目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

63話:「すぐに作業に取り掛かるわ!」

 フィアンメッタとブランディーヌが帰り、『癒しの森』に静けさが戻った。

 テーブルに突っ伏していたロッティは、お腹が「ぐぅ…」と鳴って顔をあげる。


「心配しててもお腹は空くのね…」


 ”不平等を愛する魔女”に攫われたメイブと、リリーの思惑を探るために出ているフィンリー。

 2人のことが心配で「食欲なんてナイ」と思っていただけに、正直な空腹に苦笑いが漏れた。


「どうぞ」


 ロッティの前に、温かな湯気をくゆらせる皿が置かれた。


「私が作ったから、美味しいかどうか判りませんが…」


 スプーンを差し出しながら、レオンは隣に座る。

 ロッティは無言でスプーンを受け取ると、皿の中身を掬って口に入れた。作る予定だったビーフシチューだ。


「美味しい……本当に、美味しいよ」

「良かった。パンはまだ作れないから、今朝の残りをフレンチトーストにしてみましたよ」


 粉砂糖と蜂蜜がたっぷりかかっていた。

 何か自分で作れればと、レオンはロッティやメイブから料理を習っていた。フィンリーも一緒に習っているが、何故かフィンリーは料理の腕だけは上達しない。逆にレオンは少しずつレパートリーを増やし中だ。


「メイブ、ちゃんとご飯もらえてるかなあ…、お腹空かせてないかな」

「何かをさせるつもりなら、体調を崩させないように、食事は与えていると思います」

「そうだよね」


 柔らかく煮込まれた大きな肉の塊を口に入れる。


「メイブは『心を癒す』固有魔法のほかには、使い魔としての魔法操作、特徴として『癒しの森』と繋がっている。いざとなれば、『癒しの森』から力を引き出すこともできる。でも『癒し』に特化した力だから、リリーの目的がなんであれ、関係ないと思うのよ。

 メイブでなくちゃならない理由が、他に思いつかないわ…」


 考えを巡らせても、どうメイブが必要なのか見当もつかない。


「情けないわ、メイブの主の癖に」

「そんなことをあるじが言っては駄目ですよ。メイブ殿のためにも、自信をもって構えていないと」

「…元騎士団長の秘訣?」

「そうです。弱気な態度は部下を不安にさせますから、鷹揚に振舞っていてください」


 レオンはかつて、メルボーン王国の近衛騎士団の騎士団長をしていた。


「そうだね」


 ロッティは小さく笑って、食べることを再開した。



* * *



「いやあ…すんません、こんな高いコート買ってもらっちゃって」


 毛皮で作られた厚手のコートにくるまれて、フィンリーはほんわか微笑む。


「おぬしに風邪をひかれては、わらわがロッティに叱られる!」


 同じく毛皮のコートに身を包んだコンセプシオンは、頬を赤らめ怒鳴った。

 勢いよくアディンセル王国に戻ったが、日が暮れた国内は驚くほど気温が下がっている。さすがに昼間の格好だと2人とも寒すぎて、慌ててコートを買い込んだ。


「この国の気温をナメておったわ…」


 服屋の店員に金を渡しながら、コンセプシオンはぶつくさと文句を垂れ流していた。

 コンセプシオンはついでに手袋も買った。


「さて、これで防寒装備は整った。トロータを呼んでおいたから、待ち合わせのカフェへ行くぞ」

「はい」




 夜になるとテラス席は使えなくなる。昼間と違い、夜になるとどんなに温かな飲み物でも、客の前に置かれる前に凍ってしまうからだ。

 温かいランプに照らされた店内の一角に、トロータが座って待っていた。

 中央から外れた隅っこ席なので、周りに人は少なかった。


「すまないな、待たせて」

「いいんですよ。それより、メイブちゃんがリリーに攫われたって、ブランディーヌ様から聞きました」

「そうなんですよぅ」


 フィンリーはベソをかきながら座る。


「元気出してフィンリー君!メイブちゃんは頑丈だもの、大丈夫よ」

「見た目はあんなにか弱いヒヨコなのに、頑丈だよねえ…」


 トロータとフィンリーは、ウンウン頷いた。

 あらかじめトロータが注文しておいたのだろう、3人分のココアが運ばれてきて、甘い匂いを漂わせた。

 店員が離れると、コンセプシオンは口を開いた。


「わらわたちが魔力残滓を辿っていったところは、ロナガン伯爵という貴族の屋敷前だった。門にはブランディーヌ製のトラップ魔法が設置され、屋敷にはあらゆる魔法が仕掛けられ要塞化しておった。

 ロナガン伯爵というのは、どういう人物だ?リリーと何故関わり合いを持っているか知らぬか?」


 トロータは大きな丸眼鏡をクイッと押し上げて、神妙な顔つきになった。


「リリーとの関わりは知らないけど、ロナガン伯爵家では、最近酷い事件があったんですよ」

「ほほう?」

「一家惨殺されていたんです。死体が酷い状態で、それが人間だと判別するのが難しい程肉の塊状態になってたって。しかも部屋中いたるところに血文字で”aequalitas”って書かれていたそうです」

aequalitas平等…?」


 コンセプシオンは顔を顰め、フィンリーは肩をすくめた。


「事件発覚後は、もう国中がこの猟奇的な話題で大騒ぎ。だって、人間を肉の塊にするほどって、考えただけでもゾッとするもの」

「その割に、トロータちゃん目が輝いちゃってるよ…」

「えー?そんなことありませんよう。単独犯の手には余るんじゃないかなーって」

「複数犯の犯行?」

「そういう意見が多いですね。女子供には絶対無理かなって。だって、骨もバラバラに砕かれてたって。ホント、文字通り”ミンチボール”にされてたと」


 その状態を想像し、フィンリーは渋面を作った。鮮明に想像できてしまう己の想像力に悲しくなる。


「俺もとは騎士だけど、そんなスプラッタな死体にはお目にかかったことないよ…」

「デスヨネー。王国の騎士団も、地元の警備団も、あまりの光景に吐いたり意識を失ったりする人が続出するくらいの惨状だったみたい」

「そうだろうね…」

「”aequalitas平等”という血文字が引っかかる」


 それまで考え込んでいたコンセプシオンが、ぽつりと呟く。


「”inaequalis不平等”じゃないんだな」


 フィンリーとトロータは顔を見合わせ、そしてコンセプシオンを見た。


「いや、”不平等を愛する魔女”なんて通り名を使っているくらいだから、そう思っただけだ。

 500年前に”覆しの魔女”に喧嘩を仕掛けたのも、不運な運命を背負った人間を、”覆しの魔女”が良い方向へと変えてしまったことにだった。

 正されたせいで、不平等でなくなったことに怒ったくらいだ。”aequalitas”なんて血文字を使うのは、不自然でおかしかろう」

「言われてみると、そうですねー…」


 そう呟き、トロータは「あっ」と口元を押さえた。


「今回の事件で、一人の使用人が姿を消したって聞きました」

「もしかして犯人!?」

「いえ、犯人にするには無理があるみたい。だって、痩せ細った10歳くらいの小さな女の子だそうよ。ロナガン伯爵、伯爵夫人、2人の子供。自分より大きな4人もの人間を、小さな女の子がミンチは無理よね」

「確かに…」


 ううん、と呻いて、3人は口を閉ざした。

 店の入り口のほうにある窓の向こうでは、雪がひらりひらりと舞い降りていた。


「十中八九、ロナガン伯爵一家を殺害したのはリリーだろう。魔法を使えば人間のミンチボールなぞ造作もない。消えた使用人の少女のことは判らぬが、ロナガン伯爵家の屋敷を根城にしているなら間違いなかろう」

「そうね」

「俺は、消えた女の子のことが、ちょっと気になる」

「何故じゃ」


 フィンリーは腕を組んで、ちょっと考え込む風にした。


「直感なんっすけど、その女の子のことを調べると、リリーとの繋がりが見えてきそうに感じるんです。

 根拠は希薄なんだけど、主人が死んだからって、速攻姿を消すのはおかしい。別に盗難の跡があったわけじゃないんでしょ?」

「そういう話は聞いてないわね」

「…ごめん、上手く説明できないんだけど、俺はどうしても消えた女の子が気になっちゃうんだ」


 頬をぽりぽり掻いて、フィンリーはため息をついた。


「こうしてみると、憂いた顔も素敵ね、フィンリー君!」

「ええ…ダメだよトロータちゃん!俺にはメイブたんっていう最愛のレディがいるんだからっ」

「愛でるだけだから、安心して♪」


 わちゃわちゃしだした2人に、コンセプシオンは疲れたようにため息をつく。そして顎に手を添え、フィンリーの意見を思案した。


(これ以上は手掛かりもない。調べてみるか、消えた少女のことを)


「トロータ、頼みたいことがある」

「うん?なに?」

「ロナガン伯爵家に仕えていた使用人たちで、事件の目撃者、或いは消えた女児の行方を知る者とコンタクトを取ってくれ。どうせリリーに屋敷を追い出されている筈。

 アディンセル王国に拠点を置くトロータなら、可能だろう?」

「おっけーい!まっかせて!」


 丸い眼鏡がキラリと光り、トロータは勢いよく立ち上がった。


「すぐに作業に取り掛かるわ!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?