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第72話 伏兵

「──地獄に落ちろ…!」


「敗者にピッタリな無様いい遺言ね…! それじゃ…さようなら…!」


<〔Perspective:‐カカ視点‐Kaqua〕>


勝ち誇ったような笑みを浮かべたままて腕を上げるフロン。自力で抜け出せないか抵抗はしてみたが…流石に両腕押さえられては無理だった…。


このままじゃ腹部に銃弾ぶち込まれちまうし…想定とは違うが仕方ねェ…、強引に作戦へ移行するしかない…。


アクアス…辛いだろうがもう少しだけ我慢しててくれな。必ず…フロン達クズ共の手のからオマエを助け出してやるからな…!


私は決意を固め、予め口の中に入れておいた小さな木の実を噛み潰した。


“──ガリッ…!”



“ズドーーンッ!!!”


木の実を嚙み潰した直後、勢いよく噴き上がる砂と共に体がふわりと浮き上がった。それと同時に砂から長い舌が飛び出し、フロンの部下諸共巻き付かれて砂の中に引きずり込まれた。


砂が入らないように目を閉じ、そして次に目を開けた時にはポチの口の中に居た。私と一緒に口の中に入ったフロンの部下は、混乱していて私のことは上の空。


口の中で着地した私は、アクアスの折畳銃スケールを持ったフロンの部下を殴りつけた。顎先にクリーンヒットさせ、一瞬にして意識を沈めた。


「なっ…?! この…! ──がはっ…?!」


攻撃したことで一時的に混乱が解けた残り2名は、反撃を試みようと私に近寄ってきたが…先に口内で待機していたニキとベジルが倒してくれた。


「驚いたな…まさか敵と一緒に入ってくるとは思わなかったぜ…。──メイドはどうした…? 何でオマエだけなんだ…?」


「ちょいと計画が狂ってな…、避難せざるを得ない状況だった…」


私達の当初の計画では、石版とアクアスを交換した後に口内ここへと来る筈だった。取引が終了したと同時に、私とアクアスに襲い掛かってくると想定していたからだ。


だがまさか標的を私に絞って殺しにくるとは思わなかった…。おかげでこの様…、アクアスを置いて1人で避難してきたわけだ…。


「どうするの…?! このままじゃアクちゃんが…!」


「んなこたァ百も承知だ…! だからそうならないように手を打つ…! ──ポチ…! 奴等を囲むように動いてくれ…! 砂も噴き上げながらな…!」


次の指示を出すと、ポチは舌先をちょろちょろさせて理解の意を示した。ここからは即興で動いていくしかない…、上手くいくかは賭けだ…。


ポチが砂を噴き上げながら取り囲むように動けば…奴等は下手に動くことができなくなる筈。奴等からすれば…〝砂の中に何かが居る〟くらいの認識だろうしな。


部下味方喰われているし…砂中を泳ぐ未知の生物に意識を割かれないわけがない。


そしてもしそうだった場合…恐らくアクアスが殺されることはない。囮としての価値が充分にあるからだ。


既に石版が奴等の手に渡った以上、律儀にアクアスを解放するとは思えない…だってクズだし…。きっと「オマエの命なんてもうどうでもいい」っとか言ってるよクズだもの。


だがだからこそ信用できる…必ずアクアスを囮用に生かしておくと…。故にそこを狙う…! アクアスを助け出すにはそれしかない…!


「このまま一周した後、アクアスの近くで砂を噴き上げる。そしたら私が飛び出してアクアスを助ける、それでいいな…?」


「うん…他に思い付かないもん…」


「しっかり頼むニよ…! 絶対助け出すニ…!」


ぶっつけ本番の作戦を立て、成功するとも分からない賭けに出る。私はニキから衝棍シンフォンとポーチを受け取って完全装備。


そしてユク君から2つ目の〝シシの実〟を貰った。押さえ付けられてた時に、口の中で噛み潰したやつだ。



 ≪シシの実≫

濁染樹ウルネスと呼ばれる樹に生える、涅色くりいろの小さな木の実。果肉から腐臭を漂わせているが、味はそこそこ甘い。人を選ぶ味。



これはユク君が危険生物を呼び寄せる為に使っていた撒き餌の原料だ。これマジで臭いのよね~…さっき噛んだ時も辛かった…。


だがこの強臭は砂中に潜っているポチへの合図としてはちょうどいい為、使わざるを得ない。ユク君が提案したってのもあるが…。


次に私がシシの実これを潰した時──ポチが砂中から現れ、口から飛び出したニキ達と共に全面戦争となるだろう。


例えアクアスの屍が転がっていようとも…。無論そうはさせない…、アクアスを含めた5人と1体でフロン隊クズ共を一掃する…!


用意が全て整うと、ポチは舌先をちょろちょろ動かした。一周してアクアスのそばまで近付いたのだろう、いよいよ私の出番だ…。


「ニキ、ポチが口を開けたら私を正面にぶん投げてくれ…! これは速さが勝負だ、遠慮せずにぶん投げろ…!」


「分かったニ…! アクアスを助ける為なら全力でぶん投げてやるニ…!」


ポチに指示を出し、まずは同様に砂を噴き上げさせる。そしたらちょこっとだけ顔を出させ、ガパッと口を開かした。


ニキの右手に両足のつま先を乗せ、ニキは投げる構えを取った。アイコンタクトを取り、ニキは思いっきり私をぶん投げた。


周囲を漂う砂を抜け、私の視界に入ったのは武器を構えるアーシラ下っ端と、アクアスのそばに立つフロンの姿。


クズ2人はどっちも上を見上げて私に気付いていない。絶好の攻撃チャンス…! アクアスを傷付けることなく…フロンだけを貫く…!!


「──〝凰撃おうげき〟…!!」


「ぶべェ…?!!」







‐現在‐


「アタシ達をぶちのめす…? 僅か3人と1体増えたぐらいで随分な自信ねェ…! 状況は何も変わってないじゃない…! このまま数で押し潰してあげるわ…!」


「笑わせんな…! 雑魚が何人集まろうと雑魚は雑魚、量があろうと質には勝れねェ…! 全員平等に地獄を見せてやるよ…!」


作戦は成功し無事にアクアスを取り戻せた。これで後は奴等を完膚なきまで叩き潰して、石版を取り返すだけ。


ずっと圧し掛かってた不安が無くなったからか、体がとても軽く感じる。コンディションは完璧

、さっさと場を移すとするか…!


「ポチ…! やってくれ…!」


「 “ジャララッ!” 」


まだ体のほとんどが砂の中に埋まっているポチは、私の指示を受けてうねうねと動き始めた。砂の中で体を動かしているのだろう、私のを叶える為に。


“ズボッ!”


「ハァ…!?」


「フロン様…?!」


フロンのすぐそばから飛び出したのはポチの尻尾。ポチは素早く尻尾をフロンの体に巻き付け、そのまま間髪入れずにフロンを放り投げた。


私達の頭上を通り過ぎ、宙を舞いながら後方へと飛んでいった。私達を挟んで部下共と分断、フロンを孤軍に陥れた。


これでいい、アイツだけは…あのハイエナ女だけは…私の手でぶちのめさなきゃ気が済まねェ…。


奥に見える危険生物や数人居るであろう幹部が気掛かりではあるが、アクアス達ならきっと何とかしてくれる、そう信じている。


「じゃ行ってくる…! こんな奴等に絶対負けんじゃねェぞオマエ等…! ──それとアクアス、の使用を許可する…好きにやれ…!」


「──ありがとうございますカカ様…、充分お気を付けて…」


アクアスの言葉を受け取って、私はフロンが飛ばされた方角を真っ直ぐ向いて駆けていった──。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「おっ、ようやく見つけたぜ。結構飛んだなー、空中散歩した気分はどうだァ?」


「思ったより悪くなかったわよ、アンタの面が無ければね」


フロンは思ったよりもずっと遠くに飛ばされていた。ポチの奴め…力有り余ってやがるな…、まあその力は敵を征伐するのに活かしてもらおう…。


それにこれだけ離れていれば加勢が来ることはないだろうし、思う存分コイツと戦り合えるってもんだ。


今すぐ攻め込みたいが…グッと堪えてまずは準備からだ…。私は上着を脱ぎ捨てて動きやすい格好になり、ポケットに入れていた円型の入れ物を取り出した。


「何よそれ…日焼け止めクリーム? 敵前でよくもまあ堂々とそんなもの塗れるわね、どうかしてんじゃないの?」


「必要なことだからやってんだよ。目も当てられない程にテメェをボコしても、日焼けしたんじゃ気分が下がるからな」


両腕と首、顔にもしっかり塗り込んで準備万端、これで思う存分戦闘に臨める。私は衝棍シンフォンを手に取り、早速攻めに出る。


衝棍シンフォンを回しながら前進すると、フロンは〝むち〟を手に取って身構えた。まずはお手並み拝見、このまま突き進んでみる。


「〝閃鞭凶打せんべんきょうだ〟…!!」


「おっと…! 当たんねェよ…!」


最初はなから近付けるとは思ってなかったから、フロンの攻撃は危な気なく回避ができた。だが今の鞭攻撃…当たるとヤバいなありゃ…。


プロの鞭使いが振るう鞭は、先端の速度が音速にも達すると聞くが…恐らくフロンもその域に至っている…。


思ったより厄介だなあの鞭…、速度スピードもそうだが範囲リーチの差が何より厄介だ…。得意の接近戦に持ち込めるか怪しい…。


可撓性かとうせいに優れた鞭を衝棍シンフォンで防ぐのは不可能に近い…、音速に達する先端部を狙って弾くのは人にできる芸当じゃない…


回避前提の立ち回りで懐に潜り込むしかないが…これも容易じゃないな…。どうにか戦いの中で付け入れる隙を見つけねェと…。


「──どうにか近付く方法を画策しているようだけど…残念ながらそうウマくはいかないわ…! ここからが本番だもの…! すぅー… “グゥロロロロロ…!!” 」


「うおっ…!? なんだァ…?!」


フロンは大きく息を吸い込むと、猛獣の咆哮の様な大声を上げた。なんてクオリティの高い模倣…、本物の獣と違いが分からねェ…。


だがあんなことをして何の意味がある…? 威嚇のつもりか…? そんな虚仮脅しが私に通用するとでも…──いや違う…何か別の意図がある…!


「── “グゥロロラァ…!!” 」


「そういうことね…」


フロンの後方からさっきと同じ咆哮が響き、やがて10頭の四足獣が姿を現した。鈍色にびいろの外骨格…歪に生えた剝き出しの牙…鋭い爪…、分かり易い危険生物だ…。


どの個体も全長10フィート(約2メートル)はありそうな大きさ…、これまた厄介なことになった…。あくまで自分の手は汚さないスタンスか…。


「アタシを分断して有利を取れたと思った…? 念の為に伏兵を忍ばせておいて良かったわァ…! おかげで無様に喰い殺される姿を拝めるものねェ…!」


「どこまでも悪趣味な奴だ…、今のうちに余裕ぶっとけよ…! コイツ等全員ぶっ倒して、テメェも同じ目に遭わせてやっからよォ…!」


「ンフフッ…! 楽しみにしてるわ~、それじゃ狩りを始めるわよ…! すぅー… “グゥロロロロロ…!!” 」


フロンが咆哮を上げるとそれに呼応して四足獣共も吠え、一斉に私目掛けて向かって来た。強がりはしたが…流石にこの数を1人で相手にするのは無理がある…。


仕方がない…目には目を歯には歯をだ…。もう少し伏せておきたかったが事態が事態だ…私もとしよう…。


「 “ピィィィィィ…!!” 」


指を咥えて甲高い音を出すと、私のそばに濃い影が現れた。それから間もなくして、空からクギャが降り立った。


フロンがそうしたように、私達も伏兵を忍ばせていた。別にこういう状況を想定していたわけではないのだが…。


「どうやらまったく同じ事を企んでたみたいね、不愉快だわー…」


「自分の考えた策が被ってがっかりしたか…?! 誰でも思い付きそうなもんだがなァ…!」


当初の予定ではニキ達と一緒にポチの口に忍ばせておくつもりだったが、どうしても嫌とクギャがいうから…仕方なく上空を漂わせていた。


本当はフロンに隙を作る為にクギャを使いたかったのだが…しょうがない…、別の方法でフロンに隙を作るとしよう…。


まずは四足獣コイツ等からだ…、クギャが来ても未だ2対10…。フロンが何かしら邪魔をしてくる可能性もあるし…油断はできない…。


「いいかクギャ…できるだけフロンアイツには近付かないようにしろ…! ある程度の距離を保ちながら四足獣と戦え…!」


「 “クギャギャッ…!” 」


クギャが降り立ったことで一度動きを止めていた四足獣は再び動き出し、私達に牙を向ける。先頭を走っていた4頭が、先行して跳び掛かってきた。


私は瞬時に身を低く屈め、それを見て私の意図を素早く理解したクギャは、尻尾の薙ぎ払い攻撃で4頭を打ち飛ばした。


攻撃を受けた4頭は砂地に落ちたが、まだまだ元気な様子。ノーダメージではないだろうが、外骨格がかなり硬いみたいだ…。


クギャにはこのまま地道に削ってもらい、私がトドメを刺す方針でいこう。無駄に体力を消耗すると後が辛いからな…。


「さっさと片付けて本命を叩くぞ…! ちゃんとついて来いよクギャ…!」


「 “クギャギャーッ!!” 」



──第72話 伏兵〈終〉

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