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第84話 クギャ

どうするどうする…!? リーナの走力でも多分あの衝撃ブレスは回避できねェ…! リーナがあんなの喰らっちまったら…生きてたとしても脱落リタイアだ…。


まだまだ戦いは始まったばかり…序盤で貴重な戦力を失う訳にはいかない…。ニキがすぐには動けない以上…残るメンバーでどうにかしねェと…。


だがどうすりゃ打開できる…? アクアスが何度も頭部に炸裂弾さくれつだんを撃ってたが…それに一切動じることなく魔物はブレスを放った…。


単なるごり押しじゃ恐らく止められない…、考えろォ…考えろ私ィ…! 必ず何か打開策はある筈だ…! 考えろ考えろォ…!


眼前に危機的状況が広がる中で…私は必死に頭に回す…。何かヒントがないかと…グラードラ草原での戦いを思い返す。


そこで頭に浮かんだ天啓…! 一筋の希望…! それでダメならもう無理かもしれない…、どうか上手くいきますようにと願いを込める…。


「アクアス!! 水晶体を撃ち抜けっ!!」


「かしこまりましたっ!」


私からの指示を受け、アクアスは剝き出しの水晶体に弾丸を撃ち込んだ。それで水晶体が壊れれば楽な話だが…バキンッと弾丸が砕け散る音が聞こえた…。


下からは見えないが…きっと水晶体は無傷なままだ…。しかし魔物は驚いたかのような声を上げ、口の中から漏れる光が治まった。


やはり私の天啓はズバリ的中していた…! 思い返してみて気付いたのさ…魔物は水晶体への攻撃に敏感であることを…!


基本的にノーダメージであるにも関わらず、攻撃の意思を示しただけで徹底的に妨害をしてくる。理由は…弱点を守ろうとする生物的な本能のせいかな…?


詳しくは知らんが、ひとまず魔物の衝撃ブレスは阻止できた──っがまだ終わってはいない。私は足を止めずに真っ直ぐ魔物へ向かって行く。


今のでリーナは標的から外れてたが…代わりにアクアスが狙われる…。上部の援護部隊サポートはかなり重要だ…何とか下に引き留める…!


上を見上げて不気味な唸り声を上げる魔物の頭部に接近し、砂を蹴って飛び込んだ。衝棍シンフォンを左手に持ち替え、右頬に一撃を叩き込む。


「〝禍玄かげん震打しんうち〟!!」


「 “グゥラァァ…?!” 」


的がデカいから手応えも凄い、これがクソエナだったら一撃であの世に送れるほどの一撃。頭部は大きく揺れ、魔物は混乱している様子だった。


強烈な一撃を叩き込んだ私を見たリーナもまた、さっきまで走っていた勢いそのままに反対側から猛接近してきた。


「〝一角壊砲いっかくかいほう〟!!」


私以上の威力を誇る攻撃を今度は左頬に与えられ、より魔物は混乱している。このまま更に追撃を…──っと思ったが、私とリーナはすぐにその場を離れた。


太陽に照らされて砂に浮かんだ影は、魔物の上に人が居ることを示していた。さっきのどさくさに紛れて体に登ったのか、魔物の頭上にはニキの姿が。


「〝哭砲こくほう〟!!」


脳天にニキの非接触パンチが炸裂、頭部が砂に叩きつけられた。さっきまで瀬戸際に立たされていた者が放っていい威力じゃない…。


加えてニキは着地ついでに、魔物の頭部に強烈な蹴りをお見舞いし、その後頭を踏ん付けて私の方に跳んで来た。


ニキは腹部を押さえて辛そうにしている…。まだ十分に動ける状態ではなさそうだが…無理して頑張ってくれたみたいだ…。


「加勢はとてもありがたいが…あんまり無理し過ぎんなよ? ただでさえ危ない状態なんだからなオマエは…。──それと目見えてるぞ…」


「ニィィ…?! わーダメダメダメー!! 見ちゃダメニーー!!」


ニキは慌てて背を向けて頭巾をいじり出した。そんなに嫌なのか目見られるの…? 洋紅色ようこうしょくで綺麗な目だと思うけどなぁ…。


あれこれ頭巾を調整し終えて向き直ると、ニキの目はまた影に隠れてしまった。残念だぜ…綺麗なんだけどなぁ…。


「ふぅ…これで問題なく戦えるニ! がんがん気張っていごぼぼぼぼぼ…」


「オイ…マジで無理すんなよ…? 見ろ…魔物もご立腹みたいだぜ…」


まだ晴れない砂埃の中に…吐血するニキと私を見つめる2つの目が怪しく輝いていた…。目の奥に深い怒りをひしひしと感じる…。


まるで効いちゃいないだろうに…、むしろ怒りたいのはこっちだっての…。あんだけやったんだから…歯の1本でも折れてくれよ…。


“──キーン…!!”


「おっと…一旦離れるぞニキ…!」


〝音〟と同時に魔物が尻尾を揺らし始めたを見て、私はニキを担いで距離を取った。直後尻尾は勢いよく振られ、砂を高く巻き上げた。


退避が遅れていたら直撃の可能性もあった程…魔物の攻撃は素早かった。ほんの一瞬でも気を抜けない…ごりごり精神が削られる…。


悠長に攻め込む隙を窺ってちゃ埒が明かない…そう感じた私は肩に担いでいるニキに一つ提案をすることにした。


「ニキ…これオマエに渡しとくわ、オマエの方が上手く使える」


「短剣…? ニキがトドメを刺せばいいニ…?」


「できるならやってほしいが…そう簡単な話じゃねェさ…。私の力じゃ魔物の厚い皮膚を破れねェ…けどオマエならやれるだろ…? 胴側面の眼を潰してくれ、私達が何とか隙を作る──頼めるか…?」


「頼まれたニ…!」


ニキに短剣を渡し、そこで私達は再び別れた。巻き上がった砂煙の外に出た私はアクアスに手を振り、その後ニキのことを指差した。


アクアスはすぐに私の意図を察した様子で、首を縦に振った。これでアクアスのサポートはニキに集中する筈…後は私とリーナが魔物の気を惹きまくるだけ。


どれどれ…もういっちょ勝負仕掛けてみようじゃないか…! 失敗すれば確実に負傷するが…ニキが攻め入る隙にはなる筈だ…!


砂煙が晴れて魔物の頭部が露わになったのを確認し、私は再び足元から人骨を手に取って魔物に打ち込んだ。


当然硬い皮膚に骨は砕け散ったが…魔物は瞳をこちらに向け、大きな口に砂を溜め込み始めた。よしよし…勝負に乗ってきたな…単純な野郎だぜ。


さっきは虚を突かれて不覚を取っちまったが…分かっちまえば対処はできる…! 私は片膝を付き、できるだけ姿勢を低くして衝棍シンフォンを前に構えた。


十分砂を溜め込むと、魔物は私の方に体を向けて勢いよく吐き出した。それに合わせて私も衝棍シンフォンを両手で回しだす。


一瞬で周囲が砂に包まれ…衝棍シンフォンを回す両手がズシッと重たくなる…。まるでおもりを付けているみたいだが…それでも力を緩めずに回し続ける。


やがて襲ってくる骸の弾…。容易に肉に突き刺さる威力と速度を持つが…それ等を私は全て防いでいく。


生憎こっちは上澄み鞭使いの連撃を凌いでんだ…ただ速いだけの攻撃なんざどうってことはねェ…! このまま防ぎ切る…!


砂の重さで悲鳴を上げる腕に鞭を打って回し続け…ついに私は攻撃を凌ぎ切った。ざまァ見やがれクソ魔物め…!


無傷で凌ぎ切った私が気に食わないのか、魔物は不気味な眼で睨み付けてくる。あの眼に凝視されると…どうしたって体が恐怖を覚えちまう…。


だが凝視してくるってことは…それだけ意識が私に向いている証拠。いくらハイスペック化け物といえども…そんな状態で他にも十分な意識を注げるかな…?


それぞれ魔物の左側からリーナが、右側からはニキが攻撃を仕掛けようと接近している。私は恐怖を押さえつけて、2人に合わせて前進する。


左右正面の三方向から敵が接近…どうするよ魔物…? どうせこっちの攻撃は全部効かねェって思ってんだろ…? 素直に私を狙ってこいよ…!


「 “グゥラァ…!!” 」


「うっ…?! へへっ…そうだ…それでいい…」


魔物は口を開けて、深紫こきむらさきに光る口内を私に向けた。思わず足を止めてビクついちまったが…私は堂々とその場で立ち止まった。


逃げる私を追って魔物が動き回ってちゃ…ニキの攻撃が成功しづらくなっちまう…。これは賭けだ…、私がやられるか…ニキの攻撃が間に合うかの賭け…。


リーナは双剣で足を斬りつけているが、傷一つ付いてはいない。だがむしろナイスだ…左右の攻撃がその程度だと思わせられる…!


徐々に光が強まっていくが…ニキが魔物のすぐそばまで接近できたのが見えた。急げよニキ…! 目に物見せてやれ…!!


「 “グゥロロロロォ…──グゥロラァッ…!!?” 」


「…っ! 間に合ったか…!」


頭の中に強く〝音〟が鳴り出した時、魔物は苦しそうな声を出して空を見上げた。口の光は消え、完全に衝撃ブレスが中断された。


魔物は怒りにまみれた顔をニキに向け、今にも噛み付こうとするが、眉間に撃ち込まれたアクアスの弾によって目元が凍り付いていく。


魔物は突然の事態に六足むつあしをバタバタさせて大暴れ…。砂漠の灼熱ですぐに氷は溶けてしまうだろうが、避難する隙を生むには十分過ぎた。


「カカー! 右側面の眼、きっちり切り裂いてやったニー!」


「上出来だ、よくやってくれたなっ!」


これで右側からの攻め込みが遥かに容易となった、これはかなりデカい。できればもう片方も潰しておきたいが…それはチャンスがあったらでいいだろう。


こっそり右から近付いて、素早く背に乗って、水晶体に一撃入れるだけで済む話だ。ようやくほんの少し勝機が見えてきたな…。


「 “グゥルルゥ…” 」


「んっ…?! 何かするつもりだぞ…!」


魔物は前脚で砂を掻き始め、様子を窺っている間に砂の中へ消えてしまった。そういや砂の中を泳げるんだったな…失念してた…。


こりゃ厄介なことになったぞ…。いつ攻撃を仕掛けられるかも分からないし…反対にこっちは攻撃を仕掛けられねェ…。


「あの野郎を引きずり出せる道具とかないか…?!」


「そんなの急に言われても出てこないニ…! あったとしてもバトルリュックにはそんなの入ってないニ…!」


ニキでもダメか…完全に受けを強いられてしまったな…。ひとまず私達はそれぞれこの場を離れ、足元に細心の注意を払う…。


見えないとは言え…浮上しようとすれば多少は砂に動きがある筈。攻撃の予兆を見逃さぬように2人へ呼び掛け、私も砂を凝視する。


今の所動きはない…だがいつ何が起こるか分からないこの状況が不安を掻き立てる…。暑さと相まって…一滴一滴汗が滴り落ちる…。


“──ズドーーンッ!!!”


「なっ…!? 狙いは上か…!」


窪地の上に姿を現した魔物、当然狙いは砂上船だ…。よっぽど上からの援護射撃が癪に障ったらしい…、堪忍袋の緒が切れてしまったか…。


魔物は頭を覗かせながら砂を泳いで砂上船を追い始めた。まだ多少の距離はあるが…いずれは追いつかれてしまうだろう…。


アクアスはダメもとで弓砲バリスタを魔物の頭部に撃ち込むが…大して効果はない…。一応刺さりはするが…再生する肉に押されてすぐに抜けてしまう…。


だが私達の作戦に支障はない、こうなることも想定済みだ。いつまでも外野からの援護を放置するとは最初から思っていない。


むしろかなり放置していた方だ…、シヌイ山の魔物はすぐにアクアス遠距離を潰しにきていたからな…。


今砂上船の上では、体力を温存していたクギャの背にアクアスがまたがり、いつでも空へ羽ばたける準備が整っていた。


そして事前に決めていた通りクギャとアクアスは空へ逃げ、ベジルは砂上船ごと窪地の中に落ちてきた。


「頭巾っ! しっかり頼むぞォ!」


「頼まれたニ! どんとこいニーー!!」


ベジルは落下の途中で砂上船から飛び降り、ニキは真下で砂上船を受け止めた。今にも破れそうな血管浮き出る腕で衝撃を殺し、無事に砂上船着陸。


よく負傷した状態で受け止められたもんだ…つくづく凄い奴だぜ…。だがおかげで計画は順調だ…魔物もすぐに下りてくる──


「ヤバいよカカ…!! どうしようあれ…?!!」


「何…!? あの野郎マジか…?!」


本来ならば砂上船を追って下りてきた魔物と再戦の流れだった…──だが魔物は上に残ったまま…深紫こきむらさきの光をアクアス達に向けていた…。


予想外の展開…だがこうなるのは必然だったのかもしれない…。私達はあれほど強力な遠距離攻撃を魔物が持っているとは…考えていなかったのだから…。


「逃げろ…!! 何とかして逃げてくれェ…!!」


手が出せない私達にできることはこれしかない…願うのみ…なんて無力…。クギャは必死に飛行しているが…やはり魔物の照準から外れていない…。


最悪の光景が脳裏に浮かぶ…だが何もできない…。徐々に強まる光がまるでカウントダウンのように…私の心を締め付ける…。


「 “──クギャギャッ!” 」


「へっ…? わわわっ…!?」


クギャは空中で一回転し、咎王蠍サソリとの戦いで私にしてみせたのと同様に落下するアクアスを両足でキャッチした。


そしてクギャは急旋回し、何故か窪地の真上まで移動した。魔物に接近すればするほど避けるのは難しくなるのに…──まさか…!?


「 “クギャッ!!” 」


「ひゃあああああっ?!!」


クギャはアクアスを窪地の中目掛けて放り投げた。そしてその直後強い閃光が周囲を包み…衝撃ブレスがクギャに直撃した…。


勢いよく遠方へ吹き飛ばされたクギャは…一切羽ばたくことなく頭から落下し…やがて姿が見えなくなった…。


「そんな…?!」


「マジかよ…」


「クギャ…?!」


突然の事に3人も動揺を隠せていない…。かく言う私も同じだった…、目の前で起きた光景が信じられず…言葉が出ない…。


クギャは…きっと逃げられないと悟った…、だから…アクアスを生かす為に…自ら…。────クギャ…。


「──ニキ…!! アクアスを受け止めろ…!!」


「…っ! 分かったニ…!」


唖然とするニキに指示を出し、落下してきたアクアスをキャッチ。一番近くでクギャの顛末を目撃したアクアスもまた…その出来事に動揺していた…。


どんよりと重い空気が窪地の底に溜まっていく…。私はそれを察し…顔の前で力いっぱい手を叩いた。


パァン!と音が響き、ハッとした皆が私に視線をよこす…。


「──まだ終わってねェ…悲しむにはまだ早ェ…。アイツは…クギャは私達の勝利の為にアクアスを生かしてくれた…、想いを託されたんだ…!! しっかりしろオマエ等…!! 見るべきは何だ…?! 敵は誰だ…?! クギャの意思は…絶対無駄にするな…!!」


その言葉で…再び皆の顔に覚悟が宿った。魔物はドシンッと音を立てて窪地に下り、並ぶ私達を二つのまなこで見つめる。


クギャ…見とけよ…、絶対にオマエの仇…討ってやるからな…。


「もう砂漠の未来とか…アツジの危機とかどうでもいい…! 償ってもらうぞ…私の舎弟にしたことを…! テメェの命を以ってだ…クソ魔物…!!」



──第84話 クギャ〈終〉

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