目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第64話 妖精の翅

ノッセラームにて聞き込みを行っていた私達は、ニキが入手した有力情報をもとに、更なる手掛かりを得ようとしていた。


この地に飛来した石版を目撃した〝リーナ〟という人物に詳しく話を聞く為、その人物が居るとされる場所に向かったのだが…──。


「聞いた話が正しければ…ここみたいニね…」


「マジでここか…?〝活気酒場かっきさかば〟だぜここ…?」


到着したのはまさかの活気酒場…。リーナとやらは踊り子をやっているらしいが…そういうのってもっとちゃんとした舞台で仕事するもんじゃないのか…?


全体的に落ち着いた雰囲気のある〝安穏酒場あんのんさかば〟ならいざ知らず…、常に賑やかな〝活気酒場かっきさかば〟に踊り子ってどうなんだ…。


酔いで理性を失った奴が手を出してしまう可能性もありそうなもんだが…、そこんとこは店側がうまく対処してるのだろうか…?


「まあとりあえず入ってみないことには始まらんし…行くとしましょうかね」


「無駄足にならなければ良いですね…」


店の外観は酒場にしては随分と小さく、窓もないから中の様子も見えない。見れば見るほど…怪しい建物に思えて仕方がない…。


そんな活気酒場の前に立ち、ドアを3回ノックした。踊り子さんが出迎えてくれるのかと思いきや…ドアの奥から出てきたのは普通に男…。


「〝活気酒場かっきさかば妖精ようせいはね】〟へようこそ。何名様のご入店で?」


「2人だ、私とニキコイツの2人」


「では証明書を拝見させてもらいやすので、ご提出を」


私とニキは証明書を受付の男に手渡した。アクアスは酒業しゅごうを完了していないのでお留守番だ、気の毒だが仕方がない。


すぐに確認は済み、私とニキの2人は入店を許された。ドアの間から見えない店内はどこか薄暗く…酒場なのかすら怪しいほどだ…。


「そんじゃ行ってくるが、くれぐれも炎帯症えんたいしょうに気を付けるんだぞ? 適当なお店に入って涼んでてもいいからな? とにかく必ず日陰にいろ、分かったな?」


「かしこまりました、いってらっしゃいませ」


アクアスと別れ、私達はいざ入店。中はやはり薄暗く、ランタンなどの光源さえ置かれてはいない。酒場にしてはかなり異様だ…。


だが部屋の中央には地下へと続く階段があり、そこから賑やか声や民族的な音楽が聞こえ、漏れた明かりがぼんやりとこの部屋を照らしていた。


手すりを掴んで踏み外さないように階段を下りていくと、徐々に音楽と声が大きくなっていき、やがて全貌が明らかになった。


「わあ~! 凄い凄いニ! こんなの見たことないニ~!」


「おおっ、確かにスゲーなこれは…圧巻だぜ…」



活気酒場かっきさかば妖精ようせいはね】-


眼下に広がる光景に思わず息を呑んだ。楽しそうに酒を酌み交わすおっさん達の数もそうだが、やはり目がいくのは踊り子達だ。


円を描くように配置された6つの円形ステージの上で、それぞれ6人の踊り子が華麗な舞を披露している。


そんな中でも一際目立つのはその中央。他よりも大きなステージが中央にあり、そこで舞う踊り子には多くの視線が集まっている。


この賑やかさ…実に私好みの酒場だ。石版探しと魔物討伐という重大な仕事さえなければ…何も気にせず楽しめたろうに…、トホホな気分だぜ…。


ひとまず階段を下りきり、私達は適当な席に腰を掛けた。見た感じ女性客は私達以外居ないようで、若干浮いてる気もするが知らんぷり。


「酒場来て何も注文しないのもあれだし、なんか頼むか?」


「そうニね、軽く1杯だけ頼むニ。じゃあ…ニキはこれにするニ!」


「オッケー私も決めた、すいませーん!」


店員を呼んで注文を済ませ、お酒が運ばれてくるのを待つ。ちなみにジャンケンで私が買ったので、この支払いはニキに決まった、ごっそさん。


店員がお酒を持って来てくれたら、その時にリーナって奴のことを聞こう。踊り子らしいし、もしかしたら今ステージで踊ってる誰かかも。


裏にもまだ何人か居るとは思うが、ここで働いている従業員である以上は確実に会える筈。ナップの時のようにはならない筈…。


しっかし…踊り子達は皆綺麗だねー…。すらっとしてて小顔で…、あの露出の多い衣装はちょっとアレだが…同じ女性として羨ましいものがある…。


ニキも同じ想い…──ではなさそうだな…。コイツが羨ましがってるのはただ一点…、ニキよ…いくら無い胸を摩っても大きくはならんぞ…。


「お待たせしました~ご注文の品で~す」

・カカの品〝ネランの澄酒ちょうしゅ (35%) 〟

・ニキの品〝ドラゴンカクテル(12%) 〟


「あっ、ありがとニー…。──店員さんも大きいニね…」


「はいっ?」

「やめろやめろセクハラは…」


若干しょんぼりしているニキに代わってお盆からお酒を取り、ジャンケンに敗北したニキがお盆にお金を置いた。


久し振りのお酒にちょっと気分が高揚する。普段はアクアスに気を遣ってあんまり飲まないからなぁ…、いつかアイツと酒場で酌み交わしたいもんだ…。


「そうだ忘れるとこだった…! すみません店員さん、ここにリーナって人居ます?」


「もちろんですよ~、リーナさんはウチの一番人気ですから~。あの中央の特別ステージで踊ってるのがリーナさんですよ~」


居たわ本当に…! しかも目立ちまくる中央の特別ステージに…! まさか一番人気の踊り子が私達の欲する情報を持っていたとは…。


中央のステージだから…アイツか…。生成色きなりいろの髪に紺碧こんぺきの瞳、褐色の肌と相反しているようで実にあでやかだ。


一番人気なだけあって舞も他の子等とは別格に見える。動きの一つ一つに気品さとキレがあり、男達が夢中になる理由わけも分かる。


「あっ! ニキあの人知ってるニ! 確か前に路地奥で男を罵りながらボッコボコにしてた人ニ!」


「なんか途端に印象がひっくり返ったわ…。腹黒な人なのか…?」


「でもその男ストーカーだったみたいニよ?」

「じゃあいいか」


人物の特定も済んだし、本当なら今すぐ話を伺って帰りたいが…まあどこかのタイミングで休憩に入るだろうし、その時を待つしかない。


しかしそうとあれば気楽なもので、肩の力を抜いてお酒を楽しめる。踊り子の舞を見ながら飲む酒は中々美味だ、こういうのも悪くないな。




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「なあニキ…これいつ終わるんだ…?」


「分からないニ…、チビチビ飲んでたお酒も空ニ…」


私達が来店するちょっと前から舞い始めたとしても長い…。全っ然終わらねェ…どうなってんだこの店の踊り子達…。


つくづく恐ろしいものだな一角族ホコスの持久力は…。普通の客からすれば長く舞を見れて嬉しいのだろうが…、私達からすれば思わぬ足止め…。


アクアスが暑い中待っているというのに…。だが私達にはどうすることもできないし…大人しく舞が終了するのを待つしかない…。


「ニ…? なんか音楽が終盤っぽくないニ…?」


「ようやく終わるのか…? 危うく酒のおかわりを注文するとこだったぜ…」


奏でられる音楽が一層盛り上がりをみせ、踊り子達の舞もヒートアップしていく。そしてついに──長きに亘った妖美の舞が終わりを迎えた。


耳を塞ぎたくなるほどの拍手と歓声が場を包み、その様はまるで音楽祭。地上にまで聞こえているんじゃなかろうか…。


舞い終えた踊り子達は疲れている素振りをまったく見せず、ステージの上で手を振りながら客に笑顔を振りまいている。


それに応えるように、男達は何かをステージに投げ始めた。何かが入れられた小袋…、ステージに落ちた時の音からして恐らく中身は金…。


なるほど…あの小袋の量がそのまま踊り子達の人気を表しているわけだ…。一番人気凄いもん…踏み場がないぐらい小袋が集まってる…。


その後しばらく投げ銭は続き、それが終わるとスタッフが数人体制でそれらを回収、ようやく踊り子達はバックヤードへと移動を始めた。


「よし、私達も動くぞ」


「待ちわびたニー…」


満足気に酒を楽しむ男達の間を抜け、踊り子達が入っていったバックヤードへ向かう。事情を話せば通してくれる筈だ。


最悪アイリス女王直筆の立入許可証をチラつかせて通してもらおう…。卑怯な手段だが目的が目的…背に腹は代えられん…。


バックヤードの扉に近付くと、案の定店員が道を塞いだ。事情を話してリーナとの面会をお願いするも、首を縦に振ってはくれない…。


仕方がないとポーチに手を伸ばしたその時、思わぬトラブル発生。私達と店員が話し込んでいる隙を付いて、男が1人バックヤードに侵入した。


これにより店員達は男を止める為にバックヤードへとなだれ込んだ。私とニキは顔を見合わせ、店員達の後を追ってバックヤードに入った。


左右にいくつも扉がある廊下の先で3人の店員が床に倒れており、その近くの扉が開けっ放しになっていた。恐らく男はあそこに入ったのだろう。


倒れている店員達が心配だが…今はまず男を止めなければ。もしリーナの身に何かあれば…飛来した石版の場所が分らずじまいになってしまう…。


床に伏せる店員を跳び越え、男が入っていったと思われる部屋の中に飛び込んだ。そこで目にしたものは──。


「オラァボケェ…! 舞い終えてヘトヘトな状態なら連れ帰れるとでも思ったかァ…?! 私がテメェみたいな “ピーーーーーーーー※自主規制でーす” 野郎の思惑通りになると思うなよノミカスがァ…! “ピーーーー※口悪いね” …!!」


「うおぅ…、心配無用だったか…」


「むしろ心配すべきは男の方だったニね…」


男が部屋に侵入してからまだ間もない筈なのに、まるで複数人からハチャメチャに袋叩きされたかのような惨状になっていた…。


両方の鼻穴から血が流れ…口からも血が垂れ…、胸倉を掴まれている男の顔は白目を向いたままガクンガクンと揺れている…。死んだかありゃ…?


“──ドタドタドタッ…!!”


「捕まえたぞ侵入者…! このまま憲兵に突き出してやるからな…!」


この騒ぎに遅れて駆け付けた店員は、あろうことか私とニキを羽交い締めしだした。許可取ってはないがアイツ※死にかけ男と同じに思われるのは心外極まりない…!


「ちょちょちょ違う違う違う…! 私達は本物の侵入者を止めようとしただけですんで…! 断じて邪な輩じゃありませんので…!」


「リーナさん…! この2人も変質者です…! やっちゃってください…!」


「オッケーぶち殺してやらァ…!!」


ああ…死んだかこれ…? あの血濡れの拳でアドレナリン切れるまでフルボッコか…? 死因〝踊り子に殴られ死〟とか笑えんよ…。


ほんで多分死ぬの私だけだしな…。ニキは頑丈だから生き延びそうだ…、納得いかねェな…舌噛んで自死しろ!って言ったろうかな…。


「待って待ってニー! ニキ達は本当に健全な侵入者なのニー!」


「侵入に健全もクソもないわよ…! 元は人でしたって言っても信じられないほどにぐちゃぐちゃにして家畜の餌に…──「ニ」…? あれ…? 貴方確か…──」







「じゃあやっぱりこの人がアクちゃんの主人なんだ! 見つかって良かったねー」


「あの時はありがとニ~! おかげで南側まで行けたニ♪」


2人がキャッキャッしてる中…私は命拾いした喜びに浸っていた…。もしニキがリーナと知り合いじゃなかったら…、オォ怖い怖い…。


なんか別人を見ているよう…、二重人格じゃないのよな…? さっきまでノミカスだの “ピーーーー※また自主規制” だの言ってた奴とは思えないほど穏やかだな…。


「ところでアクちゃんは? 一緒じゃないの? ──まさかメイドだからって理由で…この暑い中外に置いてきたわけじゃないわよねェ…?」


「圧出すなよ怖ェから…。アイツはまだ酒業の儀を終えてないから入店できなかっただけだ…、私だって連れて来たかったよ…」


「それなら仕方ないわね…法は破れないし…。でもそっか、あの完璧そうなアクちゃんが酒業の儀を…──フフフッ…推せる…♡」


何なのコイツ…こえー…。こんなにも内面で恐怖を覚えたの久し振りだわ…、6年振りに感じるおぞましい畏怖の念…。


さっさと聞き込み終えて帰ろう…、そして今日ここで見た暴力的な光景をすぐに忘れよう…。酒飲んで記憶飛ばすのもありだな…。


「アクアスに想いを寄せてるところ悪いが…オマエに1つ聞きたい事があるんだ。オマエが前に流れ星を見たって聞いたんだが、その方角とか覚えてるか?」


「流れ星? うん覚えてるよ。って言うかどこに落下したのかも分かるよ。落下してきたのをその目で見てた友達から聞いたんだっ」


これは僥倖…! 落下した正確な場所さえ分かれば、最悪砂の中に埋もれてたとしても掘り起こせるかもしれない…!


ちょっと労力が発生するが…シヌイ山の時に比べれば些細なものだ。力持ちなニキも居るし、クギャに手伝ってもらえば更に速く済むだろう。


「頼む教えてくれ…! 私達にはその情報が必要なんだ…!」


「もちろんそれは構わないけど…どうして流れ星なんかにそんな必死なわけ…? 売ったら大金にでもなるの…?」


ニキ達が前に会った時には、私達の本来の目的までは説明してなかったのか。まあそりゃそうか…それどころじゃなかっただろうしな…。


石版の話だけをしても理解できないだろうし、私はリーデリアで起こった悲劇から現在に至るまでを簡単に説明した。


「凄い話…想像の何倍もガチな話ね…。それなら喜んで落下した場所を教えるけど…その…、落下地点がちょっと厄介と言うか…かなりと言うか…」


リーナは協力的な姿勢を見せつつも、返答はどこか歯切れが悪い。なんだか嫌な予感だ…どことなくデジャブを感じる…。


シヌイ山の時も最初はただ探すだけで良かった筈なのに…最終的に群盗蜘コレクトヤツザキグモの巣に行くことになったからな…。


今回も余程面倒な場所に落下しているのだろうか…。まあ…蟲系生物の巣じゃなきゃ最悪いいわ…、根性で乗り切るから…。


「とりあえずどこに墜ちたのかだけ教えてくれ…、詳しい話は後で聞く…」


「分かった。石版があるのは、この街から西北西に位置するサザメーラ大砂漠が誇る観光名所──〝ガガテガ遺跡〟よ…!」



──第64話 妖精の翅〈終〉

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?