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第82話 決行日

──魔物討伐を明日に控えた昼前。死闘が待っているとは思えない程に穏やかで、まるで嵐の前の静けさにも感じられる。


怪我の治り具合は良好、右腕はかなり動くようになったし、腹の痛みもだいぶ和らいだ。これなら問題なく明日の戦いに臨める。


今は精神をよりリラックスさせる為に、甲板にてクギャと戯れ中。砂漠に生息する偽竜種レックスなのに、意外とひんやりしてるんだよなクギャって。


こうやって顔密着させると気持ちいいんだよね~、甲殻硬いけど…。言うこと聞くしお利口だし、ほんと可愛い奴だぜ。


魔物討伐でもクギャの活躍には期待している、っというか絶対活躍することになる。ここまででクギャが活躍しなかったこと一度もない、超有能。


魔物を倒すまでの間だけ舎弟としてそばに置いておくつもりだったが…有能過ぎてお別れするの嫌になってきてるもん私…。


砂漠に生息する偽竜種レックスだし…きっと外には連れて行けない…。だからと言ってずっと砂漠ここに居るわけにもいかないし…ままならんねェ…。


魔物を討って無事に生還できた時は、ベジルかリーナに預けようかな。野生でも生きていけるんだろうけど…気が気でない…。


「あーあー…なんでオマエは砂漠ここに暮らしてんだよォー、他の場所だったら連れて行けるのにさー」


「 “ギィ?” 」


クギャはあまり気にしてない様子…やっぱ人と偽竜種レックスとじゃ愛着心が違うのかねェ…。私はこんなに好きなのに…。


ドライなクギャの頭を軽くペチペチしてお仕置き…生意気な舎弟だぜコイツァ…。これは大いに活躍してもらわくてはなァ…。


“──ズザザザザッ!”


遠くから近付いてくる砂の音が聞こえ、甲板から身を乗り出して確認すると、ベジルの砂上船がこっちに向かって来ていた。


今日は特に話し合いの予定はなかった筈だけどな…。仮に何か話すことがあったとしても、全然徒歩で来れる場所に飛空艇を停めてるんだけどな。


「どうしたベジル? わざわざ砂上船で来るなんて」


「オマエ等にあれこれ差し入れがあってな、ちょっと手伝ってくれ!」


ベジルの砂上船には、確かに木箱がたくさん積まれている。結構な量あるぞ…全部食料品だとしたら十日以上は食料を買わなくてもいいぐらいだ。


ひとまず積荷置き場の扉を開いて、砂上船に積まれた木箱を運び入れる。中には食料品の他、包帯や塗り薬、砥石に剣に弾丸、本に絵に…手紙…。


「えっと…これは何…? どういう意図で…?」


「俺が用意したわけじゃねェよ…。街の奴等が急に俺の店に来て置いてったんだ…「戦い頑張れェ!」ってよォ…。オマエ等何かしたのか…?」


思い当たる節がありまくるな…絶対リーナのファン達だろそれ…。私達みたいな一般人にすらこんな手厚い支援を…、盛り上がってるなファン達…。


気になっていた手紙を開いてみると…それは住民達の寄せ書きだった。一面にびっしり…それがなんと20通以上も…。


どれも応援するコメントで溢れ、中には子供が書いてくれたと思われるものもある。一生懸命書いてくれたんだね~可愛いね~♡


「でもこんなに貰っていいのか? 食料品とか薬とかはベジルも必要だろ?」


「俺の分はちゃんと確保してるから問題ねェ。マジで物凄い量だったぞ…? 行列をなした住民が木箱を店前に積んでく光景には思わず引いちまったよ…」


凄まじい行動力だ…、外出規制がなかったら魔物討伐にまでついて来る可能性あったな…。私達の行動はズバリ正解だったわけだ…。


だがそれもこれも、全てはこのサザメーラ大砂漠を守りたいが為だろう。寄せ書きを見ても、全員が私達の勝利を信じている。


「こんだけ色々されちゃ…負けるわけにいかねェな…!」


「俺にはちとプレッシャーがおめェがな…。とりあえず渡すもんは渡したし…俺は帰るぜ、んじゃまた明日な」


差し入れを置いてベジルは帰っていった。私も外扉を閉めて、飛空艇の中へと戻る。明日に向けて最後の昼寝でもしようかね、心残りないように──。







── 朝<決行当日> -飛空艇-


「皆ごめんね…! 送り出してくれたファン達への対応でちょっと遅れちゃって…──ってええェ…!? ななななんでカカ上裸なのォ…!?」


「んっ? おうっリーナおはよう。ちょっと待っててくれ、今邪魔な包帯外してんだ。完璧に傷も癒えたし、包帯巻いたままじゃ動きづらいからな」


何故か手で顔を隠すリーナを尻目に、包帯を全て外して服を着た。よしよし、戦闘前の準備はこれでバッチリだ。ニキも最初からバトルリュックを背負ってる。


「うぅぅ…──あれ? そういえばアクちゃんは…? ベジルも来てないの…?」


「アイツ等はここにいないぞ。アクアス・ベジル・クギャの3名は一足先に戦場に向かったからな」


「えっもう…?!」


元々出発は飛空艇組と砂上船組に別れ、現地で集合することになっていた。だがそれを決めたのはリーナが参加表明する前、故にリーナにはまだ言ってなかった。


っというかリーナにはほとんど何も伝えてない気がするな…、まあいいか…。私達の仕事はそう複雑じゃないし、道中に伝えても問題ないだろう。


「なんで私とアクちゃんを一緒にしてくれなかったのぉ…? 私がどれだけアクちゃんを好いているか知ってるくせにぃ…!」


「しょうがねェだろ…オマエとアクアスは役割が違うんだから…。後で詳しく説明してやっから…圧放ちながら寄ってくんじゃねェ…」


包帯も外したし、リーナもちゃんと来たし、そろそろ私達も出発する頃合いだ。目指すはここから南西、黄枯おうこ流刑地るけいち…!


2人に準備は万全かを問い、問題ないことを確認して私は操縦席に座った。いよいよ出発の時、飛空艇の底がゆっくり砂地から離れていく。


生きるか死ぬか…この世とあの世の瀬戸際に向かう空旅のスタートだ。敗走は許されない…ここに戻って来る時は、魔物を討ち取った時だけだ…。


「あっ! 2人共見て! ほらっ街の方!」


リーナに言われて街の方に顔を向けると、街から小さな花火がいくつも上がっていた。住民達が精一杯私達を送り出してくれているのだろう。


──こういうのも悪くないな…。後でアクアス達にも見せてやろう…皆でまたここに戻って来た時に…必ず…。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「ねェねェそれで? 出発前に役割がどうこう言ってたけど、どういうこと? そういえば私何も聞かされてないよね? 戦場が流刑地なのも初耳だったし」


「そうだな、今から軽く説明すっから、しっかり聞けよ?」


今回わざわざ二手に別れたのには理由があり、それは役割分担の為。っと言っても普段の私達とあまり変わらず、邀撃部隊アタッカー援護部隊サポートの二つ。


アクアス・ベジル・クギャが援護部隊サポート。仕事内容はいつも通り、妨害や支援で邀撃部隊アタッカーが攻め入る隙を作る。


ベジルが窪地を囲むように砂上船を走らせ、アクアスがそこから折畳銃スケール弓砲バリスタで攻撃。クギャは万が一の保険。


そして私・ニキ・リーナが邀撃部隊アタッカーで、基本的には魔物にガンガン近接戦を仕掛けるのが仕事だ。私達の働き次第で、戦いは短期にも長期にもなるだろう。


私達は窪地の中に飛空艇を停め、逃げ場のない天然の牢獄で戦う。上と下、高低差のある攻撃で魔物を追い詰める寸法だ。


「あれェ…? 私もしかして結構危ない方に割り振られちゃってない…? 真っ先に死ぬ可能性ない…?」


「まあ…あるな…、でも心配すんな…それは私とニキも同じだから…」


リーナは危なくなったら自慢の走力で距離を取れるし…ニキには生来の頑丈さがある…。真っ先に死ぬ確率が一番高いの…実は私なんだよな…。


能力チカラがあるとはいえ…確実に回避や防御ができるわけでもないし…、なんかシヌイ山の魔物よりデカいらしいし…懸念いっぱい…。


「他に何か聞いときたいことあるか? 聞くなら今の内だぜ?」


「えーっと…うーん…──カカって胸何カップ…?」


「マジかオマエ…、今朝のこと引きずりすぎだろ…。──F…」


「ニィィ…」







-サザメーラ大砂漠 西側-


あれから飛行を続け、遂に砂漠の出口が見えてきた。砂の大地と色褪せた植物によって生まれた境目、この先に進めば砂漠を抜けられる。


っが当然抜けたりはせず、私はプロペラを止めて飛空艇を停止させた。望遠鏡を手に取り、3人で甲板へと向かう。


「カカ…今これ何してるの? 黄枯の流刑地はもうちょっと南の方だと思うけど…」


「んなこた知ってるよ、今は魔物を誘き出そうとしてんだ。胸のサイズとか聞いてないでこういうのを聞いときゃよかったんだよ…」


「ごめんね…だって気になっちゃったんだもん…」


望遠鏡を覗き込み、それらしき影がないかを見張る。魔物の姿が見えるまでは、このまま上空で待機となる。


できればさっさと現れてほしいもんだ、でないと現地で待機しているアクアス達が可哀想だからな。向こうはさぞ熱いだろうぜ…。


だが魔物の出現を願いながらただひたすらに望遠鏡を覗く私達を嘲笑うかのように…中々それらしき姿は現れない…。


石版に反応して追って来るって仮説は間違いだったのか…? だがもしそうなら…シヌイ山の魔物は何故私達を…──


「ニッ?! ※観録かんろく南南西なんなんせい! 大きな砂煙がこっちに向かってくるニ!」

※西向く飛空艇の前方を北としている。


「釣れやがったな…! そのまま見ててくれ! もし魔物なのが確定したら教えろ、すぐに出発する!」


急いで艇内へと戻り、いつでも発進できる準備を整える。これで魔物じゃなかったら拍子抜けだが…どうだ…?


[魔物ニ! あの真っ黒ボディは間違いないニ!]


「了解、落ちないように気を付けろよ!」


私はすぐさま飛空艇を南に向け、流刑地を目指して全速前進。魔物の動向に変化があればすぐ言うように指示を出したが、問題なく追ってきている。


私の耳にもずっと微かに〝音〟が鳴っている…これもあの時と同様だ…。相当離れていても聞こえる危機の音…、魔物の危険度を間近に感じ取れる…。


そんなのとこれかららねばならない…、そう考えるだけで覚悟が揺らぎそうになる…。何も考えないよう自分に言い聞かせ…私はただ正面を見つめた。


やがて見えてきた大きな窪地、あれが〝黄枯の流刑地〟…。確かに…まるで何かにくり抜かれたかのようにあそこだけ凹んでいる。


望遠鏡を覗き、ベジルの砂上船を確認できたので、私も着陸準備に取り掛かる。無駄に旋回したりしないよう、距離に注意して高度を下げていく。


飛空艇は徐々に砂地と近付いていき、ついに窪地の中に入った。


「── “グゥロロロロロロッ!!!” 」


[砂の壁から出てきたニ! やっぱめっちゃデカいニ!]


「臆すなよ?! 着地にはオマエの働きが必要不可欠なんだからな!」


普通に着地しようとすれば、そのタイミングを魔物に狙われてしまう…あまりに無防備だ…。故に着地は命懸けで魔物の気を惹かねばならない。


前回は指示せずニキが囮役になってくれたおかげで安全に着地できた。だから今回もニキには同じ役目をお願いした、着地できるかはニキ次第だ。


“ボォーンッ…!”


[よーし! じゃあ一足お先にバトル開始ニーー!!]


予定通り魔物の頭部にアクアスが炸裂弾を当てたらしく、ニキが追撃しに飛び出した。ニキが注意を惹いてるうちに、私は素早く砂壁付近に飛空艇を停めた。


すぐさま席を立ち、衝棍シンフォンを持って甲板へと出る。どうせ下は砂、私とリーナは梯子を使わず飛び降りた。


「ニィィィィィ…!! 目が回るニィィィ…!!」


「おおぅ…アイツやべぇな…」


ニキは魔物の尻尾にしがみついて、振り落とされないように必死に耐えていた。魔物は容赦なく尻尾を振っているが…なんで耐えられるんだアイツ…。


っと思ったが結局ニキの手は離れ、勢いよくぶっ飛ばされた…。こっちに向かってくるニキをしっかり見極め、私とリーナは華麗に回避。


「ニョブゥ…?! ──今…! 今避けなかったニ…!?」


「気のせいじゃないか…? そう見えただけだよきっと…」


「オイこっち見ろニ…! 2人して目逸らすなニ…!」


お戯れで少し緊張をほぐしたところで、私達は改めて魔物と向かい合った。事前に聞いてた通り、魔物の見た目はデカいワニそのもの。


見るからに硬くごつい皮…6本の太い脚…下顎からはイノシシのような牙が生えている。黒い体色に赤い筋模様、深紅の瞳はお馴染み。


だが体躯はシヌイ山の魔物よりもずっと大きい…。頭の位置は低いが…全長は恐らく2倍以上違っている…。


これまた一筋縄ではいかなさそうだ…、正面からは水晶体も見当たらないし…まずは弱点を探るとこから始めないとな…。


私が衝棍シンフォンを手に取ると、合わせてリーナも双剣を抜いた。上では砂上船が窪地を囲む様に動き、アクアスが折畳銃スケールを構えている。


「さァ始めようぜ魔物…!! サザメーラ大砂漠はテメェが居ていい場所じゃねェ…! 返してもらうぜ…平穏をよォ…!!」


「 “グゥロロロロロロッ!!!” 」

<〝サザメーラ大砂漠に巣食う魔物〟 Deyklosディクロス



──第82話 決行日〈終〉

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