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第83話 黒い艱難

「討伐戦の幕開けだ…! 平穏返してもらうぜ魔物…!!」


「 “グゥロロロロロロッ!!!” 」


魔物は大きな口を開き、天にまで届きそうな咆哮を上げた。全身が逆毛立つようなこの威圧感…他の生物と明らかに異なる存在感…、思わず怖気付きそうだ…。


こんなのが砂漠に住み着いてたんじゃ…遅かれ早かれサザメーラ大砂漠は生命が死滅した地に様変わりするだろう…。


恐怖を抱いている暇はない…、今はただその感情を押し殺し…目の前の怪物をここに居る全員で討伐する…!


魔物は私達を一瞥いちべつすると、太い6本の脚で猛進を始めた。さーて誰を狙ってくるかな…? それ次第でこっちの動きも変わってくる。


「ここは私に任せてっ! 2人はすい…なんとかを探してっ!」


「分かった! 十分気を付けろよっ!」


猛進してくる魔物に身構えていると、リーナが進んで囮役を買って出た。リーナが走り出すと、魔物もリーナを追って体の向きを変えた。


リーナの走力なら簡単に追いつかれることもないだろうし、私とニキは今のうちに水晶体弱点探しに注力する。


シヌイ山の魔物は胸部に水晶体があったが、こんな姿勢の低いワニ体形でも同じ場所に水晶体があるなら…前回の何倍も苦戦を強いられるちまうぞ…。


だが実際今のところ水晶体らしき物は見当たらない…、まさか本当に胸部か…? あの六足をかいくぐって懐に潜り込めって…? 無理過ぎんだろそれは…。


「──背中ですカカ様! 背に水晶体があります!」


「ナイスだアクアス! ニキ、私を上に飛ばしてくれっ!」


「合点承知ニ!」


私はニキに向かって走り、重ねた両手に足を乗っけた。ニキの怪力で上に飛ばしてもらい、自分の目でも水晶体を確認する。


リーナを追う魔物、その背に陽光を受けてキラリと光る物が見えた。首よりやや下、両前脚の肩甲骨の間で怪しく輝いている。


それはまさしく水晶体、深紫こきむらさきをしているから間違いない。鱗がまるで花びらのように水晶体を囲んでおり、下からは見えなかった理由が分かった。


「オーライオーラーイ!──キャッチニ~! どうだったニ? ちゃんと水晶体は確認できたニ?」


「ああっ、アクアスの言う通りだったよ。今回もまた…大苦戦になるぞ…、覚悟しろよニキ…」


「ニィィ…」


見つかったのは良かったが…この巨体をよじ登って水晶体を攻撃ィ…? 下に潜り込むのと同じぐらい難しいぞそれ…。


黙って登らせてくれるとも考えられないし…大人しくその場に留まってくれるとも考えられない…。策を練らなきゃならねェな…。


「ちょっとカカー?! ニキー?! 一旦ヘルプ欲しいかもー!」


リーナの方に目を向けると、魔物との距離が徐々に近付いていた。如何に足が速いからと言っても、流石に魔物との対格差じゃ無理があるか…。


例によって例に漏れずダメージは無いのだろうが…気を惹く為に一度攻撃を仕掛けよう。もしかしたらコイツには効くかもしれない、多分効かないけど…。


私とニキは横方向から近付き、ダメもとで脇腹に攻撃を喰らわせようと試みた。…っが忘れていた…魔物の体がどこまでも常識を逸脱していることを…。


私とニキは…魔物とガッツリ目が合った…。突如側面の一部がパカッと開き…そこから現れた竜のような瞳が私達を見つめた…。


全身を駆け抜ける鳥肌…それと同時に頭の中で鳴り響く〝音〟…。しかし危機をニキに伝えるまでもなく…私達は身構えた…。


魔物はリーナを追うのを止め、3本の内真ん中の脚を持ち上げて踏み付けようとしてきた。範囲が広い…今から回避は間に合わない…!


「 〝竜撃りゅうげき〟…!!

  〝纏哭てんこく〟…!! 」


下ろされたデカい足に、私とニキは同時に攻撃を叩き込んだ。その威力によって魔物の足は弾かれ、ほんの少し浮き上がった。


その隙に私達は退避、再び魔物は足を下ろしてきたが…ギリギリで回避できた。だが今のでヘイトは完全にこちらに向いた…。


魔物は頭を私達に向け…口を半開きにして睨んできた…。これはマズいぞ…、リーナ並みの走力ですら追いつかれそうになるんだ…私達逃げれんぞ…。


「 “グゥロルルルッ!!” 」


「考えさせてはくれないか…」


魔物は体の向きを完全に変え、正面の目で私達を捉えている。この距離で向かい合うと一層大きさを感じられる…一口で砂上船すらぺろりできそう…。


魔物はそんな大口をガパッと開け、今にも噛みついてきそうだ。回避が早過ぎてもダメ…遅れてもダメ…、嚙まれないよう全神経を研ぎ澄ます…。


“ボォーンッ!!”


「 “グゥロララッ?!” 」


ナイスタイミングでアクアスの妨害。突然の小爆発に怯み、煙が目を覆っているうちに私とニキは左右に別れて魔物の眼前から離れた。


一度態勢を整えたい…今後どう攻めるかも考えなくちゃならない…。とりあえずリーナのそばまで行き、水晶体の位置と胴体側面の眼について伝えた。


「背中かぁ…なんて攻撃しづらい所に…」


「場所もそうだが…より問題なのは眼の方だ…。ただでさえ背に乗るのも楽じゃないのに…側面の眼があるせいで上り位置も限定されちまう…」


脚をよじ登れば背に乗れそうだったが…眼があればそれもできない…。正面からは無理だろうし…実質尻尾付近からしか背に乗れない状況だ…。


ニキが振り回されてたあの尻尾から…だーいぶ希望薄い…。距離的には側面部から上がっていくのが理想だし…やっぱその為には…。


「リーナ、ニキに伝えてくれ…〝水晶体は一旦後回しにして、先に胴体側面の眼を狙う〟と…!」


「分かった…! 任せちゃって…!」


言伝を持ったリーナは、尻尾側から迂回して反対側に居るニキのもとへ走って行った。その間は私が気を惹かなくては…。


足元の砂を蹴ると、ベジルが言っていた通り人骨が出てきた。死者の骸には大変申し訳ないが…これも生者の未来の為だ、恨まないでくれよ…。


「〝揺打ゆりうちつぶて】〟…!!」


私は手に取った人骨を放り、衝棍シンフォンで強く打ち付けた。衝撃で骨は砕け、眼に向かって飛んでいく。


このまま破片が刺さってくれれば嬉しいが、現実はそう上手くいかず…魔物は瞼?を閉じて攻撃を防御…。破片は悉く硬い皮膚に弾かれてしまった…。


ついでに魔物のヘイトも私に向いた…深紅の瞳が睨み付けてくる…。ここはニキ達が何かしてくれることに賭けて…下手に動かないことにする…。


できるだけ早く魔物がどんな攻撃手段を持っているか把握もしたいし…来るなら来やがれ…! 全部いなしてやる…!


「 “グゥルッ、グゥロルッ” 」


「あん…? 何やってんだありゃ…」


こっちに体を向けた魔物は、どういうわけか口を開けて砂を食べ始めた。最初は潜るのかと思ったが…ガッツリ砂食べてる…。


食事…じゃないよな流石に…。いや分からん…魔物のことだし砂食べてもおかしくはない…、もう少しこのまま様子を見るか…。


“──キーン…!!”


「 “グゥルルゥ…──ゴォアッ!!” 」


「うおっ…?! マジか…!?」


砂を食べ終えた魔物は、次の瞬間今まで口に溜めていた砂を全て吐きかけてきた。広範囲に広がる砂に回避の余地はなく…私の体は砂煙に呑まれた…。


物凄い速度で細かい砂粒が皮膚に当たり…針で刺されているかのような痛みに襲われる…。だが精々その程度、命にはまるで届かない。


いずれ止むのをジッと待っていると、一際大きな〝音〟が鳴り響いた…。だが私は砂の勢いに耐えるので精一杯…回避は不可能だった…。


“ブシュッ!”


「うぶっ…!? な…んだ…?!」


突然腹部に激痛と…謎の異物感…。右目を僅かに開けて確認すると…腹に骨が刺さっていた…。更には追い打ちをかけるように…細かく砕けた骨の破片や歯が腕や脚に突き刺さる…。


それはついさっき私がやった攻撃そのもの…一目見ただけで真似されてしまった…。しかも私のより遥かに強力…しくったな…。


やがて砂が晴れる頃には…体のあちこちに死者の残骸が刺さっていた…。大きいのが腹のやつだけだったのは運が良かった…。


「してやられたぜ…クソ魔物め…」


「 “グゥロロロッ!!” 」


〝どうだ〟と言わんばかりに唸る魔物…、ムカつくが知性を甘く見てた私が悪い…猛省して次に生かそう…。


腕と脚に刺さった小物を手で払い、腹部の骨を引っこ抜いて放り投げた。幸いそこまで深く刺さってはいない…腹筋がいい働きをしてくれたみたいだ…。


やや勿体ないが…早速1本目の治癒促進薬ポーションを流し込む…。魔物相手に下手な温存してると…一撃で気絶させられちまう…。


治癒促進薬ポーションは飲まなきゃ効果がない…。療士りょうじが居ない場での気絶は…最悪死に直結する…、慢心はしねェ…。

療士りょうじ=怪我の処置や手術などをする人の事。


塊血かいちはとりあえず大丈夫…それよりも今の状況をどうにかしねェと…。未だ魔物と睨み合い状態…またさっきの攻撃をするつもりか…?


「 “──グゥルラァ?!” 」


突然魔物の右脚3本が浮き上がり、体が少し傾いた。今の反応的に魔物が何かをしたわけじゃなさそうだ…っとなれば要因は1つか。


ニキとリーナが魔物に一撃喰らわせた、それも眼を狙った側面部への攻撃。あの巨体を少しでも傾けるとは…恐ろしいな高威力組…。


今ので魔物の意識の大部分は2人に向いた筈。その隙に眼前から退避し、今度は私が攻撃を仕掛ける役に回る。


魔物に踏み潰されないよう立ち回り、ナイフホルダーに挿しておいた短剣に手を伸ばす。毒ナイフは置いてきた、だって効かねェもん。


さっきの骨散弾は防がれちまったが…この短剣ならどうかな…? この原理不明な魔物特攻短剣なら…分厚い皮膚すらも関係なく攻撃が通る気がする。


問題はどう近付くかだが…私の意図を察してくれてか、アクアスは左眼の視界を奪うべく銃弾を浴びせている。


今のうちに素早く脚をよじ登り、私は右手で握りしめた短剣を全力で振り下ろした。手応えはあった、だが分厚い皮膚には刺さらない…読み外した…。


「…?!」


魔物は突然ガパッと口を開け、どういうわけか頭を揺らし始めた。明らかに攻撃をする腹積もりだろうが…、何を狙っているのかまるで分からん…。


ひとまずすぐに下りて、着地と同時に魔物から距離を取った。十分な距離を取った私は身構えながら魔物の動向を注視するが、そこで気が付いた。


頭を揺らしているのかと思ったが…まるで誰かを追っているような動きをしている…。誰が狙われているのか見えないが…嫌な予感がする…。


アクアスが炸裂弾を頭部に撃ち込むが、魔物は一切怯むことなく誰かを追い続けている…。何をするつもりなんだ…。


どうにか攻撃を阻止できないものか思考を巡らせつつ、私は危険を承知で魔物の正面付近に近付く。誰が狙われているかもしりたい。


ダッシュで頭部真横付近まで来ると、不吉なものが目に飛び込んできた…。大きく開いた魔物の口から光が漏れ出ていた…〝深紫こきむらさき〟の光が…。


それはシヌイ山の魔物が放っていた衝撃波と同じ…──そんな光が漏れ出る口の先にはニキの姿が…。狙いはニキか…。


ニキはうろちょろ動き回り、できるだけ狙いが定まらないようにしているが…ただでさえデカい口だ…避け切れるのか怪しい…。


徐々に光は強まっていき、一瞬強い閃光を発したかと思えば…その直後魔物の口から強烈な衝撃波が飛び出した。


ブレスのように真っ直ぐ飛んだ衝撃波は…ニキの全身を吞み込み…後方の砂壁に風穴を開けた…。見ただけでその威力が伝わってくる…。


ニキは勢いよく血を吐き…宙に浮いた体は頭から落下した…。いくらニキと言えど今のはガチでヤバい…今すぐ治癒促進薬ポーションを飲ませなくては…。


「カカ聞こえるーー?! 私が魔物の気を惹くから!! カカは急いでニキのところに行って!!」


反対側からリーナの声が聞こえ、魔物は体の向きを変えてリーナを追い始めた。私は治癒促進薬ポーションを手に取って、一目散にニキのもとへ向かう。


もう少しで到着できるところで、ぐったり倒れていたニキがゆっくり体を起こした。ひとまず意識があって良かったが…かなり苦しそうにしている…。


「大丈夫かニキ…?! そんなすぐに体起こして平気なのか…?」


「うぅ…ニキだけ寝てるわけには…いかないからニ…」


そう言うニキは、私の手を借りてなんとか立ち上がったが…よろよろしてすぐに片膝を付いてしまった…。口からは血が零れ落ちている…。


酷く体内をやられたみたいだな…。頑丈さが売りのニキが一撃でこの有様…私やリーナが喰らったら即死もあり得る…。


治癒促進薬ポーション飲めるか…? 放置すれば死に直結する状態だ…キツいだろうが頑張って飲むんだぞ…?」


ニキはうつむきながら小さく頷き、私の手から治癒促進薬ポーションを受け取った。まだ血が逆流してて飲めないだろうが…落ち着いてきたらちゃんと飲むだろう。


心配ではあるが…私はニキのもとを離れ、魔物へと走った。このまま確実に一人一人潰されては勝機を失う…。常に魔物のヘイトが分散するように立ち回らなくちゃ…逆立ちしても勝てねェ…。


だが魔物はそんな私の思いを嘲笑うかのように…口を開けて深紫こきむらさきの光を放ち始めた…。狙いはもちろん…リーナだ…。


リーナは素早い走りでなんとかしようとしているが…私やニキを巻き込まないように動いているせいで射線から抜け切れていない…。


このままじゃニキと同じ…いやそれ以上の最悪な結果を生んでしまう…。──させて堪るか…! 魔物の思い通りには絶対させねェ…!



──第83話 黒き艱難〈終〉

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