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第71話 謀略

── 昼過ひるすぎ -ガガテガ遺跡-


「取引だァ…?」


「そう、受けるでしょう? 断れないものね、どうせ」


足元を見やがる…嫌な奴だ…。だが奴の言う通り…取引に応じないわけにはいかない…。アクアスを失いたくはない…。


恐らくは石版とアクアスのトレードを要求してくる筈…。苦労して手に入れた石版だが…アクアスの為なら喜んで渡す。


石版は後でいくらでも取り返せる…いくらでもその策を練れる…。今は奴等の要求に頷くのがベストだろう…、癪だが仕方ない…。


「取引内容はなんだ…?! どうせ目当ては石版これだろ…?!」


「受けるってことでいいわね? もちろん…アタシ達の狙いは石版それ石版それとこの役立たずメイドを交換してあげる。──ただし…!」


そう言うとハイエナ女は私の前に短剣を投げつけた。砂に刺さった短剣には何かの紙が巻かれており、解いてみるとそれは地図だった。


「明日の明昼、そこに記した場所までアンタ1人で来なさい…! もちろんその邪魔な武器もポーチも全部置いて…石版だけを持ってね。それまでこの役立たずメイドはちゃーんと預かっててあげるから──明日…楽しみにしてるわ…!」


「なっ…?! 待ちやがれ…!!」


取引内容を告げるだけ告げた2人は…アクアスを連れて塀の向こうに姿を消した。嫌な汗が頬を伝い…鼓動がどんどん大きくなる…。


アクアスが居なくなった塀の上から目を離せず…、不安と心配がぐるぐる頭の中を廻る…。



“ドクンッ…! ドクンッ…! ドクンッ…! ドクンッ! ドクンッ…! ドクンッ…!


アクアスが連れ去られた…──人質…──無事…?──保障はない…──


ドクンッ…! ドクンッ…! ドクンッ…! ドクンッ! ドクンッ…! ドクンッ…!


石版を渡せば助かる…──根拠は…?──信じられない…──助けたい…──


ドクンッ…! ドクンッ…! ドクンッ…! ドクンッ! ドクンッ…! ドクンッ…!


失いたくない…──失いたくない…──嫌だ…──嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…──


ドクンッ…! ドクンッ…! ドクンッ…! ドクンッ! ドクンッ…! ドクンッ…!”



「──カ…! カカ…! しっかりするニ…!」


「…っ! ああ…そうだな…、悪い…ちょっと冷静を欠いた…」


「カカ…」


ニキに肩を揺らされて…ようやく我に返った…。最悪な展開を想像してる場合じゃない…、獣賊団クズ共は信用できないが…今は従うしかない…。


考えるべきはその先だ…、冷静にならなきゃならない…。あらゆる可能性を考え…よりアクアスを助けられる方法を導き出すんだ…。


使えるものは全部使え…、利用できるものは利用しろ…。絶対助けるんだ…、たとえ獣賊団クズ共が約束を破ってもアクアスだけは──


「──なあニキ…一つ頼みがある…。リーナも…手を貸してくれ…」


「ニ…?」

「何…?」







── 中宵ちゅうしょう -フロン隊拠点-


アクアスを取引材料として攫って拠点へと戻ったフロンは、一仕事終えた疲れを優雅にワインで流し込んでいた。


その様を少し離れた所から見ているアーシラは、どこか浮かない顔をしていた。やがてグラスに注いだワインを全て飲み干したタイミングで、アーシラは口を開いた。


「フロン様…何故こんな遠回りな事を…? あのメイドを連れてこなくとも、あの場で取引できた筈では…? 何故わざわざ取引を明日にしたんです…?」


「んー? そんなの簡単じゃない──そっちの方がより精神的なダメージを与えられるからよ。大事な仲間が敵の手中にあるとなれば…明日の明昼 あかひるまでの間、連中は嫌~な想像をして勝手に精神を削ってくれるでしょ?」


フロンは再びワインを注ぎ、静かにグラスを回しながら…中で躍るワインの奥に頭を抱えるカカの姿を浮かべる。


「それより、ちゃんと手配してくれたかしら?」


「はい、石版探しに出向いていた全ての隊に〝伝書リク〟を遣わせました。明日の明昼 あかひるまでに全隊が揃うかは分かりませんが…」


「大丈夫よ、あくまで念の為だから。もし連中がメイドを切り捨てる覚悟で攻め込んで来た時用に、頭数を揃えておいて損はないものね」


各地に散っていた仲間を呼び戻し、拠点の外では捕えてた猛獣や魔獣の最終調教。ちゃくちゃくと進むフロンの計画は、じわじわとカカ達の首を絞めていく。


〝卑怯・狡猾〟これがフロンのやり方。可能な限り真剣勝負を避け、より楽に敵をいたぶり制する──トーキー隊とは真逆とも言える隊風をしている。


その為フロン隊に所属している隊員メンバーのほとんどが、戦闘において〝厄介〟になる能力を有しているか、群れて囲む戦法を得意としている。


敵の不意を突いたり行動を制限したりし、生じた隙に致命傷となる攻撃を一発だけ繰り出す。今までもそうやって敵を葬ってきた。


だがそれ故に個人の実力は低く、小細工が効かない敵を相手にした場合…高確率で敗北を喫してきた。


だからこそフロンは慎重かつ狡猾に策を練り、己の〝能力〟も活かして敵を排除する。じわじわと毒が広がる様に…相手の首を絞める…。


「トーキーはバカだけど実力は本物だし、所属してる幹部達も相当なもの…。人族ヒホの賊はそこと真っ正面から戦り合って勝利した…。どんな手を使ったか知らないけど…侮れる相手じゃない…、しっかり準備して確実に消さないとね…!」


「相変わらず悪い方ですねフロン様は…」


「ンフフッ…! 前に言ったでしょ? この世は弱肉強食…強い奴が生き残る…! どんな手を使おうと…何をしようと…──最終的に勝った奴が強いのよ…!」


徐々に夜は更けていき、月と付喪暦月ツカヤは高く昇っていく。今夜は三日月──夜空はニヤリッと不敵な笑み浮かべ…砂上に月光を降り注ぐ──。







── 明昼あかひる -サザメーラ大砂漠 東側-


「──フロン様、各地に散っていた探索チームが全員揃いました」


「そう、間に合って良かった。せっかく宿敵の頭が来るんだもの…しっかりもてなさきゃなねェ。何か企んでるとも分からないし…」


カカが受け取った地図に記された場所は、フロン隊アジトのすぐそば。そこにはフロンと幹部をはじめ、フロン隊の隊員が全員集結していた。


更にはフロン隊が所有・管理している危険生物も待機しており、その数小型・中型・大型含めて50体以上。


乾いた砂の大地に延べ250近い兵隊が、武器を磨き…血に飢えた目でカカの到着を待っていた。


「──ムムッ…! フロン様ー!! 観録北西の方角、人影がありますっ!!」


「数はー?!」


「1人ですっ!! 周囲に潜んでいる人影もありませんっ!!」


大型生物の頭上から周囲の偵察をしていたウランは、その目にカカの姿を捉えた。報告を聞いた隊員達は、一斉に同じ方向へ体を向けた。


やがて蜃気楼の中に浮かぶカカの姿…。フロンの指示通り、武器もポーチも持たず…たった1人でこの場所までやって来た。


フロンは不敵な笑みを浮かべながら先頭に出て、カカと向かい合った。


「約束を守れて偉いじゃない…! もし破ったら今この場であのメイドを喰い殺そうと思ってたのに…残念だわ~!」


「御託はいい…! アクアスを出せ…!」


「つれないわねェー…。ハイハイッ、連れてきてー」


フロンが手を叩くと、幹部アーシラは立ち並ぶ隊員達の奥から、手を縛られたアクアスを連れて現れた。


アクアスの顔や腕には痣があり…、凄惨な拷問の跡が残されていた…。


「ごめんなさいねー、このメイドに痛い目に遭わされたウチの子達がちょっと好き勝手やっちゃってね。でも手の爪と奥歯1本抜いた所でちゃんと止めたんだから、感謝してくれてもいいわよ?」


「クソ共め…!」


「ンフフッ…! それじゃ早速取引をしましょう、さァ…石版を渡しなさい…!」


フロンがそう言って手を伸ばすと、2人の隊員がフロンの傍らに立ってカカを睨み付ける。


カカはそれに臆さず、懐から石版を取り出してフロンのもとへ歩き出した。そして鋭い眼光を向けたまま、フロンに石版を渡した。


「偽物じゃなさそうね~、確かに受け取ったわ」


フロンは石版を触ったり太陽にかざしたりすると、不意に右手を振りかぶり…勢いよく石版でカカの左頬を殴りつけた…。


それを皮切りに傍らに立っていた隊員2人がカカの腕を掴み、うつ伏せに砂の上に押さえ付けた。フロンはそんなカカの頭を踏み付ける。


「カカ様…?!」


「アハハハッ…!! いい気味…! 悪く思わないでちょうだいねェ…? この取引はあくまで〝石版〟と〝ダメメイド〟のトレード──アンタの命は含まれてない…! さァ…ここからが本番よ…!!」


フロンは少し後ろに下がってパチンッと指を鳴らすと、1人の隊員が前に出た。その隊員はアクアスの折畳銃スケールを持っており、カカの体を跨いで背に銃口を向ける。


「やめてくださいカカ様だけは…!! わたくしが身代わりになりますから…! どうかカカ様だけは…!!」


「バカね~、アンタは今取引によって守られてるのよ? 流石のアタシ達でも約束を破ることはできない…。だからそこで見てなさい…! 愛する主人が…アンタの武器で息絶える様をねェ…!!」


「イヤァァァ…!!! カカ様ァ…!! カカ様ァ…!!」


アクアスは泣き叫んでカカのもとへ行こうとするが…アーシラがそれを阻止する。もはやカカの処刑は誰にも止められない…。


押さえ付けられたカカと泣き叫ぶアクアス…、フロンはそんな2人を交互に見ながら高らかに笑い、つられて周りの隊員達も2人を嘲笑った。


「良い悲鳴ねェ~、もっと聴きたいわ~♡ そうよもっと泣きなさい…! アンタのせいで主人が死ぬのよ…! 人質にされるような鈍臭くて役立たずなアンタのせいでね…!!」


フロンはアクアスの髪を掴んで、顔をカカのことがより見える角度に上げた。口角が上がりっぱなしのフロンは、アクアスの絶望顔にご満悦。


充分楽しんだフロンは隊員に視線を送ると、隊員は折畳銃スケールの銃口をカカの背中にピタリとくっ付けた。


「名残惜しいけどそろそろ処刑の時間ね…。でも安心しなさい…? できるだけ長くこの世に居られるように…撃つのは腹部に1発だけにしてあげるから、ンフフフッ…! 最期に何かある…? 言い残すことがあるなら聞いてあげるけど…?」


「──地獄に落ちろ…!」


「敗者にピッタリな無様いい遺言ね…! それじゃ…さようなら…!」


フロンが手を上げると、隊員は引き金に指を掛けた。アクアスは今も泣きながら命を乞っているが…虚しく蜃気楼に溶けるばかり…。


勝ち誇って笑みを浮かべるフロンは、上げたその腕に力を込めた──。



“──ガリッ…!”



“ズドーーンッ!!!”


「…っ!? 何…!?」


突如巨大な柱のように勢いよく砂が噴き上がり、カカを含む4人が吞み込まれた。やがて砂が晴れたその場所には誰もおらず…、跡形もなく消えてしまった。


アクアスは膝から崩れ…涙を流しながらカカが消えた場所を見つめている…。だがアクアス以外の者もまた、突然の出来事に困惑の表情を浮かべる…。


“ズドーーンッ!!! ────ズドーーンッ!!!”


「今度は何…!?」


一度目を皮切りに次々砂が噴き上がり、それはまるでフロン隊を取り囲むかのように噴き上がっている。


下手に動くことができなくなったフロン隊の面々…。恐怖に震える者…見えない何かに武器を構える者と…、場は混乱を極めている…。


「何だってのよ一体…?! ほらアンタ立ちなさい…! 取引が終わった以上、アンタの命なんてどうでもいいわっ…! 囮として役に立ちなさい…!」


フロンはアクアスの腕を縛る縄をナイフで切ると、まるで盾のように自分の前に立たせた。手が自由になった後もアクアスは特に抵抗したりせず、抜け殻のようなまま立ち尽くしている…。


大きな円を描くように次々噴き上がる砂は、徐々に最初の場所へと戻りつつあり、やがてフロンのすぐ近くで砂が噴き上がった。


フロンは身構え、アーシラは武器を向けて臨戦態勢を整える。どんな巨大生物が現れるのかと見上げる2人──だがその予想虚しく…下部から勢いよく飛び出した〝何か〟が、真っ直ぐフロンへと向かう。


「──〝凰撃おうげき〟…!!」


「ぶべェ…?!!」


「フロン様…!!?」


噴き上がった砂の柱から飛び出したのは、衝棍シンフォンを手に持ちポーチを身に付けた完全武装のカカ。


石突部分での強烈な突きはフロンの顔面に直撃し、その体は後方へとぶっ飛んだ。アーシラはすぐにフロンのもとへ駆け寄り、他の隊員も駆け寄る。


「カ…カ…さま…? カカしゃまァァァ…!!」


「アクアス…よく耐えたな…、もう大丈夫だぞ…」


声を上げて泣きじゃくるアクアスを、カカは優しく抱きしめて背中をさする。その間によろめきながらもフロンは立ち上がり…血が混じった唾を吐き出した。


「何を…したのかしら…? あの状況でどうやって…」


「策を講じたんだよ、テメェ等はまったく信用できねェからな…! 思わぬ形で使う羽目にはなったが…結果的にウマくいって良かったぜ…!」


「答えになってないわ…! 何を…?! したのよ…?!」


少し前までの余裕は一転し、フロンの表情には怒りが浮かぶ。策にハマり…加えて顔を傷付けられたことが心底不快なようだ。


その怒りは周囲に伝播し、フロン隊の面々も同様に鋭い眼差しをカカに向ける。だがカカも一切怯まず、フロン達を睨み返す。


「そんなに気になるんなら、深々と頭を下げて懇願したらどうだァ…? 醜いテメェ等にはお似合いだと思うぜ…?」


「調子に乗ってんじゃないわよ…! メイド足手まといを取り返したことがよっぽど嬉しいみたいね…?! 言っとくけど…状況は何も変わってないわよ…! そのメイド足手まといを守りながら…この数を1人で相手できるとでも…?!」


フロンがそう言うと、フロン隊の全員は一斉に武器を手に取って臨戦態勢を整えた。いくらカカでも覆しようのない、圧倒的な数の利がそこにはあった。


しかしカカはそれにも怯むことなく、おもむろに左手をポケットに突っ込み、中から小さな木の実を取り出した。


「〝1人で相手できるのか〟──ねェ…? つくづく救えねェバカだなァ…! 大掛かりな策まで講じておいて──単身で乗り込むわけがねェだろ…!!」


カカは左手の指に力を込めると、持っていた木の実をブチッと潰した。潰れた木の実は、辺りに強烈な臭いを発し…フロン達は顔をしかめた…。


その直後、カカの後方の砂中から巨大な生物が姿を現した。白い鱗に金色のたてがみを持った神話級の巨大な蟒蛇──呑威焉蛇ザントアフアである。


その神々しくも畏怖を纏った姿に、一瞬にしてどよめきだすフロン隊の面々…。そんなことはお構いなしに、呑威焉蛇ザントアフアは突然ガパッと口を開けた。


全てを吞み込んでしまいそうな大口、その中には気絶している隊員3名の姿と…別の4人の人影が──。


「アクアスー! 助けに来たニよー!!」

<凄腕旅商人 〝???族〟 Nikhi Leickirニキ・レーキレックech >


「想像よりも数多くねェか…? 骨が折れそうだぜ…」

< 砂駆 〝血呑族バシン〟 Beyzir Rerlabベジル・ラーラバンane >


「関係ない…! アクちゃんを泣かせた奴等は全員罪…! 捻り潰してやる…!!」

< 踊り子〝一角族ホコスLinah=リーナ=Sewi Luchoスイ・ルコットt >


「メイドのお姉さーん! ぼくとポチも来たよ~!」

< 少年 〝砂泳族スウサ〟 Yuek Phomahlユク・フォマーリンyn >


「 “ジャラララ~!” 」

< デゼト村の守り神 〝呑威焉蛇ザントアフアPocziポチ


ニキ・ベジル・リーナの3人は口の中から出て、ポチは気絶しているフロンの仲間を吐き出してから、ユクを舌に乗せて頭の上に移動させた。


カカはニキから治癒促進薬ポーションを受け取って両手を負傷しているアクアスに飲ませ、3人の隣に並ぶ。


約250の軍勢と向かい合う6人と1体。石版と魔物をめぐる戦いが、サザメーラ大砂漠の東側にて始まろうとしていた。


フロンの隊員は骨笛を吹き、従えている猛獣と魔獣の臨戦態勢を整える。それに応えるかのように、カカ陣営も得物を持つ。


ベジルは大剣を担ぎ、リーナは双剣を握る。取り返した折畳銃スケールはアクアスの手に戻り、アクアスは血がこびりついた指を用心金ようじんがねに通した。


「痛むなら無理しなくてもいいぞ…? 戦えるか…?」


「はいっ…! カカ様達が一緒ならばいくらでも…!」


「そうか…なら始めるぞ…! アイツ等ぶちのめして…ついでに石版も取り返す…!!」



──第71話 謀略〈終〉

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