── 朝 <魔物討伐から2日後>
「カカ様、どうですか調子の方は?」
「全快とはいかねェが、まあぼちぼちだな」
折れた右腕はほぼ回復、若干動かしにくさを感じるが大したことじゃない。体の方も調子は良いが…今朝の便の調子はあんまり…、怪我と関係あるかは分からん…。
とは言え状態は概ね良好だし、
この後はリーナとベジルに挨拶へ行って、その後ノッセラームを発つ。入院で思わぬ足止めを食らったが、魔物を無事に討伐できたとアイリス女王に報告しに行かねば。
2日前は足を引きずっていたクギャだが、今は普通に歩けている。流石に完治はしてないだろうが、これだけ歩けるようになれば不自由もないだろう。
「おーよしよし、可愛い奴め。私達を見送りに門外まで一緒に来るか?」
「 “クギャー!” 」
元気な返事、まったく愛い奴だぜ。今日でお別れだと思うと…寂しいなぁ悲しいなぁ…。本当に優秀な弟分だったよコイツは…。
クギャの頭を撫でつつ、私達はお世話になった
住民達に手を振られながら、まずはここから近いリーナの家を目指す。昨日退院したとはいえ、流石に今日からバリバリ働いたりはしてない筈だ。
お礼の品とか渡したいけど…道中に買っていけるような商店はあるかな? リーナには甘い物で、ベジルには酒でも贈ろうか。
そんなことを考えながら道を歩いていると、先の方かあら見慣れた人影が2つこっちに向かって歩いてくる。
「──あれ? 皆もう出てきたの? てっきりもっとゆっくりしてから退院するのかと思ってたよ。でもその様子なら問題なさそうだね」
「ああ、元気いっぱいだぜ。オマエ等は何をしてんだ? ここを発つ前に挨拶しに行こうと思ってたんだけど」
「俺達も色々世話になったし、せっかくならオマエ等の見送りをしようって話になってな。行き違いにならなくて良かったぜ」
思わぬ形での遭遇になったが、足を運ぶ必要がなくなったと思えばラッキーだ。予定は変更して、私達はこのまま南門を目指すことに。
リーナ達が加わったことで、周囲を取り囲む観衆達の盛り上がりはピークに達し、いつの間にか私達の後ろには行列ができていた。
まさか全員見送りにくるつもりか…? 国軍行列みたいだな…王族じゃねェんだぞ私達は…。散れ散れェ…! 落ち着かんわ背後が…!
「もうここを発っちまうのか英雄ー?!」
「もっとゆっくりしてってくれ英雄ー!」
「コレ持ってってくれー! 感謝の気持ちだー!」
うるせー…なんでコイツ等知ってんだよ今日発つの…。リーナとベジルにしか伝えてないんだけどな…こうなるの分かってたから…。
騒がしい声に釣られてどんどん観衆は増えていくし…もうどうにもなりませんなこりゃ…。この状態で
賑やかな観衆達を引き連れ、これ以上増えないように…最短距離で南門を目指す。ちょびっと買い物とか楽しみたかったのになぁ…。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
-南門 外-
「待ってたぜェ英雄方ー!!」
「盛大に見送りますぜー! なァオメェ等!!」
「「「 ウォーーーーー!!! 」」」
「結局増えんのかい…」
吊り橋の上からも見えていたが…飛空艇の前には大勢の観衆が既に待機…。マジでどっから情報得たんすか…? ストーカーネズミ居る…?
待機していた観衆達の間を抜けて飛空艇に辿り着くと…そこには大量に積まれた木箱が置かれていた。
見た事あるゥー…決戦前の差し入れと同じだー…。まだたんまり残ってるのに更に追加…!? ありがたいけど…消費が追い付かねェぜ…。
善意を無下にはできないので、1箱残してそれ以外は全て積み込んだ。前の差し入れと併せて…積荷置き場もかなり狭くなったもんだ…。
「もっと必要なら言ってくれー! いくらでも持ってくるからよー!!」
「いやもう大丈夫だって…お腹いっぱいデス…」
色々あったが…これで出発準備は整った。いよいよ
皆ともバイバイか…、会おうと思えばいつでも会いに来れるが…お別れの瞬間はいつも辛いもんだ…。
「ああ~クギャー、寂しいぜコノヤロー…!」
「 “ギィ?” 」
私はクギャの頭を抱きしめ、ほっぺをスリスリしながら頭をなでなで。コイツが寂しそうな反応見せないのがムカつくけど…それを含めても愛い奴だぜ…。
最初はイタチ女に従っていた
ってかコイツずっと誰かの下に付いてるな…しもべ適性の高ェ奴だ…。野生で生きるのに適してないんじゃ…? やっぱリーナとベジルに預けよ…。
「クギャのこと頼んだぜ、時々様子を見に行くくらいでいいからさ。オマエ等も協力してくれてホントありがとな、この恩は忘れないぜ」
「俺も世話んなった、種族の件…ありがとな」
「うわーーーん…!! アクちゃーーん…寂しいよぉー…」
ベジルと握手を交わすその横で、リーナはアクアスに顔を埋めて大号泣…。流石はガチのメイドオタク…愛がこっちにまで伝わってくる…。
「うぅ…もしカカに捨てられたり幻滅したりしたら…迷わず私のもとに来てね…? その時は私がアクちゃんの主人になるから…」
「はい、お気持ちだけ有難く頂戴致しますね」
さらっとフラれたリーナは、再び顔を埋めてさっきよりも強くアクアスを抱きしめた。長引きそうだなぁ…別に急いでないけどさ…。
2人がじゃれ合っている間に、ニキもベジルと握手を交わして互いに礼を言い合っている。私はクギャに寄り添って頭をなでなで。
しばらくするとリーナは立ち直り、ニキのところへ行って別れの挨拶を交わした。そして今度は私のもとへ寄って来た。
「ちょっと悲しいけど…カカ達の戦いは邪魔できないもんね…。カカの仲間として、ずっと応援してるからっ! 頑張ってね! ──アクちゃん置いてってもいいんだよ?」
「残念ながら連れて行きます。全部片が着いたらまた会いに来っから、そん時にまたな。助けてくれて本当にありがとう、一緒に戦えて楽しかったぜ」
最後にリーナとハグを交わし、皆への挨拶を済ませた。そろそろ出発…、私は1つだけ残しておいた木箱を開けて、クギャの前に置いた。
中にはたくさんのお肉が入っており、どれも実に鮮やかな赤身をしている。クギャもしっかり反応し、お肉を凝視している。
「オマエも頑張ったからな、これはオマエのご褒美だ。いっぱい食って早く翼膜治すんだぞ、飛べない
「 “クギャー♪” 」
クギャは嬉しそうに顔を木箱に突っ込んで肉を食べ始めた。それを確認し、私達は静かにその場を離れて飛空艇へと向かう。
順に梯子を上がって飛空艇に乗り込んでいき、私が梯子に手を掛けると、背後からクギャの声が聞こえてきた。
何してるの?っと言いたげに首を傾げるクギャに、私はただ微笑みを返して梯子を上がった。今寄ってこられたら…気持ちがブレてしまうから…。
ドアを開けて飛空艇内に入り、私は一度深呼吸をしてから階段を下りて居間に向かった。操縦席に座って竜翼を羽ばたかせると、外から歓声が聞こえてきた。
盛大に私達を送り出す観衆達と、その前で手を振るリーナとベジル、そしてジッと私を見つめるクギャ。私達も手を振り返し、飛空艇を少しずつ離陸させる。
砂地を離れても一向に歓声は収まらず、外では花火が打ち上げられている。賑やかな音に耳を立てながら、レヴルイスに向けて飛空艇を発進させた。
さらばサザメーラ大砂漠…ありがとうリーナ、ベジル、クギャ…──。
「──行っちゃったね…」
「ああ…まったく凄ェ奴等だったよ…。しかしホントに良かったのか…?」
「いいのいいの、色んな人に聞いて大丈夫なの知ってるから」
観衆達が街へ戻っていく中、リーナとベジルは今も
やがて飛空艇は雲上の高さにまで昇り、少しずつ見えなくなっていった。最後まで見届け、2人も街へと戻っていく。
「ねェねェ、今度暇な時にさ、カカが言ってたデゼト村って場所に行ってみようよ!」
「南側行くのか…? 別にいいが…運賃高ェぞ…?」
「いいよ~、私稼いでますから~♪」
和気藹々と話しながら2人は吊り橋を渡り、そこには誰も居なくなった。賑やかな声は街へと移り、街の外には静けさが戻った。
そんな南門の先に、砂を踏みしめる足音が1つ。親切に設置されていたオーニングの陰から、黒いローブを身に着けた男が出てきた。
深くフードを被り、顔には目元を覆う仮面を着けている。男はカカの飛空艇が飛んで行った方角の空を見つめ、向きを変えて吊り橋を渡った。
街では未だお祭り騒ぎ、ローブの男は賑わう人々の間を抜けて街へと入っていく。道沿いに進むと広場に着き、男はそこから人気のない路地へと移った。
路地を少し進むと、正面から同じ黒いローブを身に着けた人物が2人駆け寄って来て、左手を胸に当てて小さく会釈した。
「〝
「ご苦労様です、では案内を」
3人は路地を抜け、東の方へと移動を始めた。酒飲み達の間を抜け、バザールを抜け、3人は言葉を交わすことなく真っ直ぐ目的地を目指す。
やがて先導する2人はとある建物の前で歩を止めた。そこは妖精の翅と並ぶ人気スポット〝
男は2人を外に待たせ、扉を開けて中へ入った。ランタンの灯りがぼんやりと店内を照らし、店の奥から聴こえてくる控え目な音楽は決して客の声を遮らない。
外の騒がしくも賑やかな空気とはまるで異なる、全体的に落ち着いた雰囲気の別空間。男は店内を見渡し、そしてとある席へと足を運んだ。
そこには少人数用の小さ目なテーブル席に腰を掛け、1人チーズをつまみに酒を飲む黒いローブを着た女性の姿が。
フードを脱ぎ、
「探しましたよ〝ベリィ〟…、こんな所で何をしているんです…?」
「あらァ? 誰かと思えば…ようやく来たのね〝メレード〟。貴方も1杯どう? 砂漠の暑さで乾いた喉に流し込むお酒は格別よ?」
ベリィと呼ばれる女性はそう言ってグイッとお酒を飲み干すと、店員に次の酒を注文。男は呆れたようにため息を吐いて、向かいの席に腰掛けた。
「そうやってずっと飲んでいたのですか…?」
「あら、ただ飲んだくれてたみたいに言われるのは心外ね…ちゃーんとお仕事はしてたわよ。陽気な宝石商のお兄さんから魔物の目撃情報を入手して、貴方に手紙を出して、それから数日かけて砂漠をぐるっと一周して捜し回ったのよ? 結局見つからなかったけどね…。貴方こそ何してたのよ?」
「少々問題が発生しまして…その対応で出発が遅れてしまいました。──それより…ベリィはこの街の住民達がお祭り騒ぎしている
「
「──魔物が討たれたそうです。このお祭り騒ぎはそのせいでしょう」
その言葉を聞いた女性は、おかわりの酒を口元へ運ぶ途中で手を止めた。男の仮面をジッと見つめ、酒をテーブルに置いて神妙な面持ちを浮かべた。
「どういうこと…?」
「言葉通りですよ。魔物が討たれました」
「そんなの分かってるわよ…!〝誰が〟〝どうやって〟を聞いてるの…! 魔物はどんな攻撃も通用しない筈でしょ…?! 倒すなんて不可能だわ…!」
「どうやって討ったのかは私にも分かりませんが、恐らく事実でしょう。教団を発つ直前に、シヌイ山から帰還した〝バルザック〟から同様の報告を受けました…、シヌイ山に住む魔物が何者かによって討たれたと…」
眉間にしわを寄せながら話を聞いていた女性は、並々注がれた酒を一気に飲み干した。グラスを勢いよくテーブルに置き、酒気を帯びた息を大きく吐いた。
「偶然…じゃないわよね…?」
「現地の方々によれば、魔物を討った1人は〝宍色髪の
「宍色の髪…そういえば凱旋キャビンに乗ってたわね…。あの引きこもり種族がどうしてこの国に…、目的は何…?」
「直接聞かなければ分かりませんね。そういうわけですから、教団へ帰りますよベリィ…もうここに用はありません。教団へ戻り、この件について司教全員で協議しましょう」
「あら残念…もうちょっとでお酒コンプリートできたのに…。飲みの邪魔されるわ魔物倒されるわ…本当迷惑しちゃうわね…」
2人は席を立ち、安穏酒場を後にした。外で待つ2人と合流し、黒いローブを身に纏う4人組は、北門に向かって歩き出すのだった──。
──第89話〝さらば〟〈終〉