長く苦戦を強いられた
「クギャ、もう少しだけ一緒に頑張ってくれよ…！」
「 “クギャギャー！” 」
元気に返事してくれているが…私を乗せながら素早く飛行し続けたクギャはもう体力の限界が近い…。チャンスはあっても２回かそこら…。
実に難しい話だが…クギャの為にも一発成功させねェとな…。後でたっぷりご褒美やるから、最後までもってくれよ…！
「クギャ…！ 上に飛べ、ここよりもっと高くだ…！」
「 “クギャッ！” 」
私の指示を受けたクギャは、どんどん高度を上げていく。やがて
少し位置調整をし、
クギャは翼を畳んで急降下、全身に風を受けながらぐんぐん
まずは３本の尾を時間差で伸ばしての攻撃。クギャは翼を上手く調整して、どれも紙一重で避けていく。
私も
ここからが賭けだ…ハサミに邪魔されれば勝ちは遠のく…、突破できれば…私達が勝つ…！ やってやろうじゃねェか…！
私はクギャの上でしゃがみ姿勢を取り、クギャの肩に足を掛けた。そしてタイミングを見て真下に飛び込んだ。
クギャに比べて的が小さく、降下速度から更に加速した私はハサミの間をギリギリ抜けた。もう片方のハサミはクギャを追い、私は完全にフリーとなった。
「ふんっ…！ 勢いをつけたから何っ？ どうせ甲殻を砕く程度で終わりでしょ？ アンタの無駄な足搔きの後隙に、アタシはゆっくり攻撃させてもらうわ～！」
「──ははっ…！ 確かに普通はそうなるかもな…──だが
「はっ？ 何言って──…っ？！」
私の落下先は、一度攻撃して甲殻がひび割れていたあの部分。当然ひび割れてるだけじゃ…大した攻撃にはならない。
だが今だけは違う…！ 何故なら今そこには…刺さったまま放置されている私の毒ナイフがある…！ 身に深く突き刺さったナイフが…！
この巨体に毒が効くなんて
「〝
「 “キャシャーーー？！！” 」
ナイフを狙って放った本気打ちは、ナイフの柄を破壊し、刃はまるで槍のように
これで残すは本命のみ、余裕ぶって高見の見物決め込んでたクソエナの番だ。
しかし…そこにフロンの姿はなかった…。さっきまで確実に居た…、そこで私に嫌味を吐いていた…、それは間違いない…。
「こっちよこっち、どこ向いてんのよボンクラっ！」
声のする方を向くと、いつの間にか
「随分逃げ足が速いな…！ 自分の番が来て急に怖気付いちまったかァ…？！」
「そうね、確かに怖いわ。一つ忠告してあげる…すぐにそこを離れた方がいいわよ？ って言ってももう手遅れなんだけどね…！」
「あっ…？ 何言って…」
“──キーン…！！”
それは高い位置から聞こえた…。私は咄嗟に〝音〟のする方へ体を向けると…視界に飛び込んできたのは大きな
次の瞬間には…尾の鋭い針によって私は腹部を貫かれた…。何が起きたのか理解が及ばず…呼吸を忘れるほどの痛みだけに意識が注がれる…。
「サソリってねェ…虫の仲間なの知ってたァ？ 虫はたとえ頭を潰されても、節々に脳みたいな神経系があるおかげで体がしばらく生き続けるのよ。良かったわね、死ぬ前に少し賢くなれて…！」
クソッ…だから虫は…嫌いなんだよ…、気持ち悪ぃ…。
やがて尾は引っ込み…私を貫く針は抜け…血が外に流れ出ていくのを感じた…。血と一緒に思考までもが流れていきそうだが…気合いで思考を脳に戻す…。
まだ
だが問題発生…他２本の尾が私を狙っている…。何とか回避…そう頭で指示を出しても…体が満足に動かない…。
「 “クギャーー！！” 」
「うっ…くぅ…！」
尾が私に向かって伸ばされたと同時に、クギャが私に体当たりをしてきた。紙一重で尾の攻撃を避けられた私とクギャは、そのまま
地面よか衝撃を吸収してくれるとは言え…重傷を負わされた私の体にはかなり堪えたか…、落下した衝撃で口から血が溢れ出た…。
クギャも何やら砂に倒れ込み…動けなくなっている…。心配だが呼吸はできているようなので…まずは回復が優先だ…。
まるで頭を鎚で殴られた後のように…視界がぐにゃっとなった…。ほんのわずかではあったが…今の感覚は…──
「どう？ 体が徐々に動かなくなってきたでしょ？
そうか…クギャもちゃんと回避できてたと思ったが…少し掠ってたのか…。そのせいで動けなくなって…──私のせいでごめんな…。
フロンはそんな私達にどんどん近付いてくる…。持っていた鞭をしまい、手には短剣を持っていた。確実に息の根を止めにきたか…。
「残念なことね～、せっかく
もはやフロンには一切の警戒心がなく…勝ちを確信して笑みを浮かべている…。あれだけ
私のすぐそばまで来たフロンは…血だらけな私の姿を見下ろして、さらに笑みを浮かべた…。優越感にでも浸っているのか…、どこまでも嫌な奴だ…。
「それじゃ、サヨナラ…賊の頭…！」
高く振りかざした短剣の刃が、陽光に照らされキラリと光った。どうやらここまでのようだ…──もう少しだけ休みたかったが仕方ねェ…後は全部終えてからだ…！
「〝
「あがァ…！！？」
奴は勝った気になって中々短剣を振り下ろさないので、先手必勝、私はバッと体を起こしてフロンの顔面を殴りつけた。
勢いは溜めれてないが…想像以上にぶっ飛んだ…。まさか反撃は出来まいと油断しきってたからだろう。私は今のうちに
「なっ…何でアンタ動けんのよ…！？ 偽竜種が掠っただけで動けなくなるほどの毒なのよ…？！ アンタは毒針で貫かれた…、確実に毒に蝕まれてる筈でしょ…！？」
「ああそうだ…実際くらっとしたよ…。だが生憎だったな…私は
もっと言うなら…あの
だが砂漠に来る前…毒物研究でがっつり麻痺毒に侵されたことで、麻痺毒に対する耐性がより強くなっていたみたい…。転んでも損はしなかったわけだ…。
「さァ張り切って続きと参ろうぜクソエナよォ…！ 待ちに待った…私とテメェだけの
「チッ…！ 調子に乗んじゃないよ死にぞこないがァ…！！」
フロンは後ろに跳んで距離を取ると、短剣を鞭に切り替えて振り回し始めた。ここからが本番だ…こっちも気合い入れていこうか…！
「
「やってみりゃ分かることだ…、こいよ七鋭傑…！」
腹の痛みを必死に堪えながら、私も
先に動いたのはフロン。腕を大きく振りかぶり、充分に
鞭を避けるのは不可能…防御は無意味…、ならどうすればいいのかを…ずっと考えてた。そして導きだした…、これが私の答えだ。
両手回し…普段は片手で回している
私が普段やらないのは、片手空けてた方が色々できるからだ。道具も出せるしナイフも握れる、両手で回すのは久しぶりだった。
そんな私にいよいよ鞭が振るわれた、〝音〟はするが鞭の先端は見えない…本来ならば直撃は必至。だが今だけはそうならず、フロンの鞭を
〝防御〟するのではなく〝弾く〟…それこそが私の対処方…！ とにかく回転数を上げ…鞭の先端を弾き飛ばす…！ そう、ただのごり押しだ…！
「チッ…！ アアアアアッ…！！〝
フロンは何度も何度も連続で鞭を振るってくるが、そんなフロンにはさっきまでの余裕綽々な態度はどこにもなかった。
私は一切回転を落とすことなく、確実に鞭を弾きながら少しずつ前に歩を進める。腹部の痛みが徐々に強くなってきているが…そんなのお構いなしに足を動かす。
フロンは鞭を振るうのに手一杯でその場から動けず、ゆっくりではあるが距離が縮まってきていた。それに比例してフロンの顔にも焦りが浮かぶ。
そんな中…焦った影響なのか私にびびったのか、今まで息もつかせぬ猛攻を仕掛けていたフロンに綻びが生まれた。
それはほんの一瞬の隙…必要以上に大きく腕を振りかぶった。その僅かな一瞬を見逃さず、私は一気に距離を詰めた。
そして完全に鞭が振るわれる前に腕を掴み、間髪入れずに鋭い膝蹴りを腹部にお見舞い。不意を突かれて右腕が僅かに緩んだのを見逃さず、鞭を奪い取って後方へ投げ飛ばす。
フロンはさっきの短剣を取り出して応戦してくるが…そこまで扱いに慣れていないのだろう、考え無しに振り回している。
無論そんな悪足搔きなど通用せず、
このままいけば直にフロンは倒れる…私は一切手を緩めはしなかった。だがフロンは不意に…私の背後に視線を移した。その直後──
「 “グゥロロロロロ…！！” 」
「…っ？！」
まだ耳の奥に鮮明と残る鳴き声…脳裏に浮かぶ四足獣の姿…。生き残りがいたのか…？！ まだ背後から〝音〟は聞こえてこないが…指示が下った以上は襲ってくる…。
私は少し後ろに跳び…素早く背後を確認した。そこには…何も居なかった…。動けないクギャが遠くに見えるだけ…四足獣の姿はどこにもない…。
そこで気付く…己の過ち…、そしてそれを咎めるかのように背後から鳴り響く〝音〟…。身構えながら振り返ると…フロンは短剣を振り下ろしてきた…。
咄嗟に左手をかざして顔への被害を回避するも…短剣の刃が左手に突き刺さった…。貫通した刃の先から…私の血が滴り落ちる…。
だがフロンの武器はこれだけ…他にはない。私は痛みに負けず…引き抜かせない為にそのままフロンの右手を掴んだ。
このまま
フロンの思わぬ行動に一瞬戸惑ったその隙に…フロンは大きく口を開けた…。それが何を意味しているか理解したと同時に…フロンは私の右肩に噛み付いた…。
物凄い咬合力…私の肩が悲鳴を上げている…。私は両腕を強引に動かして、フロンの頭部を固めた。自由に動かされたら…噛み千切られちまう…。
「離しなさいよ…！ 上手く嚙み切れないじゃない…！」
「ぐあァ…？！ くっ…誰が…離すかよ…！」
必死にしがみついてはいるが…少しずつ右腕から力が抜けていく…。このままじゃヤバい…、だけど…もうちょっとだ…もうちょっとの筈なんだ…。
もうちょっとで…
「──…っ！？ うぅ…！ うぅぅぅぅ…ああああああっ…」
突如フロンは苦しそうな声を上げ…よろよろとした足つきで私から遠ざかっていく。どうやら間に合ったみたいだ…、右肩が死ななくて助かったぜ…。
私はフロンの後を追いながら、ゆっくりと
「うぅ…うぅぅぅぅ…──オヴェエエエエエ…」
「うわあっ…あぁ…、私が仕向けておいて何だが…こっちまで気分悪くなるな…」
フロンは四つん這いになって盛大にゲボを吐きだし…私は思わず顔を背けてしまった…。静かな砂漠の中で…フロンの情けない声が聞こえる…。
「ハァ…ハァ…、アタシに…一体何をしたのよ…？！」
「
私はポーチに手を入れ、円型の入れ物を取り出してフロンに見せた。それは戦いが始まる前、日焼け止めと言ってフロンの前で体に塗りたくったものだ。
「〝ウパの実〟って知ってるか？ 嘔吐誘発物質オロロテリンを多量に含んだ天然の催吐薬でな、このクリームは
「騙したわね…！」
「考えてもみろよ…本当に日焼け止めだったらわざわざ敵前で塗らねェだろ…？ ポチの口の中に避難した時にでも塗るっての」
ポチの口の中で塗れなかったのは、万が一を考えての事。もしオロロテリンが悪さしたら…、隠密作戦も台無しになり…ポチのゲロに溺れる恐れがあった…。
塗るとしたらポチの口から出た後でなきゃならなかった、だから強気にフロンの目の前で塗りたくったわけだ。
「何だってそんな…ピンポイントな物を…」
「オマエがハイエナの
実際は
深手は負ったが…おかげで勝機に繋がった。作ったニキの頑張りは無駄じゃなかったわけだ…、試し舐めをしてもらったリーナの努力も…。
「さて、お喋りは終わりだ…そろそろぶちのめさせてもらうぜ…！」
「ちょっ…ちょっと待ってよ…？！ 分かった…謝る…！ 謝るから…許して…！」
まだ気持ち悪さが残るフロンは、砂地に腰をつけたまま命乞い。実に惨めなもんだ…少し前の余裕綽々な態度はどこへやら…。
勘弁してくれよ…まるでこっちが悪者みたいだ…。心中がぐちゃぐちゃになりそう…ブレさせないでくれ頼むから…。
誰かの怯える姿を見るといつもこうだ…頭が痛くなる…。
「──分かった…特別に許してやるよ…」
「ほっ…本当…？」
私は怯えるフロンに背を向け、目を瞑って深呼吸をした。そして瞼の裏に…アクアスの傷と涙を浮かべる…。消えかかっていた心の火が…再び大きくなっていく。
「ああ…私の左頬を鞭で一発、石版で一発殴ったことはな。だがテメェの罪はそれだけじゃねェ…！ アクアスを傷付け…泣かせた罪…！ きっちり清算してもらう…！」
やっぱり…到底許してなんておけないよな…そうだろアクアス…。オマエの主人として…オマエが受けた痛みも苦しみも全部…コイツに返してやる…！
「精々神に祈るんだな…クソったれの神に…！ 私が力加減を誤りませんようにと…！ ──どうか死にませんようにとォ…！！」
「ちょっ待…やめ…！」
「〝
腹部に怒りの一突き、血を吐き出したフロンは勢いよく後方へぶっ飛んだ。その勢いは、盛り上がった砂の山にトンネルを作るほど。
その後もごろごろと砂の上を転がり、やがて止まったフロンはピクリとも動かない。灼熱の太陽に背を向けるように、うつ伏せで倒れている。
「ふぅ～、ちったァスッキリしたぜ…。これでアイツに利用されて死んでった
フロンは一旦そのままにし、私は未だ動けずにいるクギャのもとに向かう。解毒薬を飲ませ、私達が勝利したことを伝えるとしよう。
アイツ等の方も終わってる頃かな？ クギャの背中に揺られながら、早く皆のもとに帰りてェぜ…。
──第７９話 断罪〈終〉
