目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

76話:聖なる贈り物?

 --- 少し時間を巻き戻したフィアンメッタの工房 ---



 ”創作する魔女”フィアンメッタ・シパーリから大きな袋を預けられたフィンリーは、「よいしょっ」と掛け声とともに背に担いだ。


「あれ、思ったほど重くないや」

「紙で作った程度の重さにしてある。それなら持ち運びやすいだろう」

「うん、ありがとう」


 素直に礼を言うフィンリーに、フィアンメッタはにっこりと笑った。


「これは『アーティファクト・ディアプルガシオン』という特殊な力を秘めた箱だ。これを人里などに空から適当に投げ込め。あとは全自動で位置取りと作業をする」

「ほうほう」

「大きな街なら3,4個は投下したほうがいいだろう。予想以上に『いたずらっ子の脅威トリックスター』の闇の量が多い」

「無人の森とか草原とか、そういう地には必要ない?」

「人間や魔女に向けて解き放たれた闇だから、人間や魔女のいないところには、闇はとどまらずに消えるだろうね」

「そっか。判った」

「『ヴォルプリエの夜』はもう始まっている。あと3時間半ちょい、その間に世界中にくまなくばら撒けよ」


 壁に掛けてある時計をチラリと見て、フィンリーは眉間に皺を寄せた。


「カイザーしゃん次第だね!」

「はっはっはー!拙に任せるがよい」


 ニコニコとカイザーは太鼓判を押す。


「間に合わなかったら、全部カイザーしゃんのせいでいいね」

「ああ、それでよかろう」

「こらこら、キミタチ」


 責任の所在を投げられて、カイザーは慌てて手を払う。


「『ヴォルプリエの夜』の間はずっと闇を吐き続けるだろう。闇を吸収した人間たちは、今頃悪夢に苦しんでいる筈。魔女たちは〈領域〉ドメインを張って無事だろうがな」

「じゃあ、急がないとだね。行こう、カイザーしゃん」

「おうけい」


 カイザーは外に出ると、フィンリーが乗れるくらいの大きさのドラゴンに変じた。

 4枚の翼を持つ、白銀色の鱗が輝く美しい姿だった。翼の羽弁の先が青い。


「ではコンセプシオンさん、フィアンメッタさん、いってきまーす!」

「ああ、張り切ってこい」

「落ちるなよ」


 カイザーはふわりと身体を浮かせ、そして天を目指して飛びたった。

 瞬く間に姿が見えなくなり、フィアンメッタはふと首を傾げる。


「『ディアプルガシオン』をばら撒くだけなら、カイザーだけでよかったんじゃ?ロッティの弟子とはいえ、まだフィンリーにこの状況は危険だろうに」

「あやつはメイブが心配で、じっとしてられんのじゃ。ヘタに動き回って何かあれば、ロッティとメイブが悲しい思いをする。カイザーはフィンリーのフォロー役じゃな。カイザーに乗っていれば、『いたずらっ子の脅威トリックスター』の闇はフィンリーには届かぬ」

「なるほどね。グリゼルダに気に入られているようだな、フィンリーは」

「もう長いこと、魔女の弟子になった人間はおらんかったろう。ロッティが認めた奴だし、きっと嬉しいのじゃないかな」

「かもね。グリゼルダは人間も好きだから」


 人間に比べ、魔女の人口は圧倒的に少ない。魔女なかまが増えるのは喜ばしいことだ。


「さて、私はグリゼルダが注文したもう一つの品を急いで作ろうか」



* * *



 空を飛んでいるので、寒風が正面からバシバシ当たるだろう。そうフィンリーは予想していたから、そよ風程度しか身体に当たってこなくて笑顔になる。


「凄いなあ、快適な乗り心地。風の膜が張ってあるの?カイザーしゃん」

「えー?拙は何もしてないよ。たぶんキミの風の上級精霊ホリー・シルヴェストルがしてくれてるんじゃない?」

「そうだったんだ。ありがとう、風の上級精霊ホリー・シルヴェストル


 礼を言うと、フィンリーの体内でもぞもぞっとした気配があった。


「ははっ、そうみたい」

「さすが上級精霊だね、優秀だ」


 そう言うと、カイザーは高度を下げた。


「街だよ、『ディアプルガシオン』を」

「ホイきたっ」


 フィンリーは抱きかかえた袋から、4つのディアプルガシオンを取り出した。


聖なる贈り物フェリシタサクリをどうぞ!」


 掛け声とともに街へ『ディアプルガシオン』を投げた。

 『ディアプルガシオン』はある程度まで落ちて、宙で停止した。そして白く光りながらくるくる回転を始めると、みるみる周囲の闇を吸い込み始めた。


「へえ…、ああして『いたずらっ子の脅威トリックスター』の闇を吸い込むんだ」

「便利だねえ」

「でもさあ、周辺に漂う闇はああして回収できても、人間たちに滲みこんじゃった闇までしっかり吸い込めてるの?」

「それをやるのは、キミの師匠だよ」

「ええええっ!」

「だから、『ヴォルプリエの夜』の間に早く終わらせないといけないんだよ。『ヴォルプリエの夜』が終わっちゃったら、いくらロッティが優秀な魔女でも、世界中へ『癒し』魔法を拡散させるのは手に余る。『ヴォルプリエの夜』の間に作業できれば、ロッティも楽勝で浄化作業が出来るってもんだ」

「うわあああ、なら、いっそげーカイザーしゃん!」

「ほいほい」


 フィンリーに首の付け根で暴れられて、カイザーは慌ててスピードを上げた。


「待ってってねー師匠、メイブたん!カイザーしゃんが馬車馬のように働くから!」

「えー…、拙は馬車馬なのお…」


 例えが残念過ぎて、なんだかガッカリしたカイザーだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?