アルスキールスキン大陸の南に位置するルーチェ地方に、広大な地を持つ『癒しの森』。
世界が誕生したときから『癒しの森』は存在し、長いこと動植物しか暮らしていなかった。やがて『癒しの森』は”癒しの魔女”ロッティ・リントンを”発生”させる。
『癒しの森』の主は”癒しの魔女”だが、真の主は他に居る。
「あんまりここへは来ないんだけど…久しぶりだね、アエテルヌム」
「うわでっかっ…」
見上げるその木は、てっぺんが天空に吸い込まれていて見えない。
「極太い幹だなあ…、俺が50人くらい手を繋いでも、囲いきれるかなあ?」
「どうだろうね。50人じゃ足りないかも」
どっしりと地に根付いている幹は、巨木と言う表現がぴったり合う。
「これね、ヒノキなんだよ」
「もはや何の木状態で、ヒノキと言われても…」
「ふふっ、まあね。『癒しの森』の心臓であり、頭脳でもある。『癒しの森』そのものを指す木。それがアエテルヌム。私を”発生”させたお母さんみたいな存在で、真の主」
ロッティは幹に手を付け、そして身体を預けた。
「会いに来たの何年ぶりかな。今日はちょっと教えてほしいことがあるの。メイブの核に使った卵を産んだ
アエテルヌムの周囲は静謐さに満ちている。空気も澄んでいて、その場に居るだけで心が安らいだ。
アエテルヌムはそっと枝を揺らし、声を発しているようには聴こえない。しかしロッティは「うん、うん」と頷いている。
(師匠には声が聴こえてるんかな?俺にはサッパリだけど)
ロッティの様子を見て、フィンリーは内心驚いていた。
「なるほどね…。畑違いだから全く知らなかったけど、そうだったのね…。教えてくれてありがとう、アエテルヌム」
ロッティは幹から離れると、アエテルヌムを見上げてにこりと微笑んだ。
「メイブを取り戻したら、また会いに来るわね。――ああ、そうそう。彼ね、私の弟子になった、元人間なの。フィンリー・シャフツベリー、メイブのカレシでもあるんだよ」
いきなり紹介されて、フィンリーは鯱張った。
さわ、さわ、と枝を揺らしたアエテルヌムは、枝の一つをフィンリーに伸ばし、頭上に一枚の葉を落とした。
「あ…」
アエテルヌムを見上げてニッと笑うと、フィンリーは頭上の葉を手に取り口に含んで飲み込んだ。
「へへ、俺も『癒しの森』の家族に認定されました。アエテルヌムの声が聴こえます」
「そう、良かったわ」
ロッティもニッと笑った。
「アエテルヌムに認められたなら、そのうちフィンリーも癒し魔法が使えるようになってくるわ」
「マジで!?」
「マジで。血止めやかすり傷程度なら治せるようになるわよ」
「おおっ、それは凄いや」
「アエテルヌムが力を分けたからね。『癒しの森』とも魂レベルで繋がれたから、フィンリー自身怪我もしにくくなったはずよ」
「至れり尽くせりですねえ」
「ただの人間相手なら、アエテルヌムは応えないけど。気に入られたみたい」
フィンリーは手を前にあて、アエテルヌムに向かって優雅に会釈した。
「これからも、よろしくお願いします」
* * *
小屋に戻ったロッティは、アエテルヌムから聞かされたメイブの
「
「コンセプシオン知ってるんだ?」
「ああ。心蕩かすほどの美声を持ち、人間たちに乱獲されて随分数を減らしてな。王侯貴族や上流階級どもが、争って
話しているコンセプシオンの
「人間であることが恥ずかしくなりますね」
「ホント…」
レオンとフィンリーは、申し訳なさを滲ませたため息をついた。
「それでメイブの親は
「リリーの計画の詳細は依然判らないが、
「私はメイブの
ロッティはこめかみを引きつらせながら吐き捨てた。
「あれでも一応、お主よりも無駄に長生きしておるからの」
「年の功ってやつね」
「メイブが攫われた原因の一つは判ったが、『ヴォルプリエの夜』に何をしでかすかの謎はそのままじゃの。何を広げたいのかがな」
「そうね。ろくでもないことだけは確か」
「くだらない計画にメイブたんが使われることも判った!ならもう助けに行きましょうよ!」
ダンッとテーブルを叩いて身を乗り出し、フィンリーはコンセプシオンに顔を突き出した。
「暴れてやりましょう!」
「とは言っても、『魔女の呪い』を使われでもしたら危険じゃぞ」
「コンセプシオンさんの『全てを曲げることのできる』固有魔法って、最強だっていうじゃないですか。『魔女の呪い』だって曲げちゃえますよね?」
「多分出来るだろうが…」
「じゃあ早速!」
「待ちなさい、フィンリー」
「師匠」
顔を上げ、ロッティはジロリとフィンリーの睨む。
「メイブをすぐにでも助け出したい気持ちは私も同じ。でも、私が本調子じゃないように、メイブも本調子じゃないの。それに計画の全容も判らないし、下手に動いてメイブになにかあったら目も当てられない」
「う…」
「『ヴォルプリエの夜』がくれば私も復活するし、アデリナも復活させられる。リリーのやることを阻止するためにも、色々準備をしておきたい」
ロッティはテーブルに置いてある水晶球を手前に引き寄せる。
「グリゼルダ様にもお力添えを頼みましょう」
水晶球でグリゼルダを呼び出したが、水晶球に顔を映したのはカイザーだった。
「あら?カイザーが出た」
「よおロッティ。それにコンセプシオンもいるじゃん。メイブ元気?」
朗らかに笑うカイザーに、ロッティは小さく息をつく。
「グリゼルダ様は?」
「今風呂入ってる。ゼルダの風呂は長いからねえ、それに風呂中は通信に応えないし。なので拙が代わりに」
「なるほどね…」
「なんか用?」
「ええ。リリー・キャボット絡みで色々あって、グリゼルダ様にお力添えをお願いしたくて」
「ほほう」
カイザーの美麗な貌に、剣呑な笑みが浮かんだ。
「あのこましゃくれた小娘が、またなにかやらかしたんだな」
「実はね」
ロッティはかいつまんで経緯を説明する。
「メイブを攫ったのか、度し難いな。よし、ちょっと待ってろ」
水晶球前から消えたカイザーは、数分して戻ってきた。
「ゼルダ協力するって」
「助かるわ!」
「フィンリーいるかい?」
「おっす」
「んじゃ」
カイザーは水晶球に触れた。すると、突如水晶球から手が伸びてきて、するりと抜けてロッティの前に立った。
「……」
「『魔女の回覧板』ってこういう使い方出来るって、知らなかっただろう?」
「…知るわけが…」
コンセプシオンも無言で頷いた。
「まあ出来るの、拙とゼルダだけなんだけどねー」
カイザーはふふんと笑うと、テーブルから降りた。
「ゼルダからの伝言。『ヴォルプリエの夜』まではリリーに接触しないこと。そしてロッティはアデリナ復活の準備をして、『ヴォルプリエの夜』になったら即儀式をして復活させること。フィンリーは拙と一緒にフィアンメッタのところだ」
「え?」
「作ってもらうものがある。ついでに取説も聞いておこうか」
「ああ…」
「そんじゃ」
カイザーは呆気に取られているフィンリーを、ひょいっと小脇に抱える。
「あわわっ」
小屋の外に出ると、カイザーは天を見上げた。
「天井を
すると木々が揺れて、枝葉で覆っていた天井が開けた。橙色の光が射しこみ、夕闇に染まった空が現れる。
「では行くぞ」
カイザーの背から4枚の白銀色の翼が生え、軽やかに空に飛びあがった。
「ひええええええっ!?」
フィンリーの悲鳴が遠ざかり、2人の姿は空のお星さまになって消えた。
開けっ放しのドアをレオンが閉めて、ロッティとコンセプシオンは尾ひれの長い息をついた。
「相変わらずマイペースじゃの…」
「本当に…」