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73話:”不平等を愛する魔女”の計画発動

 懐中時計の針が0時を指した。その瞬間、世界に轟音のように時計の鐘が鳴り響いた。

 魔女たちにとって1000年に一度の夜の祭典、『ヴォルプリエの夜』の始まりを告げる鐘の音だった。しかしこの鐘の音は、人間には聴こえていない。


「あはははははっ!ついに始まったわ『ヴォルプリエの夜』が!さあ、いくわよダーシー・スライ!」


 高笑うリリーの横に立つダーシーの瞳は、暗い闇色に侵食され、小さな赤い光を灯していた。表情かおは虚ろになっている。

 リリーによって過去の記憶を呼び起こされ、ダーシーの心に噴き溜まっていた闇が限界まで高まっていた。


「ヒヨコ、出番よ。口を大きく開けなさい」


 リリーの指先が嘴に触れる。すると、人形のような動きで「パカッ」と嘴が開いた。メイブの意識は戻っていない。


「ダーシー・スライ、あなたの『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力をヒヨコの口から飛び出すようにイメージしなさい。そうすれば『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力は、万遍なく世界中に拡散されるわ!」


 ダーシーは無言で両掌に包むように持っていたメイブを、頭上に掲げるようにする。

 意識のないメイブは、急にカタカタと身体を振動させた。


「ガ…ガガ…ガガ…ガ…」


 ノイズのような不気味な音が、嘴から漏れ出す。


「プ…ロパ…ゲィト…」


 メイブの嘴から言葉が発せられた。

 すると天に巨大な魔法陣が高速で描かれ、燦然と輝いた。


「プロパ…ゲゲゲ…」


 壊れた人形のように、ひたすら言葉を紡ぎ出す。依然意識は戻っていない。

 やがてメイブの胸の辺りがぷっくり膨らんだ後、嘴からドバーッと黒いモノが勢いよく噴出した。

 それは魔法陣目掛けて飛んでいった。そして魔法陣が黒いモノを吸収すると、噴水のように四方八方に勢いをつけて噴き出した。


「あは、あは、あははははははっ!さあ世界よ、闇に染まりなさい!ダーシーの心で育まれた闇に取り込まれ、人間も魔女も不平等になるがいいわ!

 わたくしだけにこんなくだらない魔法を授けるような世界なんて、目障りよ!鬱陶しいのよ!

 いっそ、醜く闇に染まればいいわ!」


 両手を広げてリリーは嘲笑う。

 アルスキールスキン大陸の中心にあるインフィニスの地から、世界中に『いたずらっ子の脅威トリックスター』のもたらす昏い闇テネブラが広がる。

 ダーシーが受けてきた10年分の昏い闇テネブラ。痛み、苦しみ、悲しみ、憎しみ、妬み、殺意。それらが溶け合った闇の塊テネブラル


「幸せな者は不幸に、不幸な者はより不幸に。みんな不幸、みんな不平等、そして平等。

 こんなはずじゃなかった?何故こんなめに?どうして私だけ?あいつばかりズルイ?

 うふふっ」


 リリーは暫く笑った後、天を仰いだ。


「ざまあ!」



* * *



 インフィニスの地に一番近い都市国家リデルビューに、『いたずらっ子の脅威トリックスター』の闇が真っ先に舞い降りた。

 時間は真夜中の0時過ぎ、人々は寝静まっている。

 今日は『六花の聖夜りっかのせいや』当日だ。昼夜かけて人々は冬の祭典を祝う日。

 目を楽しませるオーナメントに彩られた街並みや家々、聖夜に振舞われる数々のご馳走。心躍るプレゼント。大人たちは酒を飲み、子供たちは歌う。

 目を覚ませば楽しい一日が待っている。

 『いたずらっ子の脅威トリックスター』の闇は、眠る人々の心に深く深く侵入した。

 闇は夢を見せた。

 これまでダーシー・スライが被ってきた数々の辛い出来事を、夢として見せたのだ。

 夢の中ではダーシーのことではなく、自分が受けてきたことのように再現された。

 味わったことのない苦しみが襲ってくる。痛みが全身を切り裂く。経験したことのない飢餓が胃を締め付ける。狂いそうな悲しみが心臓をわし掴んだ。

 人々は魂にまで滲みこんできた苦しみに唸りだす。あまりのことに呻き泣き喚いた。

 意識がどんどん黒く染まっていく。

 魂が苦しみにのたうち回る。

 静かな夜の街に、怨嗟の声が響き渡った。



* * *



 『いたずらっ子の脅威トリックスター』の勢いはどんどん速度を増して大陸中の空を突き進んだ。そして街や村に降りて人々を蝕んでいく。


「ちょっとこれ、グリゼルダ様から通達されてた『いたずらっ子の脅威トリックスター』とかいう仕業?やあね、『ヴォルプリエの夜』効果で凄い勢いじゃない」


 ”愛を説く魔女”レティシア・ピニャは、マスカラで伸ばしまくったまつ毛を忙しく瞬いた。


「あたくしの〈領域〉ドメインに侵入させませんよ。『ヴォルプリエの夜』のおかげで〈領域〉ドメインの維持は楽勝ですけども。――ンもう、早く寝ちゃいたいのにメンドクサイんだから。何時までコレ、続くのかしら!?」


 前日に”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリングから、『魔女の回覧板』でリリー・キャボットがしでかす計画について通達があった。

 被害を抑えるために幾人かの魔女を除き、殆どの魔女が待機を命じられている。そして『いたずらっ子の脅威トリックスター』の影響を受けないように、〈領域〉ドメインの強化も命じられていた。

 もし『いたずらっ子の脅威トリックスター』に取り込まれることがあれば、命の保証はない、との脅し文句付きで。

 『愛を授ける』固有魔法を持つ”愛を説く魔女”レティシア・ピニャは、『六花の聖夜りっかのせいや』は人間たちに愛を振りまく毎年楽しみにしているビッグイベントだった。


「それが台無しよ!せっかく今日のために遠征してきたというのに!全くはた迷惑極まりなくてよリリー・キャボット!」


 天に向かって大声で吠えた。

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