水平線が薄っすらと白み始めた頃、魔女たちの『ヴォルプリエの夜』は終わった。
『ヴォルプリエの夜』は目に見えて変化のあるものではない。魔女たちだけが感じる特別な夜だ。
「あーあ、大暴れしそこねちゃった感」
アデリナは両腕を上げて身体を伸ばした。
「魔法陣経由とはいえ、あれだけ攻撃を連発できたのは間違いなく『ヴォルプリエの夜』のお陰じゃろ」
「あはは、バレてた」
ペロっと舌を出して首をすくめたアデリナに、コンセプシオンはため息をついた。
「まあ、もーちょっと派手に暴れたかった。だって500年ぶりに棺から出てきたんだから」
「頑張って1000年後を楽しみに生きなさい。そうすればまた『ヴォルプリエの夜』の恩恵を楽しめるから」
「はーい」
グリゼルダに緩く宥められて、アデリナは素直に返事をした。
「さてカイザー、『アーティファクト・ダムドカヴェア』をお腹で預かってちょうだい」
「ええええ!まーた拙のお腹を金庫代わりにするう」
「いいじゃない、胃袋大きいんだから」
「いや、フツーに金庫に仕舞えば…」
カイザーが鋭くツッコむが、グリゼルダはスルーする。
「はい、食べちゃって。変化が起こったら吐きだしてちょうだい」
「話聞いてよゼルダ…」
ベソをかきながら、カイザーは『アーティファクト・ダムドカヴェア』を受け取った。
嫌そうに『アーティファクト・ダムドカヴェア』を矯めつ眇めつし、ありえない程大きく口を開ける。
「あーん」
『アーティファクト・ダムドカヴェア』を飲み込んだ。
「カイザーのお腹に入れておけば、蓋を開けようってもの好きは現れないでしょう」
「歩く安全金庫だね」
アデリナはくすくす笑った。
そんな彼女を見て、カイザーは肩を落とした。
「拙ってカワイそー」
「世界の浄化も終わった様ね。さすがロッティ・リントン」
「ロッティと合流しなきゃ!話したいことが500年分あるんだから!」
アデリナは満面の笑みで、両掌を打ち付けた。
* * *
『
魔女たちは必死に戦っている。そう思うと、のんきに寝る気にはなれなかった。しかし穏やかな『癒しの森』の空気は、否応無しに眠気を誘ってくる。レオンにとっては、小さな戦い状態だ。
ちなみに『癒しの森』で暮らすようになって、レオンは寝不足や寝つきの悪さとは無縁になった。
「いかん…」
頭を大きく振って、大きく息を吐きだす。
騎士をしていた頃は、夜勤でも寝ずの番でも問題なくできていた。それを思い出して、情けない
「身体を動かしていないと、すこんと眠ってしまいそうだ。
ううん…、朝ごはん用のパンは仕込んであるし、メイブ殿のクッキー生地も作ってある。スープも作ってあるし…」
みんなが帰ってきたときに出す朝ごはんの用意は、準備万端整っていた。もはや、本を読むしかすることがなかった。
置時計に目を向けると、もう4時を回っていた。
「『ヴォルプリエの夜』が終わったんだな。ロッティたちは大丈夫だろうか…」
そう呟いたとき、
「ただいまー!」
ドアが破壊されるんじゃないかと思うほどの轟音を立てて、ドアが開いてどやどや元気に入ってきた。
「お…、おかえりなさい」
立ち上がったレオンは、目を白黒させた。
「キャー!あなたがレオン卿ね?何よロッティ、すっごくイイ男じゃない。恋愛音痴の癖にこんな美形捕まえちゃうなんて」
「ちょっとアデリナ!恥ずかしいわよもう!」
からかう気満々の笑みを浮かべるアデリナに、赤面のロッティが後ろから抱き着いていた。
「初めましてレオン卿!500年棺に引きこもってた、アデリナ・オルネラスです」
笑顔で手を差し出されて、レオンは勢いのままアデリナの手を握り返す。
「無事復活されたんですね。おめでとうございます。お会いできて光栄です」
「うふふ。詳しい話はまだ聞けてないの。思う存分2人の馴れ初めを教えてね♪」
「は、はい…」
アデリナ・オルネラスのことは、大人びていて落ち着いた物静かな魔女なんだろう。そう想像していただけに、その反対の元気ハツラツなアデリナに、レオンは内心びっくりしまくっていた。
「ぴよぴよー!」
訳:[ただいまなのですー!]
「たっだいまー!」
「おじゃま…します…」
次にメイブ、フィンリー、ダーシーが入ってきた。
「こんな時間なのに、お主ら元気過ぎだのう…」
「若い証拠ね」
「ダヨネー、ゼルダなんてもう」
「おだまり」
コンセプシオン、グリゼルダ、カイザーが続く。
カイザーはグリゼルダに尻を蹴とばされて、豪快に床に倒れた。
(もう入ってくる人…いや、魔女はいない…かな?)
恐る恐る、レオンはドアのほうを見る。
大丈夫そうだった。
ガヤガヤ急に賑やかになったロッティの小屋。もはや眠気も吹っ飛ぶ元気さに満ち溢れている。
レオンは丹念にみんなの様子を見る。
誰か怪我をしてないか、何か悲しいことが起こったりしてないか。何時間も不安と心配に包まれていたが、みんなこうして元気に帰ってきてくれた。
笑顔のロッティとアデリナがいて、元気そうなメイブが囀っている。フィンリーが喜んでいて、コンセプシオンもグリゼルダもカイザーも笑顔だ。
レオンは心の底から笑みが浮かんだ。
「みなさん、おかえりなさい」