初日に変な目立ち方をしてしまったのも手伝って、レーイの予想の通り同級生にはもちろん、先輩にもいじめられる生活を送ることになった。教科書への落書きに、ものを隠されたり、あることないことを噂をされたりと、幼い精神は削られていく。両親は当然心配した。それでも、まだ学校に行き続けているのは、まだ知りたいことがあるからだった。
光に言われた『世界を救う』ということ。レーイはいまいちピンときていなかった。何故なら、この世界が平和すぎるからだ。ネモフィネス王国の隣国、ガーデンズ帝国に、ジャルダン共和国。ネモフィネス王国は、この二国と同盟を結んでいる。その中でも姫様がつれ攫われた魔王城と呼ばれる城が近いのは、ガーデンズ帝国。そんな城があるなんて、まるでRPGの世界だな、と思いつつ、誰も来ない唯一の逃げ場と言ってもいい薔薇園で、本を読み耽る。……魔法がある時点でもうRPGの世界観なのだが。
図書館から拝借し、積み上げた世界中の新聞を読んでいても、今日もどこの国にも変わったことはなく、戦争などが起こっている様子もない。だから、世界を救うなんて必要が、どこにあるのかも分からないし、寧ろ自分の身を守ることで精一杯だ。
一年生のうちは座学だけだから、今のところ成績に関わることはなく、助かっているけれど、二年、三年と歳を重ねるごとに魔法の実習や、体術剣術の訓練が増えてくると風の噂で聞いたから、そちらの方が不安で仕方ないのだ。
「世界を救う前に、自分のことを救わないといけないよなあ……」
最後の新聞を読み終えて閉じると、新聞の束を枕にしてベンチに寝転ぶ。これがレーイの昼休みの習慣だった。
こういう薔薇園を好みそうな女子生徒、カップルは一定数いるだろうに、誰も来た試しがない。否、レーイに目をつけている生徒に来られて勉強の妨げになる方が困るのだが……。そう思いながら、雲ひとつない青空を眺めた。
前世でも、学生時代いじめられはしなかったものの、趣味が合う人間がいなくて一人でいたから、一人でいることは平気だし、寧ろ好奇の目を向けても一人にしてもらえることはありがたいとさえ、思うが、いじめに遭うのは、精神的ダメージが大きい。玲の時に、店を初めてから、客に心ないことを言われたことはあったが、こちらにも落ち度があったことは多かったし、度の過ぎたものでも、数分耐えれば、客は満足して帰っていく。それに、玲の店は小さな店だったし、路地にあったものだから、幼い頃からよくしてもらっていた仲のいい友人や、初老の穏やかな人くらいしか足を運んでこなかった。だから、今実家で心ない客を見ている方がよっぽど苦痛だ。彼らは厄介だ。「お客様は神様」という言葉を信じ込んでいる。だから、あんなに何もしていない両親を怒鳴りつけることが出来るのだ。
でも両親は、そんな悪意からレーイを守ってくれた。だから、悪口を言われたり、心ない行動をされることに慣れていない。つまり、心が鍛えられていないのだ。
前世でも今世でも、勉強は得意だから、一年生のうちは隙を作らないようにしようと努力はしているけど、矢張り最下級職の家の出というだけで、悪口を言われたり、やられたりするのだ。まるで人権がないみたいに扱われる。
レーイの心がポッキリと折れてしまうのも時間の問題だと思って、レーイは、この世界のことを知るために、一刻も早く情報を仕入れなければ、と大量の新聞と一緒に持ってきていた本を広げる。
五歳児といえば、普通は外に遊びに行ったり、家にいたとしても絵本を読んだりおもちゃで遊んだりするものではないだろうか。レーイはそんなことはせず、大人の本を読み耽り、新聞を読み漁っている。やっていることが五歳の男の子ではない。
「いや……、中身いい歳したおっさんだしな……」
そう開き直ったレーイは、青い空から、本に目を戻し、情報の世界へと入ったのだった。