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69話:アエテルヌム

 アルスキールスキン大陸の南に位置するルーチェ地方に、広大な地を持つ『癒しの森』。

 世界が誕生したときから『癒しの森』は存在し、長いこと動植物しか暮らしていなかった。やがて『癒しの森』は”癒しの魔女”ロッティ・リントンを”発生”させる。

 『癒しの森』の主は”癒しの魔女”だが、真の主は他に居る。


「あんまりここへは来ないんだけど…久しぶりだね、アエテルヌム」

「うわでっかっ…」


 見上げるその木は、てっぺんが天空に吸い込まれていて見えない。


「極太い幹だなあ…、俺が50人くらい手を繋いでも、囲いきれるかなあ?」

「どうだろうね。50人じゃ足りないかも」


 どっしりと地に根付いている幹は、巨木と言う表現がぴったり合う。


「これね、ヒノキなんだよ」

「もはや何の木状態で、ヒノキと言われても…」

「ふふっ、まあね。『癒しの森』の心臓であり、頭脳でもある。『癒しの森』そのものを指す木。それがアエテルヌム。私を”発生”させたお母さんみたいな存在で、真の主」


 ロッティは幹に手を付け、そして身体を預けた。


「会いに来たの何年ぶりかな。今日はちょっと教えてほしいことがあるの。メイブの核に使った卵を産んだ鳥類しゅぞくについて教えてくれる?」


 アエテルヌムの周囲は静謐さに満ちている。空気も澄んでいて、その場に居るだけで心が安らいだ。

 アエテルヌムはそっと枝を揺らし、声を発しているようには聴こえない。しかしロッティは「うん、うん」と頷いている。


(師匠には声が聴こえてるんかな?俺にはサッパリだけど)


 ロッティの様子を見て、フィンリーは内心驚いていた。


「なるほどね…。畑違いだから全く知らなかったけど、そうだったのね…。教えてくれてありがとう、アエテルヌム」


 ロッティは幹から離れると、アエテルヌムを見上げてにこりと微笑んだ。


「メイブを取り戻したら、また会いに来るわね。――ああ、そうそう。彼ね、私の弟子になった、元人間なの。フィンリー・シャフツベリー、メイブのカレシでもあるんだよ」


 いきなり紹介されて、フィンリーは鯱張った。

 さわ、さわ、と枝を揺らしたアエテルヌムは、枝の一つをフィンリーに伸ばし、頭上に一枚の葉を落とした。


「あ…」


 アエテルヌムを見上げてニッと笑うと、フィンリーは頭上の葉を手に取り口に含んで飲み込んだ。


「へへ、俺も『癒しの森』の家族に認定されました。アエテルヌムの声が聴こえます」

「そう、良かったわ」


 ロッティもニッと笑った。


「アエテルヌムに認められたなら、そのうちフィンリーも癒し魔法が使えるようになってくるわ」

「マジで!?」

「マジで。血止めやかすり傷程度なら治せるようになるわよ」

「おおっ、それは凄いや」

「アエテルヌムが力を分けたからね。『癒しの森』とも魂レベルで繋がれたから、フィンリー自身怪我もしにくくなったはずよ」

「至れり尽くせりですねえ」

「ただの人間相手なら、アエテルヌムは応えないけど。気に入られたみたい」


 フィンリーは手を前にあて、アエテルヌムに向かって優雅に会釈した。


「これからも、よろしくお願いします」



* * *



 小屋に戻ったロッティは、アエテルヌムから聞かされたメイブの鳥類しゅぞくを話した。


小夜啼鳥ピロメラだったのか…」

「コンセプシオン知ってるんだ?」

「ああ。心蕩かすほどの美声を持ち、人間たちに乱獲されて随分数を減らしてな。王侯貴族や上流階級どもが、争って小夜啼鳥ピロメラを手に入れた。今じゃ見ることも囀りを聞くこともほとんどなくなった鳥類しゅぞくじゃ」


 話しているコンセプシオンの表情かおが、不快そうに歪む。


「人間であることが恥ずかしくなりますね」

「ホント…」


 レオンとフィンリーは、申し訳なさを滲ませたため息をついた。


「それでメイブの親はいくじ放棄したのね…。なんだか、納得。したくないけども」

「リリーの計画の詳細は依然判らないが、小夜啼鳥ピロメラが持つ特殊能力は判った。拡散能力じゃ」

「私はメイブの鳥類しゅぞくを知らずにいたのに、リリー・キャボットは知っていたとか、なんかムカつくわ…」


 ロッティはこめかみを引きつらせながら吐き捨てた。


「あれでも一応、お主よりも無駄に長生きしておるからの」

「年の功ってやつね」

「メイブが攫われた原因の一つは判ったが、『ヴォルプリエの夜』に何をしでかすかの謎はそのままじゃの。何を広げたいのかがな」

「そうね。ろくでもないことだけは確か」

「くだらない計画にメイブたんが使われることも判った!ならもう助けに行きましょうよ!」


 ダンッとテーブルを叩いて身を乗り出し、フィンリーはコンセプシオンに顔を突き出した。


「暴れてやりましょう!」

「とは言っても、『魔女の呪い』を使われでもしたら危険じゃぞ」

「コンセプシオンさんの『全てを曲げることのできる』固有魔法って、最強だっていうじゃないですか。『魔女の呪い』だって曲げちゃえますよね?」

「多分出来るだろうが…」

「じゃあ早速!」

「待ちなさい、フィンリー」

「師匠」


 顔を上げ、ロッティはジロリとフィンリーの睨む。


「メイブをすぐにでも助け出したい気持ちは私も同じ。でも、私が本調子じゃないように、メイブも本調子じゃないの。それに計画の全容も判らないし、下手に動いてメイブになにかあったら目も当てられない」

「う…」

「『ヴォルプリエの夜』がくれば私も復活するし、アデリナも復活させられる。リリーのやることを阻止するためにも、色々準備をしておきたい」


 ロッティはテーブルに置いてある水晶球を手前に引き寄せる。


「グリゼルダ様にもお力添えを頼みましょう」




 水晶球でグリゼルダを呼び出したが、水晶球に顔を映したのはカイザーだった。


「あら?カイザーが出た」

「よおロッティ。それにコンセプシオンもいるじゃん。メイブ元気?」


 朗らかに笑うカイザーに、ロッティは小さく息をつく。


「グリゼルダ様は?」

「今風呂入ってる。ゼルダの風呂は長いからねえ、それに風呂中は通信に応えないし。なので拙が代わりに」

「なるほどね…」

「なんか用?」

「ええ。リリー・キャボット絡みで色々あって、グリゼルダ様にお力添えをお願いしたくて」

「ほほう」


 カイザーの美麗な貌に、剣呑な笑みが浮かんだ。


「あのこましゃくれた小娘が、またなにかやらかしたんだな」

「実はね」


 ロッティはかいつまんで経緯を説明する。


「メイブを攫ったのか、度し難いな。よし、ちょっと待ってろ」


 水晶球前から消えたカイザーは、数分して戻ってきた。


「ゼルダ協力するって」

「助かるわ!」

「フィンリーいるかい?」

「おっす」

「んじゃ」


 カイザーは水晶球に触れた。すると、突如水晶球から手が伸びてきて、するりと抜けてロッティの前に立った。


「……」

「『魔女の回覧板』ってこういう使い方出来るって、知らなかっただろう?」

「…知るわけが…」


 コンセプシオンも無言で頷いた。


「まあ出来るの、拙とゼルダだけなんだけどねー」


 カイザーはふふんと笑うと、テーブルから降りた。


「ゼルダからの伝言。『ヴォルプリエの夜』まではリリーに接触しないこと。そしてロッティはアデリナ復活の準備をして、『ヴォルプリエの夜』になったら即儀式をして復活させること。フィンリーは拙と一緒にフィアンメッタのところだ」

「え?」

「作ってもらうものがある。ついでに取説も聞いておこうか」

「ああ…」

「そんじゃ」


 カイザーは呆気に取られているフィンリーを、ひょいっと小脇に抱える。


「あわわっ」


 小屋の外に出ると、カイザーは天を見上げた。


「天井をけよ、『癒しの森』」


 すると木々が揺れて、枝葉で覆っていた天井が開けた。橙色の光が射しこみ、夕闇に染まった空が現れる。


「では行くぞ」


 カイザーの背から4枚の白銀色の翼が生え、軽やかに空に飛びあがった。


「ひええええええっ!?」


 フィンリーの悲鳴が遠ざかり、2人の姿は空のお星さまになって消えた。

 開けっ放しのドアをレオンが閉めて、ロッティとコンセプシオンは尾ひれの長い息をついた。


「相変わらずマイペースじゃの…」

「本当に…」

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