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75話:アーティファクト・ディアプルガシオン

「――そうじゃ、奴は龍穴の中心地点インフィニスにおる」


 コンセプシオンは掌に浮かべた通信用水晶に向けて、ため息交じりに言った。


「全く、ようやく復活したかと思えば、抜けてるところは相変わらずじゃのアデリナ」

「勢いあまって滑るって、心に隙間風が吹き込むわよね…」


 映像は映っていないが、アデリナのガッカリした声が水晶から発せられた。

 ”創作する魔女”フィアンメッタ・シパーリの工房で待機していると、ロッティから通信が入った。

 アデリナ復活の報告と、リリー・キャボットの居場所を訊ねられたのだ。

 水晶球の向こう側では、ロッティとアデリナのわちゃわちゃした会話が聞こえ、それで状況は把握できた。

 場所も知らず、勢いよく『癒しの森』を出ようとしていたアデリナのことを。


ロッティおぬしも苦労するのう」

「判ってもらえて嬉しいわ」

「バイタリティ溢れている時は、破竹の勢いなのよ!」

「久しぶりすぎて忘れておったが、お前はそういう奴だった…」


 生真面目で冷静なロッティと、考えるよりも行動に出るアデリナ。2人が一緒の時に何かあると、それがより顕著に表れた。

 対照的だからこそ、2人は仲が良い。


「2人とも、漫才はそのへんにしておけ。時間がないぞ。すでにリリーの計画は発動しておるんだ。

 カザイーとフィンリーは、フィアンメッタの工房ここを発って世界各地に向かっている。作業は始まっておろう」

「そうなんだね、私たちは直ぐにインフィニスへ向かうわ」

「気を付けてな」

「ありがとう!」


 通信が切れると、コンセプシオンは背もたれに身を預け、天井に向かって息をついた。

 この数日ロッティに助力を求められて、バタバタと走り回って急に疲れがドッと押し寄せてきた。

 せっかくの『ヴォルプリエの夜』も、気苦労だけは取り除いてくれないらしい。


「アデリナ、無事復活したようだね」


 頭巾を外しながら、フィアンメッタ・シパーリが部屋から出てきた。

 ぶっ通しで制作業をしていたのに、まるで疲れを感じさせない笑顔だ。


「ああ、500年経っても相変わらずのドジっ子じゃったがの」

「ははっ、それでこそアデリナだ。――お待たせ、これをグリゼルダに渡してもらえるかな。私も待機組なんでね」

「心得た。しかしこれはなんじゃ?また箱か」


 受け取ろうと手を伸ばし、そしてコンセプシオンは「ンぐっ」と一瞬手を引く。

 あまりにも精緻で豪奢な細工の施された銀製の箱。宝石箱くらいの大きさだ。あまりに見事過ぎて、触るのを躊躇ってしまった。


「グリゼルダからの特注品『アーティファクト・ダムドカヴェア』。今回の決戦の締めに必要不可欠なんだそうだ」

「ほほう…」


 コンセプシオンは箱を受け取り、まじまじと見入る。見た目ほど大して重くなかった。


「して、カイザーとフィンリーは、どんな箱を受け取ったのだ?」

「これ」


 フィアンメッタは胸ポケットから小さな正方形の箱を取り出した。ビー玉が入るくらいのサイズである。そして案の定、超微細な彫刻が施されていた。


(こやつ…一体ドコに時間を割いておるんじゃ…)


「『アーティファクト・ディアプルガシオン』、使い方はこうするんだ」


 フィアンメッタはコンセプシオンを伴って、工房の外に出た。


「それっ」


 空に向かって『アーティファクト・ディアプルガシオン』を放り投げた。

 『ディアプルガシオン』は目に見えない〈領域〉ドメインの壁を突き抜けると、宙に停止して〈領域〉ドメインで押し留められた『いたずらっ子の脅威トリックスター』の闇を吸収し始めた。

 轟轟と物凄い吸収音を轟かせて闇を吸い込んでいる。


「あれ一個で、大体都市国家くらいの規模に広がる闇は吸い込むよ。で、吸い込み完了した『ディアプルガシオン』は、ここにある『何でも捨てるゴミ箱ディストラクションボックス』に転送される」

「ふむ。ではカイザーとフィンリーは」

「『ディアプルガシオン』を世界中にばら撒きに行った」

「…大変じゃのう」

「ははっ。カイザーはグリゼルダの使い魔だから、『ヴォルプリエの夜』の影響を受けまくって楽勝だろ」

「違いない」


 フィアンメッタとコンセプシオンは、2人が必死に『ディアプルガシオン』をばら撒いている姿を想像して吹き出した。


「それではわらわも、グリゼルダの元へ行ってこよう」

「頼んだ。気を付けてね」

「ああ。またの」


 コンセプシオンは足元に移動用魔法陣を描いて飛んだ。

 見送ったフィアンメッタは〈領域〉ドメインごしに見える『いたずらっ子の脅威トリックスター』の闇に、慰めるような視線を向けた。

 前日グリゼルダからの通達で、今の現象についてあらかじめ説明されていた。だからあまり驚きはない。

 『ディアプルガシオン』に吸収される闇から、悲痛ともいえる感情が皮膚を突き刺すように伝わってくる。


「なんて痛々しい闇なんだろう。ダーシー・スライとかいう人間の子供が受けてきた痛みの全てが、溶け込んでいるんだな。

 本来闇とは静寂をもたらす穏やかなものなんだ。なのに闇に不快な特性を持たせてしまったのは人間。あの闇は人間独特の負の感情が渦巻きすぎている。魔女でもあの闇を食らえば、ひとたまりもなさそうだ」


 やれやれと頭を振り、フィアンメッタは工房に戻った。

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