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第21話 見えない厄災

「ニ~、これは実に良い商品になりそうニね~。──ほらほら、どんどんリュックに詰めてってニー、男の子なんだからテキパキ働くニ」


「俺達よりも怪力のくせによく言うぜ…、ってかいつになったら満タンになるのこのリュック…? 容量無限…?」


雨隠裂蛙アマツブサキガエルを無事討伐した後、ニキは恒例の剝ぎ取りタイムに勤しんでいた。それに付き合わされる男共が可哀想だが、まあ頑張ってもらお。


ニキの剝ぎ取りが終わるまでの間に、私は応急手当を済ませておく。あんま関係ないが…、毎回私だけ怪我してるような気がすんなぁ…。


アクアスはまあ分かるが…何故同じ前衛のニキは怪我せんのだ…。岩背蟹オオイワショイクラブの時にも私は怪我したが…アイツも一緒にぶっ飛ばされてなかったけ…?


アイツの人族ヒホ並み外れた頑丈さはなんなんだろうか…。怪我しないならそれに越したことはないが…。


「そういやナップ、さっきオマエ…どうやって私を助けてくれたんだ? 空から落っこちてきたのかと思ったぞ?」


「えっ…!? あー…っとね~…普通にジャンプしただけだよ…? 俺…〝ソレイユバッタ〟の蟲人だからさ…、跳躍力には自信あるんだよね…」


中々凄いことだと思うが、不思議とナップの表情が暗く見える…。言っちゃ悪いが剣術の才能はないし…脚力を活かして戦った方がいいじゃなかろうか。


「なんか浮かない顔ニね? どうかしたのニ?」


こういう時ズバッと聞けるニキは便利だ、良くも悪くも裏表ない奴。


「いや…大した理由わけじゃないんだけど…、俺嫌いなんだよね…バッタ…」


「バッタの蟲人なのニ…!?」

「ホントにしょうもない理由だったな…!」


得意苦手は人それぞれだし、別にそこにケチつけたりはしないが…自分の力を使いたがらない程って相当だぞ…。


なんだ…バッタに大事な人でも殺されたか…? 詳しくは聞かないでおくが…可能ならこの先もその力を使ってほしいものだ…──んっ?


髪に触れる雨の感触が止んだ気して空を見上げると、感じた通り雨は止んでいて、雲から晴れ間が覗いていた。


「なんだよ…、もっと早く止んでくれりゃあ…戦いも楽に済んだのによぉ…」


「まあいいじゃないですか、しっかり倒せましたし! それより腕動かさないでください…! 包帯が上手く巻けませんので…!」


「あっごめん…」


アクアスの言う通りだが…なんだかなぁ…。だがまあ…この後のことを考えるなら、晴れていた方が都合が良いのは間違いない。


ハァ…まだベナルユングの件が残ってるの面倒だなぁ…。私怪我してるし…後は5人に任せて集落に帰りてえなぁ…。二度寝したい…。


「ハァ…次はいつ雨が降ってもいいように、2人分の外套がいとうをニキのリュックに詰めとくか」


「ニ…?! また勝手にニキのリュックに詰める気ニね…! ニキのリュックは大容量だけど限りがあるんだからニ…! 勝手に詰めるのは許さないニ…!」


意外と耳良いな…、男共が〝限りある〟発言にめっちゃ驚いてやがる…。


「それより、剝ぎ取りも程々にしてちょっと私に付き合え…! ベナルユングが近くに居ないか偵察しに行く…!」


「えェ~!? アクアスと行けばいいニ~! ニキはもうちょっとだけ男子達と剝ぎ取っていたいニ~!」


駄々をこねるニキの首根っこを掴み、私は引きずるようにニキを連れ出した。不足の事態を考えると、頑丈なニキは偵察に向いている。


アクアスには労働から解放された男共が、勝手な行動しないように見張ってもらっている。ついて来られて…またトラブル発生なんて事態は避けたい。


私達は皆が居たあの場所から離れ、少し高い崖の上まで登ってきた。周囲を見渡すには絶好のポイントで、ぼんやりと見える虹が綺麗だ。


しかし周囲に動く生物の影は見当たらない、ベナルユングも何処かに行ってしまったのかな? それはそれで好都合だが。


「ニ~…生物の姿が見当たらないなんて変ニ…、絶対変ニ…!」


「何が変なんだよ、別におかしくはないだろ? 結構強い雨だったし、生物も住処から出てこないだけだろ?」


「大半はそうでも、必ず〝1匹〟どこかにいる筈ニ! 一番最初に聞こえた〝鳴き声の主〟が見つからないのはおかしいニ!」


んー…言われてみれば…──雨隠裂蛙アマツブサキガエルの鳴き声は “グロロロッ” だったが、私達が最初に聞いたのは確か──



“──ウァアアアアアアアアアッ!!!”



「ああっ、そう言やそうだな。しかしよく覚えてたなそんなこと」


「そんなことって…、割と重要なことニよ…」


呆れ顔で見てくるニキをよそに、私はまた周囲に目を向けた。住処に戻ったんじゃないかとも思うが…ニキがそう言うならもう少し見てみて──んぁ…?


遠くの岩陰に…〝何か〟見える…。ニキのリュックに手を突っ込み、私が夜のうちにこっそり入れておいた望遠鏡を取り出した。


文句を垂れるニキの口を片手で塞ぎ、さっき見つけた〝何か〟をよーく見てみる。


「あれは…なんだ…? しーー…〝下顎〟…か…?」


ひふぁふぁご※下顎くぉくぉわひ※カカ何いっへるひ言ってるニ?」


「そう見えんだから仕方ないだろ…、とりあえず確認しに行こうぜ? この場所じゃ視界が遮られて良く見えねえし」

ふぁーいはーい




     ▼   ▽   ▼   ▽   ▼




ニキと他愛のない会話をしながら崖の上から見えた例の場所へと向かっている道中、ふと気になった質問を投げかけてみた。


「そういやオマエ、雨隠裂蛙アイツにガッツリ食われてたけど…割とすぐに吐き出されてたよな…? 何したんだアレ…」


「あーあれはニ、雨隠裂蛙アイツの口の中にニキ特製の〝激ヤバドリンク〟をぶちまけてやったのニ!」


まさかその為だけにわざと食われたのか…コイツ…。なんちゅう命の張り方…危なっかしい奴だな…。


しかし〝激ヤバドリンク〟ねェ…何を飲ませりゃあんな勢いよく吐くんだよ…。ヤッベ、なんか気になってきちゃったよ。


「…まさか毒物じゃねえよな…? ライセンス無い奴の毒物所持は違法だぞ…? 知り合いと言えども看過できないぞ…?」


「別に毒物じゃねえから心配しろニ。激ヤバドリンクの原材料は、えー…そのー…アンモニアのやつニ」


「アンm…ああ、しょんべんか」

「言うなニ、隠せニ、慎めニ」


色々言いたいことはあるが、ひとまず毒じゃなくて良かった。いやまあ…ある意味劇物だったわけだが…。


そんな何も生まない会話に花を咲かせていると、いつの間にかそれらしい場所まで来ていた。楽しい時間はあっという間に感じるものだな。


「カカー、その下顎が見えた場所はまだニ~?」


「んー…確かこの辺りだったと思ったが…──おっ、あそこじゃねえか?」


目の前の先に、崖の上から見えた岩肌があった。特徴的な形だったから、意外と近くでも分かるものだ。


確かあの裏に下顎?がある筈…。──うん、実際にそう見えたと言っても…下顎ってなんなんだ…? 病的な見間違いでもしたのかな…。


なんならそうであればいいのに…下顎とか怖すぎる…。よく似た別の物であれと願いながら、私とニキはその現場に向かった。


「ニ…!? な…なんニ…これ…!?」


「…私が知るかよ…」


私達の目の前に広がった光景は、言葉にするなら〝凄惨〟そのもの…。血の海に巨大生物の死骸が横たわり…地面は赤黒く濡れていた…。


むせ返る程の血の匂いと…目を背けたくなる程に損傷した死骸…。私達の足元にはもはや疑い様のない…死骸の下顎が転がっていた…。


私とニキは言葉を失い、ただその凄惨な光景から目を離せずにいた…。それほどまでに…理解し難い状態にあった…。


鋭利で巨大な〝爪〟の様なもので胴体を切り裂かれており…、胃や腸らしき臓物がだらりと血の海に飛び出していた…。


その他にも外傷はあれど…決定的な致命傷はこの傷だろうか…。少し気が引けたが…力なく横たわる死骸の体に触れてみる。


硬い毛皮と、その奥に一層硬い皮膚の感触がある。手触りはまさに〝毛の生えた爬虫類〟…初めての感覚…。


「この皮膚の硬さは相当なもんだぞ…、それをこんな…──こんなこと…一体どうすりゃ可能なんだ…? それに多分コイツは…」


「ワニみたいな口に…オオカミみたいな毛…そして立派な6本脚…、十中八九…コイツが〝ベナルユング〟だろうニ…」


やっぱりそうか…。ベナルユングの危険度の高さは…その地の食物連鎖の上位に君臨できるレベルだ…。だからこそ気掛かりなわけだが…。


「とりあえずアクアス達と集落の皆に伝えないとな…。オマエはどうする…? 剝ぎ取りたいなら待ってやるが…?」


「勿体ないニけど…流石にそんな気分にはなれないニ…」


素材に目がないニキも、早くここから立ち去りたそうにしている。その気持ちは私も同じだし、早く皆のとこへ戻って、この事を集落に伝えに行こう。


ひとまずベナルユングの危機は去ったと…──それ以上の〝何か〟がまだ…この山のどこかに潜んでいると…。








「──なんと…?! よもやそんな事が起きていたゴアか…。うーむ…一難去ってまた一難とは…、まったく…シヌイ山はどうなってしまったゴア…」


アクアス達を拾って集落に戻ってきた私達は、酋長含む大人達に事の顛末を説明した。大人達は終始頭を抱えながら、私の話に耳を傾けていた。


後で聞いた話によると、集落付近に現れたあの雨隠裂蛙アマツブサキガエルも、本来あの場所まで姿を現すことはないのだと言う。


叫狼鰐ベナルユング雨隠裂蛙アマツブサキガエル…、危険度の異なる生物が等しく大移動しているのだから、頭を抱えるのも無理はないな…。


「酋長どうしますゴラッ…? なんとか事態の原因を突き止めないと…集落の子供達も安心して暮らせないゴラッ…!」


「そうは言っても…一歩外に出ればそこは死地のど真ん中…、原因究明は命懸けになるゴア…。──…カカ殿…、この異変の原因…それはこの山に墜ちた〝石版〟である可能性はないゴアか…?」


「…明言できませんが、その可能性は大いにあると思いますね」


もっと言うなら、私はこの異変の原因は石版ではなく〝魔物〟だと考えている。まだお目にかかれてはいないが…そんな予感がする…。


だが今のこの状況下で〝魔物〟の脅威まで知らせてしまうと、いよいよ集落全体が大混乱に陥ってしまいそうなので…今は伏せておこう…。


酋長は少しの間無言で考え、他の大人達と何かを話し合うと、何かを決心した様な表情でこちらを向き直した。


「もし本当に〝石版〟が原因なのであれば、我々と言えど無関係ではありませんゴア…。しかし我々にできることはたかが知れている…──そこで…大変勝手とは思うゴアが、我々の為に力を貸していただきたいゴア…! 我々を助けてくだされ…」


そう言うと、私達を除いた酋長含むその場の全員が深々と頭を下げた。ただ石版を回収しに来た筈なのに…いつの間にか集落の…シヌイ山全体の命運を託されることになるとは…。


国王にムネリ女王に酋長といい…私は何故こうも人の上に立つ者からお願いされてしまうんだろうか…。


それでいて私は単純だ…。あらゆるものを背負う上の者に頭を下げられると…断ろうとする気持ちが微塵も湧いてこない。


「勿論です…! 必ず私達が石版を回収し、異変を終わらせます…! シヌイ山をあるべき姿に戻してみせます…!」


「カカ様の言う通りです…! わたくし達にお任せください…!」


「ニキキッ! ばっちり解決してやるニ!」


2人もやる気になってくれてるみたいで安心した、まったく頼りになる奴等だ。


「ありがとうございます…! なれば我々も最大限協力させてもらいますゴア…! 何か入り用でしたら何でも仰ってください、可能な限りご用意しますゴア…!」


酋長の言葉をきっかけに、大人達は皆どこかへと走って行ってしまい、その後各々が色んな物を持って戻ってきた。


食糧や薬、役に立ちそうな道具アイテムなどが目の前に並べられた。ニキがキラキラと目を輝かせている。


「これ本当に貰ってもいいんですか? いざって時の集落の備蓄なんじゃ…」


「いえいえ、構いませんゴア。貴方方には我々の運命を託しているわけですから、遠慮せず持って行ってくださいゴア」


「そうですか…分かりました、ではありがたく頂戴しますね」


私はアクアスと協力して、住民達が準備してくれた物をニキのリュックに詰め込む。今回は事が事なので、ニキも了承してくれた。


遠慮せずにとは言ってくれたが、流石に全部持って行くのは気が引けるので…必要最低限の物だけを持って行くことにする。


粗方詰め終えたので、いよいよ出発だ。まずは飛空艇を停めた場所へ戻り、そして飛空艇で群盗蜘コレクトヤツザキグモの巣まで直行する。


きっと蜘蛛の巣は巨大なものなんだろうが…言っても蜘蛛の巣だし、なんかサクッと回収して帰って来れないかな?


今日中に全て終えられたら最高なんだが…、んむー…なんか余計なことを言ってしまった気がするな…。


「──まあいいや、そろそろ行くぞオマエ等! なんか今日中に終えられない気がしてきたからっ…!」


「待ってましたっ!」

「「 出発ゴロー!! 」」


新たなやかましい3人の仲間を連れて、私達は集落を後にした。──はぁ…、何も起きずに済めば良いが…。



──第21話 見えない災厄〈終〉

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