…カカ…おはよ~う…。見ての通り元気ビンビンだよぉ…。──あっ…ビンビンって…なんかエッチだね…」


「めり込むぐらい顔面踏み付けんぞテメェ…」


ひらひらと手を振って元気だと言うミクルスだが、圧倒的に顔色が悪い…。最も感謝されるべき主役がこの様とは…、そりゃ人前には立てんわな…。


アクアスが言うには、特効薬が完成して間もなく体調が悪くなり…それからずっとここで仰向けになってるそう。


「オマエも例の病に罹ったのか?」


「ううん…ボクのは普通の風邪だったよ…。きっと知恵熱だね…、製薬はあかつき頃まで続いたからさ…ちょっと疲れちゃったんだ…」

※暁=夜が明けようと空が白んできた頃。


昨日の明昼あかひるからあかつき頃までぶっ通しか…、よほど神経も使っただろうし…そりゃ熱が出ても仕方ないな…。


完成させて住民達の命を救っただけ立派なもんだ…、私だったらそのプレッシャーに耐えれたか分からんほどだぜ…。


「なんか要るか? カミルドリンク持ってきてやろうか?」


「大丈夫ぅ…今日は快晴だからこのまま寝てるよぉ…」


「分かった、ちょくちょく体調診とけよ? また様子見に来るから、それまでは安静にしてろな」


ただの風邪ならそこまで心配は要らないだろうし、体調管理はアイツの専売特許だから放置しても大丈夫だろう。


町に戻ってニキと合流し、これからの動きを決めよう。思わぬ足止めを食らった分、早いとこ石版集めと魔物討伐を進めたい。


「カカ様…ミクルス様は本当にあのままでいいんですか…? 風邪薬も飲んでいませんし…室内に運んだ方がよいのでは…?」


「その辺は大丈夫だろ、アイツ森人族ハースだもん」



 ≪森人族ハースの特性:〝てんめぐみ〟≫

森人族ハースは天候から恩恵を受けることができる。日差しを浴びることで治癒力を高め、雨を浴びることで若々しさが得られる。森人族ハースは皆曇りが嫌い。



「快晴でずっと陽光が降り注いでんだ、今日中には治るんじゃねェの? 気になんなら後で消化の良い食い物でも持ってってやれよ」


「ドライですねカカ様…、これが親友の仲…ってやつなのでしょうか…」


「何言ってんだオマエ…」



──第98話 親友の仲〈終〉

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