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61話:厄介なアジト

「遅くなってしまってごめんなさい。なんだか探知魔法が阻害されるの、この辺り特に」

「呼び出してすまない。たぶん、このトラップ魔法を仕掛けた魔女の仕業だろう」


 腕を組んだまま、コンセプシオンは親指を”クイッ”と門へ向けた。


「あれは、…私の作ったトラップ魔法ですね」


 ブランディーヌは優雅な笑みを、不快そうに歪めた。


「それにしても、ここは人間の屋敷の門でしょう。なんて非常識な使い方を…」

「敷地の入口に〈領域〉ドメインを敷いて、あの屋敷も結界魔法で要塞のようだぞ」

「…まあ、本当に。酷いですね」


 〈領域〉ドメインは魔女たちの使う結界魔法の総称。結界の種類は多種多様だ。

 この敷地が魔女の所有物なら問題はなかったが、人間の所有物にブランディーヌ作のトラップ魔法を仕掛けることは禁じられている。

 早速魔法を解除しようと手を伸ばし、ブランディーヌはびくっと肩を震わせ手を止めた。


「どうした?」

「これは…」


 手を引っ込めると、ブランディーヌはコンセプシオンを見る。


「このトラップ魔法を使ったのは、”不平等を愛する魔女”リリー・キャボットです」

「なんじゃとおおおおおおおお!」


 コンセプシオンの叫び声が寒空へ吸い込まれていく。

 考え込んでしまった魔女2人を交互に見て、フィンリーは首を傾げた。


「アデリナちゃんに『魔女の呪い』を使ったって言う魔女?」

「そうだ」

「そうです」


 『魔女の呪い』の言葉に、コンセプシオンの眉が引き攣る。耳にするにはまだイタい言葉のようだ。


「2人でも敵わないの?その魔女に」

「戦闘になれば、コンセプシオンなら楽勝でしょう。なにせコンセプシオンの『全てを曲げることのできる』固有魔法は、最強クラスですから。でも、相手はあのリリーです。何をしてくるか判りません」


 頬に手を添えて、ブランディーヌはため息をつく。


「卑怯、卑劣、粗陋、卑陋はあの女狐のために生まれた言葉だからの。マトモに相手をしようものなら、アデリナの二の舞じゃ」

「チェルシー王女の二の舞、に更新しないのですか?」

「丁寧な言葉づかいで古傷を抉るな!」

「ほほほ。ちゃんと反省しているんですね」

「喧しいわ!」


 顔を顰めるコンセプシオンに、ブランディーヌはクスクス笑った。


「状況が変わった。いったん『癒しの森』へ戻り、ロッティと相談しよう。狡っ辛い魔女相手に正面きっては分が悪い」


 無言で俯くフィンリーの肩に、コンセプシオンはそっと手を置く。


「ああして屋敷を要塞化しているということは、メイブを殺さず何かをさせるためだろう。すぐにどうこうされる心配はない。場所は抑えた、堪えろ」

「……はい」

「戻るぞ」


 コンセプシオンの移動魔法で3人は飛んだ。



* * *



 肌が痛みを感じるほどの冷たい風がそっと吹く。

 美しく舗装された路上に、リリーは軽やかに降り立った。

 地面の一点をジッと見て、にやりと口元を歪める。


「”曲解の魔女”と”壮麗の魔女”と魔女の弟子か…。珍妙な取り合わせですわねえ」


 顎を反らせ、リリーは腰をくねらせた。微かにこの場に残る、魔女たちの魔力痕跡。魔力には個性があるのだ。


「タブン”癒しの魔女”の代理で、使い魔を探しに来たのね。フーン、でもぉ、返してあげないわよ?『ヴォルプリエの夜』が終わるまで。終わったら用済みだから返してあげてもいいけど、ンー、焼き鳥にしちゃおうかなあ」


 メイブが炎に焼かれている姿を想像し、凄絶に表情かおを歪め「あははっ」と笑う。そして、パンッと両掌を打ち付ける。


「そーだ、実験しようかしら?使い魔って魔女と魂で繋がってるんでしょう。使い魔に『魔女の呪い』をかけたら、主の魔女ってどうなるのかしら?結果は誰も知らないものねえ。あの使い魔で実験するのも楽しそうだわ。ナイス思い付きだわあ!ふふふっ」


 ワクワクとした感情が込み上げ、自らの思い付きに大爆笑する。リリーは使い魔を置いていない。


「『魔女の呪い』を祓うことが出来るんだものねえ、”癒しの魔女”は!だったら、もう楽勝でしょう」


 いったん笑いを引っ込めて、リリーは眉間に皺を刻む。


「デスロック山に隠していた、わたくしの『フェニックスの羽根』を奪ったんですものね。グリゼルダを引っ張り出した卑怯な小娘」


 突然”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリングが現れて、肝が冷えるほどの脅しを受けた。そして『フェニックスの羽根』を”癒しの魔女”へ譲ることを、渋々承諾させられたのだ。その時のことを思い出し、腸が煮えくり返る。

 魔女たちの頂点に立つグリゼルダに、逆らえる魔女などいない。

 氷のような水色の瞳に睨まれるだけで、逆らう気など起きなくさせられてしまう。グリゼルダの固有魔法『通らない攻撃はなく突破できない強固な守り』は『無敵』と言われるほど対抗できないのだ。

 グリゼルダが消えた後は、もう怒り心頭で狂ったように暴れた。


「『ヴォルプリエの夜』が終わったら痛めつけてやるわ。前から気に食わない奴だったのよ”癒しの魔女”!自分が特別な魔女みたいな優等生ツラして!」


 リリーは悔しさを踵にこめて、地面を何度も何度も打ち付けた。



* * *



「今帰ったわ。良い子にしていたかしら?2人とも」


 部屋の扉を乱暴に押し広げ、リリーは大股で中に入る。


「おかえりなさい、リリー」


 暖炉の傍に座っていたダーシーが、立ち上がって出迎えた。

 この部屋は、元はロナガン伯爵令嬢が使っていた。今はダーシーに与えている。


(”不平等を愛する魔女”…)


 籠の中でおとなしく座っていたメイブは、リリーを見て首をすくめた。


「2人とも聞いて。屋敷の前に、”曲解の魔女”と”壮麗の魔女”と魔女の弟子がきてたみたいなの」


(フィンリーしゃん!)


 メイブは目を見張った。


「わたくしの魔力残滓を辿ってきたみたいね。それにしても」


 リリーはメイブをチラッと見る。


「使い魔ごときの捜索に、わざわざ”曲解の魔女”と”壮麗の魔女”を引っ張り出すなんて、”癒しの魔女”もエラくなったものじゃない?あんなさかしぶった小娘に使われるなんて、”曲解の魔女”と”壮麗の魔女”も堕ちたもんだわ」

「ぴよぴよ!」

訳:[お黙り卑怯者め!]


 ご主人様ロッティを侮辱されて、メイブは怒鳴った。


「ぴよぴよ言ってて意味がワカンナイわよ。通訳にトロータでも引っ張ってこようかしら」


 リリーは不快そうに顔をしかめた。


「私が通訳出来るよ」


 リリーの傍に立ち、ダーシーは見上げた。


「あら、ヒヨコの言葉が判るの?」

「うん」

「それは凄いわね…。『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力は動物の翻訳まで出来ちゃうとか万能ねえ」


 腕を組んで、リリーは感心したように頷いた。


「まあでもいいわ、翻訳しなくても」

「そう?」

「『ヴォルプリエの夜』が終わったら、実験に使うだけだから」

「実験…?」

「ふふっ。『魔女の呪い』をかけて、”癒しの魔女”がどうなるか観察するの♪」


 ダーシーは怪訝そうに首を傾げたが、


「ぴよぴよ!」

訳:[なんて怖ろしいことを言ってるんですか!]


 メイブは仰天して喚いた。


「ふふふっ。魂でつながる魔女と使い魔、どのくらい影響し合うのかしらねえ。早く試したいわ」

「それって平等なの?」


 不思議そうにダーシーが問うと、リリーは満面の笑みで首を縦に振った。


「主と使い魔が、同じ状態になるのよ、きっと。これって素晴らしい程に平等だわ」

「…そうなんだ。平等なのは良いことだね」

「でしょ。『ヴォルプリエの夜』が終わっても、新しい楽しみがまだ待ってるわ」


 ご機嫌で高笑いするリリーを仰ぎ見て、そしてメイブを見る。

 ワナワナと怒りで震えるメイブに、ダーシーは頭をそっと撫でた。


「平等になれるなら、良いことだよ?」


 しかしメイブは何も言わなかった。

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