──
時々小さな段差に躓いて転びそうになったり、何かしらのトラップに引っ掛かったと思われるニキの叫び声が響いたりしながらも…私達は通路を進んだ。
そして出口から差し込む光で微かに自分の手が見えてきた頃、ようやく私達は出口に辿り着いた。
「おおっ…?! なんじゃこりゃ…」
「これは…物凄い眺めですね…」
─ ガガテガ遺跡 地下5階層〝
出口の先に広がっていた光景は、息を吞む程に壮観なものだった。石像があった部屋よりも遥かに広く、他のどの部屋よりも──〝新しく〟感じる…。
どうやらここは2階部分らしく、私達の目の前には下へと続く大きな階段があり、
広間の中央には見事な装飾がなされた太い柱が1本立っており、まるで城や宮殿にあるかのような…とても古代の産物とは思えない柱だった。
それだけじゃない…、1階と2階にいくつか見られる扉も全て…現代の技術で作られたかのような立派な扉だ…。手すりの装飾もかなり凝ってある…。
よくよく考えたら石像の部屋にあった扉も…意味深な模様があった部屋の扉もそう…。考古学者が好む歴史的建造物には似合わない物だ…。
地上に比べて…地下には異常な程の文明の差がある…。それもかなりの…もしかすると現代の技術を軽く凌駕する程の高度な文明が…。
「不思議な空間ニね…何でこんな深い場所にこんな空間が…」
「な、不思議だよな…──オマエそれどうした…?」
「通路で罠にやられたニ…」
トラバサミ…一体何をすれば頭と肩にトラバサミが…。めっちゃ
一体どれくらい昔に建造された建物なんだろうか…。数百年前…? それとも千年以上…? 動く石像とトラバサミが同じ時代の物とは考えられないが…。
「ねえカカ…アレって本物かな…?」
「どうかねェ…アレも古代の産物ってんなら精巧に作られ過ぎてる気がするけど…、流石に本物では無いんじゃねェか…?」
リーナの言う〝アレ〟とは、まるでこの部屋のシンボルかのように柱の上に置かれている〝とある生物の頭骨〟のことだ。
無数の牙にたくましい角、肉と皮が朽ち果てた後でもビシビシ感じる圧倒的な存在感…。紛う方なき…〝
≪
ミスレイスに広く生息している動物・魔獣には分類されない固有の種。希少で生息数が少なく、この世の食物連鎖の頂点に君臨している最強生物。
偽物であってほしいな…、でなきゃ怖いもん…古代の技術…。私達は今とんでもない場所に足を踏み入れたってことになる…。
「人の力で
「私よりも強い奴を200人くらい動員すりゃまあ…、大量の屍の上に討ち取ることはできるかもな…。限りなく低確率で…」
もしあの骨が本物なら…3世代は遊んで暮らせるだけの金が得られることだろう…。床に欠片とか落ちてないかな…──んっ?
柱の下の部分に目をやると、何やら本棚のようなものが柱に彫られており、古ぼけた本が数冊しまわれていた。
「調べる箇所多そうだねー…ねえねえ手分けして探さない? そっちの方が絶対効率的だよ。それでいいよね? アクちゃん行こっ、あっち調べよっ!」
「ちょちょちょリーナ様…?!
リーナはアクアスの手を引いて、左側の通路へと走って行ってしまった。じゃあ2階はアイツ等に任せて、私とニキは1階を調べるとしようか。
大きな階段を下り、早速気になっていた柱の本棚に近付いた。本棚には古ぼけた本が3冊あり、私は適当に1冊の本を手に取った。
表紙には
時々挿絵が描かれているが…その内容もいまいち解らん…。右掌に描かれた六芒星と…垂れた血液…? なんかヤケに六芒星を見るが…一体何の意味が…。
ニキにも読ませてみたが、左右に首を傾げるばかり…。なんだその口…その X みたいな口は…、後で教えてもらお。
「ニー…何も解らな過ぎて頭が痛くなってきたニ…」
「さっさとトラバサミ外せや、いつまでつけてんだ…」
知識だけは豊富なニキにも解らないんじゃどうしようもないな…。こういう時に
一応他の2冊もパラパラと中を確認してみたが…まあ流石に読める部分はないよな…。どうすっかな
次
「あー! また勝手に入れたニねっ! 怒るニよー?!」
「あーうるさいうるさーいっ! 文句があるならまたトラバサミで挟むぞっ! ほらガシャンガシャーン!」
トラバサミでニキを黙らせ、私達は1階にある部屋を調べることにした。入れそうな扉は3つあり、左右と柱の向こう側に扉がある。
ニキは右側を調べてくると言うので、私は反対の左側を調べることにする。結構重量のある扉を開け中に入ると、そこは会議室のような場所だった。
中央にはボロい円卓があり、壁際には円卓同様にボロボロな棚や本棚があった。かつての偉い人達は、ここに集まって何かを話し合っていたのだろうか…。
とりあえず部屋の中を調べてみる。もしかしたらまた鍵とかが見つかるかもしれないし、調べられそうな所はしらみつぶしに調べよう。
棚の戸を開けたり、椅子の上に乗って本棚の上を調べたり、全ての壁に触れてみたりした。その結果、見つかったのは色褪せた紙が数枚、つまり収穫ほぼゼロ…!
このまとめられた紙は…何かの資料かな…? どうせ何も読み取れないとは思うが…ちょっと興味を惹かれるから覗いてみよう。
うん…うん…ほうほう…、めまいがしそうな古代語と…意味の分からない絵が描かれているのは分かる…。
上から下まで得られる情報は皆無…、悔しいから燃やそうかな…。──んぅ…? この絵は…。
「カカ~、あっちには重要そうな物は何も無かったニ~。こっちはどうニ? 何か重要そうなのあったニ?」
「どうだろう…これをどう見るかによるかな…。オマエも見てみろ」
私が気になったのは5枚目に描かれていた一つの絵。そこには鳥類と思しき絵が記されているのだが…気になったのはその〝異様〟な姿…。
左側には巨大な翼…右側には2本の帯の様な翼…。──見覚えがある…この特徴的な非対称の両翼…。嫌でも脳裏に浮かぶ
アツジ近辺の上空で私達を襲撃してきた…あの〝黒い怪物〟と同じ…。何でその絵がこんな所に…、一体全体どういう事だ…?
「どう…思う…? 私の考え過ぎかな…?」
「いやー…どうだろうニ…。ただの偶然には思えないけどニー…」
しばし資料を見つめながら沈黙…、考えれば考えるほど沼にハマってってる感覚だ…。視野の外側が黒くぼやけてきた…。
私は静かに資料を閉じ、ゆっくりとニキのリュックにしまい込んだ。ニキも文句を言うことはなく、私達は言葉を発さずにこの部屋を出た。
「──ふぅー…とりあえず今は忘れるか…!」
「そうニね…! 石版が最優先ニ…!」
これができる大人の現実逃避。別に今すぐやらなくとも、後で向き合えば同じ事なのだよ。だから現実逃避と言うよりは戦略的撤退だねこれは。
「あっカカー! あっち特に何も無かったー!」
「そうかっ! ついでに反対側も調べといてくれー! 何かあったらちゃんと回収してこいよー!」
リーナ達が2階の探索を終える前に、私達も残す扉を調べておこう。残す扉は中央の扉だけだが、そこには果たして何があるやら…。
中央の扉は他の扉とは異なり、小窓のような鉄格子が付いている。まさか牢獄とかじゃないだろうな…、人骨とか無いだろうな…。
恐る恐る鉄格子を覗くと…その先にはトンネルのような場所が広がっていた。古びたレンガのトンネルは、至る箇所にひびが入っていた。
トンネルを抜けて先の方には砂溜まりがあり、そこには何やら色んな物が落ちている。目を凝らして見るも…いまいちよく見えない…。
私はニキのリュックに腕を突っ込み、小さめの望遠鏡を取り出した。覗き込んで確認してみると、ナイフやロープの切れ端などが散乱していた。
他には破れた探検帽や錆びついた謎の大きな円盤…、それと石版──石版…!?
「オイ石版あったぞ…! あのトンネルの向こうに石版あった…!」
「おお~! なるほど、あの砂溜まりはちょうど冥府の抜道の真下なんニね」
なるほど…ってことはあのナイフとか探検帽はトレジャーハンター達の残骸ってわけか…。なんかちょっとヤダな…。
だがようやく石版が見つかって一安心、これでこの未知で満ち満ちている遺跡からおさらばできるぜ…。
試しにドアノブを捻ってみると、扉は案外簡単に開いた。てっきり鍵が必要になるかと思ってたが、楽に済んで良かった。
「じゃあ私取って来るから、アイツ等が来たら説明しといてくれ」
「ちょうど戻ってきたみたいニよ? ──なんか様子がおかしいニね…」
アクアスとリーナは何やら急いで階段を下りてくる。両方とも焦りで顔が青ざめており…踏み外しそうな勢いで下りてくる…。
「カカ様ニキ様…! 逃げてください…!!」
「
「 は…?
ニ…? 」
リーナの発言の真意に思考を巡らせようとした直後…、
人と同じ背丈の石像が3体…石の剣を携えて2人を追っている…。何その危機的状況…!? 何しやがったアイツ等…?!
ひとまず追走してくる石像から逃げるべく…中央の扉を開けてそこに逃げ込んだ。アクアス達が入り次第すぐに扉を閉め、全員で押さえる。
直後勢いよく石像が扉にぶつかってきた…。凄い力で押される扉…、ニキのおかげで何とかなっているが…ヤバいなこりゃ…。
チクショー…ここにきて鍵付きじゃないのが裏目に出るとは…。しかもここは行き止まり…袋小路に押し込まれたわけだ…。
あの石像の強さがどんなものかは知らんが…現状私達の勝機はほぼゼロに等しい…。分かり易く絶体絶命だ…どうしたものかな…。
「──ニキに考えがあるニ…! 上手くいくかは賭けニけど…託してほしいニ…!」
「ったりめェだ…! このままじゃ埒が明かねェからな…! 頼んだぞニキ…!!」
ニキはこの状況を打開する為に砂溜まりに一直線。どんな策を思いついたのか分からんが…信じてるぞニキ…!
だがアイツの準備が整うまでは3人で押さえなきゃならないのは…ぶっちゃけ辛い…。実際ニキが抜けてから…徐々に押され始めてる気がする…。
今はまだ奥歯がめり込みそうな程に力を込めてなんとか耐えれているが…いつまでもとはいかない…。いつかは力尽きちまう…。
ニキはリュックの中から何かを取り出し…それを砂溜まりの上に撒いている…。何してんのかさっぱりだが…順調だと考えていいんだよな…?!
ニキを信じて全力で踏ん張っていると、突然フッ…と軽くなった。鉄格子を覗くと、3体の石像が後退っているのが見えた。
「急に押すのを止めましたね…? 諦めたんでしょうか…?」
“──キーン…!!”
「いや違ェ…! オマエ等構えろ…!!」
扉から少し距離を取った石像は、扉に向かって猛ダッシュしてきた。扉に全体重を乗せて身構えると…次の瞬間物凄い衝撃が襲ってきた…。
強力なタックルを仕掛けてきた石像は再び後退りし、また猛ダッシュして体を扉にぶつけてきた。ラッチボルトのおかげで開いたりはしないが…これはマズい…。
扉を開けるのを止めて…破壊する方針に変えやがった…。金属製とは言え…ただでさえ古びた扉だ…、いつ破壊されてもおかしくねェ…。
むしろまだ持ち堪えてるのが奇跡と言っていい程だ…、あと数回タックルされれば確実に突破されてしまう…。
「皆ー!! 準備ができたニー!! 急いでこっちに来るニー!!」
ナイスタイミング…! あとはニキに全てを託す…! 石像がタックルを仕掛ける為に後退った時を狙って、私達もニキのもとへ猛ダッシュした。
トンネルの中腹部に差し掛かった所で、背後から扉が破壊された音が聞こえた。思ったより突破されるのが早ェ…、間に合うかこれ…?!
「〝
「おおっナイス…! 流石だぜアクアス…!」
アクアスの放った
一切後ろは振り返らず、がむしゃらに走り続けて砂溜まりまで到達した。そこは砂岩によって形成された空洞で、天井には一つだけ大きな穴があった。
大穴の真下には
「皆早く
ニキが指差した物は、鉄格子から見えた謎の円盤。私は砂の上に落ちている石版を素早く回収し、青銅色の円盤に乗っかった。
全員が乗るとニキは円盤の縁を掴み、なんと持ち上げてみせた…。円盤だけでも相当な重さがありそうなものだが…改めて恐ろしい怪力だ…。
ニキは円盤を持ち上げたまま大穴の真下に向かっている。氷を砕いた石像が砂溜まりまで追って来たが、流石に間に合わないだろう。
だが何をする気だ…? さっきアイツ「脱出する」とか言ってたが…どこから…? まさかあの大穴じゃないよな…? だってあれ冥府の抜道だぜ…?
確か色んな肉食生物が住み着いてるんじゃなかった…? そんな事をガイドのカニアさんが確かに言ってたよね…?
「なあニキ…確かに「託す」とは言ったが…まさかだよな…? それって今の状況よりも危険だったりしないか…?」
「どうせヤバいなら一緒ニよっ! それにこんな名言もあるニ! ──〝死なば諸共〟…ってニ…!」
「死前提の名言…!?」
ニキは少し屈むと、円盤を持ったまま上に跳んだ。そのタイミングでニキも円盤の上に乗り、持つ者が居なくなった円盤は、砂の上に散らばる無数の
その直後…どういうわけか円盤が物凄い速度で独りでに浮き上がった。円盤は吸い込まれるかのように大穴に入り、どんどん上へ上へと昇っていく。
体が強い圧力で円盤に押し付けられるし…円盤の真下からは色んな種類の恐ろしい咆哮が聞こえて怖いし…、何だこの状況は…?!
見ずとも分かる…! 大穴周辺に生息している肉食生物が…顔を覗かせて通り過ぎた円盤に向かって咆えているのが…! 怖すぎる…!!
それと苦しい…! 圧力で押し潰されそう…めちゃくちゃ腕が痛む…。そんな恐怖と痛みに耐えていると…徐々に明るくなってきた。
そして眩しさについ目を閉じると…その直後肌を焼くような熱とぬっっるい風を肌に感じた。目を開けると、どこまでも広がる砂の大地が目の前に…。
やがて円盤の勢いが弱まり、体を起こして周囲を見ると、そこは上空…下にはガガテガ遺跡が見える…。
「ニキ~? 無事に脱出できたことだし、次の考えを聞いてもいいかな~? このままだと死人が出るぞ~?」
「えーっとぉ…またちょっと考える時間をいただけるなら名案が浮かぶ気がするニね…。ちょっと待ってくれるニ…?」
「そんな暇あるか…!! 死ぬって言ってんだろ…!!」
円盤はいよいよ上昇をやめ…今度は落下し始めた…。マズいマズいマズい…どうするどうするどうする…?!
このままじゃ遺跡に叩きつけられてぐちゃぐちゃだ…。何か前にもこんな事あったなァ…?! グラードラ草原の峡谷で…!
あの時はニキの
「何か無いのか…!? 何でもいいから早く出せって…!」
「ニキだってそうしたいニけど…本が邪魔で取り出せないニ…!」
ここにきて弊害…?! こんなことになるなら無理に詰め込まなきゃよかった…! 何かずっと運が悪いな私達…。
ニキがどうにもできないならもう打つ手なしだな…。一か八か五点接地をやってみるか…? 本の図解でしか見たことねェけど…生き残る為にはやるしか…
「ぐォエエ…?! なっ…なんだぁ…?」
突然何かに引っ掛かったように体がガクンッと揺れ…そのまま宙に浮いている…。頭を動かして状況を確認すると、背中に見覚えのある
「クギャ! 助けてくれたのかっ!」
「 “ギィ♪” 」
何の指示も出してないのに私の服を咥えて助けてくれるとは…なんてカワイイ奴。しかも足でニキのリュックを掴み、尻尾をアクアスとリーナに巻き付けていた。
よく落下している私達4人を正確に助けられたもんだ、流石は
そのままゆっくり下降していくが、クギャはめちゃくちゃ羽ばたいてる。これ絶対ニキのリュックが重いんだろうな…、頑張ってくれクギャ…。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「ヨシヨシヨシヨシッ! いい子だね~クギャちゃんね~♡」
「助かったニ~! お礼にいっぱいなでなでするニ~!」
「 “クギィー♪” 」
クギャのファインプレーにより、無事遺跡の中庭に下りられた私達。3人はへとへとのクギャを囲んで撫で回している。
そんな光景を観光客達は不思議そうに見つめていた。そりゃそうか…、大穴から突然出てきて…その上
「皆さん大丈夫ですか…?! っというか皆さん遺跡の中に入っていきましたよね…!? どうして穴の中から…!?」
「まあ色々ありましてね…、でも無事に目的は果たせました」
私は懐から石版を取り出した。あの時はゆっくり確認もできなかったが、シヌイ山の石版と同様に五角形をしているし、間違いなく石版だ。
同じような紋章も描かれている。なんだろうかこれは…、水と木ノ葉かな…? 相変わらず意味は分からんが…まあスルーでいいべ。
「あっ、それが言ってた石版ってやつ? 私にも見せて~!」
「ニキも見たいニ~!」
石版を2人に渡し、私はクギャの方に向かった。ご褒美に私もしこたま撫でてやるとしよう、本当に良い活躍をしてくれたもんだ。
私が近寄るとクギャは頭を下げてなでなでアピールをしてきた。それに応えて手を伸ばした瞬間、不意に違和感を覚えた…。
後ろには石版を見つめるニキとリーナが居るが、クギャの傍に居ると思っていたアクアスの姿がない…。確かアクアスはクギャの尻尾を撫でていた筈だが…。
「ヘェ~、それが例の石版なのね…思ってたより普通じゃない。てっきりもっと禍々しい感じかと思ってたわ~」
「…っ?! アクアス…!?」
遺跡を囲う高い塀の上、そこには2人の
ミンクの
「テメェ…!」
「ンフフッ…! 初めましてね
この感じ…アイツも
「ねェ
「取引…?」
──第70話 来襲〈終〉