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第23話 群盗蜘の巣(2)

「ぃよーし! 遠慮はいらん! やっちゃっていいぞオマエ等っ!」


「カカも戦うゴロ…!」

「隠れてないで一緒に戦うゴロ…!」


服を引っ張ってアクアスの陰から出そうとしてくる最年少2人…。人の気も知らないで…こっちは本当に虫嫌いなのに…。


“──キーン…!!”


「…っ! くるぞアクアス…!」


牙を伸ばして様子を見ていた1匹が、ググッと身を屈めてこっちに向かって跳んできた。大きく開いた牙が、明らかな殺意を物語っている。


邪魔にならないように、私はゴロ’sの手を引いて後ろに下がった。そしていつでも衝棍シンフォンを投げられる準備を整え、ルークの後ろに隠れた。


今にも噛みつきそうな群盗蜘クモに対し、アクアスは少し身を反らして、牙が閉じられるより速く群盗蜘クモの下顎を蹴り上げた。


直後勢いよく閉じられた牙。あんなのに挟まれたら胴体すら真っ二つにされちゃうかも…、飛び散った火花がそう強くイメージさせる…。


間一髪攻撃を避けれたアクアスは、間髪入れずに下顎へ銃弾を打ち込んだ。牙と違って肉質は柔らかいようで、青紫の血が飛び散った。


「うわぁ…?! 気持ち悪いぃ…ピクピク動いてるぅ…」


こんな気持ち悪くて危ないのが…まだあと2匹もいるなんて…、1匹1匹がかなり弱いのが救いか…。


急所さえ突ければ一撃…それが知れただけでも収穫…。これなら私いらないんじゃないか…? アクアス達だけでなんとかなりそう…。


どんどん弱気になっていく私に反し、残された2匹は怒りを露にして、同時に地面を這って接近してきた。


「次はゴロ達の番ゴロー!」


「ああっ…?! 私の盾が…!」


這って近付いてくる1匹に、恐れず向かっていくゴロ’s。やがてさっき同様に大きく広げられた牙が、先行するルークに襲いかかった。


勢いよく閉じる牙だったが…頑丈なルークには文字通り歯が立たず、メラニとルークの槍でぶすぶす刺されまくって死んだ…。


もう1匹は、大きく跳躍したナップが真上から剣で胴体を貫き、動けなくなったところをアクアスが射貫いて片付けた。えっ…強…。


めっちゃお荷物だったな私…、恥っず…どんな顔で皆に声掛けていいか分からん…。穴があったら入りたい…ないなら掘って入りたい…。


「カカー! 俺達どうだった? ちゃんと役に立ったでしょ!」


うわあ眩しいー…なんて無垢な瞳で見つめてくるんだろう…。分かってんのかな今回私何の役にも立ってないこと…。


「おうっ、この調子でこれからも頼むぞ」


「やったー♪ 褒められたゴロッ♪」

「ゴロ達も成長してるゴロッ♪」


うん…まあいいや、あんま気にしないことにしよう…。なんなら師匠面かまして、後ろから見てました風を醸し出そう。


とりあえず3匹全部倒したし、ひとまずは戦闘終了だ。個々の強さがそこまででもないのと、ルーク達ゴロ’sが傷付かないことが知れて良かった。


「んじゃ本題に戻るが、どうするよ糸玉コレ…? 他に手あるか…?」


「はいはーい! 水がダメなら〝火〟を試すべきだと思いまーす!」


「火…? 火ねぇ…」



〔ケース4〝火〟〕


「んんんーーーー?! んんーーーー!!」


「落ち着けニキ…! いざって時は火傷する前に全力で消火してやるから…!」


他に案が出なかった為、ナップの火が採用された。とは言え別に燃やしてしまおう!ではない…、熱で溶けないかを試すのだ。


これでもダメなら…冗談抜きで置いてく他道がない…。本当にニキを置き土産とするしかない…。


私は両手を握って、どうか解決の糸口が見えますようにと願った。火をつけた松明が今…ゆっくりニキの糸玉に近付けられた。


「──…おっ…? おっおっおっ…おおっ!!」


火を近付けると、糸はドロォ…っと溶けて地面に滴った。引火しちゃわないように気を付けて松明を動かすと、広く糸玉が溶けていく。


取れなくなったナイフとノコギリも地面に落ち、そのまま順調に溶かし続けていくと、やがてニキの左腕が自由になった。


「意外とすんなり溶けたな、これならそんなに時間もかからなそうだ。さっ、どんどん溶かしちまえ、くれぐれも引火させないようにな」




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




「助かったニ~! 燃えて灰死にするかと思ったニ~!」


「普通に焼死でいいだろ…、なんだ〝えて灰死はいじに〟って…」


無事解放されたニキの足元には、半液体化した糸の残骸が広がっていた。ねちゃねちゃするが…元の強力な粘着力は失われていた。


糸に火が有効なのを事前に知れて良かった、これで誰かがうっかり触ってしまってもすぐに助けられる。


「助かったら腹が立ってきたニー! コイツ等もニキの商品にしてやるニ!」


「じゃあその間に私達は洞窟の巣の入り口探してくっから、あんま時間かけんなよ…? 呼んだらすぐ来い」


ニキと念の為にメラニを置いて、私達は周辺の偵察を行う。群盗蜘クモがいたってことは、巣も近くにある筈だ。


あの群盗蜘クモ共がなんの係りの群盗蜘クモか知らんが、ニキと一緒に落下した人喰鳥ヒトハミドリの姿がなかったし、巣に運ばれた可能性が高い。


巣の中にそのまま人喰鳥ヒトハミドリが入ったんなら、入り口も相当大きな筈だ。案外すんなり見つかったり──うっ…?!


「っ…この臭いは…」


「いぎゃーー…! 何この激臭…!?」


「鼻がもぎ取れそうゴロー…!」


私も含めた全員が同時に鼻を押さえ…そのあまりの激臭に3人は顔を背けた。辛うじて私だけが耐えられたのは…この臭いを嗅ぐのが今日だからだ。


この鼻を刺すような臭いは…確実に〝血〟の臭いだ…。それも物凄い大量…、これが1匹分の血なら…確実に致死量だろう…。


鼻を押さえる3人を引き連れ、私は臭いの元となる場所に向かった。近付くにつれ臭いは強烈になっていき…ようやくその現場が見えた。


血溜まりの上に転がっていたのは…さっきのニキと同様の糸玉。大きさから見て人喰鳥ヒトハミドリだろうか…、しかしこの出血はなんだ…?


蜘蛛の捕食方法は流石に知ってるが、それに基づいて考えるなら…出血は妙だ。群盗蜘アイツの捕食方法は特殊なのか…?


私は血濡れた糸玉の周りをぐるりと回って見てみると、頭部の部分…っと言うより頭部が部分に原因が見られた…。


鋭利な刃物でスパッと切られたかのような断面…死因は間違いなくこれだ…。身動きを封じられた状態で生きたまま輪切りとは…考えただけで恐ろしいな…。


だが地面には血の痕がくっきり残されており、痕は先の方に続いている。これを辿れば巣まで行けそうだ。


「よし、ニキ達を呼びに一旦戻るぞ。…オイ、大丈夫か…?」


「大丈夫じゃないゴロ…きっついゴロ…」


アクアスはもう慣れたみたいだが、ナップとルークは鼻を押さえて小さな涙を浮かべている。メラニもこうなるなきっと…。


ひとまずニキ達のもとに引き返して、全員で巣に乗り込むとしよう。後ろに隠れられるは多いに限る。


「お~い! 巣への手掛かり見つけたからこっちに…──って何この状況…? オマエ等この短時間で何したの…?」


「見て分かれニ…! 勇敢に戦ってたのニ…!」

「んんーーー!」


そこには糸で片腕と片脚が絡め捕られたニキの姿と、ぐるぐる巻きにされたメラニの姿が…。地面には数匹の群盗蜘クモが倒れている。


とりあえずニキとメラニを助け、何が起きたかの説明を求めた。


ニキの説明によれば、剝ぎ取り中に新手の群盗蜘クモが2匹現れ、あっという間にメラニが糸玉にされてしまったらしい。


その後ニキにも糸を飛ばして襲撃…。ニキは片腕と片脚を糸に取られてつつも、なんとか倒して危機を退けたらしい。


「そんでこの群盗蜘クモ共がオマエ等を襲った個体か。んー…私達を襲ったのとはちょっと違うか…?」


「そうですね、牙が無い代わりにお腹が大きいです」


牙を用いていた個体と違い、ニキ達を襲った個体は腹部が異様に大きい。だが全長はさっきの3匹と比べて小ぶりで、他に目立った箇所も確認できない。


「そういや私等ん時の群盗蜘クモは、特に糸吐いてはこなかったよな?」


「確かに…蜘蛛のくせにおかしいゴロ。…もしかしてナップの言ってた〝係〟なんじゃないゴロ? 係ごとに出来る事が違う的な」


ルークに言われ、改めてナップが言っていたことに思考を巡らせる。何がいたか…、確か〝巣作り兵〟に〝採餌兵〟、あと〝育児兵〟に〝戦闘兵〟だったっけ?


そこから考えるんなら…ニキ達を襲ったのは〝巣作り兵〟だろうか…? なら私達を襲ったのは…巨大な牙からして〝戦闘兵〟…なのか…?


だが人喰鳥ヒトハミドリを切断して、巣に運んだのがアイツ等なら…〝採餌兵〟って可能性もある…。


んふぅ…、考えれば考えるだけ気持ちが仰け反っていくのを感じる…。もういいや考えない…、何が襲ってこようとも、きっと皆なら倒せるでしょ…。


「まあそんな話は歩きながらでもできるし、ひとまず行くぞ。あっちの方におそらく巣の入り口がある筈だ、さっさと石版盗っちまおう」


ニキ達を連れ、私達はさっきの場所まで戻ってきた。未だ臭いに慣れない2人は鼻をつまみ、メラニは唸ったような声を上げている。


そこからは地面に垂れている血の痕を辿り、先の方へと進んでいった。道中幾度も群盗蜘クモと遭遇したが、岩陰に隠れてなんとか凌いでいた。


そして遂に見えてきた巣の入り口。屈まなきゃ入れないものと思っていたが、平原の峡谷にあった洞窟よりもやや大きく見える。


だが中は真っ暗…、灯源鉱とうげんこうの数も少ないか…完全に無いものと考えていいだろう…。


松明に火をともし、巣の前をウロウロしている群盗蜘クモが居なくなったのを確認してから、足早に巣へと入った。


巣の中は先の見えない闇が続くばかり…、いつ闇の中から群盗蜘クモが飛び出してきてもおかしくない…。気が狂いそうだ…。


先頭にニキ、最後尾にアクアスを敷き、ナップとゴロ’sの間に私という編隊で奥へと進んでいく。


「ひぃ…!? なんだ今の音…!?」

「風の音ですね」


「ひゃあ…!? 今の音は…!?」

「ちょっとニキが躓いただけニ」


「うやァァ…!? また音が…!?」

「カカちょっとうるさいゴロ…」


洞窟内に入ってからずっと…五感が異常なまでに研ぎ澄まされてしまっている…。何が普通の音で…何が危機を知らせる〝音〟か分からん…。


群盗蜘クモがバッ!と襲ってきたら…誰かしらに泣きついちゃいそうだわ…。22歳泣くわ…。


だがそんな私の恐怖とは裏腹に…一切群盗蜘クモと遭遇せず順調に進んでいる。それなら大丈夫だろって…? 後で一斉にって考えたら泣きそうだよ…。


「ぴゃいぃ…!? 音した音…!」

「カカいい加減に…──」


“ドオーーーーーン!!!”


「本当にヤバめな音がしたニー…!?」

「何々…!? 何事…!? 何事ォ…!?」


突如として大きな爆音が轟き、群盗蜘クモではなく…強烈な揺れに襲われた。誰も立っていられず…全員が膝をついて揺れが止むのを待った。


やがて揺れは治まったが、何が起きたのか分からず…私達はその場に留まった。よく分からんが…明らかに異常が起きたのだけは分かる…。


「皆大丈夫か…? 怪我したりしてないか…?」


「はい…なんとか…」

「大丈夫ニー…」


皆無事そうでひとまず良かったが…今のはなんだ…? 比較的近い場所で爆発でもあったのか…? くそ…訳がわからん…。


“──キーン…!!”


「はっえっ…!? 皆ヤバい…! 〝音〟がする…!」


「またニ…? 今度は何の音が…」


「違うそうじゃない…! だ…! 上から〝音〟がする…! 崩れるぞ…!!」


私が皆にそう呼びかけた瞬間、道の先の天井が崩れ…それを発端にドミノ倒しのように崩れてきた。──よし…逃げろォォ!!


私達は後ろを振り返ったりせず、とにかく全力で元来た道を走って戻る。でなきゃ生き埋め…転べば生き埋め…、大角鹿ブオジカの時より命の危機…!


「うおおおおお…!!! 外の光が見えてきたぞォ…! 皆頑張れェ…!!」


光が徐々に近付いてきたが…後ろの落石音もどんどん近付いてくる…。ここまで来たらもう根性だ…! 頼むから間に合ってくれェェ…!!


はっきりと出口が見え、私達は外に飛び出した。その直後落石が出口を塞ぎ…、巣への侵入経路が完璧になくなってしまった…。


「ハァ…全員無事に出てこられましたが…、ハァ…困りましたね…」


「ゼェ…ゼェ…、これどうすんの…? ゼェ…詰んだ…?」


詰ん…だかもなこりゃ…、割と本気でどうすりゃいいんだ…? 6人全員で山掘る…? 数年掛けて山削る…?


怪力持ちのニキ居るし、意外と早く掘れちゃったりしてね。ハハハハハッ! ハァ…もう帰ろっかなドーヴァに…。


今私は道を失い…若干ヤケクソ状態。今アクアスに「帰りましょう」っとか言われたら…割とガチで帰っちゃいそう…。


「あっ! 皆ー! あれ見てゴロ!」


メラニがそう言うので、指を差している方を見てみる。何か見つけたかな…? 美味しそうな果物とかあれば私にも…──んっ?


メラニが指し示したのは山の斜面、そこには何匹もの群盗蜘クモが這って移動していた。それも一斉に同じ方向へ。


「カカ! ひょっとしたらニキ達の道はまだ残ってるかもしれないニよ!」


「ああっ、まだ生きてる巣への入り口があるかもしれないな…! よし…! 帰ろ…じゃねえや…、追うぞ…!!」



──第23話 群盗蜘の 〈終〉

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