――ここは、夢か現か。
感じていた痛みも熱さも感じなくなり、意識が浮遊している感覚に襲われる。何だか、悪い夢を見ているようで気持ちが悪い。玲は顔を顰めて、喉の先まで登ってきていた空気を吐き捨てるように口を開いた。当然そこからは何も出てくることなく、二酸化炭素の代わりに酸素が入ってくる。
居心地が悪い。そう感じた玲は、無理矢理目を開けようとするが、なかなか起きることが出来ない。どうすればこの状態を打破出来るか、考えながら、夢か現か分からない現実との狭間でもがく。そうして、ようやく目を開けられたかと思えば、暗黒世界が目の前に広がっていた。右を向いても、左を向いても、後ろを向いても暗黒だ。まるで、四角い箱の中に閉じ込められてしまったような感覚。
「まだ夢の中なのか……?」
ぽつり呟いて、周りを見渡して、意識を飛ばそうとしても戻らない。
「ああ、そうか……」
俺は死んだんだ。そう、玲は気付いた。
死後、天国へ行けるとは思っていなかったが、地獄でもない、ただの虚へ送るだなんて、神様は酷い判断をしたものだ。孤独感に苛まれる。これから気が遠くなるほど、こんな上も下も、右も左も分からないところで、一人で何もせずにいなければならないのか……。
何かをしていないと落ち着かない
否、寧ろ今までが働きすぎだったんだ。家族もなく、一人でずっと、必死に働いてきた。だから、これは神様がくれた休憩の時間なのかもしれない。
そう思って、あぐらをかいた玲は、ぼんやりと虚空を眺める。最早、この暗闇の先に何があるのかなんて、気にならない。目覚めてからどこか気怠いのだ。歩くのも億劫だ。
もう一度眠ってしまおうか。
そう、思って目を閉じた時だった。まるで朝日が登ってくるように緩やかに、光が振ってくる。それに気付いたのは、もう一度意識が遠のき始めた時だった。うとうととしていた瞼を開け、目の奥がつんとするくらいに眩しいそれに目を細める。不思議と目は逸らせなかった。じっと見ていても、光源が全く見えて来ず、太陽を見ているような気分になる。それとも太陽なのか?そう逡巡していると、かすかに声が聞こえてくる。
「――玲……華月玲……」
直接頭の中に流れてくるような声に、拍子抜けした顔をして、玲に話しかけた人物を探す。しかし、玲の声の届く範囲には玲以外の者はいないのだ。この空間には玲一人。それだけが事実だった。それも、脳内に直接声をかけてきたときた。これは人ならざる者の仕業だとしか思えない。そうなれば、声の主は一つだ。
玲は、もう一度光の方を見た。
「良かった……聞こえているようですね……」
光の方へと目を戻した瞬間に、安堵したような声を出したそれは、矢張り声の正体は光なのか。もう一度周囲を見回すが、誰もいない。
「何なんだ……」
ぽつりと声に出して言うと、それに答えるように、光は言った。
「華月玲……貴方は世界を救うのです……」
「は?世界?」
「初めは希望に満ち溢れた世界に送ります。しかし、そこはやがて闇に包まれ、消えゆくでしょう……」
会話になっていない会話は、光が強行する。おかげで玲は理解できないままだ。
「何だよそれ。俺はただの花屋だ。そんなこと出来る訳が……」
「意味は目覚めれば理解出来ます。華月玲……。いえ、
そう言いながら光は消えていく。「ちょっと待て……」と手を伸ばし、光が行ってしまうのを止めようとするけれど、光が消え行くと同時に眠気が襲ってくる。立ちあがろうにも、体が重くて、力が抜けていく。
あ……
それは、死んだみたいに体が重くて、瞼が強制的に下がってくるのを感じる。その瞬間から、遠くから可愛くて幼い声が、自分の名前を呼んでいる気がして、そちらに意識は向けられたのだった。