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62話:リリーの固有魔法

「おかえりなさい?」


 出て行って数時間で戻ってきたコンセプシオンとフィンリー、そしてプラス、ブランディーヌが揃って小屋に入ってきてロッティは訝しんだ。


「もうメイブ見つけたの?」

「見つけた。しかしのう…」


 言い淀むコンセプシオンに続き、ブランディーヌがため息を零す。


「リリー・キャボットに捕らわれているようなんです」


 若干の間を空けて、


「あの女狐があああああ!」


 ロッティが噴火した。




 レオンの淹れた紅茶の香気が、リビングにゆったりと揺蕩う。


「落ち着いたか?ロッティ・リントン」

「ええ…。さすがに延々噴火してられるほど、まだ本調子じゃないから…」


 紅茶をズズズーっと啜り、ロッティはコンセプシオンをチラッと見る。


「それにしても、また”不平等を愛する魔女”絡みなの…。つくづく因縁があるわね、あの女狐」


 忌々し気に罵るロッティに、ブランディーヌが頷いた。


「アデリナの時もそうでした。間接的にとはいえ、嫌なえにしですね」

「全くだ。あやつは自分が弱いことを承知で、くだらない奸智を巡らせる天才だ。しかしなんのためにメイブを攫ったのだ?」

「そこが判りません。ロッティに何かしたいのだったら、2年前に動いていれば簡単だったでしょう。まだ本調子ではなくても、ロッティを相手にするのは分が悪い筈」

「え、師匠のほうが強いの?」


 フィンリーが割って入ると、コンセプシオンがにんまりと笑んだ。


「ほとんど使わないようだが、ロッティ・リントンの攻撃魔法はわらわ以上だぞ」

「…そ、それってチョー凄い?」

「チョー凄いな」


 にやにや笑うコンセプシオンと、尊敬の眼差し光線を飛ばしてくるフィンリーを、ロッティはギロリと睨んだ。


「怪我人死人を出すのが嫌だから、攻撃魔法は使わないわよ私は!」

「でも師匠、メイブたんが」

「判ってるけど…」

「ちょっとよろしいですか?」


 スッと手をあげレオンが割り込む。


「どうしたの?レオン」

「メイブ殿の無事も気がかりですが、何故今になって行動を起こしたのか、そこが強く気になります。

 私は『ヴォルプリエの夜』が近いことが関係していると思います。魔女にとって、何かを成し遂げるには最良の日なんでしょう?」


 レオンの指摘に、コンセプシオン、ブランディーヌ、ロッティは「ハッ」となった。


「言われてみれば、『ヴォルプリエの夜』が近いな」

「もうすぐですね」

「何かを計画してて、それでメイブが必要だってことなの?何故メイブを…」


 3人の魔女は揃って腕を組んで唸った。


「フィンリー、メイブ殿が捕らわれている場所が判っているなら、少し探りを入れてみてはどうかな?」

「探り…ですか?」

「うん。場所は貴族の屋敷だと言ってたな。屋敷の主が魔女に明け渡したのか、協力しているのか。その貴族のことを調べると、少しは何か見えてくると思うんだが」

「なるほど、確かに…。俺、戻って調べてきます」


 フィンリーはグッと拳を握り、踵を返した。


「まてフィンリー!わらわも一緒に行く。おそらく魔力残滓で、わらわたちのことも知れてるだろう。襲われる危険がある」

「俺一人でも」

「ダメよフィンリー!」

「師匠…」

「まだ人間だった時の感覚が抜け切れてないからしょうがないけど、どんなに弱い魔女だと言っても、人間よりは遥かに厄介なのよ。魔法を使えるんだからね。相手があの女狐なら尚更、何をしてくるか判らない。二重遭難はごめんよ」


 厳しいロッティの目を見て、フィンリーは小さく頷いた。

 メイブは攫われ、自分にまで何かあったら。ロッティは傷つくし、無理を押して森の外に出てきてしまう。


「判りました」

「よし、行くぞフィンリー」

「おっけい!」


 コンセプシオンの移動魔法で2人は飛んだ。


「ごめんねブランディーヌ、厄介ごとに巻き込んじゃって」

「まあ、何を言うのロッティ」


 ブランディーヌは表情かおを曇らせた。


「500年前、アデリナが襲われた時、私は傍に居たのに助けることができませんでした。そんな役立たずな私が居ても、と思いますが…。でも、力にならせてね」

「私だってそうよ。何が出来たかなんて判らないし。あなたが知らせてくれたから、アデリナのもとへ早く駆け付けられた。

 ありがとう。私、大混乱しててあなたにお礼すら言ってなかった。500年も経って思い出すなんて酷いね」

「ふふっ」


 苦笑するロッティに、ブランディーヌは柔らかく微笑んだ。


「それにしても、『ヴォルプリエの夜』とメイブ……、メイブを攫って何かをさせるメリットってなんだろう。

 メイブは使い魔として優秀だけど、メイブの固有魔法を必要とすることはなさそうだし。極悪魔女の考えなんて、思いつかないわ」


 眉間に人差し指を当てて、ロッティは唸った。


「ロッティ、”不平等を愛する魔女”と親しくしている魔女はいないんですか?」


 レオンに訊ねられ、ロッティとブランディーヌは顔を見合わせる。そして2人とも首を傾げた。


「あの女狐に親しい魔女なんていたかしら?」

「そうですね…」


 考え込んでいたブランディーヌは、優美な仕草で人差し指を立てた。


「親しいと言うと語弊がありそうですが、フィアンメッタなら多少は親交があるはずです」

「”創作する魔女”フィアンメッタ・シパーリかあ」

「彼女をここへ招きましょう。何かお話が訊けるかもしれません」

「そうね」



* * *



 魔女は大抵麗しい乙女の容姿を授かって”発生”してくる。しかし”創作する魔女”フィアンメッタ・シパーリに関しては特別だった。


「相変わらず狭い小屋だね。天井も低い。せっかくブランディーヌがいるんだから、思いっきり広げてもらいなよ」

「あんたがデカイのよ…」


 ロッティはげっそりと唸った。

 フィアンメッタの身長はゆうに2メートルを超え、長身のレオンすら軽く凌駕する。

 更に肩幅も広く大柄で、一見すると筋骨隆々の男性の様だ。そして顔つきは、男女どちらでも通る見た目だった。


「せっかく来たし、色々装飾を施してやろうか」

「ヤメテ!あんたの細工は見事だと思うけど、私の小屋は質素でいいの!」

「そう?欲がないなあ。グリゼルダの城なんて、豪奢すぎて笑えない程凄いぞ。注文が細かくて、何百年経っても作業が終わらないんだ」

「完成する頃には、デザインに飽きているんでしょう…」

「そうなんだ。全くあの我儘はマトモに聞いてるとキリがない。ブランディーヌからも言ってくれよ」

「関わりたくありません」


 ブランディーヌは肩をすくめた。


「それよりフィアンメッタに訊きたいことあるの!」


 ロッティは座って、テーブルをバシバシ叩いて注意を促した。


「なにかな」


 フィアンメッタはロッティの向かい側に座って、かぶっていたスカーフを取った。


「”不平等を愛する魔女”リリー・キャボットについてよ」

「リリーについて?うん、なんだろう」

「メイブがリリーに攫われたの。アイツがメイブを使って何かをする、って推測はできるんだけど、具体的に何をするつもりかは判らない。

 『ヴォルプリエの夜』も近いし、思い当たることナイ?」

「メイブを攫っただと…?」


 フィアンメッタは不快そうに眉を顰める。

 暫く黙りこくって、フィアンメッタは口を開いた。


「お前たちはリリーの固有魔法がどんなだか知ってるか?」

「固有魔法?いいえ」

「存じません」


 ロッティとブランディーヌは、一瞬きょとーんとした。


「意外に知られてないんだが、あいつは自分の固有魔法を心底嫌っていてね。更には魔法の扱いが下手だし、最古参組の割には劣等生だ。

 あいつが”不平等を愛する魔女”なんて捻くれた通り名になったのも、他の魔女たちへの嫉妬ややっかみが原因だ」

「…リリーの固有魔法って、どんな魔法なの?」


 怪訝そうに言うロッティに、フィアンメッタは苦笑した。


「『お菓子が作れる』、というのがリリーの固有魔法だ」


 ロッティとブランディーヌの表情かおが微妙になる。


「滅茶苦茶無害…よね?」

「そう…ですね…」

「リリーは自らの固有魔法を恥と思ってて、こんな魔法を授けた世界を呪ってるんだ」


 リビングがシンっと静まり返った。

 固有魔法は”発生”したときに自動的に授かっている。自ら選べない。


「”原初の大魔女”の固有魔法『通らない攻撃はなく突破できない強固な守り』を始め、私の『創作』の固有魔法やブランディーヌの『空間を自在に変化させる』固有魔法など、最古参組は強力な魔法が多い。

 更にはロッティの『癒しの魔法』のように、魔女や人間から頼られる優秀な魔法を持つ魔女もいっぱいいる。

 そうした魔法と比べてしまうんだよ、リリーは。お菓子なんて作れてもしょうがないってよく喚いてたな」

「比べたってしょうがないじゃない…」

「本当に。それに『お菓子が作れる』なんて、素敵な魔法だと思うのだけど」


 ロッティとブランディーヌを見て、フィアンメッタは表情を和ませた。


「授かった当人にしか判らない悩みだけどね」

「まあね」

「リリーの歪んだ原因は、そこはかともなく見えてきましたけれど、『ヴォルプリエの夜』を前に何をしようとしているのか。メイブを攫った理由が、やはり見えてきませんね」


 ため息交じりのブランディーヌに、ロッティは同意するように頷いた。


「メイブに何をさせようとしているんだろう…。ねえフィアンメッタ、リリーと接触して訊きだせない?」

「多分どの魔女にも会わないだろうね。私がロッティに会いに来ていることも、あいつは知っているだろうから」


 リビングに3人の魔女のため息が、どんより長々と漂った。

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