『
激闘だった『ヴォルプリエの夜』からすでに半月、『癒しの森』の住人たちの生活も落ち着きを取り戻していた。
「ぴよぴよぴよ~」
訳:[ご主人様、アデリナ様からお便りがきていますよ~]
「ありがとうメイブ」
手紙を受け取り、ロッティは封を開けてすぐ手紙を読む。
〈親愛なる我が友!
アウストラリスに新年の祝いで、西の国で有名な劇団がきているの。
レオンと2人で、デートがてらいらっしゃいな!
ダーシーも会いたがってるからね♪〉
「デ…」
デート!?と
「ぴよ?」
訳:[ご主人様?]
メイブは硬直しているロッティの持っている手紙を覗き、中身に目を通す。
(ふふり、コレはフィンリーしゃんに手伝ってもらわねば)
にやりと顔を歪ませ、メイブはリビングを出て行った。
* * *
明るい青空のもと、都市国家アウストラリスの繁華街は大賑わいしていた。
新年を祝うための催しや、商魂たくましい商人たちの露店が多く開いている。老若男女多くの人達が訪れていた。
「人が多いですね」
「う…うん」
噴水前のベンチに、レオンとロッティは並んで座っていた。
レオンは右手にココアのカップを、ロッティは左手にココアのカップを持っている。そして2人のもう片方の手は、お互いの手を繋ぎ合っていた。
「それにしても、本当に人が多いですね。新年の間は、いつも
東のメルボーン王国の元騎士だったレオンは、グローヴァー男爵家に養子に入る前は平民だった。
「王都リベロウェルの繁華街も、ここに負けず劣らず賑わうんですよ。特別にもらった小遣いを握り、食べ物屋を梯子していました」
「ふふっ、今のレオンからは想像もできない」
「でしょう。大人になってからは、慎むようになりました」
2人は大笑いした。
レオンとロッティはデートをしに、アウストラリスを訪れている。しかし残念なことに、2人にはデートの経験が一切なかった。
メイブとフィンリーにめいっぱいオシャレされ、叩きだされるように小屋を追い出された。
途方に暮れる一方、レオンはそれまでに読み貯めた恋愛小説の知識をフル稼働させ、ロッティを連れてアウストラリスを訪れた。
不器用なりにロッティをエスコートして、落ち着いた場所で会話を楽しもうと噴水広場にやってきた。しかしドコも人でごった返している。
「もう少し、落ち着いた場所はないかなあ…」
辺りをキョロキョロするレオンに、
「アデリナのお店なら静かかも。もっとも、アデリナが1000人ぶんは騒がしいんだけど」
「1000人…」
それは相当賑やかだろう、そう思って却下した。
「もう少し歩いて、場所を探してみましょう。お話したいこともあるので」
立ち上がったレオンに続いて、ロッティも立ち上がった。
路地裏は避けて、人の気配が少ないほうへと2人は歩いた。そして川にかかる橋の上にきて、ようやく足を止めた。
「ここは静かですね」
「うん。眺めもいい場所よね」
住宅地にある橋のようで、川辺に立つ整備された街並みを一望できるいい場所だ。
景色を眺めながら、しばし2人は黙り込んだ。
「こうして穏やかな時間を2人で続けていくためには、私が魔女の弟子契約をしないと無理なんですよね」
唐突にレオンが話だし、ロッティは内心ビクっと驚く。
「フィンリーの思い切りの良さと行動力が、心底羨ましいと思います」
水面に映る2人の姿をジッと見つめ、レオンは小さく息を吐く。
「ずっと考えていました。
私も恋愛は初経験です。ロッティと変わりません。今は、ロッティへの愛は不滅だと思っています」
「レオン…」
「私は寿命に限界のある人間です。騎士だった私は、どこかで戦って死ぬか、老人まで生きて穏やかに死ぬか。その2つだけ考えてきた。結婚して子供を持つ、という考えには不思議と至りませんでした」
頭をカシカシ掻いて、照れ隠しをする。
「ロッティ・リントンという最愛の恋人が出来た今、新しい未来の選択肢が生まれた。終わりの見えない時間を、あなたと生きていくという。
でも、何度考えても、その選択を受け入れられない自分がいました」
ロッティはほんの少し、レオンの気持ちが判る気がしていた。
人間と魔女は違うもの。見た目は似ていても、根本的に全く違う異種族なのだ。
メイブのためにあっさり魔女の弟子契約をして、人間であることを捨て去ったフィンリーが珍しすぎるのである。
「ロッティ、私はロッティへの想いと愛を大事にしたい。変えたくありません。だから私は、人間としての生と時間の中で、あなたを愛し続けたいと思います」
真摯に見つめてくるレオン。
レオンは弟子契約をせず、人間として生きていくことを決めたのだ。
不思議とレオンの決心を、ロッティは素直に受け入れていた。
ロッティもまたかわり映えしない人生を疎んで、人間の様に時間を過ごして繰り返す生き方を選んでいる。
魔女でも人間でも、考え方は違う。何も同じ選択をする必要はない。己の意志を曲げたとき、愛はきっと冷めてしまうだろう。
「判ったわ、レオン。私も8度目の人生を、レオンと共に終わらせる。9度目の人生は、レオンとの恋愛は良い思い出になっているわね」
少し寂し気に微笑むロッティを、レオンは力強く抱きしめた。
「精一杯今の人生を楽しく生きましょう。きっと、長生きできる気がします」
「しわくちゃのおじちゃん、おばあちゃんになってもね」
2人は軽く笑い合い、そして初めてのキスをした。