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67話:迷えるレオン

 東の大国メルボーン王国にも、ちらちらと雪が舞い降りていた。

 王都リベロウェルの街並みは『六花の聖夜りっかのせいや』の飾りつけで彩られ、天から降り注ぐ雪で一層化粧を施されていた。


「レオン卿!」


 王城フラワータワーから大声で呼ばれて、レオンはにっこりと微笑んだ。


「お久しぶりですね、”霊剣の魔女”殿」

「2年ぶりかしら?元気そうで良かった!」


 ピンク色の派手な衣装に身を包んだ、”霊剣の魔女”モンクリーフ・アキピテルが軽やかにかけてきた。寒々しい景色の中によく映えている。


「そんな服装で、寒くないんですか?」

「この程度の気温じゃとくに感じないわ。北の方のアディンセル王国とかだと、ちょっと寒いと思うけど」

「そうですか…」


 モンクリーフの露出の多い姿を見て、レオンは内心老婆心のようなため息をついた。風邪でもひいてしまうんじゃないかと、見ているほうが寒くなりそうだ。


「さあさあ姫様がお待ちよ。お会いできるって、ずっと楽しみにしていらしたんだから」




 モンクリーフに案内されて、レオンは王城にある温室に通された。

 大きなガラスの建物の中は、色とりどりの花が咲き乱れ、緑豊かな観葉植物類が生い茂っていた。


「レオン」


 感無量とも聞こえる声は、チェルシー王女だった。


「ご無沙汰をしております、姫様」


 喜色を浮かべ、レオンはその場に跪く。


「跪かなくていいのですよレオン。さあ、こちらへきて座ってくださいな」


 チェルシー王女は手ずから椅子を引く。


「ありがとうございます」


 レオンは立ち上がり、チェルシー王女の示す椅子へ座った。

 向かい側に座ったチェルシー王女を見て、レオンは眩し気に目を細める。

 チェルシー王女は大人の女性へと成長していた。

 美しさにも磨きがかかり、少女の面影が小さくなり、大人としての一面が輝くように全身を包んでいる。

 2年という時間の流れを顕著に感じられて、レオンは嬉しさに笑みを深めた。


「”癒しの魔女”様はお元気ですか?」

「はい。まだ『癒しの森』からは出られませんが、日常生活は普通におくれるくらい回復しております」

「それは本当にようございました。わたくしを助けるために、ご無理をさせてしまって心苦しいのです。

 モンクリーフから聞きました。大切なご親友をお助けするための魔力や『フェニックスの羽根』を、わたくしのために譲ってくださったのだと。

 感謝などと言う言葉では表し尽くせぬほどの恩義を感じております」

「そうですね…。しかし姫様がそのように責任をお感じにならなくていいのです。最大の原因は、そこにおられますから」


 ちらり、とレオンに視線を向けられて、モンクリーフはギクリと硬直した。


「…めっちゃ反省してます…ホントに…」


 情けなく肩を落とすモンクリーフを見て、チェルシー王女とレオンは声を立てて笑った。

 こうしてチェルシー王女の無事な姿を目の当たりに出来て幸いだが、ロッティが居なければメルボーン王国は唯一の後継者を失っていた。

 ロッティが払ってくれた多大な犠牲は、メルボーン王国を窮地から救い、そしてモンクリーフの首も守ってくれていたのだ。


(本当にお元気そうで良かった)




 お茶を飲みながら他愛ないおしゃべりをし、チェルシー王女は一通の書面をレオンに差し出した。


「時間がかかってしまいましたが、頼まれていた”例の件”の報告がやっとできます」

「これは…、ありがとうございます」


 書面を受け取り、レオンは内容に目を通した。


「キャメロン・スキナー、18歳になる青年です。スピアリング公国に住む平民の方で、お母様がグローヴァー男爵家と遠縁にあたるそうなのです」

「やはり血縁の方がいらっしゃいましたか。母君は嫁がれてスピアリング公国に?」

「はい。そのように伺っております」

「そうですか…」


 血縁的には薄いが、レオンと比べればグローヴァー男爵家と縁が深いともいえる。

 レオンは平民の出で、実家は鍛冶屋を営んでいる。

 鍛冶業を継ぐ気がなかったレオンは、街はずれでよく剣術の稽古をしていた。いつか騎士か軍隊に従事したくて。そしてその姿をたまたま見ていたエリアル・グローヴァー前男爵が、レオンの素質を見初めて養子にしたという経緯がある。

 エリアル・グローヴァー前男爵は結婚せず、跡継ぎをもうけなかった。それに跡継ぎを血縁者に求めもしなかった。

 レッドディアー近衛騎士団の団長職に就いていたエリアルは、後を継ぐなら自分の後継として相応しい剣術を持つ者を欲したのだ。グローヴァー男爵家に代々伝わる大剣セオドアの主に相応しい実力。エリアルが重要視したのはそこだけだった。


「本当に全てをお譲りになるのですか?この、キャメロン・スキナー殿に」

「はい。エリアル殿は大剣セオドアに相応しい主をと、私を後継に選んでくださいました。一介の平民でしかない私には、過分なことです。

 騎士に憧れていた幼かった私は、深い考えもなくエリアル殿の申し出に飛びついてしまいました。ですが、本来グローヴァー男爵家を継ぐに相応しいのは、キャメロン・スキナー殿でしょう」

「レオン…」


 2年前、レオンはロッティと共にいるためにレッドディアー近衛騎士団を辞めた。そして身の回りの物をまとめて『癒しの森』に引っ越してしまった。

 その時からグローヴァー男爵家のことをおざなりにしてしまっていたが、チェルシー王女を頼って男爵家の血縁者を探してもらっていた。


「エリアル殿個人は大剣セオドア基準で考えていたようですが、先祖代々の方々を思えば、血縁者に家を継いでほしいと思っている筈です」

「それでは、お話を進めてしまってもよろしいのですね?」

「お願いいたします。私はロッティと共に生きていく道を選びましたから。投げ出すような形でお恥ずかしいですが、何卒よろしくお願いします」

「じゃあ、おねーさまと弟子契約を結ぶ決心がついたの?」


 それまでおとなしく口を噤んでいたモンクリーフが身を乗り出した。


「正直、そこは悩んでいます」


 レオンは紅茶の注がれたカップに視線を落とす。


「ロッティと同じ時間を生きていくためには、弟子契約をするしかないでしょう。しかし、フィンリーのように思い切りをする勇気が持てないのです」

「…まあ、それが普通よ?レオン卿」

「きっとそうでしょうね」


 モンクリーフに苦笑を返して、レオンは席を立つ。

 ロッティの使い魔メイブに一目惚れしたフィンリーは、メイブとずっと一緒に居るために、ロッティと弟子契約をして人間を辞めてしまった。


「今はメイブ殿が誘拐されて大変な時なので、また落ち着いたらじっくり考えようと思っています」

「え?」

「え?」

「え?”霊剣の魔女”殿はご存じなかったのですか?」


 ドコか寒い空気が流れる。


「えっと…回覧板見てないわ…」


 はぁ…、とレオンのため息に、モンクリーフは視線を明後日のほうへ泳がせた。


「実は」


 レオンは現在までの経緯を説明した。


「やーね、また”不平等を愛する魔女”絡みなのぉ?っとに、あの魔女は何気におねーさまに絡むわよね」


 モンクリーフはテーブルに片肘をついて、行儀悪く手に頭を載せた。


「そんなわけで、早くロッティの傍に戻りたい。なので、移動魔法をお願いできますか?”霊剣の魔女”殿」


 書類を胸ポケットに仕舞い込み、レオンはにっこり微笑んだ。



* * *



「ロッティに会っていきますか?」

「いいえ、止めておくわ。おねーさま不調なら、アタシに説教するのも体力消耗させちゃうだろうし」

「説教されるって、心当たりでも?」


 くすっとレオンが笑うと、モンクリーフは顔をしかめた。


「心当たりありすぎて見当もつかないわ」

「そうですか」

「じゃあ戻るわね。またね、レオン卿」

「はい。ありがとうございました」


 モンクリーフは自分の周りに小さく移動用魔法陣を描き、そして帰って行った。

 レオンはお土産にもらったお菓子入りの紙袋を腕に抱いて、暫くその場に留まった。


「魔女との弟子契約…」


 人間には想像もつかない程の、途方もない時間を生きる魔女。そんな魔女と同じ時間を生きるためには、魔女と弟子の契約を結んで、人間であることを捨て去り同じ時間に身を置くしかない。

 フィンリーは頓着することなく人間を辞めてしまった。そしてメイブがフィンリーに同じ姿を望むことがあれば、フィンリーはそれもあっさり受け入れてしまうだろう。


「愛が本物なら、私も同じように受け入れるべきなのだろうか」


 ロッティを愛している心にウソ偽りはない。しかし愛がどのくらい続くものなのか自信がなかった。

 誰かに恋愛感情を抱いたのは、ロッティが初めてなのだ。

 永劫続くものなのか、ある日突然冷めてしまうものなのか。

 弟子契約をしても愛が冷めてしまったとき、人間を捨てたことを激しく後悔しないという保証はない。もしかしたら、ロッティを恨むようなことになるかも。そう考えると安易に決断は下せず、心底臆病になる。

 迷いなく突き進めるフィンリーが、羨ましいと思った。


「今すぐ出せる答えじゃない…」


 レオンは小さくため息をつく。結論を急ぐようなことでもないのだから。


「メイブ殿のことが解決するまでは、考えないようにしよう」


 一つ頷き、レオンはドアを開いた。


「ただいま、ロッティ」

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