──
「もうじき到着ですねカカ様!」
「そうだな…、のんびりできないのが残念だぜ…」
リーデリアを飛び出してから4日後、無事故郷の領空に帰って来た。見慣れた景色、不思議と心が和やかになる。
めちゃめちゃ肩の力を抜いて飛空艇を操縦できるな…、見慣れない危険地帯を飛び回ってたからかな…?
それか睡眠不足でハイになりつつあるかだ…。アクアスはぐっすり寝かせたから元気だが…私は行きの時よりも睡眠時間を削減したからもうヤバいぜ…。
今日は
また中毒になりそうなほどカーファ飲まなきゃならんし…また嫌々言うアクアスにビンタさせなきゃならん…。
先の事を考えると瞼が重くなってくる…そろそろ到着だし思考を止めよう…。早く地面を歩きたい…、少しでも眠気をぶっ飛ばしたい…。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
< 王都ハイラーゼ >
信号拳銃を空に放ち、私は飛空艇を城の発着場に停めた。甲板で吸う故郷の空気、見飽きるほど見た城、まだひと月と経ってないが懐かしく感じる…。
それほど向こうでの日々が色濃いという証拠だろう…、何度死にかけたことか…。
だが懐かしんでいる暇はない…! 急いで目的を果たし、今後も死にかけるであろう過酷な地に戻らねば…!
「──おーい! やっぱりオマエ達だったか! よく帰って来たな、国王陛下もお喜びになるぞ! すぐ会いに行くだろ?!」
<ドーヴァ軍兵長 〝
「悪いですけどそんな余裕ないっすね、
「はいっ! ジド様、失礼致しますっ!」
「えェちょっ…!? おーい?!」
ジド兵長は親戚のおじさんみたいな人だから…捕まると話が長くなってダメだ…。色々話を聞きたそうな兵長を華麗にスルーし、私達は城下町へと駆けこんだ。
途中呼び止めてくる仲の良い人達にも「急いでいるから」の一言だけを渡して、まるで実家のような安心感のある大通りを走り抜ける。
眠気が薄れてちょうどいいが…ちょっと遠いなぁ…。アイツの家こんな遠かったっけ…? 子供の頃はひとっ走りであっという間に着いてんだけどなぁ…。
眠いからそう感じるだけか…? それとも
それとやっぱシンプルに遠いな…王都
流石は大国ドーヴァの王都…大陸丸々一つを
馬車が走ってれば乗って向かえるのに…運悪く全然見当たらねェ…。かといって
私達は目の前を馬車が通ってくれないかと願いながら目的地まで走り続け…結局遭遇することなく到着した…。背後を馬車が通った時は怒りが湧いた…。
<〔Persp
「ここがカカ様のご親友様の家ですか?」
「そうだ。1階部分が店になっててな、祖父と祖母が経営してるんだ。ここで何度も貰った果物を頬張ったもんだぜ…懐かしい…」
カカ様は思い出にしみじみとふけりながらお店の扉を開けた。そこは雑貨屋で、年代物の器や装飾の美しい羽ペンなどが置かれている。
そこそこ盛況していて、子供から大人まで幅広い年齢層のお客様が楽しそうに買い物をしていた。そんなお客様の間を抜けて、カカ様がカウンターに向かう。
カウンターには白い髪と髭を生やした穏やかな顔つきのご老人が1人立っていた。カカ様の存在に気付くと、ニコリと笑みをこぼした。
「おぉ、カカちゃんじゃないか。久しぶりだねェ、少し見ないうちに更にべっぴんさんになっちゃってまあ。でも少し眠そうだけど…大丈夫かい?」
「ちょっと色々ありまして…普段はぐっすり寝てるので大丈夫ですよ。それより…アイツって今帰って来てます?」
「タイミングバッチリだよカカちゃん。少し前に帰ってきてね、カカちゃんの家にも行ったけど居なかったってちょっと寂しがってたんだ。今呼んでくるから、外で待ってておくれ」
そう言うと、祖父様は奥の扉を開けて2階に行かれた。言われた通り
カカ様のご親友様…一体どんな方なのでしょうか…。カカ様はあまりご親友様のことをお話しになりませんので…どんな方なのか想像できませんね…。
カカ様のご親友様ですし…やはりとても知的で、物腰柔らかな優しい方なのでしょうか。祖父様も優しい方でしたし、きっと育ちの良い方なのでしょう。
「──カカ様…? それは何をなされてるんですか…?」
「見りゃ分かんだろ、ストレッチだよ」
「いえですので…何故故にストレッチを…? しかもそんな入念に…」
カカ様は脚を伸ばしたり、肩を回したり…とにかく割としっかり目なストレッチをされている…。寝不足だから…ですかね…。
ストレッチを終えると、首をポキポキさせた後…何かを待ち受けるかのような構えを取った…。寝不足だから…じゃないですよねこれは…。
いまいち状況を理解できずにいると、扉の奥から走る音が近付いて来た。
“──…ダダダダダダダダッ! ガチャッ!!”
「カカ~!! 久し振りじゃないかァ~! まさかカカの方から会いに来てくれるとは思わなかったよ~! ボク嬉しい~!」
「うがァ…!! 毎度言ってっけどその勢いのまま抱きつこうとすんなァ…! 前それで私腰痛めただろうが…! オイ聞け…! 顔近付けんな…!」
扉を勢いよく開けて現れたのは、短い金髪の上に赤いキャスケットを被った女性。耳の上付近からは幾重にも枝分かれしたサンゴのような角が生えている。
想像していたご親友様像とはまるで違う方でしたが、何だかニキ様と通ずるものを感じますね…とても似ている気がします…。
「久し振りなんだし抱きしめたっていいじゃないかァ! そしてそのまま
「久し振りを盾にしてんじゃねェぞ…! 抱きしめるのは全然いいが…オマエそのまま舐めるだろうが…! 舌しまえ…!!」
似て…はないかもですね…。ニキ様は底抜けに明るいだけですが…何だかあの方はそれだけじゃなさそうです…。
「カカ~! お願い~!!」
「いーやーだァー!!」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
<〔Persp
「ハァ…ハァ…、置いてきぼりにして悪かったなアクアス…コイツは見て分かる通り実害を及ぼす変態なんだ…。コイツが私の親友で探検家 兼〝
「フゥ…フゥ…、初めましてだねメイドさん…! ボクはミクルス…! カカとは子供の頃から仲良くやってる旧知の仲だよ…! よろしくね…!」
< 探検家 兼
≪
怪我人への施術や製薬などを行える職業──〝
≪
耳の上部から特徴的な角が生えている種族。基本的に森の外に出てこない閉鎖的な種族であり、外から来る者を毛嫌いする。平均寿命が140歳と長いのも特徴。
アクアスは差し出された手を拒まず握手に応じたが…どことなく遠い目をしている気がする…。頭の処理追いついてなさそう…。
輝かしい
「何だか混乱してるみたいだから補足するけど、ボクは別に変態ではないよ? ボクはただ生物を無性に舐めたい感情を持っているだけさっ! 特に人!!」
「変態と呼ぶに相応しいわバカタレ…」
アクアスは手を離すと、何も言わずに私の方に歩いて来て…スッと私の後ろに移動した。何だろう…見たこともないぐらい真顔だ…。
目に光が無く見える…どこ見てんだろアクアス…。まるで人形みてェだ…微動だにしねェ…──し…死んでる…?
「ま…まぁいいや…。それよりミクルス、今日はオマエに頼みがあってここに来たんだ…! オマエの力を貸してほしい…!」
「ボクの力を? 確かにボクはベテラン探検家だけど…一体どこに向か──」
「ああ違うんだ…
「いいよっ」
即答…!? 顔色一つ変えずに即答しやがったコイツ…。詳細聞かなくてもいいのか…!? 遠方の場所聞かなくてもいいのか…!?
薬が効くかも分からない未知の病が町に蔓延してて…しかもその町がある国は現在魔物という未知数の脅威が蠢いているのに…。
「いいのか…? 町民の猶予がどれだけ残されてるか分からない以上…できるだけ早く出発したんだけど…」
「任せてよっ! すーぐ準備してくるからちょっと待っててっ!」
ミクルスはそう言うと駆け足で家に戻って行った。何という行動力の化身…、探検家を本業と名乗るだけのことはあるな…。
さて…ミクルスが戻って来るまでにアクアスを元に戻しておこう…。まだ目が虚ろだ…おかしくなちゃった…。
「アクアスー? 何か言いたい事があるなら言ってもいいんだぞー? 別に怒ったりしないから言ってみー?」
「えっと…ですね…、性癖は人それぞれですので特にとやかくは言いませんが…カカ様のご親友様像を美化過ぎてしまいまして…。何なんですか舐める変態って…」
「それは忘れてくれ…、勢いで言っちゃっただけだから…」
アイツも最初は違ったんだ…でも間違いなく良い奴ではあるんだよ…。アイツもついつい人助けしちゃうようなお人好しではあるんだ…。
リーデリアにつくまでに2人の関係を深めておこう…、アイツの人柄の良さを知れば…私の下がった評価も復活する筈だ…。
“ガチャッ”
「あらぁ久し振りね~カカちゃん、元気そうねぇ」
「お久し振りです、おばさんも元気そうですね」
扉から出てきたのはミクルスのお婆ちゃん。最後に会ったのは7年前くらいだけど、おじさんもおばさんも若々しい。
「あの…ミクルスから聞きました…?」
「嬉しそうに言ってたわ~、カカちゃんに誘われたから行ってくるって。また寂しくなっちゃうけど…カカちゃんが一緒なら安心だわ。あの子をお願いね」
アイツは平気で1年以上探検に出掛けるし、帰って来てもしばらくしたらまた出掛けてしまうから…おじさんもおばさんも寂しいだろう。
せっかく帰って来てるミクルスを連れ出すのは心が痛む…けどこれは仕方がない…。できるだけ早く帰るようにと私からも言っておこう。
「待たせたね! あっばあちゃん、さっきも言ったけどボクカカ達と一緒にまた遠くに行ってくる! お土産楽しみにしててね!」
「あんまり気にしなくて大丈夫よ、貴方達が無事に帰って来てくれるならそれだけでいいもの。気を付けてね…いってらっしゃい」
「行ってきまーすっ♪」
おばさんにペコリと頭を下げ、私達はミクルスの家を後にした。この辺にも
大きなリュックを背負ったミクルスに歩幅を合わせつつも、急ぎ足で城へと向かう。その道中簡単にミクルスへ説明をした。
これから向かう場所、そこで起きている事、向こうに到着した後の動きなどなど。大まかに説明し終えると、ミクルスから質問が返ってきた。
「大体分かったけど、今どこに向かってるんだい? 遠距離走行依頼を承ってる
「遠距離走行? 何の話だ? 私達はこのまま城に向かって、そこに停めてある私の飛空艇でリーデリアを目指すんだ」
そう言うと突然ミクルスは私の腕を掴み、急ブレーキをかけてきた。何事かと振り返ってみれば…何やら顔が青ざめている…。
「えっ…飛空艇…? 帆船でリーデリアに行くのじゃダメ…なのかい…?」
「海路で行くつもりか? ここから港までもかなり距離があるし…海路でアツジ大陸を目指そうとすれば倍の日数が掛かっちまう。空路で行くのが一番早いんだ、他に選択肢はないだろ? ほら行くぞっ」
私は前を向き直って進もうとしたが、不動のミクルスに腕を引かれて進めない…。ミクルスは依然青ざめた顔をしている。
──まさかコイツ… 、いやありえないだろ…だって私の記憶にはそんな様子微塵もないもん…。嘘だよな…?
「空…怖いのか…?」
「そうとも言えるし…飛空艇が怖いとも言えるね…。帆船で行こ…?」
私は少しの間ミクルスと目を合わせた…、とても嘘言ってるようには見えない…。本音を語り…本気で海路を進もうとしてる…。
左腕をがっしりと掴んで離さないミクルスの両腕…、私はそれを逆に掴み返し…体重をかけて思いっきり引っ張った。
「バカ言ってんじゃねェ…! 飛空艇で行くに決まってんだろ…! こちとら飛空技師だぞ…! わがまま言っとる場合か…!」
「違うんだ聞いてよ…! ボクとある出来事のせいで飛空艇がトラウマになっちゃったんだ…! 竜翼が壊れてゆっくり降下していく飛空艇に魔獣が群がって…その魔獣が内部にまで入って来て…ボク巣に連れ去られそうになったんだよォ…!」
思ったより凄まじい体験してやがったわコイツ…。それはトラウマになるな…戦闘能力皆無なコイツにとっては恐怖しか残らんな…。
だが帆船で行くわけにはいかないんだ…! 日数が倍掛かるのはもちろん…飛空艇が無いんじゃ向こうでの移動手段がめちゃくちゃ不便になる…。
ただでさえ石版集めも魔物討伐もまだまだで…リーデリアとベンゼルデを何度も行き来する可能性があるんだ…。絶対に飛空艇は置いて行けない…。
しかしこんな状態のミクルスにただ説得を試みたって…まず聞きゃしないだろう…。このままじゃ平行線だ…、こうなりゃ最終手段だ…。
「ミクルス…ちょっと耳貸せ…、っていうかこっちに来い…。アクアス…! オマエはそこに居てくれ、そして一歩も動かないでくれ…! 耳も立てるな…!」
「えっ…はい…、かしこまりました…?」
私はミクルスを連れて路地に入り、耳元でとある
提案を差し出すと、ミクルスは口元に手を当てて何かを考え始め…そしておもむろに指を2本立てた。
2だとォ…?! 2かぁ…嫌だなぁ…。でも
仕方がない…ここは私が折れよう…。私はミクルスに手を差しだし、握手を交わして交渉を成立させた。これで飛空艇で行けるが…先を考えるとため息が出る…。
コイツはコイツで4日間耐えなきゃいけないから憂鬱そうな
「何があったんですか…!? 元気無くなってません…!?」
「気にするなアクアス…、さぁ…飛空艇に戻ろうか…」
「えェ…!? 説明してくださいよカカ様…! ──カカ様ァ…?!」
──第96話 旧知の友〈終〉