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54話:『ヴォルプリエの夜』

「メイブ、可愛いマフラーと帽子をつけているのね。とても似合っていますよ」

「ぴよ、ぴよぴよ!」

訳:[今日のために、ご主人様が作ってくださいました!]


 メイブは嬉しそうに左右の翼をバタバタさせた。


「師匠お手製で、俺と色違いのお揃いなんですよ」


 メイブは赤、フィンリーは白。アディンセル王国へ来る前に、ロッティが大急ぎで作ってくれたものだ。


「そうなのですね。良かったわね、2人とも」


 ブランディーヌの微笑みは、光でも零れ落ちそうなほど眩しい。フィンリーは思わず目を瞬いた。


「2年ぶりですね。あの時は、俺と団長の部屋のために拡張してくださり、ありがとうございました。お陰でとても快適です」

「それはよかったわ。なにせ、ロッティとメイブに新しく家族が増えたんだもの、お手伝いさせていただけて嬉しかったわ」

「『空間を自在に変化させる』って魔法、ホント凄いですよね。って、すみません、こちらの席にどうぞ」


 フィンリーは慌てて立ち上がり、立ったままのブランディーヌの為に空いてる椅子をひいた。


「ありがとう」


 ブランディーヌは優雅に座る。フィンリーは給仕を呼んで、ブランディーヌのための紅茶を注文した。


「2人はトロータに会いに来ているのですか?」

「ええ、『フェニックスの羽根』の情報をもらって。――生憎まがい物だったけど」

「しゅん…」

「…”覆しの魔女”のため、ですね」

「はい。師匠に代わって」


 運ばれてきた紅茶を、ブランディーヌは優雅に口元に運ぶ。


「もうじき『ヴォルプリエの夜』が来ることは知っていますか?」


 メイブ、フィンリー、トロータは揃って首を傾げた。


「フィンリーはともかく、メイブとトロータも、今回初めて経験することになるから、知らないのも当然でしたね」


 すぐに冷めてしまったティーカップを、繊細で美しい指がふちをそっとなぞる。ブランディーヌは少しだけ首を傾げる仕草をした。


「1000年に一度訪れる『ヴォルプリエの夜』という日があります。この日は魔女にとって特別な夜。普段ではあり得ない程の魔力が解放され、出来ないことはないと言われています。魔力の上限に天井がなくなるのです。

 そして魔法の威力も同じように跳ね上がり、『ヴォルプリエの夜』に『魔女の呪い』を祓う儀式をすれば、『フェニックスの羽根』は必要なくなるでしょう。ロッティの魔法のみで祓えてしまいます」

「ぴよ!」

訳:[ナント!]

「そりゃ凄い!」


 メイブとフィンリーは勢いよく立ち上がった。


「ねえブランディーヌ様、ロッティちゃんにそのことを、話してあげなかったんですか?」


 ブランディーヌは否定するように首を振る。


「もちろん話しましたよ。ですが、一日も早く親友を助けたいと思って、忘れてしまっているようですね。500年も前のことですから」

「でも今回はもうすぐだ!」


 テーブルを両手でバンッと叩き、フィンリーは身を乗り出した。


「ぴよぴよぴよ!」

訳:[今すぐご主人様へお知らせしなければ!]

「そうだねメイブたん!」


 フィンリーはポケットから小銭を取り出し、テーブルの上に置いた。


「俺たちお先に失礼します!」

「ぴよ!」


 ブランディーヌとトロータの返事も待たず、フィンリーとメイブは駆けて行ってしまった。


「…なんとも元気ですね」

「あはは…」


 もう姿も見えなくなった2人に、ブランディーヌは面白そうに微笑んだ。


「アデリナちゃんがリリー・キャボットから『魔女の呪い』を受けたとき、ブランディーヌ様はその場に居合わせたんですよね?」

「ええ」

「一体何があったんですか?詳細は知らされてなくって」


 おっかなびっくり伺ってくるトロータを、ブランディーヌは静かに見つめた。


「私はアデリナに依頼されて、彼女のお店を訪れていました。店内をもう少し広くしたいと相談を受けて。

 世間話を混ぜながら具体的な話をしていたときに、突然リリーが現れたのです」


 南のルーチェ地方にある都市国家アウストラリスに、”覆しの魔女”アデリナ・オルネラスの占い店があった。

 アデリナはロッティやトロータとは同期で、人間が大好きな魔女だった。そして『負の運命を正の運命に軌道修正出来る』という固有魔法を持ち、占いが得意でもある。

 客の運命を占い、それが負の方向を向いていれば、正の方向へ向け直す。しかし運命を変えれば、その人に関係する人々の運命にまで何らかの影響を与えてしまう。ところが改変した運命の悪影響を、他に及ぼさないという神がかった力をアデリナは持っていた。


「アデリナが占った客の一人が、たまたまリリーに関係する人だったのです。そんなことは知らず、アデリナは仕事をしただけでした。しかしそのことがリリーの癪に障ったのでしょう、リリーが凄い剣幕で店に乗り込んできたのです」



* * *



「お前か”覆しの魔女”か!!」


 バアンッと叩きつける激しい音をさせて店のドアが開いた。あまりの大きな音に、店内にいたアデリナとブランディーヌは仰天して振り向く。


「リリー・キャボット!無礼ですよ!」


 ブランディーヌが声を大きくして窘めたが、リリーはアデリナの前に大股で近づいた。そして呆気に取られているアデリナの胸を、力いっぱい突き飛ばす。


「わたくしの関係者に、余計な真似をしてくれたわね!」

「なんのこと?」


 後ろによろめきつつ、怪訝そうにアデリナは眉を顰めた。


「すっとぼけないでほしいわ!アルジャーノンの運命を勝手に変えてしまったでしょ!」

「ああ、あのお客さん…」


 アデリナは一瞬で”アルジャーノン”の名前で思い出す。あまりに酷い運命だったので、よく覚えていた。


「あの不幸のままだと、アルジャーノンさんはそのうち命を落としてしまう。だから変えてあげたわ」

「それが余計なお世話なのよ!」


 そう言って、リリーはアデリナに向かって火の魔法を放った。


「何するのよ!お店が火事になっちゃうでしょ」

「やめなさいリリー!」

「うるさい!」


 威力はさほどではなかったが、火の攻撃魔法『火炎砲弾エルプティオ・ヘリオス』を何個も飛ばしてきた。


「いい加減にしてよ!」


 カッとなったアデリナは、水の攻撃魔法『水流の柱グラディウス・マイヤ』で対抗する。

 火と水がぶつかり合い、店内は蒸気が満ち溢れて視界が白く濁りだす。


「このままでは大変なことに…」


 下がって見ていたブランディーヌは、『空間を自在に変化させる』固有魔法を使い、店内の空間を素早く広げた。


「せっかく苦労して不平等にして回ってるのに、あんたが余計なことをするからアルジャーノンが死ななくなったじゃない!」

「不平等にして回ってるですって?何てことしてんのよ!」


 聞き捨てならないことを聞いてしまったアデリナは、すぐさま固有魔法に切り替える。


「アタシの固有魔法『負の運命を正の運命に軌道修正出来る』は、その逆も出来るの。人間も魔女も問わずね。あんたみたいな捻くれ者、正の運命を負の運命に軌道修正してあげる!」

「そうはさせない!」


 アデリナが固有魔法を発動する前に、リリーは『魔女の呪い』をアデリナに放った。



* * *



「魔女に『魔女の呪い』をかけたなんて出来事は、初めてのことでした。私はすぐに使いをやってロッティを呼びましたが、すぐに祓う方法は見つかりませんでした。

 アデリナは棺に入れられ、今だ棺に納められたままです。

 ――あの当時のロッティの姿は、見ていられない程でした…。メイブもロッティと一緒に苦しんだのです」

「そうだったんですね…」


 トロータは丸い眼鏡を外すと、浮かんだ涙を甲で拭った。


「アデリナは攻撃魔法にも長けていたし、固有魔法は神がかっていて強力です。対してリリーはあまり魔法が得意ではないのです」

「へえ…意外ですね」

「プライドだけは高いのですけど。アデリナに敵わないと見て、『魔女の呪い』を使ったのでしょうが。やり過ぎです」


(あははあ…コンセプシオンが聴いたら、轟沈しちゃいそう…)


 2年前ペットが怪我させられたことに憤り、人間相手に『魔女の呪い』を使った”曲解の魔女”。そのことがきっかけで、ロッティはアデリナのために500年も溜めていた魔力を使ってしまった。


「『ヴォルプリエの夜』が来るのはホント、ラッキーですね。これで500年ぶりに、アデリナちゃんに再会できるもの」

「そうですね。ロッティの苦労も報われるでしょう」


 トロータとブランディーヌは顔を見合わせ微笑んだ。

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