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02話:~現実。~

 何者かの声にハッと目を開けて、ベッドから飛び起きる。ゼェゼェと息を切らして、ぼんやりする焦点を必死で合わせ、目の前を見ると、目の前には小さな女の子がいた。垂れ目で、ぼんやりとしているが、黒髪で、白い肌を持った可愛らしい女の子だった。きっと玲に妹がいたならば、こんな感じなのだろうか、と、想像する。突然飛び起きた玲を見て、その少女はきょとんとしていたが、やがて、もぞもぞと玲の上から降りると、部屋を飛び出す。


お兄ちゃん、起きた!」


 ドタドタと足音を立てて、階段を降りて行ったのか、下の階で、女の子の声が聞こえてくる。

「お兄ちゃん」


 には兄弟などいなかったはずだ。いたとしても、玲が幼い頃に事故死しているはずだ。随分と遠くなった記憶を思い起こして、両親のことを考える。今頃両親は天国で何をしているのだろうか。幸せに暮らせているのだろうか。肘を折り曲げた膝について、その手のひらの上に顎を乗せると、ふと、何かを忘れていないだろうか。と思い直す。まだ寝惚けた頭を働かせ、その違和感が何かを考えていると、カッと目の奥が熱くなって、それが何かを教えてくれるように記憶が降ってきたのだ。


 俺は華月玲――基い、レーイ・フラワネス。謎の光から使命を受けて、この世界に転生してきた。この世界は、三つの国に区分されている小さな星だ。その中でも、レーイが住んでいるのは、ネモフィネス王国。花が絢爛としている、華やかな王国だ。先の少女は、レナ・フラワネス。レーイの妹に当たる、三歳の少女だ。今日は、レーイの五歳の誕生日。誕生日と言っても、まだ五歳。一人では身動きが取りにくい年齢だが、前世の記憶は持っている。


 ――華月玲は、常連客のおじさんを庇って死んだ。死んだはずだった。それなのに、訳があってこうして第二の人生を送っている。ライトノベルや漫画の主人公ならば、ここから再出発だと言わんばかりに、やる気を出して、神に与えられた力を駆使して、使命に挑むのだろうけれど、玲は光から、特別な力を授からなかった。今ある知識も、玲が持っていた記憶と、レーイとして生まれ変わったことを自覚し始めて、自我が生まれた時から、こそこそと親の目を盗んで、得たものだ。


「大体、元が三十代のおっさんに何をしろってんだ……」


 そうぽつりと呟いて、光からの使命を思い出しながら、ベッドから起き上がる。


 世界が闇に包まれる――そう言っていたけれど、この世に生を受けてから、魔物たちがいて、魔王城なんてものもあるものの、それからの被害を受けたことは一切ない。そして、『闇』のような存在は、どこにも見当たらない。問題があるとすれば――


 レーイは、トントンと階段を降りて、リビングへと向かう。そこには、すでに用意されていたいつもと変わらない朝食と、笑顔の家族。玲が憧れていたものがそこにあるのだ。第一の人生の半分以上は、一人で過ごしてきているから、家族団欒としたこの時間が、レーイにとっては癒しの時間だった。


「レーイ、おはよう」

「おはようございます」

「そして、お誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう……」


 前世の記憶があるレーイにとって、誕生日を祝われることはくすぐったい。かといって、「もうそんな歳じゃない」と突っぱねるのもおかしいし、レーイはぺこりと頭を下げて、用意してもらっていたプレゼントを受け取った。この年齢でもらえるものは、たかが知れているが、気持ちのこもった贈り物というだけで嬉しいということは、レーイも玲もよく知っている。

 自分の席に座って、用意されていた朝食を頬張る。前世では朝はご飯派だったが、この国の主食はパンらしい。今日も名店のパンが籠に入っていて、そこからパンをとって食べる。至福の時間だった。優しい両親に囲まれて、愛嬌のある妹もいる。彼女はまだ幼いだけで、これから反抗期などがあると思うと泣けてくるが、玲がレーイになってから、一番大切にしている時間だった。


「今日はお兄ちゃんと遊びたい。お誕生日会ごっこするの」

「レナ、誕生日会ごっこなんてしなくても、今夜するんだろ?」

「レーイ、そんなこと言わずに付き合ってあげなさい。レナは、今日早く起きてレーイのために準備をしていたんだから」

「そうなのか?」

「うん」

「ふふふ、それも楽しそうにね」


 そういえば、昨日は誰よりも長起きなレナが、早くに寝ていたのを思い出す。今日は誕生日だというのに、ゆっくりもさせてもらえないのか。はは、と苦笑いをしながら、時計を見た父の視線を追って時計を見る。


「そろそろ時間か……」


 時刻は八時五十五分。誰もが活動的になり、動き始める時間だ。うっそりとした顔をした父の顔色を伺ったレーイは、こっそりとレナに聞こえないように耳打ちをした。


「今日も店……開けるの?」

「ああ……、開けなかったら開けなかったで色々言われるからな」

「そっか……」

「せっかくの誕生日なのに、ごめんな」

「気にしないで、仕方ないよ」


 レーイの家は、花屋だ。漫画のように特殊な花はなく、玲が暮らしていた前世の世界での花と同じ花が並んでいる。だから、何も知らないうちは、これ幸いとして、父の跡を継ごうとしていた。だって、レーイになったとしても、花は好きだから。

 だがしかし、。ここ、ネモフィネス王国では、営業職という営業職が最下級職として蔑まれているのだ。元いた世界で玲が、楽しく花屋をしていたのとは違って、ここでは見下す対象となっている。こうなった仔細な歴史等があるのだろうが、それはまだ分からないのだが。

 元の世界で玲が花屋を営んでいた時も、そういう輩は度々来ていたが、花屋は幸せを売る店だ、そんなものごく稀であったし、珍しいくらいであった。しかし、この街では毎日のように、店に立つ両親が怒鳴られているのを見るのだ。


「嫌なら職を変えればいいのに。きっと楽になるよ」


 そう父に言ったことはあるが、この世界ではそう簡単に転職することは、難しいらしい。特に最下級職と言われている『販売職』となると、転職を受け付けてくれるギルドは少ないし、ないと言っても過言ではない。

 レーイはそれを知った時、絶望した。しかし、その中で唯一希望を見出せるとしたら、矢張り、フラワネス家が花屋を営んでいるということだろうか。花の種類や花言葉の知識なんかも、両親より詳しいくらいで、そのことに関しては「よく勉強しているな」と父に褒められた。前世では、両親と花の話なんてしたことがなかったから、花に関することや、店に置く花のことを相談する時間がとても幸せだった。だから、今この現実で、両親に対し、酷い態度をとってくる客にイラつきを覚えてしまう。優しい両親が、横暴で時には暴力的な客に、腰を低くして接客しているのが気に入らないのだ。

 どうにかならないものか。レーイはありったけの知識で考えた。しかし、これはこの地域に強く根付いているものであるし、子どものレーイには、変えようがないことだった。せめて、王に進言することが出来ると良いのだが、この国の王は会うこともままならない。噂によると、今の差別が始まり出した頃から、顔を出さなくなったと聞くし、きっと王様に進言したところで、どうにもならないのだろう。そう考えていると、


「レーイもそろそろ学校へ通う時期だな」

「やっぱり俺にはまだ早いよ……。学校、本当に行かなきゃ駄目?」


 ――ネモフィネス王立学園。この国の中でも選ばれた子どもたちが集まる学園。本来は、七歳から入学可能なのだが、レーイがものは体験だと、興味本位で過去問を解いてみた結果、学長に目をつけられ、特待生として飛び級入学することになったのだった。

 その通知が来た時は、目が飛び出んばかりに驚いた。思ってもみなかった合格通知に、踊らんばかりに喜んだ。しかし、よく考えてみると、他の小さな可能性にとって、レーイの前世の記憶は余計なものであることが、目に見えていた。職がものをいうこの世界では、最下級職の出であるレーイは確実にいじめられる。ここにいる誰もが容易に想像出来たことだった。


「行かせたくないのは山々なんだがな……。レーイは賢いからな。この通知が来てしまったら、行くしかないんだよ」


 父がいつの間にか手に持っていた紙は、特待生だけが持つことを許されたバッジと、合格通知書。リビングに大切に飾られており、バッジは、学園に通う時に制服につけることになる。

 何かを学ぶことは好きだ。楽しいし、知識は人生の糧となることをレーイはよく知っていた。そして、この国の最高峰と言われるネモフィネス王立学園で、色々と勉強が出来ることは大変光栄なことだが、矢張り次に頭にぎるのは、人間関係だ。

 友達が欲しいなんて、贅沢なことは言わない。だが、予想される波乱の毎日から、逃げられるとしたら、逃げてしまいたい。噂によると、最下級職の家の子どもが、学園に入れること自体が稀有なことで、街での噂は悪い方向に持ちきりになっている。中には、学園に「最下級職の子どもを入れるのはどうか」と直談判しに行った者もいるらしい。それでも、取り消されなかったのだから、そういうことなのだろう。


「今から気が重いよ……」


 父から受け取ったバッジを眺めて、そう呟く。曇った顔をしているレーイの黒い髪を父は撫でる。


「お前なら大丈夫だ。だって、今までだって、店を何度も助けてくれたじゃないか」

「それは……」


 必死な両親がそこにいたから。そう続けようと思ってやめた。何故なら、父の瞳には、期待の眼差しがあったからだ。


 ――もしかしたら、いじめなんてないかもしれない。思い過ごしかもしれない。案外、居心地がいいかもしれない。


 そう思い、不安を打ち消すように、父の言葉に頷くのだった。

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