「 “ゴクッ…ゴクッ…──クギャ~!” 」
「おっ、もう動けるようになったのか。中々の効き目だなこの解毒薬…」
しかし凄い即効性だ…さてはこれ高級品だな…? 積み荷の中にあったから一応持ってはいたが…まさかこれほどまでの優れ物だったとは…。
「動けるようになったんなら、早速一仕事だ。あっちで転がってるたわけゴミカスクソカスハイエナ女を運んでくれ、今の私には負荷がちょっとな…」
とにかくそんな状態だから、戦闘終わりでめちゃめちゃ疲れてるとは思うが…もう一仕事クギャには頑張ってもらおう。
「 “クギャ?” 」
「んっ? なんであんなクズ運ぶのかって? 他の連中共は最悪どうでもいいが、アイツだけは許せねェんだ…絶対憲兵に突き出したい…! もう絶対だ絶対…!」
「 “ギャギィ…” 」
なんか今若干引かれた気がしたが…関係ないねっ! 絶対ブタ箱に詰め込んでやんだっ! それだけ私の怒りは深い深い。
やっぱ王都の牢獄が一番か? いやしかし…厳重さを取るか劣悪な環境を取るかは迷うところだな…。劣悪な環境は地方の牢獄じゃないと難しそうだが…。
そんなことを考えながら、私達は倒れているフロンのもとへ向かう。未だにフロンはうつ伏せのまま気絶、あれは当分目覚めないだろうな。
まあそっちの方が都合がいい、変に騒がれるとまたムカついちゃうし…。とりあえず適当にクギャの体に括り付けちゃおうかな? ロープとかあったかな…?
── “ザバァ!!”
「よいしょーー!!!」
「「 ほらしょーー!! 」」
「うわァ…?! 何だァ…!?」
突然砂の中から、人型の何かが3体飛び出してきた。黒・白・黄色の毛皮をした小さなネズミのような姿をしていたが、その内の白い奴に見覚えがあった。
アイツは確か…
「そいやっ!」
「うげっ…?! なんだこりゃ…」
ストーカーネズミは私目掛けて、琥珀色の液体が入った瓶を投げつけてきた。ぶつかった瓶は割れ、中に入っていた液体が全身にかかった。
甘い匂いのする琥珀色の液体には粘性があり、なんかベタベタする…。蜜か何かだろうか…、毒ではなさそうだけど…。
それに気を取られているうちに、ネズミ3人衆は素早くフロンを持ち上げて頭の上に担ぐと、息を合わせて全力疾走。フロンが遠ざかっていく。
「奪取ダーーッシュ!!」
「なっ…?! テメェ等待ちやがれ…! ソイツは私が狩った獲物だっ…! 戦利品持ってくんじゃねェネズミ共…!!」
「追ってきていいのかー?! 後ろ見てみろ
どうせただの戯言だと思うが、一応チェックはする。素早く背後に顔を向けてすぐに前を向き直ったが…一瞬何かがチラッと見えた気がした…。
歩を止めもう一度確認…やっぱり何かが見える…。何だろう…砂煙が上がってる…──こっちに近付いてるのか…?
目を凝らしてよーっく見てみると、薄っすらそれが何なのか見えてきた。そしてその正体がはっきりと分かった時…全身に鳥肌が駆け抜けた…。
みるみる青ざめていく私の顔…背筋も凍りついていく…。私はフロンを追うことをすぐに諦め、クギャの背に乗った。
<〔Persp
「お姉さんいないね~、どこまで行っちゃったのかな~?」
「ポチがハイエナ女をどこまで投げ飛ばしたかによるニね。結構思いっきり投げ飛ばしてたもんニー?」
「 “ジャララ…” 」
わらわらといた敵を全員ねじ伏せ、現在ニキ達はポチの背に乗ってカカのもとに向かっている。もし戦いが続いていたら加勢するニ。
ユクとポチを除いて他3人は負傷しちゃってるけど、ニキはそこまでだから充分にお力添えができるニ! 何ならニキも一発あのハイエナ女を殴ってやりたいニ。
「──あれっ? ねェあそこに見えるのカカとクギャじゃない? ほらっ、あそこの空飛んでるやつ!」
「確かにアイツ等に見えるな。だがなんだ…何か慌ててねェか…?」
リーナが指差す方には、バタバタと翼を羽ばたかせるクギャの姿。背中にはカカも見えるけど…確かにちょっと様子がおかしいニね…。
こっちに戻って来るってことはハイエナ女をやっつけたんだろうニけど…その割には随分落ち着きのない飛び方をしてるニ…。
徐々に距離が近付き、ようやく確認できるカカの表情もかなり焦り顔…一体何したニ…? 勢い余って石版破壊しちゃったとかないよニ…?
「カカおかえり~! 迎えに来たよ~!」
「そんな悠長にしてる場合じゃねェ…!! 急いで逃げるぞ…!! ポチっ、私達が乗ったらとにかく西の方角にひた走ってくれェ…!! ヤバいのが来てるゥ…!!」
「ニ…? ヤバいの…?」
カカ達の後方に目をやると、何か真っ赤なものが広範囲の砂を染めながら近付いてきている。目を細めて観察してみると…何かの群れのよう。
あれは…〝アリ〟ニ…? 真っ赤な大量のアリが凄い勢いで砂の上を這っているみたい。なるほど、カカは虫が嫌いだから大慌てしてるんニね。
「確かにヤバいな…、あれは〝
「カカー!! 急ぐニー!!」
「食べられちゃうよー!!」
大慌てなクギャは減速することなくポチのたてがみに着地。それを察知した瞬間にポチはグイッと顔の向きを変え、全速力で西にひた走る。
あの赤が視界から見えなくなるまでひたすらに…。
<〔Persp
「ハァァァァァァ…」
「ねェ…あれどうしたの…?」
「敵に出し抜かれて、ハイエナ女を取り逃がしちゃったらしいニ…」
悲しい…不甲斐ない…、またあの小ネズミにしてやられた…。前回は尾行されて…今回はクソエナを目の前で奪取された…。
ちくしょうあの小ネズミ…今度遭ったらその皮ひん剥いて塩振って直火でじっくり焼き上げてやる…。サバイバル食にしてやる…。
「カカ様…手当…終わりました…」
「ありがと、助かったぜアクアス。うーん…しかしやっぱ腕上がらんなぁ…。これは全快に少し掛かるかもしんねェな…」
対魔物戦は数日見送りだなこりゃ…。前回はまだ完全に治りきってない状態で戦いに挑まされたが、今回は準備万端で挑みたいからな。
身も心もしっかり整えなきゃならねェ──私だけじゃなく…アクアスもだ。
「ちょっと…皆そこに居てくれ。アクアス、ちょっとこっちに来い」
「はいっ…カカ様…」
私はアクアスを連れ、たてがみの一番後ろに移動した。ふかふかなたてがみに腰を下ろし、アクアスも隣に座らせた。
「どうしたんだ? 元気が無く見えるぞ?」
「それは…その…」
アクアスはそこまで嘘が上手ではないから、何か抱えてるのは表情と声で明らかだ。奴等との戦いが始まる前はこうじゃなかった筈だが…、何があったのかな…?
アクアスはうつむいたまま、ばつが悪そうな
まあなんとなく分かるんだけどね、アクアスが意気消沈している理由は。でもこういうのは自分の口から吐き出させなくちゃ意味がないから、もう少し待ってみる。
「わ…
絞り出すように抱えていた本心を吐き出したアクアスは、スカートをギュッと握りしめ…ぽろぽろと涙を零した…。
役立たずねェ…、予想してた通り…
誰がどう考えても全部悪いのはあの
無価値感…自己価値の紛失…。大きな失敗をしたり…それに繋がった原因が自分にあるとアクアス自身が判断した時に陥る…、ちょっとした発作みたいなやつ…。
アクアスは自分で自分の価値を測れない…それは恐らく過去の弊害だ…。親を含めた町の住民全員から追い出され…自分が無価値な存在だと思い込んでしまった…。
私に仕えているのも、理由のほとんどは別だろうが…私に必要とされたいって気持ちも無意識に根を張っている。
だからこそ…〝役立たず〟って言葉がズシンッと響いたのだろう…。〝ずっと私のそばに居たい…けれど自分は相応しくない…〟そんな想いが渦巻いて抜け出せなくなってるんだろうなきっと…。
私はアクアスの頭にポンッと手を乗せ、優しく頭を撫でた。
「大丈夫だよアクアス…オマエは役立たずじゃない。オマエはいつも私の手当をしてくれるし、失くした物も見つけてくれる…私の大事な
「いや…そういうわけでは…」
「ならいいだろ? オマエは役立たずじゃないし、私にはオマエが必要不可欠、それ以上でも以下でもない。分かったら涙拭け、皆に笑われるぞ?」
アクアスはごしごしと目を擦るが、目の奥の大洪水は治まっていないようで…涙が出てくる出てくる…。
仕方ない…アイツ等の目があるからあまりしたくはないのだが…、これ以上アクアスの痛ましい姿は見てられないし…あれをやろう…。
私はアクアスの方に体を向け、伸ばした両手でアクアスを抱きしめた。心の平静を取り戻すにはハグが一番効果的だ──って私の
「役立たずじゃないことがはっきりしたことだし、まだ奥底に隠れてる本音を言ってもいいんじゃないか? 私に言いたい事がまだあるだろう?」
「──本当に…ご無事で良かったです…カカ様ぁ…」
「ああっ、私もオマエが殺されてなくて安心したよ。もう独りぼっちはお腹いっぱいだからな…生きててくれて嬉しいよ…」
アクアスはまたすすり泣いてしまった…、まあこれで全部吐き出しただろうし…直に落ち着いてくるだろうか。
チラッと皆の方に目をやると、ユク君はこちらをじーっと見つめていて、ニキはニヤニヤしている…後でビンタしよ。
そんで何故か泣いているリーナ…。えェ…? アクアスに勝るとも劣らないぐらい泣いてんだけどアイツ…怖ぁ…メイドオタク怖いわ…。
どっちが先に泣き止むだろうか…。追ってきてたアリが見えなくなったし、ぼちぼち街まで戻りたいが…それまでに泣き止んでくれればいいが…。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
──
「ユク君もポチも、本当にありがとね。寄り道しないで気を付けて帰るんだよ?」
「うんっ! バイバイお姉さん達! バイバーイ!」
「 “ジャララ~ッ!” 」
街の住民達がパニックに陥らないよう、ユク君とポチとは街の外でバイバイした。最後にハグしとけばよかったと若干後悔したが…ぐっと呑み込んだ…。
切り替えなくては…私達にはまだすべき事が残っている…。むしろこれからが本番…魔物を討つ準備を整えなくちゃならない…。
その為にまず…ベジルとリーナにお願いをしなくては…。
「なぁ2人共、ちょっと話したいことがあるんだが、良かったら飛空艇の中で少し休んでいかないか? カーファぐらいなら出せるし」
「ああ、お言葉に甘えさせてもらうよ…流石に疲れたんでな…」
「私も賛成賛成! アクちゃんのカーファ飲みたーい!」
ベジルとリーナを飛空艇に迎え入れ、私達はカーファで一息ついた。張り詰めていた心がほっと緩み…大きなため息が出た。
しばらくはカーファと茶菓子を楽しみながら他愛ない雑談を交わし、カーファのおかわりがテーブルに置かれたところで、ベジルが切り出してきた。
「そろそろ本題を聞いてもいいか? 話したいことがあるって言ってたが、今の雑談のことじゃないんだろ?」
「ああそうだ…実は2人に折り入って頼みがあってな…。単刀直入に言う──魔物討伐に…2人の力を貸してくれないか…?」
私がそう言うと、ベジルは難しい顔で考え込んだ。一方リーナは首を傾げてぽかんとしている、こんな顔で。 (〇 △ 〇 )?
私を捜索している時に魔物を見たとニキから聞いたから、その時ベジルも魔物を直に見ている筈。難しい顔をするのは無理もない…。
「ねェそのマモノ?ってのについて教えてよっ! なんか私だけすっごくアウェーじゃん! 仲間外れ反対、仲間外れ反対!」
「分かったから落ち着け…ちゃんと全部話すから…。多分2人共、リーデリアで起きた悲劇についても詳しく知らないだろうから、そこから簡単に説明するよ」
必要な部分を抜粋して2人に説明した。リーデリアの悲劇と魔物の存在、私達が
それを話し終えた時には、リーナも同様に難しい顔をしていた。当然だ…今度の相手は
言葉も意思疎通も…私達が当たり前に知っている常識すらも通じない…正真正銘の化け物…。生きて帰れる保証はないし…誰が死んでもおかしくない…。
「もちろん強制はしないから、自分の気持ちに正直に従ってくれ。強敵ではあるが倒し方は分かってるし、最悪私達だけでも─」
「いいぜ…手ェ貸してやる。乗り掛かった舟だ、最後まで付き合ってやるよ」
私の言葉の途中で、ベジルが参加の意思を示してくれた。本当にありがたい…戦える実力者は多ければ多いほど討伐成功にも繋がる。
「助かるぜ…! でもいいのか…? 魔物討伐に見合う報酬なんて用意できるかどうか分からないぞ…?」
「その辺は大丈夫だ。さっきの話を聞いてたが、この件は女王たっての依頼だろ? 魔物討伐に貢献すりゃあ、報酬を要求しても罰は当たらねェさ」
要は魔物討伐に貢献する代わりに、アイリス女王から報酬を貰うって話だ。きっとアイリス女王も喜んで報酬をくれる筈だし、実にありがたい提案だ。
となれば必ずや魔物を討ち、その手に相応の報酬金を届けなきゃなるまい。負けれぬ理由が増えた、絶対に討ってみせる…!
「リーナはどうする?」
「──ちょっと…考えさせてほしいかな…。決行はいつ…?」
「怪我の完治を待ってから討伐に赴くつもりだから…決行は3日後ってとこだな。もし力を貸してくれるなら、それまでに参加表明してくれ」
「分かった…、私もう帰るね…。ちょっと1人で考えたいから…ごめんね…」
リーナはカーファを飲み干し、飛空艇を後にした。かなり葛藤している様子だった…余計な負担を与えてしまったかもしれないな…。
アイツがどっちの選択を取ろうとも、誰も責めはしない。アイツ自身が納得いく方を選択してくれることを願うばかりだ…。
「っで俺達はどうする? 早速作戦会議か?」
「いや…とりあえず今日はもうゆっくり休もう…。肉体的にも精神的にもだいぶ疲れた…、あれこれ動くのは明日からにしよう…」
「そうだな、俺も家に帰ってくつろぐことにするぜ。俺がまた明日ここに足を運ぶ…ゆっくり休めよ重症人、じゃあな」
そう言ってベジルも飛空艇を後にした。私はアクアスと一緒にカップを片付け、崩れるようにソファーに横になった。
不安であまり寝れなかった昨日とは違い、ドカッと押し寄せる眠気に
──第80話