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第59話 悪にして善

── あさ -サザメーラ大砂漠 南側-


「貴様に恨みはないがフロン様の命令だ…! ここで死んでもらう…!!」


「また随分大きく出たな…下っ端5人にできるのかァ…?!」


急襲を仕掛けてきた5人の獣族ビケ、恐らくはサイアック獣賊団の連中で間違いないだろう。何故砂漠ここに居るのかは謎だが…。


多分石版目的だろうとは思うが…どうやって石版の在り処を嗅ぎつけたんだ…? 獣賊団コイツ等の中にもそういう能力チカラを持った超能疾患クァーツでも居んのか…?


更に気になるのはイタチの発言…、「フロン様の〝命令〟」つったか…? それは〝邪魔者を消せ〟的な意味合いか…、それとも〝私個人〟に向けたものなのか…。


──何か引っかかるな…、試してみるか…。


「5対1の状況で気がデカくなってるみたいだが、私の仲間が加われば5対3だ…! トーキー隊猫野郎共から私等のことは聞いてんだろ…?! 強ェぜ私の仲間は…!」


「フンッ…! くだらない噓だな賊の頭…! 貴様等が別行動しているのは既に知っている…! ハッタリが効かなくて残念だったなァ…!!」


やっぱり…コイツ等は明確に私の命を狙ってきてるな…。しかも私とアクアス達がはぐれたことを知った上でだ…。


ただイタチアイツの言う〝別行動〟ってなんだ…? 私達が砂に流された一部始終を見てたわけじゃないのか…?


──そうか獣賊団コイツ等…、私の前にアクアス達と遭遇したな…。そこで私が居ないことに気付いて…1人孤独な私に狙いを定めてきたわけだ。


「だが別の仲間が邪魔をしてくるとも限らないな…。オイ…! オマエ等2人は遺跡に向かってコイツの仲間が居ないか確認してこい…! 居たら容赦なく殺せ…!!」


「「 ハイッ…! 」」


それはマズい…?! 遺跡にはか弱いユク君と戦闘能力皆無であろう師匠せんせいしか居ない…、なんとかしなければ…。


ユク君は砂の中に逃げ隠れることができるかもしれないけど…、師匠せんせいはそうはいかない…。人質にでもとられたら…私も抵抗できなくなる…。


「オイオイ冗談だろォ…? こっちはテメェ等の最高幹部的な七鋭傑と1対1サシり合って勝ってんだぜ…? 戦力分散して私に勝てんのかよ…?」


「…。」


よしよし…悩んでるな…、そうだ思い留まれ…! 何の為に暑い中遺跡から遠ざかったと思ってんだ…! 絶対に遺跡の方には行かせない…!


はぐれただけの私達を〝別行動〟と捉えたってことは…アクアス達から詳しい情報が得られず、考察で補った証拠だ。


遺跡を出てからずっと単独行動だったのにも関わらず、すぐに〝仲間〟の存在を警戒したってことは…アクアス達の方にもアクアスとニキ以外のが居たからだろうなきっと。


ならそれも利用させてもらう…! 私のハッタリを〝くだらない嘘〟とバカにしたお返しだ…!


「それに遺跡に居る仲間も私が見込んだ実力者だ、いいのかこのチャンスを逃しても…? 今ここには私1人だけ…首を取るなら今しかないぞォ…?」


「チッ…! どこまでも舐め腐りやがって…、上等だァ…!! その自信に溢れた面…見るに堪えない程に歪ませてやるよ…!!」


オッケーオッケー、とりあえずこれでコイツ等の意識が遺跡に向くことはなくなったな。後は私がコイツ等を完膚なきまでボコすだけ…、やってやる…!


脚を肩幅まで開き、衝棍シンフォンを回して臨戦態勢を整えると、突然イタチの獣族ビケの尻尾が扇子の様にひろがった。


そして間髪入れず背を私に向けると、扇子の様な尻尾を振り下ろして風を起こした。髪が乱れる程の風が…周囲の砂を巻き上げて吹き付ける…。


風が止んだ頃には…まるで煙幕の中にいるかの様に視界が悪くなっていた…。濃い砂煙のど真ん中…呼吸は抑えた方が良さそう…。


しっかし何のつもりだ…? 砂で目くらましするのは悪かないが…こうも広範囲じゃアイツ等だって見えないだろ…。これじゃ目くらましの意味が…──


“──キーン…!!”


「死ねェ…! 人族ヒホの賊…!」


「あっぶね…?! こんの…!」


突然左斜め前の方向から槍が飛び出しきた…。なんとか〝音〟のおかげで回避できたが…少しでも遅れていたらヤバかった…。


しかし反撃のチャンス…! 後先考えていない大振りの突きによって、攻撃を叩き込むには充分過ぎる隙が生じている。


狙うは脚、一撃で気絶させるのは難しいだろうし…力を削ぐことに尽力するのがベスト。数的不利な状況下ではどれだけ早く戦力を削れるかが戦況を左右する。


“──キーン…!!”


「くたばれェ 人族ヒホの賊…!」


「うおっ…!? あっぶねェ…?!」


震打しんうちをお見舞いしようと構えた瞬間…鋭い牙を生やしたウサギの獣族ビケが別方向から口を開けて突っ込んできた。


身をよじってギリギリ回避…嚙み付こうとしたウサギが体のすぐそばを通り抜けた…。ウサギに牙って死ぬほど似合わねェな…! 鳥肌が凄いわ…!


“──キーン…!!”


「土に還れェ…!!」

「地獄に送ったるわボケェ…!!」


反撃の構えをとる暇もなく…ヒツジとシマウマの獣族ビケが片手鎌と剣で追撃を仕掛けてくる…。体を反って剣を避け…片手鎌を持つ手を蹴って軌道を逸らした。


ダメだ…一旦この砂煙から出ないと反撃どころじゃねェ…。アイツ等は何故かこっちの居場所を正確に把握しているし…、流石に不利過ぎる…。


“──キーン…!!”


「〝凶斧の一撃ダイ・オックス〟…!!」


砂煙から出ようとした矢先…上の方から鳴り響く〝音〟と共に勢いよくイタチが落下してきた。斧の重い一振り…衝棍シンフォンで受け止めた両手が痺れる…。


このままじゃ他の奴等の格好の的になっちまう…。私はすぐに左肩を引いて、重たい斧を左に流した。反撃は捨てて…すぐに砂煙の外へと向かう…。


追撃を警戒していたものの、とくに仕掛けられることなく砂煙から逃れられた。負傷はしてないが…危機的状況が多く渦巻いていた…。


やがてやんわりと砂煙が晴れていき、再び5人と対面した。得物持ちが4人、素手が1人、折畳銃スケールとか鳳弓こうきゅうなんかの遠距離武器がないのは幸いだな…。


「ルーガ様…、やはりあの賊は只者じゃありませんね…」


「ああ…、だからこそ何としてもでも消さなきゃならない…! 生かせば必ずフロン様の喉元に手を掛ける存在になる…!」


ルーガ〝様〟ね…、リーダー格っつうよりかは幹部かなんかかな…? どうせ獣賊団コイツ等とはどっかで正面衝突するだろうし…今のうちに幹部1人を戦闘不能にしておくのはこちらにしても都合がいい。


恐らくルーガとやらは〝団扇鼬リピスイタチ〟の獣族ビケだな…ドーヴァにも生息してるから多分間違いない。


団扇鼬リピスイタチは扇子の様な尻尾が特徴的だが、言ってしまえばそれだけ。その他に変わった能力はない、他の獣族ビケに比べりゃ存外容易な相手だ。


あのウサギも多分〝群噛兎ネーレスラビット〟の獣族ビケ…それもドーヴァに生息してるから分かる…。生えてる牙以外に能力なし…かわいそ…。


他3人は不明…常時警戒しながら戦ってかないとな…。だが判った…──コイツ等そこまで地力が高いわけじゃねェ…。


戦法は姑息で良いが…1人1人の攻撃を分析するとよく判る…──無駄が多く…追撃は全員他人任せ…反撃のリスクも考えてない…、子供が刃物持ってる様なものだ。


恐らくは戦法が完成され過ぎているせい…。常人ならさっきの畳み掛けであの世行き…追撃も反撃への警戒も必要ない…、言ってしまえば経験不足。


奴等の反応を見ても…あの猛撃を凌いだのは私だけか他に2~3人程度…。でなきゃ一切反撃できなかった私に「只者じゃない」なんて普通言わねェ…。


断言できる…あの戦法さえ打ち破れば私の勝ちだ…! 視界さえ取り戻せば…有象無象の雑兵なんざ敵じゃない…!


「5人がかりで傷一つ付けれないとは…──これで分かったろ…?! 塵がいくつ集まったところで…所詮は埃にしかならねェってよォ…!!」


「貴…様ァ…!! もう様子見は充分だ…オマエ達…!」


「「「「 はいっ! 」」」」


イタチ女の一言に部下4人は一斉に動き出し、私を囲うように観録北東、北西、南東、南西の四方に移動した。逃げ道を塞いだか…、まあセオリーだな…。


これでコイツ等は五方向から同時に私を叩ける…、いくら私でも流石にそれは凌げないな…。さてさてどうしようか…。


砂煙は結構広範囲だし…、すぐに逃げようとしたって…シマウマとウサギの脚力に勝てる気がしねェ…。足場の悪い砂の上じゃ尚更…。


あの視界不良の中で自分の強みを押し付けるしかない…。私がアイツ等に勝ってるのは技と…あんま頭良さそうじゃないし頭脳かな…? ついでに顔とスタイル。


「これで終わりだ賊の頭…! 暗い砂の中で地獄に逝きやがれ…!!」


イタチ女は再び尻尾を広げて風を巻き起こす。腕で顔を覆って強風を凌ぎ、腕を下した時には既に砂の世界の中。


まだはっきりと作戦考えれてないけど…まあその先は流れに身を任せるとする。私は衝棍シンフォンを背に戻し、観録南東の方向にダッシュした。


コイツ等は五方向に散って実質私の逃げ道を断ったわけだが…言ってしまえば〝どこに誰が居るのか〟を私に教えてしまっている。


今私が向かってる先にはあのウサギ女が居る。唯一武器を持っていない素手屋ステゴロ…5人の中で一番戦りやすい。


自らウサギ女の方向に動けば、他の奴等が駆け付ける前にアクションを起こせるのも利点。素手の勝負で負ける気もしないしな。


「死に晒せェ人族ヒホの賊…!」


「おっと…! 甘ェよ小物…!」


舞い上がる砂の奥から突然ウサギ女が頭部を狙った不意打ちをしてきた。だが残念賞、くると分かっていれば例え〝音〟がなくとも反応できる。


私は頭部から伸びた長い耳を掴み、右手で喉元を殴りつけた。人だろうと動物だろうと首が急所なのは同じ、攻撃を受ければ同様に怯む。


その隙を逃さず左手で顎に掌底打ちをし、右拳を鳩尾みずおちに叩き込んだ。もうボロボロ…やっぱあんまり強くないわ…。


でも悪人だから容赦しない。腹部に膝蹴りを入れ、おまけ程度に顎を殴りつけて意識を深い深い底に沈めた。これで1人リタイア、お疲れさーん。


「死に腐れ賊の頭ァ…!」


ウサギ女が気を失ったすぐ後、剣を振り上げてるシマウマ女が姿を見せた。今にも剣を振り下ろそうとしているが…残念賞、こっちには〝盾〟がある。


私は気を失ったウサギ女を前に突き出して後ろに隠れた。クソカス悪党でも流石に仲間意識はあるそうで、シマウマ女は直前で手を止めた。


もちろんこの絶好のチャンスを逃す手はなく、困惑し体が固まったシマウマ女にウサギ女を蹴り飛ばした。


気を失い力なく崩れる体を受け止め、両手が塞がったシマウマ女。私は冷静に背の衝棍シンフォンに手伸ばして、強烈な追撃を浴びせる。


「〝震打しんうち〟…!!」


「うあっ…がっ…?!!」


ウサギ女に気を引かれたシマウマ女の頭部に、強力な衝撃が巡る。回転させてないとは言え…頭部には充分過ぎるダメージだろう。


抱き締めたまま、2人の体は砂煙の中に消えていった。ここで欲張るのは素人、私は全速力で砂煙の外を目指した。


とくに追撃されず、あっけなく砂煙から脱出できた。いやしかし…思い返すと我ながら鬼畜なことしなたぁ…。サイテーですよサイテー…。


もはやどっちが悪党なのか分からなくなるな…、自分がやったことなんだけどさ…。ユク君置いて来て良かった…危険云々にこんな姿見せられない…。


僅かな罪悪感を味わっていると…徐々に砂煙が晴れてきた。横たわる1人とその周りにたたずむ4人…、シマウマ女は倒しきれなかったか…。


「よくもカロンを…!」


「なんだよ、文句あんのか…? そんな大事ならケージにでも入れて管理しとけよ、大して強くねェんだからよォ…!」


「…っ! 貴様…──貴様ァァ…!!」


いよいよ我慢の限界を迎えてか、イタチ女は単騎で私に向かってきた。完全に眼が血走ってる…血管も破れそうな程浮き上がってる…。


斧を握る手にはギラギラの殺意…おっかないねェ…、これは私も反撃しないといけないなァ…! 待ってましたよこの瞬間ときを…!


「死ね…!!〝凶斧の一撃ダイ・オックス〟…!!」


力任せの振り下ろし攻撃、避けるのは容易だが威力は恐ろしい…。まるで砂が割れたかの様な痕…生身で受けたらどの部位であろうと泣き別れだ…。


命中はしないだろうが…このまま感情的に斧を振り回されたら堪らない…。砂にめり込む斧を持ち上げられる前に、私は斧を踏みつけて邪魔をする。


「その足をどけろォ…!」


「どかしてみろよ三下…! ほらほら、殴る箇所はここだよ~!」


私は左手で頬をツンツンして挑発、更にイタチ女の顔に血管が浮かぶ。斧の柄に左手を残し、爪が刺さりそうな程握り締められた右拳を突き出してきた。


もちろんバカ正直に食らうわけもなく、素早く身を屈めて攻撃を躱した。そしてすぐに衝棍シンフォンを腕の上に通し、伸ばした右腕に膝蹴りを見舞った。


私の筋力じゃ折るまではいかないが…両手斧使いには手痛いダメージになった筈。これだけでも充分挑発した甲斐はあったが、ここは欲張る場面…!


腕の上から抜いた衝棍シンフォンの石突で顔を突き、斧から下りてがら空きの腹部に一切遠慮のない攻撃をぶつけた。


「〝竜撃りゅうげき〟…!!」


「うごォ…?!!」


私より一回り大きなイタチ女の体が勢いよく後方へぶっ飛んだ。しかしまさか斧を手放さず一緒にぶっ飛ぶとは…僅かに理性が残ってたのかな…?


だが決してスルーできないダメージは残したし、右腕もこの戦闘中に治りはしないだろうし問題は少ない。着実に流れは私の方に流れてるな、よしよし。


「ルーガ様…! お気持ちは分かりますが…奴は感情だけで勝てる相手ではありません…! 私達の強みを押し付ければ必ずれます…!」


「ふぅ…ふぅ…、そうだな…そうだ…私達にはれる…、奴は強いが…必ずれる…! 私達は強い…! 私達は強い…!」


痛みで冷静さを取り戻したイタチ女は、自分に言い聞かせるように「強い強い」と連呼している。意味があるのかは分からんが…慢心が消えたのは確実…。


私も更に調子上げてかないと足元すくわれるかもな…。1人倒したとは言え…依然数的不利は変わってない…、能力の判明していない獣族ビケも3人…。


気張っていこう…、こんな所に墓を構えるなんざ死んでも御免だ。私は魔物を討たなきゃならない…中途半端にゃ死ねない。


「さあ人族ヒホの賊…! セカンドラウンド開始だ…!」


「悪ィがファイナルまで待てねェな…! すぐに全員砂に顔を埋めてやるよ…!」



──第59話 悪にして善〈終〉

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