「――そうじゃ、奴は
コンセプシオンは掌に浮かべた通信用水晶に向けて、ため息交じりに言った。
「全く、ようやく復活したかと思えば、抜けてるところは相変わらずじゃのアデリナ」
「勢いあまって滑るって、心に隙間風が吹き込むわよね…」
映像は映っていないが、アデリナのガッカリした声が水晶から発せられた。
”創作する魔女”フィアンメッタ・シパーリの工房で待機していると、ロッティから通信が入った。
アデリナ復活の報告と、リリー・キャボットの居場所を訊ねられたのだ。
水晶球の向こう側では、ロッティとアデリナのわちゃわちゃした会話が聞こえ、それで状況は把握できた。
場所も知らず、勢いよく『癒しの森』を出ようとしていたアデリナのことを。
「
「判ってもらえて嬉しいわ」
「バイタリティ溢れている時は、破竹の勢いなのよ!」
「久しぶりすぎて忘れておったが、お前はそういう奴だった…」
生真面目で冷静なロッティと、考えるよりも行動に出るアデリナ。2人が一緒の時に何かあると、それがより顕著に表れた。
対照的だからこそ、2人は仲が良い。
「2人とも、漫才はそのへんにしておけ。時間がないぞ。すでにリリーの計画は発動しておるんだ。
カザイーとフィンリーは、
「そうなんだね、私たちは直ぐにインフィニスへ向かうわ」
「気を付けてな」
「ありがとう!」
通信が切れると、コンセプシオンは背もたれに身を預け、天井に向かって息をついた。
この数日ロッティに助力を求められて、バタバタと走り回って急に疲れがドッと押し寄せてきた。
せっかくの『ヴォルプリエの夜』も、気苦労だけは取り除いてくれないらしい。
「アデリナ、無事復活したようだね」
頭巾を外しながら、フィアンメッタ・シパーリが部屋から出てきた。
ぶっ通しで制作業をしていたのに、まるで疲れを感じさせない笑顔だ。
「ああ、500年経っても相変わらずのドジっ子じゃったがの」
「ははっ、それでこそアデリナだ。――お待たせ、これをグリゼルダに渡してもらえるかな。私も待機組なんでね」
「心得た。しかしこれはなんじゃ?また箱か」
受け取ろうと手を伸ばし、そしてコンセプシオンは「ンぐっ」と一瞬手を引く。
あまりにも精緻で豪奢な細工の施された銀製の箱。宝石箱くらいの大きさだ。あまりに見事過ぎて、触るのを躊躇ってしまった。
「グリゼルダからの特注品『アーティファクト・ダムドカヴェア』。今回の決戦の締めに必要不可欠なんだそうだ」
「ほほう…」
コンセプシオンは箱を受け取り、まじまじと見入る。見た目ほど大して重くなかった。
「して、カイザーとフィンリーは、どんな箱を受け取ったのだ?」
「これ」
フィアンメッタは胸ポケットから小さな正方形の箱を取り出した。ビー玉が入るくらいのサイズである。そして案の定、超微細な彫刻が施されていた。
(こやつ…一体ドコに時間を割いておるんじゃ…)
「『アーティファクト・ディアプルガシオン』、使い方はこうするんだ」
フィアンメッタはコンセプシオンを伴って、工房の外に出た。
「それっ」
空に向かって『アーティファクト・ディアプルガシオン』を放り投げた。
『ディアプルガシオン』は目に見えない
轟轟と物凄い吸収音を轟かせて闇を吸い込んでいる。
「あれ一個で、大体都市国家くらいの規模に広がる闇は吸い込むよ。で、吸い込み完了した『ディアプルガシオン』は、ここにある『
「ふむ。ではカイザーとフィンリーは」
「『ディアプルガシオン』を世界中にばら撒きに行った」
「…大変じゃのう」
「ははっ。カイザーはグリゼルダの使い魔だから、『ヴォルプリエの夜』の影響を受けまくって楽勝だろ」
「違いない」
フィアンメッタとコンセプシオンは、2人が必死に『ディアプルガシオン』をばら撒いている姿を想像して吹き出した。
「それではわらわも、グリゼルダの元へ行ってこよう」
「頼んだ。気を付けてね」
「ああ。またの」
コンセプシオンは足元に移動用魔法陣を描いて飛んだ。
見送ったフィアンメッタは
前日グリゼルダからの通達で、今の現象についてあらかじめ説明されていた。だからあまり驚きはない。
『ディアプルガシオン』に吸収される闇から、悲痛ともいえる感情が皮膚を突き刺すように伝わってくる。
「なんて痛々しい闇なんだろう。ダーシー・スライとかいう人間の子供が受けてきた痛みの全てが、溶け込んでいるんだな。
本来闇とは静寂をもたらす穏やかなものなんだ。なのに闇に不快な特性を持たせてしまったのは人間。あの闇は人間独特の負の感情が渦巻きすぎている。魔女でもあの闇を食らえば、ひとたまりもなさそうだ」
やれやれと頭を振り、フィアンメッタは工房に戻った。