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第89話〝さらば〟

── 朝 <魔物討伐から2日後>


「カカ様、どうですか調子の方は?」


「全快とはいかねェが、まあぼちぼちだな」


折れた右腕はほぼ回復、若干動かしにくさを感じるが大したことじゃない。体の方も調子は良いが…今朝の便の調子はあんまり…、怪我と関係あるかは分からん…。


とは言え状態は概ね良好だし、療士りょうじからも退院して大丈夫と言われた。皆より1日遅れで退院、ようやく好きに動ける。


この後はリーナとベジルに挨拶へ行って、その後ノッセラームを発つ。入院で思わぬ足止めを食らったが、魔物を無事に討伐できたとアイリス女王に報告しに行かねば。


療士りょうじ達にお礼を言い、私とアクアスは病室を後にした。階段を下りて広間に行くと、ニキとクギャが出迎えてくれた。


2日前は足を引きずっていたクギャだが、今は普通に歩けている。流石に完治はしてないだろうが、これだけ歩けるようになれば不自由もないだろう。


「おーよしよし、可愛い奴め。私達を見送りに門外まで一緒に来るか?」


「 “クギャー!” 」


元気な返事、まったく愛い奴だぜ。今日でお別れだと思うと…寂しいなぁ悲しいなぁ…。本当に優秀な弟分だったよコイツは…。


クギャの頭を撫でつつ、私達はお世話になった治癒療院ヒーリングギルドを出た。ずっと室内に居たせいか、日差しがとても眩しい…。


療院ギルドの外は肌を焼くような炎天下だが、街の住民達はまるで気にせずお祭り騒ぎ。2日前から光景が何も変わらない…賑やかな街だぜまったく…。


住民達に手を振られながら、まずはここから近いリーナの家を目指す。昨日退院したとはいえ、流石に今日からバリバリ働いたりはしてない筈だ。


お礼の品とか渡したいけど…道中に買っていけるような商店はあるかな? リーナには甘い物で、ベジルには酒でも贈ろうか。


そんなことを考えながら道を歩いていると、先の方かあら見慣れた人影が2つこっちに向かって歩いてくる。


「──あれ? 皆もう出てきたの? てっきりもっとゆっくりしてから退院するのかと思ってたよ。でもその様子なら問題なさそうだね」


「ああ、元気いっぱいだぜ。オマエ等は何をしてんだ? ここを発つ前に挨拶しに行こうと思ってたんだけど」


「俺達も色々世話になったし、せっかくならオマエ等の見送りをしようって話になってな。行き違いにならなくて良かったぜ」


思わぬ形での遭遇になったが、足を運ぶ必要がなくなったと思えばラッキーだ。予定は変更して、私達はこのまま南門を目指すことに。


リーナ達が加わったことで、周囲を取り囲む観衆達の盛り上がりはピークに達し、いつの間にか私達の後ろには行列ができていた。


まさか全員見送りにくるつもりか…? 国軍行列みたいだな…王族じゃねェんだぞ私達は…。散れ散れェ…! 落ち着かんわ背後が…!


「もうここを発っちまうのか英雄ー?!」

「もっとゆっくりしてってくれ英雄ー!」

「コレ持ってってくれー! 感謝の気持ちだー!」


うるせー…なんでコイツ等知ってんだよ今日発つの…。リーナとベジルにしか伝えてないんだけどな…こうなるの分かってたから…。


騒がしい声に釣られてどんどん観衆は増えていくし…もうどうにもなりませんなこりゃ…。この状態で商店みせに寄るわけにはいかんし…寄り道は諦めよう…。


賑やかな観衆達を引き連れ、これ以上増えないように…最短距離で南門を目指す。ちょびっと買い物とか楽しみたかったのになぁ…。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




-南門 外-


「待ってたぜェ英雄方ー!!」

「盛大に見送りますぜー! なァオメェ等!!」

「「「 ウォーーーーー!!! 」」」


「結局増えんのかい…」


吊り橋の上からも見えていたが…飛空艇の前には大勢の観衆が既に待機…。マジでどっから情報得たんすか…? ストーカーネズミ居る…?


待機していた観衆達の間を抜けて飛空艇に辿り着くと…そこには大量に積まれた木箱が置かれていた。


見た事あるゥー…決戦前の差し入れと同じだー…。まだたんまり残ってるのに更に追加…!? ありがたいけど…消費が追い付かねェぜ…。


寒零実フロズトウチが足りないんじゃなかろうか…? 生鮮食品も結構入ってるし…レヴルイスに戻ったら買い足さないとな…。──あっ…入ってるわ寒零実フロズトウチ…。


善意を無下にはできないので、1箱残してそれ以外は全て積み込んだ。前の差し入れと併せて…積荷置き場もかなり狭くなったもんだ…。


「もっと必要なら言ってくれー! いくらでも持ってくるからよー!!」


「いやもう大丈夫だって…お腹いっぱいデス…」


色々あったが…これで出発準備は整った。いよいよ砂漠ここともおさらばか…、紆余曲折あって思ったより長居したもんだな。


皆ともバイバイか…、会おうと思えばいつでも会いに来れるが…お別れの瞬間はいつも辛いもんだ…。


「ああ~クギャー、寂しいぜコノヤロー…!」


「 “ギィ?” 」


私はクギャの頭を抱きしめ、ほっぺをスリスリしながら頭をなでなで。コイツが寂しそうな反応見せないのがムカつくけど…それを含めても愛い奴だぜ…。


最初はイタチ女に従っていた私獣しじゅうの1頭に過ぎなかったコイツが…よもや私の舎弟になろうとはな…、出会いってのは不思議だぜ…。


ってかコイツずっと誰かの下に付いてるな…しもべ適性の高ェ奴だ…。野生で生きるのに適してないんじゃ…? やっぱリーナとベジルに預けよ…。


「クギャのこと頼んだぜ、時々様子を見に行くくらいでいいからさ。オマエ等も協力してくれてホントありがとな、この恩は忘れないぜ」


「俺も世話んなった、種族の件…ありがとな」


「うわーーーん…!! アクちゃーーん…寂しいよぉー…」


ベジルと握手を交わすその横で、リーナはアクアスに顔を埋めて大号泣…。流石はガチのメイドオタク…愛がこっちにまで伝わってくる…。


「うぅ…もしカカに捨てられたり幻滅したりしたら…迷わず私のもとに来てね…? その時は私がアクちゃんの主人になるから…」


「はい、お気持ちだけ有難く頂戴致しますね」


さらっとフラれたリーナは、再び顔を埋めてさっきよりも強くアクアスを抱きしめた。長引きそうだなぁ…別に急いでないけどさ…。


2人がじゃれ合っている間に、ニキもベジルと握手を交わして互いに礼を言い合っている。私はクギャに寄り添って頭をなでなで。


しばらくするとリーナは立ち直り、ニキのところへ行って別れの挨拶を交わした。そして今度は私のもとへ寄って来た。


「ちょっと悲しいけど…カカ達の戦いは邪魔できないもんね…。カカの仲間として、ずっと応援してるからっ! 頑張ってね! ──アクちゃん置いてってもいいんだよ?」


「残念ながら連れて行きます。全部片が着いたらまた会いに来っから、そん時にまたな。助けてくれて本当にありがとう、一緒に戦えて楽しかったぜ」


最後にリーナとハグを交わし、皆への挨拶を済ませた。そろそろ出発…、私は1つだけ残しておいた木箱を開けて、クギャの前に置いた。


中にはたくさんのお肉が入っており、どれも実に鮮やかな赤身をしている。クギャもしっかり反応し、お肉を凝視している。


「オマエも頑張ったからな、これはオマエのご褒美だ。いっぱい食って早く翼膜治すんだぞ、飛べない偽竜種レックスはただの爬虫類リザードだからな」


「 “クギャー♪” 」


クギャは嬉しそうに顔を木箱に突っ込んで肉を食べ始めた。それを確認し、私達は静かにその場を離れて飛空艇へと向かう。


順に梯子を上がって飛空艇に乗り込んでいき、私が梯子に手を掛けると、背後からクギャの声が聞こえてきた。


何してるの?っと言いたげに首を傾げるクギャに、私はただ微笑みを返して梯子を上がった。今寄ってこられたら…気持ちがブレてしまうから…。


ドアを開けて飛空艇内に入り、私は一度深呼吸をしてから階段を下りて居間に向かった。操縦席に座って竜翼を羽ばたかせると、外から歓声が聞こえてきた。


盛大に私達を送り出す観衆達と、その前で手を振るリーナとベジル、そしてジッと私を見つめるクギャ。私達も手を振り返し、飛空艇を少しずつ離陸させる。


砂地を離れても一向に歓声は収まらず、外では花火が打ち上げられている。賑やかな音に耳を立てながら、レヴルイスに向けて飛空艇を発進させた。


さらばサザメーラ大砂漠…ありがとうリーナ、ベジル、クギャ…──。







「──行っちゃったね…」


「ああ…まったく凄ェ奴等だったよ…。しかしホントに良かったのか…?」


「いいのいいの、色んな人に聞いて大丈夫なの知ってるから」


観衆達が街へ戻っていく中、リーナとベジルは今も護煙筒ごえんとうの煙に包まれながら雲上に昇っていく飛空艇を見つめている。


やがて飛空艇は雲上の高さにまで昇り、少しずつ見えなくなっていった。最後まで見届け、2人も街へと戻っていく。


「ねェねェ、今度暇な時にさ、カカが言ってたデゼト村って場所に行ってみようよ!」


「南側行くのか…? 別にいいが…運賃高ェぞ…?」


「いいよ~、私稼いでますから~♪」


和気藹々と話しながら2人は吊り橋を渡り、そこには誰も居なくなった。賑やかな声は街へと移り、街の外には静けさが戻った。


そんな南門の先に、砂を踏みしめる足音が1つ。親切に設置されていたオーニングの陰から、黒いローブを身に着けた男が出てきた。


深くフードを被り、顔には目元を覆う仮面を着けている。男はカカの飛空艇が飛んで行った方角の空を見つめ、向きを変えて吊り橋を渡った。


街では未だお祭り騒ぎ、ローブの男は賑わう人々の間を抜けて街へと入っていく。道沿いに進むと広場に着き、男はそこから人気のない路地へと移った。


路地を少し進むと、正面から同じ黒いローブを身に着けた人物が2人駆け寄って来て、左手を胸に当てて小さく会釈した。


「〝亡魔司教もうましきょう〟の居場所が判りました」


「ご苦労様です、では案内を」


3人は路地を抜け、東の方へと移動を始めた。酒飲み達の間を抜け、バザールを抜け、3人は言葉を交わすことなく真っ直ぐ目的地を目指す。


やがて先導する2人はとある建物の前で歩を止めた。そこは妖精の翅と並ぶ人気スポット〝安穏酒場あんのんさかば女神めがみさかずき】〟


男は2人を外に待たせ、扉を開けて中へ入った。ランタンの灯りがぼんやりと店内を照らし、店の奥から聴こえてくる控え目な音楽は決して客の声を遮らない。


外の騒がしくも賑やかな空気とはまるで異なる、全体的に落ち着いた雰囲気の別空間。男は店内を見渡し、そしてとある席へと足を運んだ。


そこには少人数用の小さ目なテーブル席に腰を掛け、1人チーズをつまみに酒を飲む黒いローブを着た女性の姿が。


フードを脱ぎ、薄墨色うすずみいろの長髪を露わにした眉目秀麗びもくしゅうれいな女性は、目の前に立った男に深碧しんぺきの瞳を向けた。


「探しましたよ〝ベリィ〟…、こんな所で何をしているんです…?」


「あらァ? 誰かと思えば…ようやく来たのね〝メレード〟。貴方も1杯どう? 砂漠の暑さで乾いた喉に流し込むお酒は格別よ?」


ベリィと呼ばれる女性はそう言ってグイッとお酒を飲み干すと、店員に次の酒を注文。男は呆れたようにため息を吐いて、向かいの席に腰掛けた。


「そうやってずっと飲んでいたのですか…?」


「あら、ただ飲んだくれてたみたいに言われるのは心外ね…ちゃーんとお仕事はしてたわよ。陽気な宝石商のお兄さんから魔物の目撃情報を入手して、貴方に手紙を出して、それから数日かけて砂漠をぐるっと一周して捜し回ったのよ? 結局見つからなかったけどね…。貴方こそ何してたのよ?」


「少々問題が発生しまして…その対応で出発が遅れてしまいました。──それより…ベリィはこの街の住民達がお祭り騒ぎしている理由わけを把握しているのですか…? 随分吞気にお酒を楽しんでいるようですが…」


理由わけ…? さあ? 何かめでたい事があったんじゃないかしら? 2日前に街へ戻ってきた時は、何か派手に凱旋パレードみたいなのやってたけど…そんなの私達には関係ない話でしょう?」


「──魔物が討たれたそうです。このお祭り騒ぎはそのせいでしょう」


その言葉を聞いた女性は、おかわりの酒を口元へ運ぶ途中で手を止めた。男の仮面をジッと見つめ、酒をテーブルに置いて神妙な面持ちを浮かべた。


「どういうこと…?」


「言葉通りですよ。魔物が討たれました」


「そんなの分かってるわよ…!〝誰が〟〝どうやって〟を聞いてるの…! 魔物はどんな攻撃も通用しない筈でしょ…?! 倒すなんて不可能だわ…!」


「どうやって討ったのかは私にも分かりませんが、恐らく事実でしょう。教団を発つ直前に、シヌイ山から帰還した〝バルザック〟から同様の報告を受けました…、シヌイ山に住む魔物が何者かによって討たれたと…」


眉間にしわを寄せながら話を聞いていた女性は、並々注がれた酒を一気に飲み干した。グラスを勢いよくテーブルに置き、酒気を帯びた息を大きく吐いた。


「偶然…じゃないわよね…?」


「現地の方々によれば、魔物を討った1人は〝宍色髪の人族ヒホ〟だそうです。先程この街の住民達が盛大に送り出した者の中にも、特徴が一致する人物を確認しましたし…十中八九同一人物と考えていいでしょう」


「宍色の髪…そういえば凱旋キャビンに乗ってたわね…。あの引きこもり種族がどうしてこの国に…、目的は何…?」


「直接聞かなければ分かりませんね。そういうわけですから、教団へ帰りますよベリィ…もうここに用はありません。教団へ戻り、この件について司教全員で協議しましょう」


「あら残念…もうちょっとでお酒コンプリートできたのに…。飲みの邪魔されるわ魔物倒されるわ…本当迷惑しちゃうわね…」


2人は席を立ち、安穏酒場を後にした。外で待つ2人と合流し、黒いローブを身に纏う4人組は、北門に向かって歩き出すのだった──。



──第89話〝さらば〟〈終〉

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