「お待たせしたニー! 2人共大丈夫ニ?」
「どうだろ…ちょっと挫けそうかな…」
魔物と相対してまだほんの僅かだが、肝心の魔物が一切ダメージを負っていないことに…気が滅入りつつあった…。
手応えはあるのに…相手は一切効いていない…、こんな事は初めてだ…。どこかに弱点があるのか…私達の攻撃じゃ一切傷付かないのか…。
頼むから前者であってほしい…、一縷の望みだけでも手元にあれば…闘争心は枯れない。しがみついてでも倒してやるんだが…。
「ってかオマエ…なんだそのミニリュック…? そんなんで戦えんのか…?」
「言っとくけどこれがノーマルサイズだからニ…? それと心配はいらないニ…! 機動力と多彩な
「まあよく分からんが…準備できたならもっかい攻めるぞ…! 攻めつつアイツにダメージが通る箇所を探るんだ…!」
さっきと打って変わって、魔物は構えもせずただこちらを見ている。様子を見ているのか…もはや敵として見るのを止めたのか…、どちらにせよ今が攻め時だ。
いつも通り私とニキが前衛に飛び出し、アクアスが後衛でサポートにまわる。動き出したというのに…魔物は大きく欠伸をしている。完全に舐められてるな…。
「ニー…! 吞気に欠伸なんて腹が立つニ…! その口塞いでやるニ…!!」
先に突っ走っていったニキは大きくジャンプし、魔物に強烈なアッパーカットをお見舞いした。グンッと上向く魔物の顔…それでも体を動かそうとはしない。
それを見て私は前脚に近付き、腰のナイフを思いっ切り突き刺した。打撃がダメなら刺突と斬撃…直接外傷を与える攻撃を試す。
刃は思いの外簡単に内部へと入っていったが…、なんとも言えない感触を覚えた…。大量のヘドロが詰められた麻袋を刺した様な…異様な手応え…。
刺したナイフをそのまま奥に押し、前脚を切り裂いてはみたものの…一切血は出ず、みるみるうちに傷が塞がっていく…。
刺突も斬撃も効かず…異常な再生能力まで兼ね備えているとは…。試せば試す程…眼前の敵が途方もなく巨大に見える…。
「カカー! ちょっと手貸してニー!」
名を呼ばれ振り向くと、ニキが指で上を指しながらこっちに全力疾走してくる。何をするつもりなのかを瞬時に理解し、私は魔物の胸の下まで移動した。
少し屈んで両手を合わせ、走ってきたニキの足を力一杯上に押し上げた。
「くらえニ…!〝
一際目立つ胸部の水晶体を狙って、ニキは全力で右脚を振るった。だがその右脚が水晶体に触れる直前…魔物は高く跳んで攻撃を躱した。
おおよそ
加えてヤバいのは…空中で身動きが取れないニキに魔物が狙いを定めたこと…。前脚を合わせ…このまま踏み潰すつもりだ…。
落下速度はどう見ても魔物の方が速いだろうし…仮にニキが先に着地できたとしても避けられるかどうか…。なんとかしたいが…私の手もニキには届かない…。
“バァン!”
「ニュブ…?!」
突然何かに押されたかのように、ニキの体は魔物の下から外れた。そのまま地面の上をゴロゴロ転がると同時に、魔物が勢いよく落下してきた。
ぶっちゃけ何も見えなかったが…銃声からしてアクアスが助けてくれたのだろう。咄嗟にゴム弾に変えたのか…素晴らしい決断と高速装填だ。
「大丈夫かニキ…?!」
「ニー…なんとかニー…。今のは危なかったニ…」
ニキの奴もまあまあな高さから落下したってのに無傷かよ…コイツも耐久化け物だなぁ…。踏み潰されても意外と死ななそうだ…。
そんで魔物は再び足をペロペロ舐めて余裕な態度…。魔物のくせに…本物の猫みたいな気まぐれさだ…。今のうちに整理するか…。
魔物が持つ能力は、〝再生能力〟に〝
再生能力に限りがあるんなら、尽きるまで攻撃し続ければいずれは倒せるだろうが…読み違えれば無駄に体力を消耗する恐れがある…。
衝撃波は対処の仕様がないな…、あの水晶体を壊せばいいのか…? 同じ
特に厄介なのは予備動作のなさだな…。およそ全ての動きを予備動作なしで行えるのなら…正直勝ち目は薄い…。〝音〟があっても攻撃を回避できるか怪しい…。
以上が現状判明している魔物の不条理極まりない能力の全て…。一見勝ち目のない戦いに思えるが…一応まだ僅かに残されている…。
ニキが水晶体に攻撃しようとした時、
ここから考えられる唯一の勝利の道筋は、先に挙げた不条理能力をかいくぐって…あの水晶体を破壊すること…!
きっと2人もなんとなくそれに気付いている筈…、ここからは上手く連携しながら…積極的に水晶体を狙う…!
「…ッ! カカ…! 何かしてくるつもりニ…! 気を付けるニ…!」
足を舐め終えた魔物は、私の方に体を向けてジッと見つめてくる。何をするつもりなのか知らないが…私は〝音〟に全神経を注いだ。
魔物は不意に右前脚を上げると、手招きするかのようにクイッと手を曲げてみせた。その瞬間〝音〟が頭に鳴り響き、私は咄嗟に左側へ体を移動させた。
するとさっきまで私が立っていた地面が大きく裂けた…、それも4箇所…まるで猫の引っ搔き傷のように…。
〝かまいたち〟…ってやつか…?! 完全不可視の攻撃まで備わってるとは…、同じネコ科の
そんなことを考えていると…今度は真横に前脚を振ってきた。まだ攻撃幅が正確に分かっていない為、少し危険だが…急いで体を地面に伏せた。
ベタッとうつ伏せになった瞬間…浮いた髪がスパッと切れる感覚があった。もし伏せずにただ体を屈めただけだったなら…、考えるだけで冷や汗が止まらない…。
すぐに立ち上がるも…魔物はまだ私に執拗に狙いを定めている…。なんとか打開しなければ…避け続けるにも限界がある…。
“バァン!”
「 “ウナァァ…!!?” 」
次の攻撃に備えていると、視覚の外から飛んできた銃弾が魔物の左眼に命中した。効いているのかただ驚いただけかは分からないが…この隙に移動する。
顔をブンブン振った後の魔物の左眼は、少しずつ傷が塞がり、涙のようにぽろっと銃弾が零れ落ちた。
やがて完治した魔物は、顔をアクアスの方へと向けて…不気味な唸り声を上げ始める。効いてないとはいえ…不意打ちに怒りの感情を抱いたようだ…。
「アクアス気を付けろ…! 回避にだけ神経を注げ…!!」
私が呼び掛け終えると同時に、魔物はアクアスに急接近…。勢いよく跳びかかり、両の前脚で踏み潰そうとしている。
それを見たアクアスは咄嗟に腹部の方へ滑り込み、ギリギリ魔物の攻撃を躱した。反撃は一旦考えず、すぐにこっちへ来るよう指示を出した。
脚の隙間を抜けて真っ直ぐこっちに走ってくるアクアス…、それをうねうねと動く尻尾が邪魔をした。
一瞬のうちに巻き付き、アクアスの体が上空まで持ち上げられた。ヤバい…! あの高さから叩きつけられたら…確実に死ぬ…!
どうすりゃいい…?! どうすれば止められる…?! このままじゃアクアスが…!
ただ魔物の傍に駆け寄ることしかできない私を嘲笑うかのように…尻尾がしなり出した。そしてまるで鞭のように…尻尾が勢いよく振り下ろされた。
「間に合えニー!!〝
脳裏に最悪の場面が浮かんだ瞬間、ニキの声と共に後方から伸びてきた太い
地面との衝突は避けられたが…あれはあれでマズい状態だ…。早く助け出して
「ニキ…! まだ
「牙…? ああっなるほど…! あるニよ…! そーれ…!!」
ニキから投げ渡して貰ったものは、切れ味抜群な〝
魔物が
下にニキが居ることを確認し、バッサリ切り落とした。尻尾の先端部と一緒に落下したアクアスを受け止めたニキは、急いでその場から離れた。
かく言う私も急いで
「 “ウァアアアアアアアアアッ!!!” 」
背後から轟く魔物の声…、振り向くと案の定…
完全に拘束が解けるまでそう時間はかからないだろうが…魔物は一旦後回しにしてアクアスを優先する。
ニキに抱えられているアクアスはぐったりとしているが…幸い気は失っていない。これなら問題なく飲ませられる。
「ゆっくりだ、ゆっくりでいいからちゃんと飲むんだぞ…」
私はポーチから
ひとまずこれで死ぬことはなくなったが…流石にすぐ動けたりはしないだろう…。魔物を倒すにはどうしても人手がいる…、安全な場所で回復させなきゃだ…。
「ニキ…! アクアスを飛空艇に運べ…!
「ニ…!? 1人でなんて無茶ニ…! 勝てっこないニ…!」
「端から勝てるなんて思ってねえよ…! ただの時間稼ぎだ…! 飛空艇まで走ってアクアス置いたらすぐ戻ってこい…! 任せたぞ…!」
「…任されたニ…! 死んだら許さないからニ…!」
アクアスを抱えたニキは飛空艇へと全速力で向かった。残された私の役目は…
頭部で
「 “ウァアアアアッ!!!” 」
粉塵越しに魔物の咆哮と、接近してくる足音が聞こえる。釣れた…あとは死なないように魔物の猛攻をいなし続けるだけ…!
飛空艇とは反対方向に粉塵から離れ、視覚と〝音〟に全神経を注ぐ。やがて勢いよく粉塵を突き抜けて現れた魔物は、アクアスの時のように跳びかかってきた。
受け流しは無理だろうし…左右か後方に避けたところで動きを追われて潰される…。それを瞬時に察し、アクアス同様に素早く懐に潜り込んで攻撃を躱した。
不意な尻尾に警戒しつつ、私はポーチの中から
導火線に火を点け、脚の間から飛び出した。低い唸り声を上げながらこっちを睨み付けてくる魔物の顔に狙いを定め、手の中の
間もなくして強烈な閃光が放たれる…筈だったのだが…。ガパッと魔物の口が開き…そこからカメレオンの様に長い舌が伸びた。
破裂する前の
どんだけ特徴詰め込めば気が済むんだよコイツは…!
妙にスッキリはしたものの…現状は全然よろしくない…。目くらましで最大限時間稼ぎを狙っていたのに…まさか不発に終わるとは…。
また魔物との嫌な睨み合いの時間…、嫌な汗が頬を伝う…。一切目線を逸らさず…少しでも距離を取る為にゆっくりと後退っていく。
「 “ウナァアアッ!!” 」
「うおっ…!?」
いつ仕掛けてきてもしっかり反応できる準備は整えていたのに…予備動作のない猫パンチが私を襲った…。
〝音〟のおかげで一瞬速く後ろに跳び…なんとか直撃は免れたが…、地面に入った亀裂がその威力を物語っている…。
だが問題はこの後…、如何に
次の瞬間…私の目に飛び込んできたのは赤黒い〝鮮血〟…。それが自分のものだと理解するより早く…体に激痛を覚えた…。
吐血しながら自分の体に目を落とすと…まるで塗料をぶちまけたかのように
クソ…
予備動作がなかったおかげで…かまいたち自体の威力は先の時より弱めだったが…、それでも余裕で肉を切り裂かれるなんて…。
痛みに晒されながら魔物に視線を向けると…魔物は大口を開いて私を見つめていた。私を食べるつもりなのか…口からは唾液が垂れている…。
さてさて…どうしたものかね…。効くかどうかは分からんが…一応魔物用に致死性の高い〝
ただで食われはしねェ…、少しでもアイツ等の生存確率を上げる為に…胃の中であれこれ全部ぶちまけてやる…。
間もなく食われることを覚悟した私は…左手を後ろのポーチに伸ばした…。
「──ニー!!〝
吐息すら感じられる程に魔物の顔が近付いていたその時…突然現れたニキが魔物の左頬に強烈な蹴りをいれた。
私に夢中でニキに気付かなかったのだろう…、かく言う私もまったく接近に気付かなかったのだが…。
「コレはおまけニ…! ありがたく受け取れニー!」
蹴りをいれたニキは、続けざまに魔物の顔目掛けて小瓶を投げつけた。パリンッと割れて中の液体が魔物に降りかかると、瞬く間に顔が凍り付いていく。
あれは確か…
魔物の顔を凍らせたニキは真っ直ぐこっちへと近付いてきて、私のことを抱きかかえて戦線を離脱した。
「遅くなってごめんニ…! あんな怪物相手によく1人で…、絶対に助けるからニ…!
「ああっ…大丈夫だ…。悪いな…ニキ…、面倒な役回りばっか任せちまって…」
「なーに言ってるニ、ニキとカカ達の仲ニよ…? どんな時でも一蓮托生…! 皆で力を合わせて…絶対
──第34話 黒い爪牙〈終〉