真っ白なケープに、真っ白なローブ。袖口や裾には、金糸で装飾模様が刺繍されている。儀式用の魔女の伝統衣装だ。
2年前にチェルシー王女にかけられていた『魔女の呪い』を祓う儀式でも着用した。
「身長が伸びたせいかな、裾がちょっと短くなっちゃった」
姿見の鏡の前で、ロッティは映った自分の姿を残念そうに見つめた。
「足首まで見えちゃっていますね。でもそこまで酷い違和感はありませんから、そのままでも大丈夫でしょう」
「まあ、儀式するだけだものね」
肩をすくめるロッティを、レオンは眩し気に見つめた。
「この2年で、背がだいぶ伸びましたね」
「これまでの人生振り返ると、あともう15㎝くらいは伸びるかも」
「それは楽しみです」
魔女は本来外見は成長せず、”発生”したときの姿のままだ。しかし、ロッティのように変化を求める魔女たちは、人間のように外見が成長をする。そして寿命を迎えると、棺に籠って赤子の姿まで戻る。記憶や力は持ったままだ。
そうして人生を新たな姿で生き直し、長い時を生きていく。
ロッティは現在8回目の人生を生きていた。
「500年…。長かったわ、本当に」
鏡の中の自分を食い入るように見つめる。
「日付変更で、即私の体調は戻り、魔力や魔法効果が爆発的に上がる。どんな感じか想像できないけど、そうなったらすぐにアデリナを目覚めさせるわ。そしてメイブのところへ向かわなきゃ」
「私は目覚めたアデリナ殿と、ここで留守番ですね」
「うん。500年ぶりに目覚めるんだから、多分アデリナはぼーっとしちゃってるだろうし。レオンが傍に居てくれると安心だわ」
「はい。しっかりお守りします。ですが」
「うん?」
レオンは苦笑を浮かべて俯く。
「あなたと一緒に、メイブ殿を助けに行きたいのです」
「…ありがとう、レオン。でもごめんね、多分人間にはとても危ない状況になると思う。だから」
「はい」
短く返事をしたレオンは、喉元に出かかった言葉を飲み込む。
「足手まといになる」
レオンもロッティも、あえて避けている言葉だ。本当のことでも、声に出して言われてしまうとキツイ言葉でもある。
超常の力を持つ魔女たちの戦場に、人間であるレオンが紛れ込むのは本当に危険なことだ。そんなレオンを庇いながらでは、ロッティの労力も倍になってしまう。まして、『ヴォルプリエの夜』という特別な日。
邪魔にならないよう、レオンは己の我儘を堪えた。
「きっとみんな疲れて戻ってくるでしょう。温かいお風呂と、美味しい食事を用意して待っていますね」
一緒に戦いに赴くだけが支えることではない。帰る場所で待っていることもまた、支えることなのだから。
穏やかに微笑むレオンに、ロッティは明るく笑んだ。
* * *
「あと6時間で、世界が平等に包まれるわ」
大きな置時計を見ながら、リリーは楽しそうに笑った。
「計画ってドコでやるの?このお屋敷からするの?」
リリーの傍に立ち、ダーシーはリリーを見上げる。
「世界の中心地、アルスキールスキン大陸の中心部にある、インフィニスという地で行うわ。
インフィニスは龍脈の交差する龍穴の地。
あなたの『
「でも『ヴォルプリエの夜』って、魔女にしか効果ないんじゃなかったの?」
「ふふっ。それがね、実は特殊能力を持つ人間や、使い魔なんかにも効果が乗るそうなの。最近知ったんだけどね」
「ふーん。じゃあ成功したようなもんだね」
「ええ。とっても楽しみよ」
* * *
「ぴよお…」
訳:[ついに『ヴォルプリエの夜』が迫ってきちゃったのですよ…]
籠の中に座り込み、メイブは頭を抱えた。
(ダーシーしゃんの心を癒し、リリー・キャボットの手伝いを撤回させるという計画は失敗してしまったのです…。ダーシーしゃんの心の傷は、この短期間で癒すには難しいのです。
少しも説得に応じないし、わたくしめに出来ることはもうありません!
お許しくださいご主人様!役立たずで本当にすみませんなのです!)
メイブは項垂れた。
この数日、ダーシーを必死に説得した。
「ぴよぴよぴよぴよ!」
訳:[リリーがダーシーしゃんにさせようとしていることは、とてもとても悪いことなのです。どうか手を貸すことは止めてほしいのです!]
「世界中の人達を、私と同じようにするだけだよ?みんな不平等になっちゃえば、平等になるもん」
ダーシーは不思議そうに首を傾げた。
「メイブは平等になるの、嫌い?」
「ぴよぴよ」
訳:[そういうことではないのです]
「みんなで仲良く平等になれば、きっと楽しいよ。幸せだって思うよ絶対」
「ぴよ…」
「そんなこと、もうどうでもいいよ。それより見て、ドールハウスっていうんだって。リリーがくれたんだよ」
大きな建物を模したおもちゃをテーブルに置く。
「さすがにメイブは大きくて入らないかな。凄いねこのドールハウスって。可愛いサイズの家具もいっぱい並んでて」
掌に載る小さなテーブルをつまみ、思い思いの場所に置いていく。
夢中になっているダーシーを見つめ、メイブは一生懸命頭を働かせた。しかしダーシーの心を動かせる言葉が見つからなかった。