「うむむ…、こうですか…?」
「ちょっと傾け過ぎだな、そのままだと右に流れてっちまう。それにほら、風向きが若干変わっただろ? ってことで今より左に2度、上に3度傾けた状態が正解だ」
「うぅ…素人には難しすぎますー…」
折れた右腕の代わりにアクアスが手伝ってくれているのだが、ただ手伝ってもらうのはつまらないので、アクアスにハンドルを任せてみた。
細かな操作に苦戦し、そこに集中しすぎて風速と風向きを見るのを忘れる。私も昔そうだったなぁ…まるでかつての自分を見てるみたいで微笑ましいぜ。
まあ万が一にも墜落しちゃったら大変だし、余興はこの辺にして私が操縦しよう。もうそろ街に着くしな、ようやく私もゆっくり休めそうだぜ…。
「次の商品はこちらニ!
「ちょー綺麗…! めっちゃ素敵ィ…!」
「しかし値段するな…次の商品に期待するか…」
後ろではニキ達が売買を楽しむ声が聞こえてくる。蟲の羽を使ったネックレス…? 確かに綺麗だが…私は身に着けたくはないな…。
まだ何かしら掘り出し物あるかもしれんし、後で私も色々見せて貰うか。ってなところで、ようやく前方にノッセラームが見えてきた。
残る問題は上手に着地するだけが、これが結構難しい…。片手だと細かい操作が中々できなくて…飛空艇が傾いてしまう可能性がある…。
そいつはマズいぜェ…最悪の場合横転だ…。そんなわけで極度の緊張により顔面蒼白なアクアスに無理を言い、二人三脚で着陸を試みる。
比較的簡単な降下をアクアスに託し、私は慣れない左手で副翼を操作して何とか水平を保つ。慎重に慎重に飛空艇の高度を下げ、そして無事着陸成功に至れた。
アクアスは魂が抜けたかのようにしおしおになってしまった…降下は全然難しくないんだけどなぁ…。大丈夫かなこれ…息ある…?
「ハァ~、本当に帰って来れたんだね私達~。今朝出発したばかりなのに…何だか凄く久々に感じちゃうよ…。私クギャの様子見てくるね、居なかったら大変だし」
「怖い事言うなよ…」
抜け殻と化したアクアスのほっぺをペチペチして正気に戻し、リーナとベジルを見送る為に甲板へ出ようとすると、何故かリーナが急いで戻ってきた。
「みみみ皆ァ…! 外…! 外に来て…!! 早く…!!」
えっ…もしかしてマジでクギャ居ない…? ちょっと勘弁してよ…せっかく再会できたのにそんなバッドエンドなんて嫌だぜ…?
しかしリーナの慌てようは冗談じゃない…、嫌なもやもやが胸に広がるのを覚えながら…私達は急いで甲板へ出た。するとそこには…──
「「「 ウオオオオオオオオッ!!!! 」」」
「英雄達が帰ってきたぞォ!!」
「この砂漠の救世主ーー!!」
「お帰りーー!!」
ドアを開けて真っ先に目に飛び込んできたのは、デカい吊橋を渡って来る住民達の姿。もの凄い歓声が一身に向けられる。
その光景に唖然とし、開いた口が塞がらない…。街の方からは花火が打ち上がっており…歓迎ムードが外壁から漏れ出している…。
横を見ると、クギャも戸惑った様子でこの光景を眺めていた。ひとまずクギャが失踪してなくて良かったが…中々この光景に目が慣れない…。
「凄いお祭り騒ぎニね! やーーいっ♪ 魔物倒したニよーー♪」
「皆ただいまーー♪」
流石は旅商人と踊り子…場慣れしてやがるぜ…。私とアクアスとベジルはこういう時どうしていいかまるで分からん…。
しばし甲板で歓声を浴びていると、観衆の奥から筆頭憲兵を先頭に憲兵達がぞろぞろ飛空艇に近付いてきた。
「よくぞお戻りになられた…我等一同、皆さんの帰還を信じておりましたっ! ささっ、どうぞ街までお越しください、英雄達に相応しいお祝いを用意しております」
筆頭憲兵殿がそう言うと、住民達は左右に分かれて街までの道を作った。まだ思考が追いついてないが…歓迎を無下にはできないので…とりあえず飛空艇を降りる。
「あの…筆頭憲兵殿…? あそこの
「もちろんですよ、どうぞご一緒に」
クギャも一緒に行けるそうなので、ニキの力でクギャも降ろした。脚が痛むだろうが…クギャだけお留守番は可哀想だし、調教師に診てもらいたいしな。
一応クギャには人を噛まないように言いつけ、住民達の間を通る。怯えられるかと思ったが、住民達はクギャすらもすんなりと受け入れている。
むしろクギャの方が戸惑っている…、人懐っこいとは言え
全てを受け入れる住民達に誘われ、私達はノッセラームへと入っていく。余談だけど…吊橋にも人が大勢居てめっちゃ揺れた…。ちょー怖かった…、下流砂よ…?
怯えながら吊り橋を渡り切って南門から街に入ると、そこには大きな〝
これまたデッカいキャビンだこと…馬車のそれとは比べ物にならないデカさだ…。流石は貴族王族を運ぶ為の
しかもこれ凱旋パレード用のキャビンでは…? いよいよ王族用のやつじゃん…重いなぁ感謝…、庶民ですぜこっちは…。
これに乗って今から街中巡るんですか…? せっかくなら
「さァさ、どうぞお乗りください!
善意MAXの筆頭憲兵殿と盛り上がりMAXな住民に囲まれ…言われるがまま私達は凱旋キャビンに乗り込んだ。
キャビンにはふかふかのソファーがあり、備え付けのテーブルには高級そうなジュースや酒までも置かれていた。
座り心地は抜群、腰が沈んでいくかのような柔らかさ…ダメになりそうだ…。ここにお酒なんて入れようもんなら…確実に酔っぱらうだろうな私…。
全員が乗ると
もうどうにでもなれ…私も酒飲むわ酒。
ニキとリーナは相変わらずファンサービス全開…疲れ知らんの…? 貴方達もちょっと前まで死闘してましたよね…? 記憶燃えカスなりました…?
「こういう時にテンション全開になれんの良いよな…陽の気は良いな…」←陰気派
「ですね…とても眩しいです…」←陰気派
「若ェ証拠だな…」←陰気派・アラサー
「ほらほら3人共元気ないニよー! こういうのは楽しんだ者勝ちニ!」←陽気派
「そうだよ皆っ! 笑顔振りまいてこっ!」←陽気派
「 “クギャーー!!” 」←陽気派
若干の温度差を背負ったキャビンは、順調に大通りを進んでいく。進めど進めど人だかりは途絶えず、歓声は一向に止まない。
この行列は一体どこまで続いているのやら…、そしてこのキャビンは一体どこを目指しているのやら…。
こうずっとふかふかのソファーに座りながらキャビンに揺られてると…だんだん眠たくなってくる…。眠気を紛らわせる為に観衆をボーっと眺めてよ…。
酒場で見たような見てないような男達、少し後ろからこっちを見ているご年配の方々、お父さんに肩車されてる子供♡、そんで…──
キャビンは現在西門前を通過しようとしているが…私の視線はとある箇所に釘付けになった。
西門の奥に人影が一つ…黒いローブを身に着けた人物が街に入ってきた。灼熱の砂漠に黒いローブ…そんな場違いな格好が目に留まった。
顔は影に隠れてよく見えないが…不思議と目が合ったような気がした…。すぐに建物に遮られて見えなくなったが…不思議と睡魔は無くなっていた…。
「 “グゥモーー!!” 」
「──んぉ? 止まったぞ…? ようやく
どこに着いたかと思えば、キャビンは何の変哲もない道の真ん中に止まった。一旦止まっただけかとも思ったが、周りの観衆達の様子からしてそうじゃなさそうだ。
やがて憲兵達から降りる指示を受けた為、私達は地上に降り立った。背伸びをして周囲を見渡すと、見慣れた看板が目に留まった。
包帯が巻かれた瓶のシンボル…あれこの看板はまさか…。
「お待ちしていました英雄達よっ! さァどうぞ中へお入りくださいっ! 我等〝クレーブ
勢いよくドアを開けて、
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「とりあえず処置は終わりました。
「ありがとうございます。しかし明後日かァ…まあそれは別にいいんだが…、なんでオマエ等だけ明日退院なの…? なんで私だけ長引いてんの…?」
「
アクスルとリーナはまあ分かるよ…衝撃ブレス喰らってないからさ…。でもニキとベジルは何なの…? 喰らいましたよね貴方達も…?
ニキに至っては今日で帰れるんだって…コイツの体何で作られてんの…? どこ産の何製で生み出された
「それでは我々はこれで失礼します。明昼頃に昼食をお持ちしますので、それまでごゆっくりお休みくださいませ」
ちなみにクギャは部屋に入れない為、1階広間で調教師達から治療を受けている。脚の完治には数日かかるらしい、仲間だ。
そして翼膜の再生にはもっと日数が要るらしい…アイツが一番の重症者だった…。無事に野生へ帰れればいいけど…。
「まあいいや。ふぅー…ようやっと休めるぜー…」
「まったくだ…、腰が痛ェ…」
私達はボフッとベッドに横になった。まるで沈み込んでいくかのように体が重く感じる…何だかボーっと天井を見つめてしまう…。
色々あったなぁ今回も…色々と大変な道のりだったぜ…。横流砂で離れ離れになるわ…遺跡で石像と戦うわ…
そんな中で信頼できる奴等と出会って…幾度も困難を突破したな…。──色々あったけど…とりあえずユク君可愛かったな…。
「──なァオマエ等…俺が
「えェ…!?」
「ニ…!?」
ベジルの突然のカミングアウトに…リーナとニキは大きく反応した。私もちょっとビックリした…何族か聞いてなかったけど、まさか
確か
「ベジル…それ言って大丈夫なのニ…!? そりゃ確かにカカ達はきっと大丈夫とは言ったニけど…何もこんな所で…」
「いいんだよ…、もう仲間内に隠し事はしねェって決めたんだ…」
2人の会話的に、ニキはすでに知ってたみたいだ。衝撃ブレスを喰らったベジルが重症化しなかったのは、ニキから血を貰ったからか…?
そういやあの時…ベジルはニキに任せて、私はアクアス達の方に向かったもんな。そうか…あの時にこっそり血を…。
「怖ェか…? 俺が…」
そう問い掛けられたリーナは、少しだけ怯えているように見えた。驚きが混じっての反応だろうが…そうなるのも理解できる。
だが
それらはやがて病のように広がり…あっという間に大勢が嫌悪する…。染みついた偏見は簡単には拭えず…結果リーナのような〝知らず嫌う〟者を生む…。
「オマエ等はどうだ…? 俺は気持ち悪いか…?」
「誰に言ってんだオメー、こちとらドーヴァ出身の
角も翼も無ければ牙も尻尾も無い、そんな
種族特性も
「私達はちゃんと〝オマエ〟を見てるよ…、自分を蔑むのは止そうぜ…? 何かこっちまで悲しくなってくる…」
「そうだな…ありがとよ…」
そこからしばらくの間、静寂が部屋の中を包み込んだ。窓から入ってきた熱い風が、カーテンを静かに揺らす。
何とも言えない空気感…他人に耳の裏を撫でられているかのようなビミョーな居心地の悪さ…。寝れねェ…とても気持ち良くは寝れねェ…。
もやもやするゥ…どうにかリーナが抱く悪い印象を変えたい…。一緒に戦った仲だ…、この2人の間に軋轢を残したまま…うやむやにしたくない…。
だがどうしていいかも分からない…、じっくり考えるか…私だけ退院明後日で時間はたっぷりあるしな…。
「──よしオッケー!! 今ぜ~んぶ受け入れましたっ!! まだちょっと
「おっ…おう…、まあゆっくり慣れてもらって構わねェぞ…?」
「こっちまでビックリしたぜ…、オマエも大概良い奴だよな…口悪ぃけど…」
「今関係ないじゃん…?!」
リーナのおかげで部屋の空気は一転、私達は寝転がりながら笑い合った。さっきの重々しい気分とは対照的に、胸のすく思いが心を包んだ。
それを好機と見て再び訪れた睡魔。皆の楽し気な話し声と笑い声を聞きながら、私はゆっくりと瞼を閉じた──。
──第88話 凱旋パレード〈終〉