「ハァー…鬱だねェミクルスさんや…」
「そうだねェカカさんや…」
「本当に何があったんです…? 何故そんなお婆ちゃんみたいに…」
気の進まない取引を結び付け…何とか飛空艇でリーデリアを目指せることになった私達は駆け足で城を目指していた。
ついさっき城まで一本道となる大通りへと出て、既に城を正面に捉えているのだが…前から不思議と目に留まる人影が向かって来ている。
薄汚れたボロいローブを身に着けており、顔はフードで隠れているがどことなく見覚えのあるヒゲがチラついている。
「カカ様…あの方って…」
アクアスも私と同じく気が付いたらしい、やっぱりそうだよなアレ…。っとなると無視はできないし…軽くお喋りするしかないな…。
私達は道の端に寄り、その人物と向かい合った。この背丈あのヒゲ、そして私とアクアスが遠くからでも気が付くほどの人物──やはりか…。
「まーた護衛もつけずお忍びで遊びに来たんですか? メイド長にこっぴどく怒られちゃいますよ国王陛下」
「ほっほっほっ! お主等が帰って来ておるとジドから聞いたものでのぉ、ついこっそりと出向いてしまったわ。カカもアクアス君も元気そうで良かったわい」
<ドーヴァ国王 〝
国王の登場に、アクアスは手を胸にあててキッチリと会釈した。ミクルスは驚きのあまりポカンと口を開けているが、すぐにハッとして深々と頭を下げた。
ほんとこの人ときたら…もう少し自分の立場ってものを考えれんのか…。一国の王が護衛もつけずに汚い身なりで…、その内痛い目に遭うぞマジで…。
この国だって別にめっちゃ平和ってわけじゃないんすよ…? ドーヴァにも
「ジドから聞いたぞ、何やら急いでおるようじゃなお主等。せっかく帰って来たというのにせわしないのぉ…。──ミクルス君も連れて行くのか?」
「えェ!!? 国王陛下…ボクのこと知ってるんですか!?」
「もちろんじゃ、よーく知っておるわい。儂だけに留まらず、お主等より十以上年上の者ならば大体知っとるんじゃないかのぉ。カカも同様じゃ」
えっ!? それ私もビックリなんですけど?! 何で大人達からそんな周知されてんの私とミクルス…!?
「〝強がりカカと泣き虫ミクルス〟──大人達はそう呼んでおったわい」
「強がりィ…!?」
「泣き虫…!?」
私とミクルスは顔を見合わせてめっちゃ混乱…。確かに私は昔から強がりではあったし…ミクルスも昔は泣き虫だった記憶がある…。
だが何故に王都中の大人達に浸透してるんだ…!? そんな大勢の前で強がりを披露した覚えないぞ…!? いやもしかしたらしてるかもしれんけど…。
「国王陛下、そのお話もう少し聞かせてもらっても…」
「アクアス…!! 興味持つんじゃありません…! 大体そんな悠長にしてる暇はない…! そういうわけなんで…話の続きはまた今度でお願いしますね国王陛下…!」
「えェー…」
「子供かっ…!」
分かり易く残念そうにしているが国王であっても問答無用、私達は急いでいるんだ。全てが終わったらおじいちゃんの会話に付き合ってあげよう。
「それじゃまた行ってきますねー、おじぃバイバーイ!」
「今おじぃ言うたなっ?! 言うでないっ! 外では特に言うでないっ!」
国王の注意にあえて返事はせず、手だけを振って私達はその場を後にした。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「3人共、気を付けて行って来いよ~! 土産話楽しみにしてるぜ~!」
ジド兵長含む兵士達に見送られながら、私達は大空へと飛び立った。また長い長い飛行が始まる…、しんどい日々が始まる…。
ちょっと眠気が紛れたとはいえ…
熱々の鉄板とか用意してもらおうかな…、寝そうになったら眠気覚ましに体の一部をジュッて…。火傷のヒリヒリがいい感じに作用するかもしれん…アリだな…。
「カカ様…ミクルス様はあのままでよろしいんですか…?」
“ガクガクガクガクガクガクガクッ…!”
ミクルスはソファーの上で怯えた子犬のような態勢のまま震えている…。見てるだけで可哀想に思えてくるな…、私が連れ出したわけだが…。
「飛空艇恐怖症患者を私にどうしろってんだよ…。──しょうがねェな…気晴らしになる物でも用意してやるか…」
ハンドルを固定してから、私は物置部屋へと向かった。さて何がいいものか…飛空艇恐怖症の奴なんて初めてだし…何が気晴らしにちょうどいいか分からんな…。
とりあえず私オススメの本が5冊くらいあれば夜まで足りるだろう。その後は気絶するように眠れば今日は凌げる、明日のことは明日だ。
本を重ねて持ち上げ、部屋を後にしようとドアノブに手を掛けたその時、頭の中に名案が浮かんだ。
私は一旦本を床に置き、私は愛用の毒物研究キットを持って来て本の上に乗せた。落っことさないように気を付けながら階段を下りて居間に戻る。
「ほーらミクルス、気晴らし道具を持って来てやったぞー。今材料取って来るから、気晴らしにカミルドリンク量産しといてくれ」
「おおー…確かにそれは気晴らしにちょうどいいね…。カミルドリンク作るの久々だからちょっと楽しみだよー…」
何とか椅子に座れたミクルスの為に、積荷置き場からカミルドリンクの材料をたくさん持って来た。〝
うーん実に壮観な眺めだ、混ざって一緒に作りたい気分になる。アクアスは若干顔が引きつってるけど…これが正常な反応なのだろうか…。
とりあえず用意は終えたので、ミクルスの様子を見ながら操縦席に戻った。するとアクアスが何やら不安気な表情を浮かべながら近付いてきた。
「カカ様…大丈夫なのですか…? 落ち着きはしましたが…カミルドリンクは毒を用いるんですよね…? いくら
「それなら問題ねェよ、アイツも毒物研究が趣味の変人だからさ。そもそもカミルドリンクは私とアイツで作り出したもんだから心配無用だぜ。
あれは確か14歳の一周目の
二人三脚で頑張ったんだよなぁ、ミクルスが調合担当で私が毒見担当。泡吹いて死にかけた日の事は今でも鮮明だ…おじぃにもクソ叱られたっけな…。
「そうでしたか…ならば安心ですね。──あともう一つだけよろしいですか…? いくら
「もちろんその可能性はある…ただあの病に対抗するにはミクルスの
「そうなのかい…? じゃあいいよー…じゃんじゃん話しちゃってー…」
本人からの了承を得たので、私はアクアスにミクルスのことを話した。
ミクルスは私達と同様
病気の判断や持病の有無、果てには免疫力がどれだけ低下しているかまで分かるそうだ。私が知る限り一番人の役に立つ
仮に病の正体が分からなくとも…得られた情報から特効薬を作れるかもしれない。
「思ったより凄い方だったんですね…ミクルス様って…。てっきり世界を飛び回りながら人を舐め回しているド変態とばかり…」
「まあ間違ってはないな…、背後に気を付けろ…油断してると舐められるぞ…」
「舐めないよ…! ボクは正面からしか舐めないよ…!」
「そこかよ…」
──翌日の
「やっと着いたぁぁぁぁ…」
「地面だァァァァァァ!!」
「驚くほどテンションに差がありますね…」
恐ろしく凶暴な睡魔に必死に抗いながら…私達は無事に
それでも圧倒的に睡眠不足なわけだが…急いでる以上背に腹は代えられない…。アクアスに大量のカーファを買っておいてくれとお願いをした。
ソファーに横になって目を閉じると、私はあっという間に眠りに落ちた──。
<〔Persp
「ミクルス様、
「よほど信用が無いんだねボクは…。流石に寝込みを襲うほど外道じゃないから安心しておくれ、これでもカカの親友なんだよ? それにボクも外の空気吸いたいし、せっかくだから買い出しの手伝いするよ! 一緒に行こう!」
地面の上だからか、少し前まで小動物のようだったミクルス様は元の元気を取り戻した。少し不安ですが…共に買い出しへ出掛けます。
外は夕暮れですが、太陽が沈むにはまだ時間が掛かりそう。
「おーいアクアス君! ここの露店に面白いのが売ってるよ~! トカゲの尻尾の炭焼きだってさっ! 食べるかーい?!」
「寄り道してる暇はないですよ…! 暗くなる前に買い出しを終えないと…」
「あっ、こっちにも面白いのが売ってるよっ! あっちにも!」
「ちょっとミクルス様ァ…!? 話を聞いてくださいよミクルス様ァ…!」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「いや~すっかり暗くなってしまったね、失敗失敗!」
「大いに反省してくださいねミクルス様…」
ミクルス様の好奇心に振り回されるまま露店を端から全て巡り…結局買い出しを終えたのは
依然カカ様が仰ってましたっけ…「この世で最も考えが読めない人種は探検家だよ」っと…。全くもってその通りだと思ってしまいましたね…。
自由奔放で楽観的で…変態で…本当にカカ様のご親友様なのかすら疑ってしまいそう…。──カカ様は居られませんし…聞いてもいいですよね…?
「ミクルス様…一つお尋ねしても…? カカ様とは何年来のお付き合いなのですか…? よろしければ思い出話も聞きたいのですが…」
「もちろん構わないよ。そうだねェ、ボクとカカは10歳の頃に出会ったから…大体12年来の付き合いだね。っと言ってもボクは15歳から探検家として世界を飛び回り始めたから、そこからはあんまり会えてないんだけどね」
10歳…! っということは国王陛下が仰っていた〝強がりと泣き虫〟の話はそれくらいの時の話なんでしょうか…。それはともかく…10歳のカカ様──さぞお可愛かったのでしょうね。
「当時のカカ様はどのような感じだったのですか? 今と変わらず優しく頼りがいがあって、それでいて少しだけだらしない方でしたか?」
「だらしないかは分からないけど、確かに優しくて頼りがいはあったね。でも出会った当初は全然違ってたんだよ? それはもう別人だったね」
それはミクルス様が王都をトコトコ歩いていた時のこと、道の脇に設置されていたベンチにポツンと1人でカカ様が座っていたそう。
ミクルス様はそんなカカ様に興味を惹かれ、横に座って喋りかけた。っがカカ様は返答なし、うつむいたまま地面を眺めていた。
出会った当初のカカ様の印象は、どこか哀愁を漂わせる無口で元気のない少女だったそう。今とはまるで真逆…、想像も難しいです…。
「そこから何があって親友の仲にまで進展したのですか…?」
「見かける度にしつこく遊びに誘ってたんだけど…全然相手にされなくてさ…。それで逆にボクが落ち込んじゃったんだけど…そんなボクの様子を見てカカの方から話しかけてくれたんだぁ! それからちょこちょこ会って遊ぶようになって、今ではかけがえない親友だよ!」
無口で元気はなくても、カカ様の優しさは幼少期から変わってないんですね。〝
決して色褪せないカカ様との出会い…。あの日もそう…、あの日も…カカ様が歩み寄ってくれた…。
「──でもカカもさ、ああ見えて結構弱っちいんだよね。実は寂しがり屋だし、メンタルもそこまで強くはないし、勝手に
ミクルス様の口から一言気になる単語がこぼれたけれど…
「ボクは昔から探検家になる夢があって、今は夢を叶えて日々活動してるけど…カカのことはずっと心配してたんだよね…。でも杞憂だったかな、今のカカは昔よりもずっと明るく見えたんだ。──君のおかげかな? なーんて、アハハッ♪」
「──ミクルス様…」
自由奔放で楽観的で、間違いなく変態な方ではありますが…何となくミクルス様のことが分かったような気がします…。
人知れず他者を気に掛ける心根の優しさは…カカ様やニキ様と同様のもの。そばに居て不思議と安心感が芽生える…暖かいお人…。
「
「おやっ?! それはつまりボクの評価が上がったってことかな? じゃあじゃあアクアス君~、手…舐めさせてもらっても──」
「さァ帰りましょうかミクルス様、カカ様の為に美味しい料理を作らねばなりませんので。先に行きますね」
「ごめんごめーん…! 謝るからボクの分も作っておくれよぉ…! ボクの大好物作っておくれよぉ~…! 野草のバターソテー希望~…!」
──第97話 ミクルスという女〈終〉