真夜中でも薄っすらと明るい『癒しの森』。そして青白い光を放つ花園は、より輝きを放っていた。
花園を彩るマーガレットやスズランの花からは、青い小さな光が絶えず零れ落ちている。そして地面からも青白い光が湧き出ていた。
『癒しの森』の中で、最も美しく清らかな場所。
花のベッドのある所だ。そして、黒い棺が一つ置かれている。
「アデリナ」
ロッティは棺の蓋に手を這わせる。
常に
「100年前に蓋を開けて以来かな…。さすがにこれは、レオンには見せられない。っていうか、見てほしくない」
そう言って、ロッティは蓋を押し開けた。
棺の中には、あまりにもグロテスクなモノが入っていた。
粘膜を張った蠢く肉の塊。
かつて”覆しの魔女”アデリナ・オルネラスであった肉だ。
そして肉には黒い筋がいくつも絡みついている。
「『魔女の呪い』」
500年前、”不平等を愛する魔女”リリー・キャボットが放った『魔女の呪い』。
『魔女の呪い』は放った魔女の固有魔法の効力も付与される。
リリーの固有魔法は『お菓子を作れる』というもの。一見無害そうな魔法だが、肉の塊からは甘ったるいお菓子が腐ったような腐臭が漂っていた。
強烈に鼻を衝く臭いに、ロッティは顔をしかめた。
ロッティは蓋を全て開けきる。そしてポケットから懐中時計を取り出した。
「時間ね」
針は0時を指した。
すると、ロッティの全身から魔力がブワッと噴き出した。
「わお…、失った魔力が一気に戻って、凄い速さで高まってる…。これが『ヴォルプリエの夜』効果なのね。確かに何でもできちゃいそう」
2年前にチェルシー王女の『魔女の呪い』を祓う儀式で使い切った魔力は、2年間花のベッドで眠り続けることである程度取り戻せた。しかしまだまだ本調子ではなく、魔力も全て取り戻せていなかった。
しかし『ヴォルプリエの夜』効果で全てが一瞬で元に戻った。更には魔力も魔法も効力が上がっていることが、体感できるくらいになっている。
「山の一つや二つ、『
握り拳で物騒なことを言って、ロッティは思わずニヤけた。
「っと、いけない、いけない…つい攻撃的な思考にもなっちゃうわね。これも『ヴォルプリエの夜』効果なのかしら。さて、アデリナ、始めるわよ」
ロッティは取り出した杖を肉塊へ向ける。
「万物を癒す大いなる力を秘める『癒しの森』、夜の闇を照らす偉大なる力を持つ月の精霊、魔女に呪われたこの憐れな魔女に被せし死の息吹を祓いのけ、生の喜びと祝福を授け、今一度大地を舞い踊らせよ!」
杖の先から銀色の光が溢れ、肉塊を光で包み込んだ。
「生憎満月じゃないけど、『ヴォルプリエの夜』効果で魔力が無尽蔵モードじゃない…、2年前とは比べ物にならないわ」
ロッティの身体から杖を通して、アデリナの肉塊に癒しの魔力が急速に流れ込んでいく。失った魔力はすぐに補充されて、ロッティは全く苦になっていない。
やがて、肉塊にまとわりついていた黒い筋が、パラパラと剥がれて銀色の光に飲み込まれて消えていく。そして腐ったお菓子の臭いもどんどん消えていった。
「500年も待たせちゃったわね。あなたに話したいことや聞いて欲しいことが、山ほどあるの。レオンだって紹介したいしね!」
銀色の光はより強まり、辺りを白銀色に染めあげた。
* *
リリーから攻撃を受けて意識を失っていたアデリナは、気が付くとアデリナはアデリナとしての自我を保つことで精いっぱいだった。
自らの身体が黒いコールタールのような状態になっていて、声は出せずネバネバと蠢くだけである。
(ああ…最悪…)
身体を動かそうとすると、全身に刺すような激しい痛みを伴った。
身体が原型を成していないせいで、魔力が体内で暴走していた。
精神を壊さないように、意識を閉じようとした。でも意識は冴えわたって閉じることが出来ない。
(『魔女の呪い』とはこういうものなの)
アデリナは
呪いが祓われるまで、意識を保ったままこの状態が続いていく。それが判り、アデリナの怒りは頂点を突き抜けた。
(”消滅”すら出来ないなんて…。リリー・キャボット、復活したら絶対にぶっ殺す!)
* *
「アデリナ!」
棺の淵に掴まって、ロッティは棺の中に叫んだ。
何度か叫び、アデリナはようやく目を覚ました。
「…ロッティ?」
「そうよ!アデリナ、良かったわ」
目に涙をいっぱい浮かべ、ロッティは泣き笑った。
「助けてくれるって、信じてた」
「ありがとうごめんね、500年もかかっちゃった」
「あらまあ、500年も経ってたの?」
「うん」
「時間の感覚なんて全然なかったから…ああああ!」
「え、どうしたの?」
アデリナはスクッと立ち上がり、
「髪の毛伸び過ぎよ!」
棺の底にとぐろを巻くように長い、自らの黒髪を掴んで叫んだ。
「…えっと…気にするのそこ?」
「当たり前でしょ!アタシのアイデンティティよ!」
「そうだったわね…」
ロッティは薄く笑って、傍に落ちていた巾着袋からハサミを取り出した。
「切ってあげるわ」
「ありがとう」
13歳の姿をするロッティと同じく、アデリナも13歳の姿をしていた。
ロッティとアデリナは同期で、身長も体格も似通っている。
「肩の上よね」
「そうそう」
500年前の時のアデリナの髪型を思い出しながら、ロッティは四苦八苦髪を切った。
「アデリナ、散髪が済んだら、私の小屋で休んでいて。感動の再会劇で積もる話も山ほどあるんだけど、私、行かなきゃいけないところがあるの」
「この、妙に魔力が溢れまくるのと関係ある?」
ロッティは頷く。
「今ね『ヴォルプリエの夜』なの。0時から4時までの短い時間だけど」
「へえ…『ヴォルプリエの夜』…聞いたことがあるような気が…」
「私もアデリナも、体験するのは初めてね。でね、メイブがリリー・キャボットに攫われていて、今日リリーの計画で何かをさせられるかも。いえ、もうさせられてるはず」
「なんですって?」
それまでにこやかだったアデリナの
「助けに行かなきゃならないの。だから、小屋で待っていて」
「イヤよ」
「え?」
「アタシも一緒に行くわ」
「えっ、でもまだ復活したばっかりだし」
「何言ってるの、魔力が溢れまくって、ハイパーモードになってるのがすっごくよく判る状態なのよ?リリー・キャボットをぶっ殺しに行くわ、アタシ」
「ぶっころ…」
髪を切り終え、アデリナは目を閉じ意識を凝らす。
右手にタクトのような杖が現れた。銀製の細工の美しい杖だ。
アデリナが杖を一振りすると、深紅のベルベットのワンピースが身体を包み込んだ。
「さあ、行くわよロッティ!リリー・キャボットをぶっ殺して、メイブを助けましょう!」
「……マジで殺るの」
アデリナから差し出された手を握り、ロッティはふと首を傾げた。
「ねえアデリナ」
「なあに?」
「リリー・キャボットのいる場所、判る?」
「……」
アデリナは固まった。