──
「あっ! お姉さん居たー! ──なんか乗ってるー?!」
「いいでしょー、ユク君も乗る?」
「乗るっ!!」
はしゃぐユク君の両脇に手をやって持ち上げ、優しく
「それでユク君、もしかしてだけど私のこと探してた?」
「うんっ。おじいちゃんがね、かいどく?できたんだって」
文法がどうたらこうたら言ってたのにもう解読できたのか…流石に凄腕を自称するだけはあるな…、素晴らしい手腕ですこと…。
ユク君を乗せた
内部に入ると、ヤーナダ文字が殴り書きされている紙が床にいくつも散らばっていて…その中央に手帳を持って座る
「来たよ
「うむ…お主等にいいとこ見せたくてつい張り切ってしまったわい…。お主は何か見つけ…──なんじゃ随分お疲れのようじゃな。あとその
一目見て私に何かがあったことを察するとは…、流石は年の功…あんまり気取られないように意識してたつもりなんだけどな…。
「まずはこれじゃな…〝天を仰ぐヘビと背を向ける人々〟。ここには当時の先人達が目撃した光景と…そこに抱いた恐怖の念が彫られておった」
─1枚目の壁画─
〝民が暮らす
簡単に言うならば…、かつてここにあった集落のそばに巨大なヘビが現れた…的な感じだろうか…?
ユク君は早々に考えるのを止めて…
「どんどんゆくぞ…! えー次の部分がー…──」
まだ脳が情報を処理しきれていないのに…
─2枚目の壁画─
【〝棘を纏う獣と巨大な炎〟】
〝
─3枚目の壁画─
【〝ヘビと睨み合う無数の獣〟】
〝果てた砂地に血を望み、悪魔は都に歩を移す。捨て駆ける民の背、突として出づるは静なる蟒蛇、百里の壁となり怒哮猛る。〟
─4枚目の壁画─
【〝地を見下ろすヘビと跪く人々〟】
〝夜欠ける
─祭壇の画─
【〝小さなヘビと片膝をついて手を差し伸べる人〟】
なるほど、分からん…。残念ながら私はついていけませんでした…、3枚目でギブアップです…。大人しく専門家を頼りましょう…。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
──蟒蛇が姿を現してから3日後の夜、都の外に突如〝
〝暮らし
家々はことごとく踏み潰されて更地と化し…大勢の死者を出した悪魔はそれでもまだ殺したりない。悪魔の群れは都に狙いを定め、歩みを進める。
都の人々は一斉に背を向けて逃げ出すが…そんな中あの蟒蛇が突然姿を現す。蟒蛇は群れる悪魔の進行を妨げ、激しい戦いが始まった。
〝
都は救われ、人々は蟒蛇を〝
「ほえー、なんか壮大な物語だねー、おもろっ」
「感想薄いのォ…、かなり歴史的価値のある話じゃというのに…」
歴史が少し好きなだけの一般飛空技師じゃ…この程度の感想しか出てこない…、でも興味深いと思ったのは本当だ。
この石碑の内容が事実かどうかは知る由もないが…少なくとも1300年以上前の時代に〝悪魔〟という概念があったのには驚いた。
見たことのない生物をそう形容しただけか…それとも…。──
まあそんなことは置いといて、結局ユク君が言うようなヒントは無かった…。壁画の内容は偉大な蟒蛇の英雄譚…手懐けるヒントは微塵も書かれていない…。
「お姉さんどう? 何か分かった?」
「ううん、残念だけど全く関係なかったよ…。ポチとは別のヘビのお話だった」
「え~なんで~?! ポチも同じくらい大きかったよ…?!」
それはそうだけども…多分同類のヘビかなんかじゃないかな…? ヘビは長生きするとは言うが…流石になぁ…?
「なあ
「そうじゃのぉ…、無くはない…っと言うべきか…」
この世には〝
捕食を逃れて力強く生き延びた個体は〝
「じゃがそれでもせいぜい
「じゃあやっぱりいない…?」
「いや…ワシは見たこともないし見たという話も知らんが…──」
しかしそれでも生き続け…その悠久にも等しい刻を渡った個体は全長
古い文献でしか存在が確認されておらず…その希少さは
219ヤード…──当てはまるかも…。悠久の刻を生きる…か…、これはひょっとしたらひょっとするな…──
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「じゃあ私達はもう行くけど、本当に
「おぉ…エグいこと言うのぉ…。心配いらんわい、ワシのイヌ達は頭が良いからの、お主の動きから穴掘りを学んだことじゃろう。埋まっても大丈夫じゃ」
壁画とそこに彫られていた文字の解読を終えた私達は、ここで
武器を持たないご老体とイヌ達だけじゃ少し心配だが…
「遺跡や遺物に興味があるのなら、またどこかで会えるじゃろう。ではまたの、歴史好きなお主等に幸あれ」
そう言って
その時が来るかは分からないが…とりあえずそれまで何事もなく無事であることを祈ろう…。ちょっと変な
「じゃあ私達も帰ろっか、目的は果たしたわけだしね」
「うんっ、またてくてく歩いて帰ろっ」
「それなんだけどね~、私に良い考えがあるんだ~! なァ…!」
「 “クギャ…?!” 」
コイツは背に人を乗せて飛べる。たとえ定員1人だとしても、子供1人くらい気合があれば飛べるだろ。頑張れる筈だ、死にたくないのなら。
乗り気じゃない
ちょっと痛いかもだけど…荒縄を
「お姉さん…これおちない…?」
「大丈夫だよきっと…、これでもお姉さん飛空技師だから…飛ぶことに関しては右に出る者居ないから…。オマエも頼むぞ…? 未だオマエは非常食の立場にあるってことを忘れるなよ…?」
「 “クギィ…” 」
──
「ひぃぃぃ…! ひぃぃぃぃ…!」
「揺れが凄くなってきてるぞ…! もうちょっとだ頑張れ頑張れ…! ここまで来たら素直にオマエの頑張りを褒めさせてくれ…!」
「 “ギャ…ギャギィ…” 」
昼前から入相までの長距離飛行で
疲労からくる横揺れ縦揺れが物凄いことになっている…。手綱を握っている右手からは擦れて血が出ている感覚があり…、ユク君は左腕にしがみついたままうつむいている…。
「あっ見えたアレアレアレ…! あそこがゴールだ…! 頑張れ
「 “クギャギャ…!!” 」
よろよろと羽ばたきながらも…
着陸する寸前に私はユク君を抱きしめて
「ユク君大丈夫…? 痛いとこない…?」
「うん…、でも怖かったぁ…」
怪我はしてなさそうなので安心…、涙を浮かべるユク君を優しく抱き寄せる…。私の方は右肩がちょっと痛い…、脱臼するかと思った…。
飛空艇のつもりで
ユク君を抱きかかえて、胴体着陸した
「大丈夫か…?! まだ生きてるか…?!」
「 “クギャー!” 」
「なんだよピンピンしてんじゃん…、心配して損したぜクソが…」
「 “ギィ…!?” 」
「──何事だ…?! 一体何が起こった…?!」
騒ぎを聞きつけた村の人達が出てきた…、まあ村近辺に
事の経緯を説明し、ユク君と協力して危険は無いとしっかり伝えて事なきを得た。村長らしき人物にはちょっと怒られた…、
ユク君に励まされながら、私達はユク君の家へと帰った。なんだか色々あって疲れる1日だった…、今日はぐっすり眠れそうだ…。
──
「今日こそペットにするぞー!」
「懲りない子だなぁ…、可愛いからいいけど…。──っでオマエはいつまでついてくんだ…? もう自由の身だぞ…? 巣に帰っていいんだぞ…?」
「 “クギャギャー♪” 」
昨日お弁当を分け与えたからなのか…やけに懐かれてしまったようだ…。村長の説教の後ちょっと褒め過ぎたかもしれない…、参った参った…。
変な子分ができた気分だ…、後悔するぞー? 脚もぎ取れるくらいビシバシ労働させようかな? 血反吐を吐き散らすくらい酷使したろうかな?
今後の
目的は知っての通り、ポチを手懐けることだ。以前私達に大口で迫ってきて…一度は死を覚悟させられた
だが今の私の気分は意外にも悪くない、むしろ少しワクワクまでしている。昨日遺跡で知り得た昔話、それを元に私は一つの答えを導き出した。
要は答え合わせだ、もし違っていたら食べられてしまう危険な答え合わせ…。もしもの時は
「じゃあお姉さんこれ、またあっちに投げて!」
「はいはい、よーいしょっと!」
手渡された撒き餌を前回同様、何の生物も視界に映らないだだっ広い砂原に放り投げた。
砂が盛り上がった部分に身を潜め、何かが釣れるのを待つ。すると大して待たずして、奥の方から砂煙が近付いて来た。
「 “キュピュゥゥゥゥ!!” 」
「うわあああ…?! イモムシみたいのが出てきたァ…?!」
今回釣れましたは灰色の体をしたデカいワーム…。ブヨブヨでウニョウニョ…とてもじゃないが直視できない気持ち悪さだ…。
目が無いのも気持ち悪いし…鳴き声も気持ち悪いし…呼吸してるみたいに口を広げたり狭めたりしてるのとか本っっ当に気持ち悪い…!
私は思わず目を閉じ…隣りで伏せているユク君をなでなでする右手にのみ神経を尖らせる。そうしていると、また遠くから何かが近付いてくる音がする。
半目で確認すると、見覚えのある高い砂煙が近付いて来ていた。どうやら来たようだ…ポチ──生ける伝説の存在〝
「 “ジャラララララッ!!!!” 」
「 “キャピュ…?!!” 」
真下から出現した
おやつ感覚で平らげた
「き…来たねお姉さん…、どうする…? さくせんある…?」
「まったくこの子ったら…、私に任せて。オイ
「 “クギャッ!” 」
私はポンッとユク君の頭に軽く手を置いた後、立ち上がって堂々と
やがて手を伸ばせば触れられる距離まで近付いた。
だがそこから次の行動に出ることはなく、ただ私の前で大口を無防備に開けているだけ。──やっぱりそういう事だったか…。
「ユク君! 出て来ても大丈夫だよっ!
「 “ジャラララ~!” 」
私が呼び掛けると、ユク君は
そばまで来たユク君と
「大丈夫だよ、見ててねユク君。お~い! ちょいと失礼するぞ~!」
「 “ジャララ~” 」
化けヘビは「どうぞ」と言わんばかりに舌を伸ばしてきた。土足でいいのか気にはなるが…イモムシよか綺麗だろうし、遠慮なく舌の上に乗った。
靴裏からでもザラザラが伝わってくる舌の上を歩き、自らの意思で口の中に入った。大丈夫だとは思うけど…なんだか吸い込まれそうで怖い…。
真ん中ぐらいまで行くと舌がググっと上がり、針の様な牙に手が届く位置まで持ち上げられた。私はその牙に触れてみて確信、やっぱり思った通りだ。
私は両手でギュッと牙を握り締め、力いっぱい下に引っ張った。奥歯を嚙み締め…血管が切れそうな程力を込めると、牙はズポッと引っこ抜けた。
「わああっ!? お姉さん何してるの!? いじめちゃダメだよっ!」
「違う違う…! これは牙じゃなくて今まで呑み込んだ生物のトゲなの…! この化けヘビはただトゲを取ってほしかっただけなんだよ…!」
詰まるところ真実はこうだ。この化けヘビ…もといポチは、遥か昔──あの壁画が描かれた時代に、都の危機を救った蟒蛇と同一の存在。
私の勝手な推測だが…あの祭壇にあった〝小さなヘビと片膝をついて手を差し伸べる人〟の画は、壁画の内容よりも前の情景を表したものだ。
恐らくはまだ
だが時代の流れに合わせて徐々に人々の記憶から消えていき…ついにはその存在を知る者は居なくなった…。
それでもポチは人知れず危険生物から人々を護り続け、そして現在に至る──。デゼト村はかつて都に住んでいた人々の末裔が築いた村なのかもしれない。
「牙にしては数が多いし、何より不揃い過ぎるなってこの前見た時に思ったんだ。それであの壁画に彫られていた伝記と結び付けて考え、ようやく
「 “ジャララッ!” 」
この砂漠には結構トゲトゲしい生物が多いからな…、吞み込む過程で折れて刺さっちゃうんだろうなきっと…。前に吞み込んでた巨大サソリとか
〝
しっかし…よくもまあこんな状態で村を護り続けたもんだ…。吞み込む度にトゲが押されて痛かっただろう…、大した奴だぜ…。
「ほらユク君もおいでっ! 手懐けたいんなら自分で動かなきゃねっ!」
「う…うんっ! ぼくもがんばるっ!」
そこからしばらくは蟒蛇の口掃除が続いた。女子供にはしんどい肉体労働だが…ユク君と蟒蛇の為にトゲを次々抜いていく。
一番力持ちと思われる
結局全てのトゲを私とユク君で取り除いた。とは言っても腕力や体力の問題上…8割は私が頑張ったのだが…。今日もぐっすり寝れそう…。
「どうだ蟒蛇、スッキリしただろ?」
「 “ジャラララッ♪” 」
「わー! ポチうれしそー!」
数十年振りか、はたまた数百年振りか、口内の痛みから解放された蟒蛇は嬉しそうに身を捩じらせて天を仰ぐ。
でもちょっと危ないな…、少し身を捩っただけで流砂が起こりそうな勢いだ…巻き込まれて踏み潰されたら余裕で死ぬぞ…。
「 “ジャララッ♪” 」
「わあっ! くすぐったいよ~♪」
「おわァ…唾液が…」
感謝を表しているのか、蟒蛇はその長く大きな舌でペロペロしてきた。感謝されるのに悪い気は起きないが…サラサラした唾液が付くのは勘弁したい…。
舌ザラザラでこそばゆいし…お礼は全部ユク君に任せて私は一旦避難。未だ縮こまったままの
しかしこうしてちょっと離れた場所から俯瞰的に見ると凄いな…、子供と蟒蛇が楽しそうにじゃれてる…人に言っても信じないだろうなこれ…。
「ユク君っ、今のうちにお願いしな? きっと聞いてくれるよ」
「わすれてたっ! ねえねえ、ぼくのペットになって~!」
「 “ジュラ?” 」
ユク君のお願いに蟒蛇は首を傾げた。昔の時代に〝ペット〟って言葉が無かったからかな?
「えーっ…──オ友ダチ、仲ヨシ、オッケー?」
「 “ジャララッ♪” 」
どうやら〝友達・仲良し〟は理解できたようで、蟒蛇は舌の上にユク君を乗せると、嬉し気に掲げて胴上げをし始めた。
巨体には似つかず純真で無邪気なヘビですこと…。可愛くて無邪気なユク君とはお似合いですな、この絵面には慣れませんけど…。
でもとりあえずユク君への恩返しはこれで終了、後はアクアス達の迎えが来るのを願うだけ。アイツ等…今頃どこにいるのだろうか…。
アクアス達のことや自分の行く末に一抹の不安を抱きながら、私はユク君とポチの楽しそうな戯れを見つめる。
「 “ジャララララッ♪” 」
「えへへっ♪ あはははっ♪」
──第61話 少年と蟒蛇〈終〉