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84話:アタシが立候補してもイイかしら?

 姦しいレディたちの代わりに、レオン、フィンリー、カイザーの3人はお茶や朝ごはんを用意して振舞った。

 食べることと武勇伝の披露が終わって、本題がダーシーの処遇に移った。


「『いたずらっ子の脅威トリックスター』ね…、人間に発現した特殊能力では最高峰の能力だわ」


 ジッとダーシーを見据えながら、グリゼルダは深く感心したように言った。


「お陰で私まで、メイブ殿の言葉が判るようになりました」

「ぴよぴよ」

訳:[良かったのです、レオンしゃん]


 嬉しそうに笑むレオンに、メイブはにっこり笑った。


「私、罰を受けるの?」


 困ったように言うダーシーに、グリゼルダは頭を横に振った。


「あなたが力を振るったのは、リリー・キャボットの仕業だということは判っているわ。全く罪がない、とは言えないけど、大人リリーの責任ね」

「…」

「あなたの不幸な境遇は、みんなから聞いている。罰しないで欲しいとも。

 ダーシー・スライ、あなたには保護者が必要。主人ではなくね。蔑まれる奴隷のような生き方ではなく、普通に暮らせる環境が。

 私としてはロッティが適任だと思うんだけど…、今や大所帯よね?」

「そうでもないですよ。ダーシーが加わっても問題はありません」


 受けれる準備が出来ている、とロッティは頷いた。


「適任ではあるんだけど、ロッティとレオン、メイブとフィンリー、カップルだらけの中で、ダーシーが疎外感を持たないとは言い切れないわ」


 グリゼルダの指摘に、4人は「グッ」と喉を唸らせた。


「疎外感?」


 不思議そうにダーシーが首を傾げると、グリゼルダはニヤっと口角を上げた


「ベタベタイチャイチャ、こっちが恥ずかしくなってくるような振舞をしているのを見ているとね、この場にいて良いのかな…って気持ちになってくるの」

「ああ…ちょっと判るかも」

「でしょう」

「グリゼルダ様!」


 赤面しながらロッティが怒鳴ると、グリゼルダはわざとらしく肩をすくめた。


「今やここは、俺たちの愛の巣だもんね…」


 フィンリーがドヤ顔で言うと、


「ぴよぴよ…」

訳:[なんだかイカガワシイ響きがあるのです…]


 メイブはじとーッとフィンリーを見た。


「それなら、アタシが立候補してもイイかしら?」


 それまで黙っていたアデリナが、スッと手を上げた。


「どうせ独り身だし、500年ぶりの再出発だしね」


 にんまり笑って、アデリナはダーシーの前に膝立ちした。


「あらためて初めまして、ダーシー。アタシは”覆しの魔女”って呼ばれるアデリナ・オルネラス。ロッティの親友よ。

 『癒しの森』から割と近い、都市国家アウストラリスの繁華街で、占い屋を開いてたの。お店は繁盛してたし、街は賑やかなところで楽しいわよ。

 どうかしら、アタシと一緒に暮らしてみない?」


 ダーシーは無言でアデリナをジッと見つめた。そしてぽつりと、


「私は、親と兄姉を殺したよ」


 その場が一瞬で静まり返った。


「奥様は親じゃないけど…『いたずらっ子の脅威トリックスター』で殺しちゃった」


 とても淡々とした口調だったが、ダーシーの表情かおは複雑な色を浮かべていた。


「『いたずらっ子の脅威トリックスター』で世界中の人達を苦しめたし、私と同じようになればいい、不幸に不平等になればいい、本気で思ったよ。だって、私一人だけ不幸全部押し付けられたみたいに思ったし」

「ダーシー…」


 インフィニスの地でダーシーの闇に触れたロッティは、「それはダーシーのせいじゃないよ!」と言ってあげたかった。しかし喉が詰まったように、その言葉は口を出なかった。

 苦しめられた事実と、無関係の人達を苦しめた罪は、全く別物だから。

 ちらりとメイブを見ると、神妙な表情かおでダーシーを見つめていた。口を挟む気は無いようだ。


「悪い子だよ、私は」

「もう!」


 突然アデリナはダーシーを抱きしめた。


「言っとくけどね、あなたを虐めてきたクソな人間たちと一緒にしないで!アタシはそんな心狭い魔女じゃないわよ!

 死んでいい人間なんていない、ってロッティは言うけど、アタシはいると思うわ!それがまさに、あなたが処分した人間たちよ。

 『いたずらっ子の脅威トリックスター』で迷惑をかけた人たちには、心底から申し訳なく思いなさい。でも、あなたを苦しめてきた人たちには、同情も反省もイラナイ!記憶から抹消しちゃいなさいよ、これから生きていくのに邪魔になるだけだから!」


 アデリナ以外、全員「ほええ…」って引いてしまった。めちゃくちゃな暴論だ。


「アタシはね、ヌガーみたく甘過ぎないけど、ハバネロほどからくはないわ!」


 謎の例えでまくしたててくるアデリナに、ダーシーは目を白黒させた。


「アタシは楽しいことが大好き。嬉しいことも大好き。笑顔が大好きなの。だから、アタシとは、そんな風に暮らしましょ。美味しいものいっぱい食べて、奇麗にオシャレして、出来なかったことを大満喫するのよ!」


 自信満々の顔で断言するアデリナに、ダーシーは初めて小さく笑った。


「そして、あなたのお母様のお墓を暖かい処にたてて、奇麗なお花をいっぱいお供えしようね」


 大きく目を見張ったダーシーは、大粒の涙をいつまでも零した。



* * *



「こんなに小さい子供が、罪の意識に苛まれるのは望まないわ。でも、罪をなかったことにすることもいけない。

 よって、あいだを取って『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力を3分の2、封印しましょう」


 状況を見守っていたグリゼルダは立ち上がった。


「ダーシー・スライ、自分のしたことを自覚して、反省することが出来るのは良いことよ。大いに反省すればいい。でも、反省だけの人生にするのはお止めなさい。アデリナの言うように、楽しく生きること。両立させていけばいい。

 ただ『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力は強すぎて、周囲に迷惑をかけるでしょうね。なので、不用すぎる分は封印する。せいぜいメイブの言葉が判るようになるくらいに弱めるわ。良いわね?」

「はい」


 グリゼルダはダーシーのおでこに人差し指を当てる。

 一瞬強い光が室内を満たし、おでこに涙型の小さな宝石がついていた。


「私以外は解けない封印よ。これで大丈夫」

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