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第10話 独白・恒星

 一度だけ、なだ一喜いっきがステージに立つ姿を見たことがある。

 たしか、能世のぜ春木はるきが演出を担当した舞台のゲネプロでのことだ。

 小春こはるは中学生で、珍しく能世に誘われて劇場に足を運んでいた。


 ステージの上で、灘は誰よりも美しかった。

 一挙手一投足、目線、笑顔、顔を上げ、顔を俯け、どこかうつろな目で誰かを見据えて。

 とうに気付いていたのだ。

 彼のうつろな目の先には、愛した男しかいないということに。

 灘一喜は能世春木を愛している。

 だから、父親の才能がない彼の代役を行ったのだ。

 何度でも思い出す。あの日の灘の美しさを。

 客席に座って険しい顔をする能世春木。鋭い言葉で俳優たちに演出を付け、代役に過ぎない灘にも「もう少し力を入れて演じてくれ」と指示を出していた。

 灘はうっとりと微笑み、「ちゃんとやるよ」と答えていた。

 類い稀なる才能の持ち主。灘には才能があった。

 俳優になることができた。あの才能で、あの美貌で、世界を掴むことができた。


 彼は恒星。


 周りに立つ俳優を本職としている人間が放つことのできない光を放っていた。


 ゲネプロ後、灘は能世とともに大勢のメディア関係者に囲まれていた。「出演はしないのか」という不躾極まりない質問にさえ、灘は嫣然と笑って見せた。


 彼はステージの上に居るべきだったのだ。

 彼はステージに関わるべきではなかったのだ。


 どちらだろう。両方かもしれない。

 灘は能世のために自分の役柄を全力で演じ切り、そうして、もうすべてが手に負えなくなって、自ら死を選んだ。


「だから」


 だから?


「一喜くんを殺したのは、私たちなんだと思います」

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