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83話:おかえりなさい

 水平線が薄っすらと白み始めた頃、魔女たちの『ヴォルプリエの夜』は終わった。

 『ヴォルプリエの夜』は目に見えて変化のあるものではない。魔女たちだけが感じる特別な夜だ。


「あーあ、大暴れしそこねちゃった感」


 アデリナは両腕を上げて身体を伸ばした。


「魔法陣経由とはいえ、あれだけ攻撃を連発できたのは間違いなく『ヴォルプリエの夜』のお陰じゃろ」

「あはは、バレてた」


 ペロっと舌を出して首をすくめたアデリナに、コンセプシオンはため息をついた。


「まあ、もーちょっと派手に暴れたかった。だって500年ぶりに棺から出てきたんだから」

「頑張って1000年後を楽しみに生きなさい。そうすればまた『ヴォルプリエの夜』の恩恵を楽しめるから」

「はーい」


 グリゼルダに緩く宥められて、アデリナは素直に返事をした。


「さてカイザー、『アーティファクト・ダムドカヴェア』をお腹で預かってちょうだい」

「ええええ!まーた拙のお腹を金庫代わりにするう」

「いいじゃない、胃袋大きいんだから」

「いや、フツーに金庫に仕舞えば…」


 カイザーが鋭くツッコむが、グリゼルダはスルーする。


「はい、食べちゃって。変化が起こったら吐きだしてちょうだい」

「話聞いてよゼルダ…」


 ベソをかきながら、カイザーは『アーティファクト・ダムドカヴェア』を受け取った。

 嫌そうに『アーティファクト・ダムドカヴェア』を矯めつ眇めつし、ありえない程大きく口を開ける。


「あーん」


 『アーティファクト・ダムドカヴェア』を飲み込んだ。


「カイザーのお腹に入れておけば、蓋を開けようってもの好きは現れないでしょう」

「歩く安全金庫だね」


 アデリナはくすくす笑った。

 そんな彼女を見て、カイザーは肩を落とした。


「拙ってカワイそー」

「世界の浄化も終わった様ね。さすがロッティ・リントン」

「ロッティと合流しなきゃ!話したいことが500年分あるんだから!」


 アデリナは満面の笑みで、両掌を打ち付けた。



* * *



 『六花の聖夜りっかのせいや』を迎えた『癒しの森』の小屋では、レオンがうとうとしながらリビングで本を読んでいた。

 魔女たちは必死に戦っている。そう思うと、のんきに寝る気にはなれなかった。しかし穏やかな『癒しの森』の空気は、否応無しに眠気を誘ってくる。レオンにとっては、小さな戦い状態だ。

 ちなみに『癒しの森』で暮らすようになって、レオンは寝不足や寝つきの悪さとは無縁になった。


「いかん…」


 頭を大きく振って、大きく息を吐きだす。

 騎士をしていた頃は、夜勤でも寝ずの番でも問題なくできていた。それを思い出して、情けない表情かおになった。


「身体を動かしていないと、すこんと眠ってしまいそうだ。

 ううん…、朝ごはん用のパンは仕込んであるし、メイブ殿のクッキー生地も作ってある。スープも作ってあるし…」


 みんなが帰ってきたときに出す朝ごはんの用意は、準備万端整っていた。もはや、本を読むしかすることがなかった。

 置時計に目を向けると、もう4時を回っていた。


「『ヴォルプリエの夜』が終わったんだな。ロッティたちは大丈夫だろうか…」


 そう呟いたとき、


「ただいまー!」


 ドアが破壊されるんじゃないかと思うほどの轟音を立てて、ドアが開いてどやどや元気に入ってきた。


「お…、おかえりなさい」


 立ち上がったレオンは、目を白黒させた。


「キャー!あなたがレオン卿ね?何よロッティ、すっごくイイ男じゃない。恋愛音痴の癖にこんな美形捕まえちゃうなんて」

「ちょっとアデリナ!恥ずかしいわよもう!」


 からかう気満々の笑みを浮かべるアデリナに、赤面のロッティが後ろから抱き着いていた。


「初めましてレオン卿!500年棺に引きこもってた、アデリナ・オルネラスです」


 笑顔で手を差し出されて、レオンは勢いのままアデリナの手を握り返す。


「無事復活されたんですね。おめでとうございます。お会いできて光栄です」

「うふふ。詳しい話はまだ聞けてないの。思う存分2人の馴れ初めを教えてね♪」

「は、はい…」


 アデリナ・オルネラスのことは、大人びていて落ち着いた物静かな魔女なんだろう。そう想像していただけに、その反対の元気ハツラツなアデリナに、レオンは内心びっくりしまくっていた。


「ぴよぴよー!」

訳:[ただいまなのですー!]

「たっだいまー!」

「おじゃま…します…」


 次にメイブ、フィンリー、ダーシーが入ってきた。


「こんな時間なのに、お主ら元気過ぎだのう…」

「若い証拠ね」

「ダヨネー、ゼルダなんてもう」

「おだまり」


 コンセプシオン、グリゼルダ、カイザーが続く。

 カイザーはグリゼルダに尻を蹴とばされて、豪快に床に倒れた。


(もう入ってくる人…いや、魔女はいない…かな?)


 恐る恐る、レオンはドアのほうを見る。

 大丈夫そうだった。

 ガヤガヤ急に賑やかになったロッティの小屋。もはや眠気も吹っ飛ぶ元気さに満ち溢れている。

 レオンは丹念にみんなの様子を見る。

 誰か怪我をしてないか、何か悲しいことが起こったりしてないか。何時間も不安と心配に包まれていたが、みんなこうして元気に帰ってきてくれた。

 笑顔のロッティとアデリナがいて、元気そうなメイブが囀っている。フィンリーが喜んでいて、コンセプシオンもグリゼルダもカイザーも笑顔だ。

 レオンは心の底から笑みが浮かんだ。


「みなさん、おかえりなさい」

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