ダーシーは腹の底から絞り出すように、大声で叫んだ。
あまりの気迫に、ロッティは思わず後退る。
「な、なにがダメなの?」
「『
「…平等?」
ロッティは訝しんで、ダーシーの顔を覗き込む。
「世界中の人達を私と同じにすれば、みんなで平等になるの!私だけが不平等なんて絶対おかしいから!だから『
ダーシーは困惑するロッティを激しく睨んだ。
メイブの嘴から吐き出される闇の量が、爆発的に増えた。
(マズイわ…、止まるどころか増えてるなんて)
射殺されるのではないかと思うほど、ダーシーの眼力にロッティは圧倒された。
(こんなに小さな子が、なんて目をしているの…)
900年生きてきた。その中で不幸な子供を数多く見てきている。しかしダーシーのような子供の目は、見たことがなかった。
小さくため息をつき、ロッティはダーシーをよく
(齢は8歳か9歳?痩せすぎてて背丈も小さい。髪の毛は人為的に酷い切られ方をしたのね…。服で隠れて見えないけど、痣とか打撲痕…あるんだろうな…。フィンリーの話だと、虐待されてたっていうし。
腕や脚がヘンな角度になって歪んでる。骨折しても医者に診せてないわね。酷使しながらの自然治癒ってところかしら。身体のバランスがとても悪いわ。
そしてメイブが数日傍に居たはずなのに、心が少しも癒えてなさそう)
メイブは相手の心の状態が診える。そして症状の度合いを見て魔法を使う。
(すぐに癒さなかったのは、時間がかかる程の重傷だったせいかもしれないわ。メイブは慎重に相手の状態を診て判断するから、よほど重いのね)
ギュッと拳を握り、ロッティはダーシーの片頬にそっと手を添えた。
「ちょっとだけ、見せてね」
次の瞬間、重苦しい闇がロッティの身体を突き抜けて行った。
「!?」
耳元で”バチーン”という音がこだました。
闇が粘る様に開けていくと、貴婦人がダーシーを引っ叩いていた。
上等な服を着た男女の子供が、ダーシーを蹴り飛ばしていた。
使用人とおぼしき大人たちが、ダーシーに冷たい態度をとっていた。
黒い闇に浮かぶ様々な赤い口が、ダーシーに向けて罵り吐いていく。
そんなシーンが走馬灯のように、何度も何度も目の前で繰り返されていった。
そして、身分の高そうな男が、使用人らしい女の上に跨っていた。
ダーシーの見ている前で。
「止めなさいよ!」
ロッティは叫んだが、虚しく闇へ吸い込まれた。
泣き叫ぶダーシー、下卑た男のイヤラシイ笑い、必死に抵抗する女。
「ああもう、なんてことかしら!」
一喝して、ハッと目を開いた。いつの間にか現実に引き戻されていて、訝しむダーシーと目が合う。
奥歯を噛みしめ、唇を震わせた。
「これじゃあ、メイブの手にも負えないわね」
そう言って、ロッティはダーシーを抱きしめた。自分のことのように悔しさが込み上げ、涙があふれてくる。ほんの少し闇を覗いただけで、胸が押しつぶされそうだ。
「なに…?」
いきなりのことに、初めてダーシーは動揺を見せた。
大きな目を、不安そうに泳がせる。
「魔法にね、記憶を消すものがあるの。でもね、消したい記憶を一度思い出させながら、一つずつ消していかないとダメなの。そうじゃないと、丸っと全部消えちゃうから。でも今それをしている時間がないの。あまりにも時間のかかる作業だから。
でも記憶ってそう簡単に、奇麗に消し去ることって無理なのよ。万能そうに見えても魔法にも限界ってあるから。ひょんなことでポロっと思い出しちゃうこともある。そうなったら今以上に地獄。一つ思い出せば芋づる式に全部掘り起こしちゃうんだもの」
ギュッと抱きしめる腕に、更に力を込めた。
「こんな理不尽な思いをずっと味わってきて、辛いんだなって私も思う。だけど、見ず知らずの人達を巻き込んで、ダーシーと同じ不幸を味わわせても、あなたは少しも幸せにはならないのよ?」
「そんなことない、リリー言ったよ?平等になったら幸せになれるんだって!」
「あの女はウソを言ったの」
「ウソじゃないよ!」
ロッティは身体を離して、ダーシーの顔をジッと見つめた。
「世界中の人を不幸にしたら、そのあとのことは話してくれた?みんな不幸になったら、そのあとどうするの?」
「え…」
ダーシーは困惑の表情を浮かべた。
「幸せに…」
(『ヴォルプリエの夜』が終わった後は?世界中が不幸に包まれたら、私はどう幸せになるんだろう?
計画が成功して『ヴォルプリエの夜』が終わったら、メイブを酷い目にあわせることしかリリーは話してなかった)
「私は…判んない…どう幸せになるの…」
急に虚しさが心を掠めた。
困惑するダーシーを見つめ、ロッティはその場に膝立をして目線を合わせた。
「一緒に、幸せになる方法を考えようか」
「考える?」
「うん。ダーシーはこれまで辛いこと、悲しいことばかりを経験してきた。でも今からは、楽しいことばかりを経験しないと、それこそ損なんだよ」
か細い両肩に手を置く。
「『
「なら…ないの?」
「ならない。今以上に辛い思いをする。死ぬまでずっとずっとね」
ダーシーは首を横に振り続けた。ゾワッと足元から震えが身体を駆け抜けていく。
「やだ、やだよ!」
大声で喚くダーシーの頭を、ロッティはそっと撫でた。
「よしよし。じゃあ、私と一緒にダーシーが幸せになるための準備をしましょう」
「するっ」
「うん」
ロッティはにっこり笑い、立ち上がった。
「まずは、『
「わ、判った」
すると、メイブの嘴から闇が吐きだされなくなった。
「メイブ、メイブ」
嘴は開いたまま、メイブは硬直したままだった。