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55話:かどわかされたメイブ

 人気のナイ路地裏に駆けてきたフィンリーは、懐から杖を取り出した。

 銀で出来たタクトのような杖には、見事な美しい装飾が施されている。”創作する魔女”フィアンメッタ・シパーリ製だ。


「よーし、移動魔法で『癒しの森』へ戻るよメイブたん!」

「ぴよ!」


 フィンリーは地面にたどたどしく、魔力で魔法陣を描いていく。

 2年前に”癒しの魔女”と弟子契約をしたことで、元人間だったフィンリーには魔力が宿り始めた。そして魔法が使えるようになっていた。


「おし、飛ぶよ!」


 最後の円を描き切り、フィンリーは移動魔法を発動させた。

 白い柔らかな光を残して、フィンリーとメイブは空気に溶けるように消えた。




 柔らかな草の感触を靴裏に感じ、フィンリーは目を開く。

 『癒しの森』に無事到着していた。


「へへ、移動魔法はもう使いこなせた感じかな。どうだい、メイブたん!」


 得意げに言って肩を見る。しかし、そこにとまっていたはずのメイブが姿を消していた。


「…え…、メイブたん?」


 辺りをきょろきょろと見回すが、青緑色の空間に黄色いヒヨコの姿はなかった。


「まさか…俺…失敗して、メイブたんだけドコかに飛ばしちゃってる…?」


 美麗な貌を青ざめさせ、フィンリーは片手で額を押さえる。


「どうしよう…メイブたん…どうしよう!」


 フィンリーは振り絞るような悲鳴を上げて、慌てて駆けだした。



* * *



「ぴよっ」


 いきなり石畳の上に落ちて、メイブはコロコロと転がった。


「ぴよぉ…」


 些か身体を打ち付けて、痛みのために身体が震える。それを我慢して身を起こし、メイブは目をすがめた。


「ぴよ?」

訳:[フィンリーしゃん?]


 しかし返事はなく、辺りはシンっと静まり返っている。

 メイブは立ち上がって、頭を上に大きく仰け反らせた。

 それは大きな聳え立つ鉄の門。どこかの屋敷の門のようだ。


(フィンリーしゃんと一緒に移動魔法で飛んだはずなのですが、わたくしめだけ弾かれてしまった…?イエイエ、いくらなんでもそれは難しいのです。

 移動魔法は魔法の初歩の初歩、フィンリーしゃんでも失敗することはさすがにありません。まして弾くなど、高等技が使えるはずもなく…)


 魔女の弟子となったフィンリーは、半年ほどで魔力が体内で生成されるようになった。そして生活魔法を中心に、簡単な魔法が扱えるようになっていた。

 生活や強化魔法はメイブが師匠となって教えていた。フィンリーは驚くほどセンスが良く、すぐに吸収して使いこなしてしまった。


(移動魔法はご主人様が教えていたし、欠伸をしながらでもフィンリーしゃんには扱えます。それなのに)


 メイブは立ち上がって、ぽてぽて歩く。


(この寒さからすると、まだアディンセル王国内なのでしょうが…。一体ここは、どこなのでしょう)


 まだ夕刻には早く、空は青く晴れているのに、何故かこの屋敷周辺は薄暗く感じる。


「あっははー、ちゃんとヒヨコだけ分けてこっちに飛ばせたわ。さすがは、わたくしといったところネ」

「ぴよ」


 後ろを振り向き、メイブは仰天した。


(”不平等を愛する魔女”リリー・キャボット!!)


 見上げた先に、凄みを増した笑みを浮かべるリリー・キャボットの顔があった。


(なんでこの魔女が、なんでなんで!?)


 メイブは知らず知らず後ろにさがった。

 大きく前をはだけた格好は寒そうで、この気温でお腹が冷えそうである。


「はぁい、”癒しの魔女”の使い魔。あんたを捕らえるのが、こーんなに簡単だなんてね。あの人間上がりの弟子の魔法のお陰かしら。もし”癒しの魔女”が発動してたら、さすがに横からかっ攫うのは難しかったもんねえ」


(こいつの仕業だったのですね!)


「もうすぐ『ヴォルプリエの夜』が来るって知ってる?わたくし、『ヴォルプリエの夜』に壮大な計画を企てているの。その計画を成功させるために、どうしてもオマエの持つ力が必要。

 貸してくれと言っても貸してくれないだろうから、誘拐させてもらうわね」

「ぴよぴよぴよ!」

訳:[フザケないでください”不平等を愛する魔女”!今すぐわたくしめをご主人様の元へ返してください!]

「何を言ってるかワカンナイわよ、グリゼルダじゃあるまいし」


 リリーは不快そうに口元を歪め、つま先でメイブを蹴り飛ばした。


「ぴよおお」


 メイブは石畳の上に、跳ねてコロコロと転がった。


「黙ってなさい、鬱陶しい!」


 リリーは俯せに倒れて意識を失っているメイブをつまみ上げた。


「さて、『ヴォルプリエの夜』まで監禁しておかなくっちゃ。ダーシーに見張らせておきましょ」


 ふふっと笑うと、リリーは鉄の門を押し開いて敷地に入っていった。



* * *



 山と盛られたドーナツを前に、ダーシーは手を付けずぼんやりとしていた。


「あら、美味しくなかった?わたくし特製ドーナツなのだけど」


 薄暗いダイニングルームに、リリーが入ってきた。

 リリーはダーシーの傍まで足取り軽く近づいた。そしてピンクのチョコレートでコーティングされたドーナツをつまんで、ダーシーの口元へ持っていく。しかしダーシーはゆるゆると首を横に振った。


「そっ」


 リリーはこだわらずにドーナツを皿に戻し、もう片方の手にしていたメイブをダーシーの前に放り投げた。

 テーブルの上に転がされたメイブを見て、ダーシーの表情かおがぴくりと動く。


「そのヒヨコこそ、あなたの『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力を、世界中に振りまくために必要な『小夜啼鳥ピロメラ』。まだヒヨコの姿をしているけど800年くらい生きてるはずだから、多分大丈夫でしょ」

「『小夜啼鳥ピロメラ』…」

「そう、『小夜啼鳥ピロメラ』は鳴き声を世界中に拡散させる能力を秘めてるの。そのせいか『小夜啼鳥ピロメラ』が鳴いてるところを耳にする機会は、殆どナイって言われてるわ。弁えてるのかナンナノか。

 これで、『ヴォルプリエの夜』を迎える準備が出来たわ。あなたの『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力と『小夜啼鳥ピロメラ』の力で、世界中が不平等で彩られる。ああ…愉しみだわ」


 リリーは下卑た笑いを顔に浮かべ、恍惚とした瞳を窓の外へ向けた。

 ダーシーは気を失っているメイブを両手で拾い上げ、小さな頭を指先でそっと撫でた。

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