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70話:リリー・キャボット

 わたくしは、魔女として出来損ない…




 アルスキールスキンという名をつけられた広大な大陸が生まれ、動植物が根付き、そして人間が生まれた。

 人間は男と女がいて繁殖していき、やがて大陸には人間たちが多く溢れた。

 人間が生まれたときと同じく魔女も”発生”した。

 魔女は人間と違って女しかいなかった。しかも16歳くらいの少女の姿で現れたの。動植物や人間のように、幼体って存在しなかった。それに、繁殖もせずまさに”発生”という表現がぴったり。突然現れるんだもの、そうとしか表現しようがないわよね。

 身体の構造は人間の女と変わらない。見た目も変わらない。

 最初に”発生”した魔女は、”原初の大魔女”という通り名を冠するグリゼルダ・バルリング。

 冷めたような金髪と白い肌をした、水色の冷たい瞳をする魔女。

 後に『通らない攻撃はなく突破できない強固な守り』と称される『無敵』の固有魔法を有し、無尽蔵に近い程の魔力を持つ全ての魔女の頂点に立つ存在。

 彼女が”発生”したときは、世界にはまだ魔女は彼女一人。人間の数も指の数で足りるほどしかいなかった。

 寂しさを感じた彼女は、山のような大きな白銀のドラゴンを作って使い魔にした。

 その名はカイザー。

 『水晶と硝子を生み出せる』固有魔法を持ち、魔力量はあるじに匹敵する。

 世界中で人間たちが増え始めると、やがて魔女も少しずつ”発生”し始めた。

 ”創作する魔女”フィアンメッタ・シパーリ。あまり麗しい見た目ではなかったけど、『創造』の固有魔法は秀逸。

 ”壮麗の魔女”ブランディーヌ・ケクラン。彼女の所作や魔法の軌跡があまりにも麗しくて、それが通り名になった。『空間を操る』固有魔法も秀逸。

 ”不平等を愛する魔女”リリー・キャボット。

 わたくしが4番目に”発生”したわ。




 わたくしが”発生”したのは、メルヘンチックなお花畑だった。色とりどりの花が咲き乱れ、まるでキャンデーみたい。

 そしてひどくお腹が空いていたの。そうしたら、突然掌から飴玉が零れ落ちた。

 花畑の色を写し取ったかのように、奇麗な色の飴玉がたくさんたくさん。

 やがて花畑を埋め尽くし、花畑の外にも溢れて行った。辺りはむせ返るほどの甘い匂いに包まれた。

 暫くすると、グリゼルダがやってきた。わたくしがどういう存在なのか、これがどういう現象なのかを教えてくれたわ。

 わたくしは『魔女』という存在で、『お菓子が作れる』という固有魔法を持つ、と。


「はあ!?お菓子が作れてどうするの?」


 呆れてしまって大笑いしたわ。

 だってお菓子作れてどうするの?お菓子屋でも開くの?

 グリゼルダもフィアンメッタもブランディーヌも、如何にも『魔女』らしい秀逸な固有魔法を授かってきたって言うのに!

 わたくしの固有魔法ときたら『お菓子が作れる』?


「ハッ!馬鹿にしているの?」


 ”出来損ない”、そんな言葉が脳裏を埋め尽くした。

 その後”発生”してきた魔女たちの、授かった固有魔法の素晴らしさ。

 中でも”癒しの魔女”ロッティ・リントン!

 『癒しの森』が”発生”させた、『癒し』の固有魔法を持つ魔女。

 たちどころに怪我も病も治してしまう秀逸すぎる魔法。

 ”覆しの魔女”アデリナ・オルネラスは『負の運命を正の運命に軌道修正出来る』とう神業領域の固有魔法。”修学の魔女”トロータ・アストーリは『知識を蓄える』固有魔法。どれも魔女に相応しい固有魔法だわ。

 ”曲解の魔女”コンセプシオン・ルベルティの『全てを曲げることのできる』固有魔法も優秀よ。物理も魔法もあらゆる現象も、全部捻じ曲げて跳ね返してしまうのだから。


「ああ…妬ましいわ…」


 他の魔女たちも『魔女』らしい固有魔法を持っている。

 どうして?どうしてなの?


「何故わたくしだけこんなくだらない魔法なの!」


 それに修得系攻撃魔法も弱いわ!


 魔女としての威厳を見せつけるのに、お菓子作って誰が畏れるのよ!喜ぶのはせいぜい子供くらいじゃない!

 わたくしは誰からも畏れられる、尊敬される魔女がいいの!


「どうせわたくしが出来損ないの、くだらない魔法しか使えない魔女だって、みんな心の中で嘲笑っているのよ!」


 悔しい、胸を張れる魔法がナイなんて!魔女として弱いなんて!


「不平等よね?こんなの平等じゃないわ…。わたくしだけがチンケな魔法で、修得魔法ですら弱いなんて。

 許せないわ。わたくしだけが不平等なんて」


 魔女は世界が生み出す”存在”。わたくしだけが世界にコケにされている。


「全部、滅茶苦茶になればいいんだわ」


 みんな、わたくしと同じように不平等に染まればいいのよ。愛してやるわ、不平等を!

 でもどうすればいいのかしら…。どうやったら世界中を不平等に染められる?

 そう思い、長い時を生きてきた。わたくしの出来る範囲では、手間も時間もかかってしまう。もっと効率良く出来ないものかしらね?




「あら?

 あらあら?

 なあにあの子?人間のくせに、なんて悍ましい力を持っているの?」


 たまたま通りかかった貴族の屋敷から、悍ましい程の力を感じて立ち寄ってみた。


「あの子…化け物なの?」


 凄いなんてものじゃない。

 まだ覚醒していないけど、肉の殻を破って力が外に出たがっている。闇に染まった悍ましい力。覚醒したらきっと、グリゼルダすら凌駕するんじゃないかしら。


「あの力があれば、わたくしの長年の夢も叶えられるわ!」


 確信したわ。この子を使って、全ての人々を、全ての魔女を、不平等にしてあげる。それが出来る!

 子供の心に付け入るのは簡単だもの、すぐ手に入るわ。


「あらあなた、凄い力を持っているんじゃなくって?」


 庭の雑草を抜いているところに話しかけた。

 この子も望んでいる。自分以外の人々の不幸を、不平等になることを、裡に秘める闇の放出を!


「あなたが不幸を願った相手には、あなたが思いつく限りの不幸が具現して襲い掛かる。人間にしては珍しい特殊能力。名前は…そうねえ…『いたずらっ子の脅威トリックスター』よ!

 いいことダーシー・スライ、あなたは今日からわたくしと一緒に『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力を世界中の人々に配ってあげるの。だって、あなただけが不平等。偏った不平等はよくないわ。公平にしなくっちゃ。

 世界もあなたと同じく不平等になるために、『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力を存分にふるいましょうね」

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