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第74話 報いと救い

<〔Perspective:‐ベジル視点‐Beyzir〕>


「〝斬鉄蛮行ざんてつばんこう〟…!!」


「うわああああっ…?!!」


ったく…どれだけ薙ぎ払っても次から次に襲って来やがる…キリがねェ…。1人1人の強さは大したことねェが…長期戦となれば負けは必至だ…。


負ければまず間違いなく殺されるだろう…そんなのはごめんだ…。頭を下げられて挑んだ戦い…、死んでも死にきれねェ…。


まったくバカしたもんだ…、街まで送ってもらった礼はすると確かに言ったが…それでまさか命を懸けた戦いの加勢を求められるとは…。


報酬以上の働きはしないと…をきっかけにそう決めてた筈なのに…俺はいつからこんなお人好しになっちまったんだか…。


「くたばれクソ男…!〝毒棘突ディート・ランス〟…!!」


「チッ…! 今度は毒の尻尾か…本当に面倒な攻撃ばかりしやがる…」


毒針の付いた尻尾の突き、喰らえばどんな症状に襲われるか分かったもんじゃない…。冷静に大剣の側面で防御し…的確に反撃カウンターを決めにいく。


「〝嘩落怒からくどし〟…!!」


「うげェ…?!!」


防御した大剣の側面でそのまま叩きつけ、遠くまでかっ飛ばした。あまり女に手を上げるのは気持ち良くないが…今は心を鬼にしねェと…。


とにかくまずは徹底した毒持ちの排除からだ…。毒は実力差関係なしに勝敗を分かつからな…一撃でも喰らえば最悪あの世行きだ…。


できるだけ派手に暴れて、実力じゃ勝てないと知らしめれば…自然と毒持ちが前線に出てくる筈。後はソイツ等を早めに伸せば、残りは比較的楽な仕事だ。


「〝斬鉄蛮行ざんてつばんこう〟…!!」


「くぅ…強い…、どうすれば…」


予想通り…早速動きがガタつきだした。最初のような攻めっ気もない…武器を構えてはいるものの、腰が引けている。


だが組織に属している以上…勝手に逃げ出す事はできないだろうし、手段を問わずさっさと俺を殺したいと思っているだろう。


だからこその毒持ちだ、さっさと出て来い…気を張り続けるのも疲れる…。こんな面倒事…俺はさっさと終わらせてェんだ…。


「──〝纏電の咬合ボルト・ファング〟…!!」


「ぐっ…?! いてェ…!?」


腰が引けた雑兵共の後ろから突然…口を開けたイヌらしき獣族ビケが襲ってきた…。咄嗟に大剣を構えて嚙み付かれるのを防いだが…突如腕に痛みが走った…。


この痛み…電撃か…? 確かにコイツが嚙み付く直前…口の中に稲光みてェのが見えた…。毒持ち以外で厄介なのが出て来やがったもんだ…面倒くせェ…。


「ウチが来たからにはもう好き勝手させないヌ…! フロン隊幹部として…貴様に逃れようのない死をくれてやるヌ…!!」

< フロン隊幹部 〝咬霹犬シビルドッグ〟の獣族ビケ Cielu Hirdaシール・ヒルダe >


「シール様が来てくれた…! これであの男は終わったな…!」


幹部か…確かに他の奴等よか骨がありそうだ…。腰が引けてた連中もいつの間にか活気を取り戻してやがる…。


構わず横槍も入れてくる連中だし…それ等を警戒しながら幹部コイツの相手をしなくちゃならねェとは…、本当に面倒な事になったもんだ…。


こうなった以上文句は言えねェ…容赦なく倒させてもらおう。技師アイツは「容赦なくやれ」って言ってたが…まあ気絶させるぐらいでいいんだよな…?


「さァ覚悟するヌ…!!〝犬踏の圧攻シャン・メテオ〟…!!」


「〝斬鉄蛮行ざんてつばんこう〟…!!」


幹部は手に持った大槌を振り下ろし、こっちも全力の一振りで迎え撃つ。金属が激しくぶつかり合い…火花が飛び散った。


思った以上に重ェ一撃…流石は幹部と言ったところか…。やはり他の連中とはひと味違うな…面倒くせェ…。


「ヌゥ…!〝纏電の咬合ボルト・ファング〟…!!」


攻撃を防いですぐ…幹部はまた稲光走る口を近付けてきた。お粗末なこった…どんな攻撃かさえ分かってしまえば対処できる。


噛み付かれる前に大剣から手を離し、首と肩を掴んで動きを止め、間髪入れず腹部に膝蹴りを入れる。


しっかり怯んだのを確認し、ぐいっと幹部の体を強く押して仰け反らせた。元の体勢に戻る前に素早く大剣を握り、追撃を試みる。


“ズボォ…!!”


「隙ありッス…!〝毒牙の邪斬ポイズン・グロウ〟…!!」


「うおっ…!? あっぶねェな…!」


確実なダメージを入れられる筈だったが…突然砂中から飛び出してきたリス女に妨害された…。しかも剣に纏ってるこの変な粘液…毒か…。


やっぱりまだ毒持ちが居やがったか…コイツもさっさと倒すに限る…。リーチの差は俺のが上だ、今ここで伸しちまおう。


「〝嘩落からく──」


「〝兎の大怒突ガミガミ・バックン〟…!!」


「だァ…?! あっぶねェっての…!」


今度は鋭い牙のウサギ女が嚙み付こうとしてきやがった…、本当に次から次に邪魔が入りやがる…。全然思い通りに攻めれねェ…。


クソ…大剣じゃ多対一は不利だな…、一撃は強力だが…振るうまでの間に邪魔を入れられちまう…。──いやそもそもか…、多対一が元から不利だってな…。


向こうは数的有利も各々の能力もあるし…何を言っても言い訳だな…。俺も〝血〟を呑めば…──いや…それは〝どうしようもない時に〟って決めただろう…。


また…同じ結果を繰り返すつもりか…? 全員が頭巾アイツのようだとは限らねェんだぞ…、現状に甘えてどうする…。


思考を放棄するな俺…、幸いどいつもこいつも…単体で見りゃあ素人に毛が生えた程度の実力者ばかりだ。血なんて無くとも…充分やれる…!


「まずは邪魔なテメェ等からだ…!〝斬鉄ざんてつ──蛮行ばんこう〟…!!」


力強く踏み込み、リス女とウサギ女目掛けて一気に間合いを詰めて攻撃を仕掛けた。だが俺が繰り出した攻撃は…虚しく空を切った…。


リスは素早く穴を掘って砂中に…ウサギは垂直跳びで簡単に俺の攻撃を避けた…。どうやら回避は達者らしい、だがイヌ女を遮る邪魔者が消えた。


まずは邪魔者からと思ったが…このままの勢いでイヌ女を叩く。それでまたコイツ等の活気は失われる…そうなれば後はどうとでもなる…!


「〝斬鉄ざんてつ──!」


「 “ピィーーー!!” 」


大剣を構えると同時に…イヌ女は骨笛を力強く吹いた。その瞬間…あの時の光景が強く脳裏に浮かんだ…。


技師捜しの途中で絡んできたコイツ等の仲間があの笛を吹いた途端…その背後から砂險鮫スナバミザメが現れた時のことを…。


「── “エギャギャギャギャッ…!!” 」


「…っ?! やっぱりか…!」


辺りに響く骨笛の音と共に…イヌ女の背後から何かが飛び掛かってきた。全身を覆う真紅の毛皮と発達した両腕…〝豪荒猿バルアリボ〟か…。


砂險鮫スナバミザメに比べりゃ全然大したことない相手だが…ここに体力を削られるのは嫌だな…。イヌ女を倒して終わりじゃねェんだ…他のサポートもしなきゃならねェ…。


「テメェと遊んでる暇は無ェんだよエテ公…!」


「 “エギャギャー!!” 」


豪荒猿バルアリボは頭上で手を組み、その大木のように太く発達した両腕を振り下ろしてきた。周囲に撒き散る砂…その威力は言わずもがなだ…。


まともに喰らえば余裕で骨が砕け散る…、ハンターをやってた頃…そうやって死んだ同業者を何人も見てきた。


討伐経験はあるが…それでも油断はできねェ…。豪荒猿コイツは攻撃の後隙が大きいっつう弱点があるから…そこを的確につく…!


巻き上がった砂で見づらいが…現に今も両腕が砂にハマってやがる。引っこ抜くのは容易いだろうが…意識が腕にのみ集中している今が好機…!


「〝斬鉄蛮行ざんてつばんこう〟…!!」


「 “エギャッ…?!” 」


一瞬目があったが…一切攻撃の手を緩めず、俺の大剣はズバッと豪荒猿バルアリボの首を切断した。だがそんな俺の胸にドバっと流れ込む…。


──何故豪荒猿バルアリボなんだ…? 砂險鮫スナバミザメを手懐けられる程の連中が…何故豪荒猿バルアリボなんかを…?


確かに豪荒猿コイツの攻撃は当たれば致命傷だが…そこまで強い動物じゃない…。ハンター界隈でも…精々新米の昇格試験に充てられる程度だ…。


その程度の強さしかないってのは…賊共も分かってる筈だ…。一体何故…──


「今ヌゥ!! 投げ込めーー!!」


まだ晴れていない砂煙の外側から…イヌ女の不穏な声が耳に届いた…。それから間もなくして…何かが俺の視界に飛び込んできた…。


それは白い球体をしていたが…火のついた短い導火線が目に入った瞬間…それが爆弾であると悟らされた…。


“──ボォーーーンッ!!!”







「ゲホッゲホッ…! ちょっと派手にやりましたかね…──あっ…! シール様居ました…! 豪荒猿サルのそばで倒れています…!」


「ザマぁないヌね…! それじゃあ他の手助けに行くヌよ…! 全員皆殺しヌ…!!」


──何をしてんだろうな…俺は…。咄嗟に豪荒猿バルアリボの下に潜り込んで助かったが…初めから血を呑んでさえいりゃ…充分逃げ出すこともできたろうにな…。


そんなに怖いか…俺…? 命が脅かされてまでも…まだ周りの目が気になるか…? そんなに自分テメェを守りたいか…──




砂駆をやる前はハンターをやってた。依頼を受けては、3人の仲間と一緒に色々準備して…必ず無事に生きて帰ってくると誓い合ってた…。


その日もいつも通り依頼された魔獣を討伐して、帰って一杯やろうと話してた。だがそこに思わぬ強敵が現れて…俺達は連戦を強いられた…。


ただでさえ先の戦いで疲労していたし…襲撃してきた魔獣はそれよりもずっと強かった…。全員が負傷し…このままじゃ全員死ぬと悟った…。


まだ無等星ハンタールーキーだった頃からずっと組んでた3人を死なせたくなかった…。その一心で…俺は魔獣の血を呑んだ…。


身体能力を向上させ…無我夢中で大剣を振るって…、そして気が付いた時には…俺はその魔獣を討伐してた…。


これで街まで帰れる…酒のつまみ話にできる…、そう楽観的に考えてた…3人の顔を見るまでは…。


今まで切磋琢磨してきた仲間達は…まるで怪物でも見るような目で俺を見てた…。


そこからの記憶は曖昧だが…誰一人言葉を発さずに街まで戻ったと思う…。それから仲間達は…俺に何も告げず活動拠点を移した…、街から居なくなった…。


確かに俺は自分の種族を隠していた…、子供の頃から親に言われていたからだ…俺達血呑族バシンは「嫌われ者」だと…。


だがずっと一緒にやってきた仲間達には…それでも受け入れてほしかった…。隠していたことを責められても…あるがままの俺を認めてほしかった…。


でも叶わなかった…。どれだけ共に死線をくぐった仲であっても…俺が〝嫌われ者〟である以上…所詮は仮初の絆に過ぎないのだと知った…。


俺はハンターを辞めて…一人で生きていく道を選んだ…。依頼を受け…充分に働き…相応の金を得る…、それでいいんだ…。


金は良い…──深い付き合いなんてせずとも…金があれば誰とでも一時的な信頼関係を築けるし、それが終わればすぐに他人へと戻れる…。


それでいい…それでいいんだ…、深い関係を築いたところで…いつかは失望されて居なくなる…。それが血吞族運命さだめなのだと…半ば諦めてた…。


だからあの時も…──メイドと頭巾が俺の店を訪れた時も…それで何かが変わるなんて思いもしなかった…。


頭巾は俺が血呑族バシンであることを明かしても…一切気にする素振りを見せなかった…。口には出さなかったが…本当は嬉しかったんだ…。


あの日から止まったままだった俺の肩に…そっと手が置かれたような感覚だった…。




──バカだな俺は…。こんなクソったれ共にまで気味悪がられることを恐れて…半端な仕事をしやがって…。滑稽極まりねェな本当…。


俺はゆっくりと体を起こし…傍らに転がる豪荒猿バルアリボの死体にナイフで傷を付けた。ダラダラと垂れる血を…俺は掌に鮮血を溜めていく。


「ヌ…? あの爆発で死なないとは…しぶとい奴ヌ…!」


俺に背を向けていた連中が、再び俺に得物を向ける。大勢が見てる…だがもう気にしねェ…、体裁なんざクソくらえだ…。


俺は掌に溜まった血をグイッと呑み干した。全身に気が巡り…力が湧いてくるのを感じる、体の痛みも薄れていく。


「ハァ…!? アイツ…血を飲んでる…?! まさか血呑族バシン…!? なんでこんな所に…──キモい…! キモ過ぎるヌ…!!」


「──ハハハッ…、なんとでも言いやがれ…! これでテメェ等をぶちのめせるなら、血呑族バシンに生まれた甲斐があったってもんだ…!」


ざわつくクソったれ共に大剣を向けた俺は、今までになく清々しい気分だった。心にかかっていた靄が全て晴れ、不思議と体が軽い。


俺よりもずっと年下の奴等が命懸けで戦いに臨んでんだ…俺も相応に応えねェとな。まずはコイツ等全員を伸して…その他の連中も片っ端から潰す…!


「総員…! 血を吸われる前に即刻あの男を始末しろヌ…!!」


「クソったれ共の血なんざ呑まねェよ…。テメェ等の汚ェ血は全部砂が吸ってくれるさ、安心して垂れ流してくれ…!」


俺のしがらみを取っ払ってくれた頭巾への礼に…報酬以上の大暴れをしてやる…! 血を取り込んだ今…こんな連中に後れはとらねェ…! たとえ幹部が相手であっても…まったく負ける気がしねェ…!


「〝斬鉄ざんてつ──蛮行ばんこう…!!!〟」



──第74話 報いと救い〈終〉

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