朝に王都ファスロを出発してから時が経ち、現在は明昼を少し回った頃。飛空艇は順調に前へと進んでおり、昼過ぎには目的地に到着するだろう。
「──よしっ、風向きも風速も安定してきたし、このままハンドル固定しちゃって大丈夫そうだな。ふ~う…、んっ? 何してんだオマエ?」
操縦席から離れ、ソファーにドカッと腰を掛けると、ソファーの裏でニキが何やらガチャガチャ作業している。
背もたれからひょこっと顔を出すと、胡坐をかいたニキが床に様々な素材や道具を広げて何かをしている。
「これニ? これはこれから役に立ちそうな
「そんなことしなくても、適当に手ェ突っ込めば見つかるだろ」
「それはカカだけニ…、言っとくけどまだ納得いってないからニ…?」
床に並べられた品々を見ていると、なんだか興味が湧いてきちゃった。手を伸ばして置かれている物を手に取ってみる。
コレは…なんだ…? 白とピンクのヒトデみてぇなやつ…。モチッとしててプニッとしてて…なんか胡椒みたいな匂いがする…、ガチでなんなのコレ…?
「あっ、それ素手で触んない方がいいニよ? 火傷しちゃうニよ」
「そんなもん置いとくなバカタレッ…! しまい込めリュックの奥底に…!」
投げ渡すと、渋々ニキはリュックの中に戻した。ガッツリ素手で触ってたけどアイツは大丈夫なのか…? 長時間触るのが危険ってことか…?
いずれにせよ危ねェな…、アレなんの用途があんだよ…。食品…? 観賞用…? 売れんのかアレ…? 需要かなりマニアックじゃない…?
「もっと安全なのはないのか…? 危険のないやつ…」
「そうニね~、コレとか面白いニよ」
ニキが手に取って見せてくれたのは、綺麗な鉱物の欠片みたいな物。色は
綺麗だな…何かの宝石かなにかか…? ちょっと欲しいな…、お金に余裕があったら買ってたかもしれない…。今は無理だけど…借金あるから…。
「っでこれの何が面白いんだ? 火傷すんの?」
「なんにも面白くねェニそれ。今から実際にやるから、よーく聞いておくニよ~! スゥ…── “ワアアアアアアッ!!!” 」
「うわあっ…?!! なんじゃあ…!?」
ニキが声を出すと、その声がとんでもない大きさになった…。まるで洞窟の中で反響したみたいに…ビリビリ鼓膜に響く…。
「なななな何事ですか…!? 敵襲ですか…!? 密航者ですか…!?」
「オイオイ落ち着け落ち着け…!
ニキの大声に釣られて…積荷置き場で掃除していたアクアスが慌ててやって来た…。なんか既視感あるな…、前にも似た光景を見た気がする…。
ニキが青ざめた顔で手を上げてんのも見たことある…、ほぼ完全再現じゃんか…。
ひとまず危険はないことをアクアスに説明し、アクアスは積荷置き場に戻っていった。あぶねえあぶねえ…、今度こそ死者が出るとこだった…。
「ほんでコレなんなんだよ…、危うく銃撃事件だったぞ…?」
「忘れかけてた恐怖を思い出したニ…。コレは〝
微細な振動を増幅させてんのかな…? 振動で衝撃波を生む
「これさえあれば、小さな声でも満足に会話ができるニッ! 会話で消耗する体力を減らせるのは、意外と役に立ったりするニよ。…買うニ?」
「いや、いらん…」
私がそう言うと、ニキは渋々リュックの中にしまい込んだ。他にも色々あるけど…なんか下手に触れない方がよさそうな物ばっかりに見えてきた…。
「まあいいわ…あんまり危ないことするなよ…? 到着までそう時間もかからないだろうし、それまでに整理しとけな?」
「任せるニー! 手際よくしゅぱぱぱっと終わらせるニー!」
ニキの
なんせ次の石版があるのは〝大砂漠〟…、知らぬ者なし
はぁ…鬱だなぁ…、さぞや危ない展開が待ち受けてるんだろうな…。まあ…まずそこにちゃんと行けるかも分かんないんだけどね…。
重りの様な不安を抱きながら、私はソファーに座り直した。今のうちに精神統一しとこ…この後のことを考えて…。
「オマエ等ー! 見えてきたぞー、降りる準備しとけー! それとアクアスー、信号拳銃の用意頼むー!」
「かしこまりました、少々お待ちを」
「ようやく到着ニッ! どんな砂景色が…──砂ないニ…?!」
「そりゃーな」
飛空艇が進む先に見える景色は、砂漠とはまるで違う栄えた都市。それもその筈、私は最初からあの場所を目指していたのだから。
別に砂漠から逃げたわけじゃないよ? ちゃんと意味があってあそこに向かっているのであって、断じて現実逃避じゃない。
[カカ様大変です…! ここ全然砂漠じゃありません…!]
「アクアスもパニックになってるニよ…、ちゃんと説明しとくニ…」
「すまんすまん…ついなつい…。あーアクアスー? 元々あの都市目指してたから心配ないよー、
信号拳銃撃っちゃってー」
アクアスが信号拳銃を撃つと、程なくして青い光が上空に打ちあがった。思ったより返答が早いな、歓迎されてるでいいのかな…?
ファスロの時みたいにならなきゃいいけど…、兵士に囲まれて武器向けられるとか…。安全に着陸できることを祈ろう…。
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
「ととと到着ー! うひゃー凄いニ~♪ めっちゃ栄えてるニ~♪」
「立派な都市ですね、テンション上がってしまいます」
「ああ、あれがベンゼルデ一番の都市〝王都レヴルイス〟だっ!」
特に何も起こらぬまま、私達はベンゼルデの王都に着陸した。甲板から見える街並みは実に異国情緒が溢れている。
普通王都はレンガ造りが一般的なのに、レヴルイスはまさかの木造…! しかも視界に入るほとんどの建物が…なんて言うか圧巻だ…。
小さな村とかじゃ見もするが…都市でこれはどうなんだ…? 外観はめっちゃ好きだけど…耐久面は大丈夫なのだろうか…。
「おーう、アンタ等っ! もしかしてリーデリアの使者かいっ? もしそうならちゃんと国章掲げないとダメだぜー?」
街並みに耽っていると、飛空艇の下から男の声が聞こえてきた。ずっと甲板にいても埒が明かないので、梯子を降りてベンゼルデの地に足をつけた。
周りを見渡すと、艇首の方から男の人が近付いてきた。分かり易く整備士の格好してるけど、目線は額にいく。
姿はほとんど
なるほどなるほど、どうやらベンゼルデは〝
≪
額から円錐状の角が生えている知性生種。生えている角は、生息域によって色が異なっており、折れてもいずれ生えてくる。
「ありゃっ? てっきり
「私達は訳あってアツジに来ている
「ああそうだったか、勘違いして悪かったなっ! 存分に王都を楽しんでくれっ!」
石版の話を会う人全員にしてちゃキリがないので、適当に観光客を装うことにする。幸いニキのリュックは観光客っぽさが出てるし、疑う者はいないだろう。
王都を囲う城壁へと歩き、大きな市門を抜けて私達は市街地へと入っていった。
─王都レヴルイス─
整備士の男が言っていた通り、市街地は人々が行き交って活気に溢れている。想像した通り住民全員に角があり、逆に私達の方が目立ってしまいそうだ…。
しかし街並みはやはり美しい…、普段見ることのない景色って何故こうも胸を打つのだろうか。数日掛けて歩き回りたい…。
だがその欲求をグッと抑え込み…私達は賑わう大通りを真っ直ぐ歩いて行く。歩いているだけなのに周りがめっちゃ見てくる…、
「あの…カカ様…? 結局
「そうニ、砂漠とはある意味真逆な場所ニよ? 現実逃避ニ?」
「違ェよ…」
この場所を訪れたのにはとある理由がある。それは…この国の立入禁止区域への
サザメーラ大砂漠がどうかは知らないが、石版がベンゼルデにまで及んでいる以上…きっと他の場所にも石版が落ちている可能性がある…。
もしその場所が立入禁止区域だった場合…無断で立ち入れば厳罰を受ける…。だが立ち入るには〝許可証〟がいる…、今日はそれを貰いに来た。
手間ではあるが…知らず立ち入って後で揉めるよりかはマシだ。砂漠にも立入禁止区域があれば尚の事必要になる。
「でもどこに向かわれてるんです…? こういう場合ってどこに行けば許可証が貰えるのか
「一般的には〝
「いや、流石にそこまで待ちたくはないな…。それに私が欲しいのは〝指定特級〟だからな、まあ最悪〝指定一級〟でもいいけど…」
ではどこで発行されるのか──答えは簡単、〝城〟である。故に私はずっと城を目指して歩いている、だからやや鬱なのである…。
まーた偉い人と対話しなくちゃならない…、しかも上手く交渉して…許可証を貰わねばならない…。それってかなり大変なことだ…。
「城に着けても…そもそも入れてもらえるか分からないのが不安ですね…」
「そうなんだよ…、一応ムネリ女王の手紙も持って来てるけど…心配だよなぁ…。ってかアイツどこ行った…? また勝手にどっか行ったのか…?」
気付くとニキの姿がない…、この短い間にはぐれるとは思えないし、またいつもの自由奔放が発揮されたか…。
一体どこに…──あっ居た。賑わう客に紛れたニキが、露店で何かを買っている。まあ知らない場所でテンション上がる気持ちも分かるし、大目に見るか。
「カカー! アクアスー! 見て見てこんなの売ってたニー! 似合うニー?」
「おー、似合ってる似合ってるっ!」
「可愛いですニキ様!」
腕を上げてはしゃぐニキの額には、
ペタペタ触ってみると、思ったよりもガチの質感で驚いた。てっきり厚い羊皮紙に色付けしただけかと思ったけど、指で突くと軽い音がする。
「2人の分もあるニよっ! つけたげるニ~♪」
「おおぅ…ありがと…」
「ありがとうございます♪」
気持ちは嬉しいけど私別にいらねえなコレ…。つけてみて気付いたけど…コレ結構ずっしりしてんだね…。さては中身空洞じゃないな…?
でも2人が楽しそうにしてるから…ここで私が外すとムード壊しちゃいそうで外すに外せない…。しょうがないから少しの間だけ我慢するか…。
「ほら、そろそろ行くぞ。周りの人に角ぶつけないようにな」
「「 はーいっ! 」」
角を額につけたまま、私達は城を目指して大通りを進む。角のおかげで周りの注目は集まらなくなったけど、なんか角つけてるの恥ずかしいな…。
もうちょっと城に近付いたら外そっと…。私の分もアクアスにつけて…存在しない二角族生み出そ。
「──オイそこの貴様っ! 歩を止めてその場に跪けっ!!」
「あっ…?」
突如後方から怒号が聞こえ、思わず私達は振り向いた。そこには腰に剣をさした青年が大通りの中央に立っており、行き交っていた人々は端に寄っていた。
金髪の青年は何故か鋭い眼差しを向けており…剣に右手をかけている…。なんだか嫌な予感がするな…、分かり易く嫌な予感だ…。
そもそもコイツ何者だ…? オシャレな橙のケープなんか身に着けやがって…──んっ…? なんかエンブレムみたいなのがついてるな…。
おっと…もしかしてこの人〝
≪
兵士の仕事が
「えっ…とぉ…? わ…私ですか…?」
「そうだっ! 今すぐその場に跪けっ!!」
ヤッベェ…いよいよ剣抜いてこっちに向けてきたよあの人…。さっきまでほのぼのしてたのに…なんで急に一触即発な展開になんだよ…。
しかもなんで静止を求められているのが私だけなんだよ…。目つき悪いからか…? 目が見えないニキ居るのに…? それともなんだァ…髪色が気に入らねえってか…?
「あの…人違いじゃありませんか…? 私…凶悪犯じゃないですよ…?」
「噓をついても無駄だっ…! その宍色の髪…4年前に姿を消した…悪名高い〝ルナール〟と名乗る盗賊と一致する…! ようやく見つけたぞルナール…!!」
まさかガチに髪色で疑われるとは思ってもみなかった…。なんでよりにもよって私と同じ髪色なんだよルナール…! っつか誰だよルナール…!
「あのっ本当に人違いで…──」
「問答無用っ! 成敗してくれるっ!!」
憲兵はグッと剣を握ると、一切の躊躇なく突っ込んできた。低い姿勢のまま凄い速さで…、防御しなきゃ斬られる…!
背負った
連撃を防ぐため…私は腹部目掛けて左脚を伸ばした。だが憲兵は素早く後ろに跳び、私の蹴りは空を切った。
「
「人違いだってんのに…全然話を聞かねえ奴だ…。悪いが痛い思いはしたくないんでな…こっちも抵抗させてもらうぞ…! 怪我したらごめんな若い憲兵…!」
──第42話 王都レヴルイス〈終〉