懐中時計の針が0時を指した。その瞬間、世界に轟音のように時計の鐘が鳴り響いた。
魔女たちにとって1000年に一度の夜の祭典、『ヴォルプリエの夜』の始まりを告げる鐘の音だった。しかしこの鐘の音は、人間には聴こえていない。
「あはははははっ!ついに始まったわ『ヴォルプリエの夜』が!さあ、いくわよダーシー・スライ!」
高笑うリリーの横に立つダーシーの瞳は、暗い闇色に侵食され、小さな赤い光を灯していた。
リリーによって過去の記憶を呼び起こされ、ダーシーの心に噴き溜まっていた闇が限界まで高まっていた。
「ヒヨコ、出番よ。口を大きく開けなさい」
リリーの指先が嘴に触れる。すると、人形のような動きで「パカッ」と嘴が開いた。メイブの意識は戻っていない。
「ダーシー・スライ、あなたの『
ダーシーは無言で両掌に包むように持っていたメイブを、頭上に掲げるようにする。
意識のないメイブは、急にカタカタと身体を振動させた。
「ガ…ガガ…ガガ…ガ…」
ノイズのような不気味な音が、嘴から漏れ出す。
「プ…ロパ…ゲィト…」
メイブの嘴から言葉が発せられた。
すると天に巨大な魔法陣が高速で描かれ、燦然と輝いた。
「プロパ…ゲゲゲ…」
壊れた人形のように、ひたすら言葉を紡ぎ出す。依然意識は戻っていない。
やがてメイブの胸の辺りがぷっくり膨らんだ後、嘴からドバーッと黒いモノが勢いよく噴出した。
それは魔法陣目掛けて飛んでいった。そして魔法陣が黒いモノを吸収すると、噴水のように四方八方に勢いをつけて噴き出した。
「あは、あは、あははははははっ!さあ世界よ、闇に染まりなさい!ダーシーの心で育まれた闇に取り込まれ、人間も魔女も不平等になるがいいわ!
わたくしだけにこんなくだらない魔法を授けるような世界なんて、目障りよ!鬱陶しいのよ!
いっそ、醜く闇に染まればいいわ!」
両手を広げてリリーは嘲笑う。
アルスキールスキン大陸の中心にあるインフィニスの地から、世界中に『
ダーシーが受けてきた10年分の
「幸せな者は不幸に、不幸な者はより不幸に。みんな不幸、みんな不平等、そして平等。
こんなはずじゃなかった?何故こんなめに?どうして私だけ?あいつばかりズルイ?
うふふっ」
リリーは暫く笑った後、天を仰いだ。
「ざまあ!」
* * *
インフィニスの地に一番近い都市国家リデルビューに、『
時間は真夜中の0時過ぎ、人々は寝静まっている。
今日は『
目を楽しませるオーナメントに彩られた街並みや家々、聖夜に振舞われる数々のご馳走。心躍るプレゼント。大人たちは酒を飲み、子供たちは歌う。
目を覚ませば楽しい一日が待っている。
『
闇は夢を見せた。
これまでダーシー・スライが被ってきた数々の辛い出来事を、夢として見せたのだ。
夢の中ではダーシーのことではなく、自分が受けてきたことのように再現された。
味わったことのない苦しみが襲ってくる。痛みが全身を切り裂く。経験したことのない飢餓が胃を締め付ける。狂いそうな悲しみが心臓をわし掴んだ。
人々は魂にまで滲みこんできた苦しみに唸りだす。あまりのことに呻き泣き喚いた。
意識がどんどん黒く染まっていく。
魂が苦しみにのたうち回る。
静かな夜の街に、怨嗟の声が響き渡った。
* * *
『
「ちょっとこれ、グリゼルダ様から通達されてた『
”愛を説く魔女”レティシア・ピニャは、マスカラで伸ばしまくったまつ毛を忙しく瞬いた。
「あたくしの
前日に”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリングから、『魔女の回覧板』でリリー・キャボットがしでかす計画について通達があった。
被害を抑えるために幾人かの魔女を除き、殆どの魔女が待機を命じられている。そして『
もし『
『愛を授ける』固有魔法を持つ”愛を説く魔女”レティシア・ピニャは、『
「それが台無しよ!せっかく今日のために遠征してきたというのに!全くはた迷惑極まりなくてよリリー・キャボット!」
天に向かって大声で吠えた。