「 “グゥルルルゥ…!” 」
「ヤベーなこりゃあ…万事休すを超えて絶体絶命だぜ…」
阻止も無理…回避も無理…、衝撃ブレスが直撃すれば今度こそ天に召されちまう…。仮に私が回避できても…他がやられたんじゃその後魔物を倒せるか分からん…。
退くも進むも叶わない…まるで行き詰まりに嵌ったような感覚だ…。今までは何とか突破口を見つけれたもんだが…今回ばかりは手詰まりだ…。
ようやく魔物を倒せる希望を見つけれたってのに…、これぞまさしく一歩及ばずってやつか…。──クギャ…ごめんな…。
“────ズボッ! ──ズボボボボボボッ!!!”
「 “グゥ!?” 」
「うおおっ…!? これって…?!」
何の前触れもなく、突如1匹の大魚が砂中から飛び出した。それを皮切りに次々飛び出す魚群、だがその全てが砂の上に力なく落ちていく。
鼻につく腐敗臭…この魚の全てが既に死んでいるようだ…。前にポチの背中でベジルが言ってたな…確か〝ヒット・モンテ〟だったか…?
飛び上がる死魚の群れに魔物も一度は動揺したが…気に留めずすぐに顔をこっちに向け直した。もう少し勢いがあれば…いい目くらましになったんだが…。
死魚の雨の奥で…ただただ光が強まっていくのを眺めることしかできない…。
「 “グゥルルルルゥ…──グゥロォ?!” 」
衝撃ブレスが放たれる直前、砂中から浮上してきた大きなクジラが魔物の下顎に直撃。そのおかげで頭部が斜め上を向き、衝撃ブレスは私達の頭上を通過した。
絶望的な状況から一転、思わぬ好機が舞い込んだ。邪魔をされた魔物はクジラの死骸を銜えて、ぶんぶん振り回して遠くへ投げ飛ばした。
皮肉なもんだ…テメェが虐殺したであろう生物に死後仕返しされるとはな。魔物を討てと…まるで背中を押されてるみてェだ。
その隙を見逃さず、私とアクアスとニキは一気に魔物へと接近する。これだけ近付けば流石に衝撃ブレスは撃ってはこないだろう…ここが正念場だ…!
「 “グゥロロァ!!” 」
「「 〝
〝
伸ばされた右前脚に、私とニキは攻撃を与えて相殺。すぐさま左前脚も伸ばしてきたが、これは動きをよく見て回避。
ついでに攻撃後の隙を突き、左頬に一撃叩き込んだ。魔物は鋭い眼差しを私に向け、口を開けて噛み付こうとしてくる。
しかしそれもニキの強烈アッパーカットによって失敗に終わった。ダメージはなくとも、ことごとく攻撃が失敗に終わったことで、魔物に怒りが見え始める。
ただでさえ渾身の攻撃を死骸に邪魔された直後だ、チクチク攻撃してくる私達が目障りで仕方ねェ筈。
だが怒りに飲まれた奴ってのはいつもそうだ…怒気と殺気だけが視界をチラついて、見るべきものを見落とす…!
私達に意識を偏らせ過ぎた魔物、その右方向から勢いよく接近してきた砂上船がタックルをかました。
この特攻によって砂上船は大破してしまったが…魔物は大きく体勢を崩した。そしてそこへダメ押しの追撃、砂上船に乗っていたベジルとリーナが飛び出す。
「「 〝
〝
2人の鋭い斬撃は、魔物の深紅の瞳を切り裂いた。いずれ再生するが…それまで視界は閉ざされたままだ。
片方の視界が潰れ…未だ体勢も整わない──トドメの一撃を喰らわせるにはこれ以上とない好機…! ここを逃す訳にはいかない…!
「ニキ!! アクアス!!」
「はいっ! 心得ていますっ!」
「こっちも準備できるニよっ! 思いっきり来いニ!!」
私とアクアスはニキのもとへと全速力、同時に
そのすぐ後にアクアスも追って上空へと飛んできた。私達の真っ直ぐ向かう先には、蕾のように水晶体を守る鱗が。
王都レヴルイスへ向かう道中…ニキが見せてくれた黄金色のキラキラがついた
ニキは言ってた…「声や音の振動を〝増幅〟して拡げられる」って…。本当にそれが可能なら…
衝撃波は大気の震えだ…理論上いける筈なんだ…! 内部から破壊する衝撃を
いくら鱗が硬かろうが…内側に爆発的な衝撃を与えれば必ず壊せる…! 私の出せる全力を…
「〝
ポイッと手前に放った
金槌で叩かれているかのような痛みが全身を襲い…右腕は変な方向へと曲がった…。回復しつつあった内臓にも…再び激痛が走る…。
しかし酷く破壊されたのは私だけじゃない…! 強烈な衝撃波に晒された鱗にも小さなひびが入り、それは徐々に大きな亀裂へと成長していく。
そしてついに──あの硬い鱗は弾け飛んだ。剥き出しになった
されど激しく損傷した鱗は…既に根元部分から再生しつつある…。放っておけばあっという間に元通り…だがそんな暇は与えない…!
「決めろアクアス…!!」
「はいっ…!!」
鱗に着地した私はそのまま転がるように水晶体の前から
砂漠に巣食い…生態系を荒らしに荒らした災禍を──私の舎弟の…クギャの命を奪った生ける禍いを──ここで終わらせる…!!
「いけェェェェェェェェ!!!」
“──ピシィ…!”
鱗が再生するよりも早く、アクアスの短剣は根元まで水晶体に突き刺さった。全体に亀裂が入り、魔物は耳を覆いたくなるほどの咆哮を上げた。
それと同時に水晶体は
強力な衝撃波によって私とアクアスは吹き飛ばされ…宙に投げ出された…。自由の利かない空中で…私はアクアスの服を掴んで抱き寄せ、両腕で抱きしめた。
そのまま勢いよく落下し…砂の上をごろごろと転がった…。砂だから体はそこまで痛くはないが…バキ折れた右腕が気狂いそうなほど痛む…。
アクアスに支えられながら体を起こして前を見ると…そこには見る影もない魔物の姿があった…。
発していた衝撃波は止まり…全身はまるで業火に焼かれたかのように黒くなっていた…。天を仰いだまま動かない魔物の体は…少しずつ灰の様になって消えていく…。
私達はしばらくその光景を眺め…魔物が完全に虚空へ溶けていくのを見届けた…。そこでようやく…私達の勝ちを確信した…。
積み重なった疲労と…緊張が一気にほぐれたことで体がズシッと重くなった…。戦いが終わったことへの安堵と…もう一つの感情が脳を染める…。
戦いは終わった…、だけど…もう…──
「アクアス…ちょっといいか…?」
「はい、何でしょう…?」
──昼前 -飛空艇内-
<〔Persp
「カカ長いね…大丈夫かな…」
「無理もねェな…戦闘の最中は気丈に振舞ってたが…、大事な舎弟を失ったんだからな…。むしろよく最後まで戦えたもんだぜ…」
魔物との死闘を終え、飛空艇へと戻って皆様の手当てをしていますが…カカ様だけがこの場に居ません…。
カカ様はまだ飛空艇の外…。魔物を討った後カカ様にお願いされました…「少しだけ1人にしてほしい」っと…。
すぐに手当てをしなければならない状態ではありますが…、カカ様の切なげな背中に…とても断ることができませんでした…。
“ガチャッ…”
「待たせたな皆、すまんすまん。魔物の衝撃波で
何事もなかったかのように戻ってきたカカ様でしたが…目元には薄っすらと泣き跡が残っていました…。
「そんじゃ…ぼちぼち街まで帰ろうかね、いつまでも流刑地に留まっておくのも気持ち悪いしな。──ああそうだ…その前にクギャの亡骸だけ回収してもいいか…? ちゃんと埋葬してやりたいんだ…」
「それがいいニね…きっと安らかに昇っていくニよ…」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
窪地の中から飛空艇を移動させ、
空を見上げると…クギャ様が吹き飛ばされた軌跡がくっきりと見える…。もう少し先の方にクギャ様は居るようですね…。
先頭を歩くカカ様の背中を見るたびに不安が大きくなっていく…。直にクギャ様の骸を見てしまったら…果たしてカカ様の心はもつでしょうか…。
そんな心配を募らせながらゆっくりと進んでいく砂の上…。誰も口を開かず…沈黙を貫いたまま徐々にクギャ様の落下地点へと近付いていく…。
今目の前にある盛り上がった砂山を越えれば…そこにクギャ様の骸がある…。それを見てカカ様がどんな反応をしたとしても…次こそは必ず
“──…! …! …!”
「皆止まれ…、何か来る…!」
カカ様は瞬時に武器へ手を掛け、
足音はゆっくりと…それでいて確実にこちらに向かって来ている…。足音からしてそこまで大型ではなさそうですが…手負いの状況では油断できません…。
特にカカ様は右腕を骨折している上に…まだ応急手当もしていません…。とても戦える状態じゃない…何としてもカカ様をお守りしなくては…!
“ザッ…! ザッ…! ザッ…!”
「 “──クギィ…” 」
「…っ?!! えっ…はっ…!?」
砂山の奥から姿を現したのは…まさかのクギャ…様…? 本当にクギャ様なのでしょうか…、お腹を空かせた別の
突然の事にやや動揺しましたが…カカ様もかなり動揺してらっしゃいますね…、ちょこちょこ振り返っては皆様の顔色を確認されています…。
「ク…クギャなのか…?! クギャー?!」
「 “クギャー…” 」
聞き間違えようのない鳴き声、それを聞いた途端にカカ様は走り出した。そして右腕が折れているのにも関わらず、両腕でクギャ様に抱きつかれました。
<〔Persp
「どうだベジル…? クギャは大丈夫そうか…?」
「んー…まあ大丈夫だとは思うが…。言っても俺ァ獣医じゃねェからなァ…、ハンター時代の知識でしか語れねェぞ…?」
クギャとの再会に思う存分泣いた後、一応クギャの状態を大まかに診てもらった。左の後脚を痛めているらしいが、命に別条はないだろうとのことだ。
だが問題が一つ…
「
「回復事例はいくつか聞いたことあるが…時間はかかるな…。個体差にもよるんだろうが…1日2日で直るもんじゃねェな」
なるほど…ひとまず再生するんなら良かったよ。空を飛べない
最悪ベジルかリーナに一生飼ってもらおうか考えていたが、それなら回復するまで面倒を見てもらうだけで大丈夫そうだ。
私は優しくクギャの頭を撫でると、クギャは前脚を頭の上に置き、上目遣いで何かを訴えるような視線を向けてきた。
「 “ギャギャッ…ギャギィ…” 」
「あんっ? なんだよ…別に空飛べないからって取って食ったりしねェよ私は…。何だと思ってんだ私のことを…、食うぞ…?」
「どっちですか?」
出会ってすぐの頃なら容赦なく食べていたかもしれないが、流石に愛着が湧き過ぎた。私は怯えるクギャを抱きしめて目一杯頭を撫でた。
「さてさて、全員が奇跡の集結を果たせたわけだし、ぼちぼち街まで帰るか。もちろんオマエも一緒だぞ、クギャ」
「 “クギャー!” 」
「完全にカカの調子戻ったね、これで心置きなく討伐成功を喜べるよ~。あ~ほんと生きててよかったぁ…皆で帰れるの嬉しい~」
最初は鉛のように心も体も重かったが、今では羽のように心が軽い。体は重い…ってか痛い…、深い悲しみが消えてダイレクトに痛みを感じる…。
クギャが怪我してなければ乗れたのに…おのれ魔物め…。むしろこっちが担がないといけない状態だぜ…右腕がアレだから私は無理だが…。
とりあえず困った時は
そのまま飛空艇まで戻ると、ニキはボールでも投げるかのようにクギャを甲板まで投げ飛ばした。ガチもんの化け物がよぉ…。
「クギャ平気かー?」
「 “ギ…ギャギィ…” 」
「平気みたいニね」
「鬼かオマエ…」
クギャの安否を気にしながら全員梯子を上がり、皆はようやく一息つけたような様子でソファーに腰を掛けた。
私の落ち込みが想像以上に皆の心を圧迫してたみたいだな…反省反省…。気を取り直して元気にいこう、戦いの勝利に湿っぽい空気は似合わねェからな。
折れて使い物にならない右腕の代わりにアクアスの助けを借りながら、私は飛空艇をノッセラームの方角に飛ばした──。
──第87話 枯死に愛を添えて〈終〉