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66話:小夜啼鳥

* * *



 かつて『小夜啼鳥ピロメラ』という美しい外見と鳴き声を持つ鳥がたくさんいた。

 その鳴き声はまるでオペラ歌手が歌うように美しく、聴く者の心を蕩けさせ、感動の涙を流させた。

 人間たちはこぞって『小夜啼鳥ピロメラ』を求め、乱獲して所有物にした。

 『小夜啼鳥ピロメラ』を所有することがステイタスになり、特に上流階級の人々の間で人気を博す。

 人間たちの玩具に成り下がった『小夜啼鳥ピロメラ』たちは、次第に種を存続させることにこだわらなくなった。番うことを止めたり、卵を産んでも温めなくなった。


「どうせ人間に捕まって、見世物になるか、喉が嗄れるまで歌わされるだけさ」


 人の言葉に置き換えると、『小夜啼鳥ピロメラ』たちはそんな風に投げやりになっていた。

 『小夜啼鳥ピロメラ』は大きく数を減らし、生存する『小夜啼鳥ピロメラ』は殆ど鳴き声をあげることはなかった。

 何故なら、鳴けば人間に捕まってしまうから。

 こうして『小夜啼鳥ピロメラ』の存在は、人々の中から次第に薄れていく。

 『小夜啼鳥ピロメラ』が持つ、真の力の価値に気付かぬまま…。



* * *



 リリー・キャボットに捕まえられたメイブは、特に何もすることなく、されることもなく、無為な時を過ごしていた。

 故ロナガン伯爵令嬢ヘレンの部屋で、日がなダーシーと過ごしている。

 部屋の中に居れば、縛られることはない。しかし魔法は結界によってほぼ無効化され、ロッティの体調の影響でメイブも本調子ではない。

 『ヴォルプリエの夜』は3日後。


(わたくしめは、何をさせられるのでしょう…)


 リリーは『ヴォルプリエの夜』に壮大な計画があることだけを伝え、具体的にどう実行に移すかは話さなかった。

 それとなくダーシーに訊いてみるものの、ダーシーも詳細は知らされてないそうだ。

 ちらりとダーシーを見ると、何やら玩具箱を漁っていた。


「メイブ、これで遊ぼう」


 ダーシーは大きな木の板と箱を抱えて、メイブの籠の置いてあるテーブルに持ってきた。


「ぴよ」

訳:[双六すごろくですか]


 昔はよくロッティと一緒に遊んだ。

 ”創作の魔女”フィアンメッタ・シパーリ製で、板もコマも、ただの双六すごろくとは思えないほどの豪奢な細工だった。

 あまりにも凄すぎて、もらった当初はロッティと共にゲッソリしたことを思い出す。

 生憎ダーシーが広げた双六すごろくは、木の板に絵の具で粗く描いた質素なものだ。


「これどうやって遊ぶの?メイブ判る?」

「ぴよぴよ」

訳:[判りますよ。まずこの駒をここに置いて]


 メイブは籠から出て、盤の傍に立つ。そして翼振りてぶりで説明した。


「ぴよぴよ、ぴよぴよぴよ」

訳:[このサコロを振って、出た数だけ駒をこのルートに沿って進めていくのです]

「ふんふん」


 物珍しいのか、ダーシーは熱心に説明を聞いていた。


「ねえ、このマークや数字は何?」


 盤上のいたるところに矢印などのマークが書いてある。


「ぴよぴよぴよ」

訳:[この矢印が書いてあるとこに駒が止まったら、数字の分だけ戻るのです]

「え、戻っちゃうの!?」

「ぴよぴよ」

訳:[そうやってゴールまで競争をするのですよ]


 ダーシーは面白そうに微笑んだ。

 子供らしい笑みに、メイブもつられて自然と微笑んだ。




「やったー!メイブに連続で勝ってる」

「ぴ…ぴよ…」


(手は抜いていないのに…何故か負けるのです!)


 メイブは内心発狂した。

 ダーシーはズルはしてないように見えるし、メイブも魔法は使ってない。なのに、メイブは悉く『〇回戻る』のマスに駒が進んでしまうのだ。


「ぴよおお!」

訳:[もっかいやるのです!]

「あははっ、いいよ」


 粘り強く勝負を続けた結果、20戦20敗となり、メイブの全敗になった。


「ぴ…ぴよおお…」

「あー面白かった。たぶん私がズルしたせいだね、メイブが全部負けちゃったのって」

「ぴよ?」

「私が思ったことが実現しちゃうの。メイブに勝ちますようにって、ずっと思ってたから。だからメイブは負けちゃったんだと思う」


 テーブルの上に突っ伏していたメイブは、ダーシーの告白に驚いて起き上がった。


「ぴよぴよ?」

訳:[それはどういうことでしょうか?]

「最近なんかね、思ったことが実現しちゃうの。リリーはそういう特殊な能力だ、って言ってたんだけど」


(特殊能力!?人間の子供が??)


「伯爵様たちが死んじゃった時も、こういう風にすれば”いらなく・・・・”なっちゃうっ、て、そう思ったら実現したんだよ。

 伯爵様たちはずっとずっと、意地悪で不平等を私に押し付けてきてたもんね。だからああなってもしょうがないの。平等なの。

 世の中には私のように、ああいう不平等を押し付けられた人たちがたくさんいるんですって。だからね、私の能力ちからで世界中の人たちを不平等で平等にしてあげるんだよ。私だけが不平等ってよくないもんね」


 うっとりするような目つきになり、ダーシーは満足そうに熱弁していた。


(この子は、支離滅裂なことを言ってる自覚はあるのですか?)


 今更ながらに、メイブはダーシーが怖くなって身を震わせた。


(酷い環境で育って、魂に届くほど心に深い傷を負っていて、…壊れちゃっているのですね。そして特殊能力。それは本当に危険なのです。魔女であるリリー・キャボットが、それが判らないわけがないのですよ!

 このままにしておいたら、善悪の判断すらもう区別がつかなくなり、ダーシーしゃんの心の奥深くにある小さな良心すら失われてしまう)


 傷ついた痛々しい心の隅に、そっと灯る良心。その良心すら失われたら、ダーシーはもう怪物となってしまう。

 あまりにも危険な怪物に。

 人間だけでなく、魔女にも影響を及ぼしかねない怪物と化したとき、”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリングが出てきてしまう。


(グリゼルダ様の御耳に入らないようにしなくちゃなのですよ…。人間と魔女に仇なす存在と認定されたら、ダーシーしゃんは無慈悲に消されてしまう)


 グリゼルダに目をつけられたら最期。

 しかし今ならまだ、間に合う。


(ご主人様に会わせることが出来たら…)


「メイブ」


 急に名前を呼ばれて、メイブはビクっと我に返る。


「メイブは私の力を世界中に広めることが出来るんですって」

「ぴよ?」

訳:[それはどういう?]

「メイブはね、『小夜啼鳥ピロメラ』っていう鳥なんだって。『小夜啼鳥ピロメラ』は私の力を世界中に届ける力を持っているから、だからリリーはメイブ捕まえてきたって言ってたよ」


 一拍置いて、


「ぴよおおおおおおおおおおおおおお!?」

訳:[なんですとおおおおおおおおおおおおおおお!?]


 メイブは絶叫した。


(し、し、知らなかったのですよ、わたくしめの鳥類しゅぞくなんて!!)


 嘴をパカっと開けて、メイブは固まった。


(昔はとても気になったものです。せめて鳥類どこのうまれだろうと知りたくて…。でもご主人様は知らないと仰ってました。わざと伝えなかったわけじゃなく、本当に知らなかったようなのです)


 メイブは卵の時に親鳥から見捨てられ、巣の中に置き去りにされた過去を持つ。

 『癒しの森』の中の、日陰に作られた巣の中で死にかけていた。それを森とロッティが助けてくれて、使い魔として生まれ変わった。

 800年経った今も成鳥せず、ヒヨコの姿のまま。しかし、色々なことが出来るし、ロッティもそのことには一切触れない。

 だからもう鳥類しゅぞくのことは、ずっと気にしていなかった。


(ご主人様の優しさと理解に胡坐をかいていた、わたくしめの落ち度なのですよ…。自分の鳥類しゅぞくが何か、それを調べる手段はきっといくらでもあったはず。それをしなかったばかりに、今更になって世界中が危機になる一端を担わされる羽目になってるのです!

 由々しき事態!これはどうにかこうにかして、ダーシーしゃんの心を変え、リリーの悪行を阻止せねば!)


「ぴよおお…」


 メイブは立ち直ると、頭をぐるぐる思案に廻らせた。


(のんきに双六してる場合じゃなかったのです…。ああ、どうすればよいのでしょう)


「メイブ?」


 テーブルをジッと見つめて考え込んでいるメイブに、ダーシーは不思議そうに首を傾げていた。



* *



 わたくしめは『心を癒す』ことが出来る固有魔法を持っています。

 唄に癒しの効果が含まれていて、聴いた者の心を癒してあげられるのです。

 傷ついて疲れていれば、その疲れを取り除き穏やかにする。

 ご主人様の『癒し』魔法のように、傷をすぐに塞いで痛みも取り除くようなことは出来ません。

 心は肉体と違って実体を持ちません。それゆえに傷を塞ぐのはとても難しいのです。

 傷を完全に塞ぐことは出来ませんが、治癒力を高めてあげることは可能。その人が元気になりたいと思うことが心に反映されて、わたくしめの魔法との相乗効果で傷が塞がっていきます。

 そしてわたくしめの目は、”心の状態”を見ることが出来ます。常人にも魔女にも、心の状態を診ることは出来ません。身体や言動に現れる変化で、感じ取ることしかできないでしょう。

 人の心の形はそれぞれ違います。もこもことした雲のようにふわりとした形、お菓子の形、動物のような形、お金の形を見たこともあります。


 ダーシーしゃんの心は、真っ黒なドロドロなのです。


 スライムのようなプルプルしたものとは違い、ねっとりと粘りつくような不快感の塊。触れたら接着剤のように取れない、そんな感じです。

 でもその奥深くに、ローソクの灯のような形の”良心”がありました。きっとその”良心”が、今のダーシーしゃんを支えてくれているのでしょう。

 魂にまで届いてしまうほどの、深い深い心の傷。あんな傷を持つ人は初めてです。

 もしかしたら、似たような境遇の人がいるかもしれません。ただ、こうしてわたくしめと出会う機会がなく、どこかで辛い思いをしているかもですね…。

 リリー・キャボットの入れ知恵で、ダーシーしゃんは間違った方向へ考えを深めてしまっています。

 なんとしてでも『ヴォルプリエの夜』までに、ダーシーしゃんの考えを正さなくてはいけません。これは、利用されそうなわたくしめの使命なのです!



* *



 ナッツ入りクッキーを抱きしめながら、メイブは明後日の方向へキリッと顔を向ける。決意漲る表情かおだが、実は肝心の作戦までは思いついていない。


(どうやって正せばいいのやら…)


 ダーシーは素直だけど、単純ではないし思慮深い。人間の裏側を嫌でも見て育ってきている。生半可の説得で心が動かされることはなさそうだった。

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