──
「はいただいまー、帰ってきましたよー」
清々しい明朝、クギャを連れて散歩しがてら町の様子を見に行ってきた。予想通り町はざわついており、あちこちに兵士達の姿があった。
一応あの建物も見に行ったが、一般人は立ち入れないよう兵士達が取り締まっていた。もはや娯楽の町には似合わぬ騒然さだった。
「おかえりニ~、どうだったニ?」
「全員無事に保護されたってさ、転がってたゴミ共も全員拘束されて一件落着だ。まあ一部取り逃がした奴も居るそうだけどな…」
「一部だけですか…? 昨日逃げ出した守衛の方々は結構居ましたのに…」
「何かほとんどが自首してきたらしいぜ…? 理由は分かるだろ…?」
一目散に逃げだした連中がわざわざ自首した理由はやはり〝イルガド〟。その名を聞いて逃げ出し…それを恐れて自ら牢獄へ向かったそう…。
奴隷のように人を扱った罪…それも異種族となれば相当重罪だろう…。主犯格達は二度と外に出てこれないぐらいには重い刑が下る筈…。
それなのに自首を選ぶのだから…よっぽどだよな…。もし私が逆の立場だったなら…──大陸3つぐらい越えてでも逃げるかもしれん…。
「結局イルガドって何なんだろうニー? 兵士に聞いてきたニ?」
「ああ、どうやらアツジ全土で悪名を轟かせてる〝
≪
危険な思想を持った悪人達で組織化された犯罪集団の中で、とりわけ規模が最大なものをそう呼ぶ。小・中のものはそれぞれ〝
「アツジ全土…!? リーデリアとベンゼルデの両国で悪さする
「捕まったら何をされるか分かりませんし…それならば牢獄暮らしの方がマシと考えてもおかしくはありませんね…」
牢獄暮らしは退屈で囚人同士のいざこざも多くて大変だろうが…殺されることはないし、拷問を受けることもない。
だが
ようするに自首=保護のように捉えて、大勢が自首してきたってわけだ。私を
「でも大丈夫でしょうか…」
「何がだ? 別に私達は関与してないし大丈夫だろ?」
「ですがカカ様…自分がイルガドの仲間だと仰ったんですよね…? それってつまり…恐ろしい方々に罪を擦りつけたってことになりませんか…?」
────えェ…? 今何か恐ろしいこと言いませんでした…? 何…? 私が…? 大陸全土を震え上がらせてる
あー…なるほどなるほど…──ガチじゃねェか…。うーっわぁ…これはヤバいかもしれんぞォ…。いや…ヤバいぞォ…。
変な汗かいてきた…私達大丈夫かな…? 国に帰った方が良いのでは…? いくら
いや大丈夫だきっと…顔隠してたし本名は出してないし…、バレようがない筈だ…。うんそうだ…そう思おう…、絶対にそうだと思おう…。
「──んっ…、んん…」
「おっ? アノン君が起きたかな?」
アクアスに朝食の準備をお願いし、私とニキは背もたれの後ろからアノン君をじーっと見つめた。
左手でごしごし目を擦ってゆっくり体を起こしたアノン君は、若干寝ぼけた感じで辺りをきょろきょろ見渡している。
そしてクルッと体をこちらに向けると、バッチリ私達と目が合った。アノン君は体が浮くぐらい驚き…小さく縮こまってしまった…。
「ああごめんねごめんね…! 脅かせちゃったね…大丈夫だよー、ほら顔見て? 昨日の優しいお姉さんだよー?」
「自分で優しいって言ったニ…」
頭をなでなですると、アノン君は震えを止めた。…っがニキを見た瞬間に再発…アノン君は私の腕を掴んで震えたまま硬直…。
やっぱりニキは怖いらしい…。朝食の用意ができるまで暇だし、膝の上に乗せて安心感を与え続けながらゆっくりニキに慣れてもらおうかな。
ニキに慣れることができれば、他の人に慣れるのも簡単だろうしね。孤児院でも苦労しちゃうし、今のうちに慣れちゃおうね~。
「ほら怖くないよ~、目が見えないだけだからね~」
「やぁぁぁ…」
アノン君の手を支えながらニキとハイタッチしてもらおうとするが…強い力で引っ込めてしまう…。無理強いは良くないか…、仕方ないねこればっかりは…。
ニキもしょんぼりしてやがるぜ…、ニキは誰からも好かれやすい性格してっから…こんな面と向かって拒絶されたのは初めてっぽいな…。
何だろうこの誰も幸せにならなかった空間…、アクアスご飯まだかな…?
「そういえばカカ様、そろそろ
「そういや教えてなかったっけ。次の目的地…それは──」
-ロットク島-
「失礼しますバルバドス様ぁ…、ちょっとお話いいですか…?」
着々と拠点が建てられつつあるロットク島。この日フロン隊の小型飛空艇が1艇、サザメーラ大砂漠より帰還した。
当然全員ボロボロ…中は重傷者でいっぱい。着陸と同時に医療班が続々と集結し、どんどん傷付いた者達が運び込まれていく。
そんな中1人地力で降りてきたのは幹部エギル。エギルもボロボロではあるが…その足は真っ直ぐバルバドスのもとへと向かった。
「んっ? エギルか、サザメーラ大砂漠から帰ってきていたのか。フロンはどうした? オマエがメッセンジャーなのか?」
「その件なんですけど…実は今フロン様が行方不明なんですよね…、万が一の為に忍ばせてたリッケ含むネズミ組も一緒に…。トーキー様の隊がそうじゃなかったんで、賊に連れ去られてはいないと思うんですけどね…」
「分からんぞ…アイツは性格の悪さがずば抜けているからな…。拷問の末に殺されていたとしても…何も文句は言えん…」
実際は何も考えずカカから逃げていたところ、見事横流砂にハマってしまって南西に流されただけ。完全に天罰。
「飛空艇で捜索はしてたんですけど…若い子達が護煙筒焚くのを忘れちゃって魔獣の襲撃に遭って…3艇のうち2艇が中破しちゃいました…。全員飛空艇が無いと捜索も難しい状態なんで…ムペペ様の隊から数人の整備士と、グレー様の隊からも捜索が得意な連中数人借りちゃおうかなと…」
「まあ止むを得んな…、ムペペは激怒するだろうが…上手いこと説得しろ…。グレーには俺様が直接話を通す、グレーをここに呼べ」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
エギルが向かった先は、3隻の
扉を開けると、ソファーに腰を下ろしてボードゲームに興じるトーキーと幹部のエノーの姿があった。
「すいませーん、グレー様居ますー?」
「おん? オマエは確かフロンのとこの幹部だよな? まさかオマエ等も敗れちまったのかァ? ハハハッ! やっぱ
「何か嬉しそうっすねトーキー様…、っでグレー様居ます?」
「アイツならまだ寝てんじゃねェか? 用があんなら起こしちまえよ」
そうトーキーが呟くと同時に、奥の扉がゆっくり開いた。そこからのっそのっそと出てきたのはイノシシの
寝ぼったい目を擦りながらドカッとソファーに座ると…少し首を下に傾け、大きな鼻から鼻ちょうちんが膨らんだ。
「グレー様ー、バルバドス様が呼んでますよー、グレー様ー?」
「んがっ? んぉおう…──何でここにエギルが居んだ…? エノーも居るじゃねェか…?! 何だオマエ等…昇格したのか?」
「そんなわけねェっすよ…、いいからさっさとバルバドス様のとこに行ってくださいよ私も暇じゃないんで…」
エギルに若干叱られたグレーは、頭をポリポリ掻きながら退室した。何度も大きなあくびをしながらバルバドスの部屋の前まで行き、そこでもう一度あくびをしてから入室した。
「どうしましたバルバドス様? この前のバルバドス様の秘蔵燻製肉紛失事件でしたら、犯人は俺じゃないですぜ?」
「それに関しては今も調査中だが、そんな話でいちいち呼ばんわ…。──まだ帰還してはいないが…フロンも人族の賊に敗れたらしい…。これから
「まあ…それは構わねェですが…どこにあるかの目処は立ってるんで…? 何か2連続ただの勘で当ててきたらしいですが…そろそろ外すんでは…?」
その問いにバルバドスは自信満々に地図を広げ、尖った爪先をとある地点に向けた。それを覗き込んだグレーは、小さく何度も頷いた。
フロンのような嫌々と拒絶した様子はなく、「まあここなら行ってもええか」みたいな感じで小さく頷いた。
「今すぐ向かえばいいので? 部下の何人かは拠点の建設作業を手伝ってるんで、準備には多少時間がかかりますけど…」
「そのことなんだが…フロンが砂漠で行方不明らしくてな…、一度エギルと一緒に砂漠へ向かってくれ。石版を獲りに行くのはその後でだ」
「──殺されてんじゃありません…? そうゆう奴でしょ…」
「そういう奴だが見限るわけにもいかんだろが…。とにかく準備が整い次第、まずは砂漠に行ってフロン捜索をしてくれ。多少出遅れることで石版を獲られてしまうかもしれんが、奪い取ってしまえば何も変わらんからな…! それじゃ行ってこいっ!!」
部屋を後にしたグレーは、部下を全員集めて準備を整え始めた。武器や食料など諸々を飛空艇に詰め込み、部下達に
そして各々のグループ分け、班長決め、
その後ろで整備士達が続々乗り込み、物凄い大激怒によってしょぼしょぼになったエギルが乗り込んで出発準備が整った。
護煙筒が焚かれ、再び砂漠へと出発しようと飛空艇が地上から離れる直前、もう1人の人物が乗り込んできた。
「トーキー…何しに来た…? わざわざ忠告でもしに来たのか…?」
「いーやそうじゃねェ! 怪我も完治したし…
「──現地では俺がリーダーだからな…? 勝手な行動は慎めよ…?」
「アイアイサー、俺は戦れれば何でもいいぜェ~」
飛び入り参加のトーキーを乗せ、飛空艇はロットク島を離れていく。サザメーラ大砂漠に進路を合わせ、飛空艇はすぐさま雲上へ。
到着までの間、グレー隊のメンバーは念入りに武器の手入れを行い、数名が甲板に出て周囲を見張っている。
当のグレーはまた鼻ちょうちんを膨らませていびきをかいているが、向こうから近付いて来たトーキーが勢いよく割った。
「フガッ…!? 何だよ…到着まで暇なんだから寝てたっていいだろう…」
「その前に次の石版の在り処を教えてくれよ、俺何も聞いてねェからよォ」
「他の奴に聞けばいいことを…、ったく…石版があるのは──」
-ラプレタ雲林-
リーデリアの南南東──そこには濃い霧がまるで雲海のように発生し続けている森があり、迷子になれば二度出てこれないと噂されている。
これといってレアな素材があるわけでもなく…希少な生物が生息しているわけでもないこの地は、人がほとんど寄り付かない〝忌み地〟とされた。
そんな高い木々と濃い霧に囲まれた忌み地の中に、歴史から忘れ去られた聖堂がぽつりと1つ。いつ頃建てられたか分からない程ボロく…すでに廃墟と化ている。
だが人など居る筈もない聖堂跡には…何人もの人影が往来し、全員が怪しげな黒いローブを身に纏っていた。
「──〝
「ご苦労様です、下がってよいですよ」
目元を覆う仮面をつけた男は補修された通路を進み、金属製の重々しい扉の前に立った。扉の脇に立つ2人の人物は、力いっぱい扉を引いて男を中へと通した。
扉の先は窓一つない閉鎖された空間。壁に掛けられた燭台からの明かりだけが周囲照らし、部屋の四隅には古いクモの巣が放置されている…。
薄暗い部屋の真ん中には古びた円卓が置かれており、その中央には色素の抜けたアツジ全土の地図が張られていた。
その円卓に腰掛けるは5人の人物。仮面の男も真っ直ぐ円卓へと進み、空いている椅子に静かに座った。
「それでは早速始めましょう。既に聞いていると思いますが…現在2体の魔物が
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「にわかには信じられない話だな…、魔物はどんな攻撃も通用しない筈だろう…? 何かの間違いじゃないのか…?」
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「教徒共の報告が間違ってたって可能性もあるぜェ? 実際に魔物に攻撃してみたのは教徒共だけだろ? 恐怖のあまり話を盛ったんじゃねェかァ? バハハハハッ!」
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「何それめっちゃウケるー! 腰抜けじゃーん! キャハハハハハッ!」
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「それは無いわね、気になって自分の目で確かめたから間違いないわ。だからこそ問題なのよね…そんな魔物をどうやって討ったのかが…」
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「──…」
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魔物が討たれた件に関しては、疑う者…信じない者…楽観的な者…悩む者…口を閉ざす者と5人はバラバラ…。
それほどまでに彼・彼女等にとってこの事態は予期せぬもの。この場の6人だけに限らず、この聖堂跡に居る全員が困惑していた。
「大体何で
「何故かを考えたって無駄だろう…? メレード…俺達はこれからどうする…? 連中は必ず他の魔物にも手を掛けるぞ…」
その問いに仮面の男はしばし沈黙…、5人は視線を集めてメレードの決定を待っている。薄暗い部屋を照らす燭台の明かりが1つ消えた時…メレードはおもむろに口を開いた。
「──我々が既に居場所を把握しているのは3体…。
そう言うと、メレードはバルザック・ベリィ・ルシフィルの3人にそれぞれが待機する場所を割り振った。
それが終わると次は捜索組の割り振り。一度捜索したと思われる地点には×印が描かれているが、まだまだ候補地は数多い。
「私は〝ヅァンズラ湿原〟と〝
「〝ネブルヘイナ大森林〟だっ!」
「〝ネブルヘイナ大森林〟だとよ…」
「〝ネブルヘイナ大森林〟へ…!」
手付かずの楽園 自然の神秘 溢れる資源は宝の山
四面の様相が 欲深き者を奥へと誘う
右には理想 左には死相 決して道を外れること勿れ
大自然では人もまた 栄養豊富な餌なのだから
──第94話 交差する場所〈終〉