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68話:進捗報告

「おかえりなさい、レオン」

「おかえりっすー、団長」

「フィンリー、戻ってたのか」


 レオンはコートを脱いでコートハンガーにかけて、ダイニングテーブルについた。


「コンセプシオン殿は?」

「イメルダに会いに部屋へ行ってるわ」


 イメルダはコンセプシオンのペットのコウモリだ。


「姫様はお元気でしたか?」

「ああ。見違えるほど、御立派になられていた」

「そっかあ。姫様美人だから、きっと婿候補が日々長蛇の列を成しているだろうね」


 ココアのカップをレオンに差し出しながら、フィンリーは「ムフフ」と笑う。


「チェルシー王女は跡取りだから、婿を取ることになるのね」

「そうそう。世界中の高貴な身分の男性陣が、名乗りを上げて殺到してそう」

「フィンリーも上げてみれば?」

「俺はメイブたん一筋です」

「だよね」

「そのメイブ殿について、詳しいことは判ったのか?」

「メイブたんのことっていうか、関係者?みたいな子のことが色々と…」


 薄い青緑色をしたペンギンのような魔法生物ゴーレムを抱きかかえ、フィンリーは力なく溜息を吐きだす。


「メイブたんが捕らわれているのは、ロナガン伯爵っていう貴族の屋敷。んで、そこでは伯爵一家が惨殺された事件が起こったみたい。その首謀者がおそらくリリー・キャボットかもしれない、って推理してる」

「リリーが犯人って動機と根拠は?」

「動機まではまだ不明だけど、使用人の話だと、巨大なジンジャークッキーが一家を殺してたらしい。剣でぶすぶすぶっ刺して、ミンチボール作ってたって」


 ロッティとレオンは顔を見合わせ、そしてフィンリーを見る。


「ジンジャークッキー?あの『六花の聖夜りっかのせいや』で食べるあのクッキー?」

「ウン」

「リリーの固有魔法が『お菓子が作れる』だから…か」

「…ジンジャークッキーが食べられなくなりそうですね」

「団長、繊細だなあ」

「からかうな…」


 思わず頬を染めて、レオンはぷいっと顔をそむけた。


「でもそれだと、リリー犯人説はちょっと弱いかも」

「何故?」

「ジンジャークッキーを作ったのはリリーでも、複数人をミンチボールにするほどの操作が、お菓子に対してできるものなのかしら?

 自分の固有魔法を嫌ってるくらいだから、食べ物の域を超えないんじゃないかな。

 リリーを犯人にするなら、リリーが魔法を使ってミンチボールにしたのよ。ジンジャークッキーっていうのは、使用人の見間違いの可能性のほうが高そう」


 ロッティに否定されて、フィンリーは腕を組んで唸った。


「ジャスパーさん、嘘を言ってるようには思えないんだけどなあ」

「嘘を言ったのではなく、勘違いしていたんじゃない?使用人の立場では覗き見はあるまじき行為だし、巨大化したジンジャークッキーがいたなら驚いたでしょうし。まして殺人現場を目撃したわけでしょ、恐怖で記憶が大混乱しちゃったんじゃないかしら」

「そう言われると…ううむ…」

「それに、ロナガン伯爵一家との繋がりは?」

「それはサッパリ」


 ロッティも腕を組んで首を傾げた。


「リリーの目的も、メイブを何のために?貴族の屋敷を根城に…これは単に拠点を作ったに過ぎないんだろうけど、見えてこないわね」

「フィンリー、他に気にかかっていることはないのか?」

「気にかかって…ああ、小さい女の子のこと」

「女の子?」

「そだ、ねえ師匠、人間が弟子契約もなしに魔法が使えることってあります?」

「え?なに、いきなり」

「いえね、ロナガン伯爵家にメイドと伯爵との間に不義の子がいたそうで、その子が伯爵一家が殺された日から行方不明らしいんですよ」

「へえ…」

「だいぶというか、相当凄惨な目にあわされてたらしくって。そういう子が魔法がいきなり使えるようになる、なんてことがあったら、ナントナク…ね?」


 眉間に力を込めて考え込んだロッティは、やがて小さく頷いた。


「まったく事例がナイわけじゃないかな。昔、魔法とはちょっと違うけど、不思議な力に目覚めた人間が何人かいたわね」

「おお…」

「力の制御が出来なくって、グリゼルダ様に葬られちゃったんだけど」

「わお…」

「詳細は知らないけどね。会ったことないし。『魔女の回覧板』で読んだ程度よ」

「なるほどね」

「気になる女の子が、何かしらの力を持っているって思ってるの?」

「さすがにそこまでは。ただ、リリー・キャボットに関わっているかもしれない、って考えてました」

「虐げられていた女の子をリリーが……、うーん、ダメだわ、考えもつかない」

「デスヨネー」


 ロッティとフィンリーは揃って項垂れた。


「ロッティよ、メイブについてお主が知らんことはないのか?」


 イメルダに会いに行っていたコンセプシオンが戻ってきた。


「メイブについて知らないこと?」

「そうだ」

「えー…」


 ロッティはテーブルを凝視しながら、頭の中を忙しく働かせる。


「メイブについて…」


 もう800年も一緒に暮らしている。メイブを使い魔として作り変えたのは自分だ。

 メイブについて知らないことなどない――筈だ。


「あ」

「あるのか?」

「ある。一個だけ」

「なんだ?」

「メイブの核に使った卵の鳥類しゅぞくについて」

「ほう?」


 『癒しの森』の巣の中に取り残されていた、鳥の小さな卵。それがメイブの核になったものだ。


「どんな鳥なのか気にしたこともなかったし、調べもしなかったから。実は知らないんだわ…」

「調べる方法はあるのか?」

「うん。『癒しの森』に訊けば教えてくれる」

「そうか。なら、メイブの鳥類しゅぞくが判れば、突破口が見えてくるかもしれぬな」


 コンセプシオンは腕を組んで頷いた。


「ちょっと、『癒しの森』に訊いてくるわ」

「あ、俺も一緒に行っていいっすか?」


 フィンリーは慌てて立ち上がった。


「ええ、いいわよ」

「あざっす!」

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