「メイブ、可愛いマフラーと帽子をつけているのね。とても似合っていますよ」
「ぴよ、ぴよぴよ!」
訳:[今日のために、ご主人様が作ってくださいました!]
メイブは嬉しそうに左右の翼をバタバタさせた。
「師匠お手製で、俺と色違いのお揃いなんですよ」
メイブは赤、フィンリーは白。アディンセル王国へ来る前に、ロッティが大急ぎで作ってくれたものだ。
「そうなのですね。良かったわね、2人とも」
ブランディーヌの微笑みは、光でも零れ落ちそうなほど眩しい。フィンリーは思わず目を瞬いた。
「2年ぶりですね。あの時は、俺と団長の部屋のために拡張してくださり、ありがとうございました。お陰でとても快適です」
「それはよかったわ。なにせ、ロッティとメイブに新しく家族が増えたんだもの、お手伝いさせていただけて嬉しかったわ」
「『空間を自在に変化させる』って魔法、ホント凄いですよね。って、すみません、こちらの席にどうぞ」
フィンリーは慌てて立ち上がり、立ったままのブランディーヌの為に空いてる椅子をひいた。
「ありがとう」
ブランディーヌは優雅に座る。フィンリーは給仕を呼んで、ブランディーヌのための紅茶を注文した。
「2人はトロータに会いに来ているのですか?」
「ええ、『フェニックスの羽根』の情報をもらって。――生憎まがい物だったけど」
「しゅん…」
「…”覆しの魔女”のため、ですね」
「はい。師匠に代わって」
運ばれてきた紅茶を、ブランディーヌは優雅に口元に運ぶ。
「もうじき『ヴォルプリエの夜』が来ることは知っていますか?」
メイブ、フィンリー、トロータは揃って首を傾げた。
「フィンリーはともかく、メイブとトロータも、今回初めて経験することになるから、知らないのも当然でしたね」
すぐに冷めてしまったティーカップを、繊細で美しい指がふちをそっとなぞる。ブランディーヌは少しだけ首を傾げる仕草をした。
「1000年に一度訪れる『ヴォルプリエの夜』という日があります。この日は魔女にとって特別な夜。普段ではあり得ない程の魔力が解放され、出来ないことはないと言われています。魔力の上限に天井がなくなるのです。
そして魔法の威力も同じように跳ね上がり、『ヴォルプリエの夜』に『魔女の呪い』を祓う儀式をすれば、『フェニックスの羽根』は必要なくなるでしょう。ロッティの魔法のみで祓えてしまいます」
「ぴよ!」
訳:[ナント!]
「そりゃ凄い!」
メイブとフィンリーは勢いよく立ち上がった。
「ねえブランディーヌ様、ロッティちゃんにそのことを、話してあげなかったんですか?」
ブランディーヌは否定するように首を振る。
「もちろん話しましたよ。ですが、一日も早く親友を助けたいと思って、忘れてしまっているようですね。500年も前のことですから」
「でも今回はもうすぐだ!」
テーブルを両手でバンッと叩き、フィンリーは身を乗り出した。
「ぴよぴよぴよ!」
訳:[今すぐご主人様へお知らせしなければ!]
「そうだねメイブたん!」
フィンリーはポケットから小銭を取り出し、テーブルの上に置いた。
「俺たちお先に失礼します!」
「ぴよ!」
ブランディーヌとトロータの返事も待たず、フィンリーとメイブは駆けて行ってしまった。
「…なんとも元気ですね」
「あはは…」
もう姿も見えなくなった2人に、ブランディーヌは面白そうに微笑んだ。
「アデリナちゃんがリリー・キャボットから『魔女の呪い』を受けたとき、ブランディーヌ様はその場に居合わせたんですよね?」
「ええ」
「一体何があったんですか?詳細は知らされてなくって」
おっかなびっくり伺ってくるトロータを、ブランディーヌは静かに見つめた。
「私はアデリナに依頼されて、彼女のお店を訪れていました。店内をもう少し広くしたいと相談を受けて。
世間話を混ぜながら具体的な話をしていたときに、突然リリーが現れたのです」
南のルーチェ地方にある都市国家アウストラリスに、”覆しの魔女”アデリナ・オルネラスの占い店があった。
アデリナはロッティやトロータとは同期で、人間が大好きな魔女だった。そして『負の運命を正の運命に軌道修正出来る』という固有魔法を持ち、占いが得意でもある。
客の運命を占い、それが負の方向を向いていれば、正の方向へ向け直す。しかし運命を変えれば、その人に関係する人々の運命にまで何らかの影響を与えてしまう。ところが改変した運命の悪影響を、他に及ぼさないという神がかった力をアデリナは持っていた。
「アデリナが占った客の一人が、たまたまリリーに関係する人だったのです。そんなことは知らず、アデリナは仕事をしただけでした。しかしそのことがリリーの癪に障ったのでしょう、リリーが凄い剣幕で店に乗り込んできたのです」
* * *
「お前か”覆しの魔女”か!!」
バアンッと叩きつける激しい音をさせて店のドアが開いた。あまりの大きな音に、店内にいたアデリナとブランディーヌは仰天して振り向く。
「リリー・キャボット!無礼ですよ!」
ブランディーヌが声を大きくして窘めたが、リリーはアデリナの前に大股で近づいた。そして呆気に取られているアデリナの胸を、力いっぱい突き飛ばす。
「わたくしの関係者に、余計な真似をしてくれたわね!」
「なんのこと?」
後ろによろめきつつ、怪訝そうにアデリナは眉を顰めた。
「すっとぼけないでほしいわ!アルジャーノンの運命を勝手に変えてしまったでしょ!」
「ああ、あのお客さん…」
アデリナは一瞬で”アルジャーノン”の名前で思い出す。あまりに酷い運命だったので、よく覚えていた。
「あの不幸のままだと、アルジャーノンさんはそのうち命を落としてしまう。だから変えてあげたわ」
「それが余計なお世話なのよ!」
そう言って、リリーはアデリナに向かって火の魔法を放った。
「何するのよ!お店が火事になっちゃうでしょ」
「やめなさいリリー!」
「うるさい!」
威力はさほどではなかったが、火の攻撃魔法『
「いい加減にしてよ!」
カッとなったアデリナは、水の攻撃魔法『
火と水がぶつかり合い、店内は蒸気が満ち溢れて視界が白く濁りだす。
「このままでは大変なことに…」
下がって見ていたブランディーヌは、『空間を自在に変化させる』固有魔法を使い、店内の空間を素早く広げた。
「せっかく苦労して不平等にして回ってるのに、あんたが余計なことをするからアルジャーノンが死ななくなったじゃない!」
「不平等にして回ってるですって?何てことしてんのよ!」
聞き捨てならないことを聞いてしまったアデリナは、すぐさま固有魔法に切り替える。
「アタシの固有魔法『負の運命を正の運命に軌道修正出来る』は、その逆も出来るの。人間も魔女も問わずね。あんたみたいな捻くれ者、正の運命を負の運命に軌道修正してあげる!」
「そうはさせない!」
アデリナが固有魔法を発動する前に、リリーは『魔女の呪い』をアデリナに放った。
* * *
「魔女に『魔女の呪い』をかけたなんて出来事は、初めてのことでした。私はすぐに使いをやってロッティを呼びましたが、すぐに祓う方法は見つかりませんでした。
アデリナは棺に入れられ、今だ棺に納められたままです。
――あの当時のロッティの姿は、見ていられない程でした…。メイブもロッティと一緒に苦しんだのです」
「そうだったんですね…」
トロータは丸い眼鏡を外すと、浮かんだ涙を甲で拭った。
「アデリナは攻撃魔法にも長けていたし、固有魔法は神がかっていて強力です。対してリリーはあまり魔法が得意ではないのです」
「へえ…意外ですね」
「プライドだけは高いのですけど。アデリナに敵わないと見て、『魔女の呪い』を使ったのでしょうが。やり過ぎです」
(あははあ…コンセプシオンが聴いたら、轟沈しちゃいそう…)
2年前ペットが怪我させられたことに憤り、人間相手に『魔女の呪い』を使った”曲解の魔女”。そのことがきっかけで、ロッティはアデリナのために500年も溜めていた魔力を使ってしまった。
「『ヴォルプリエの夜』が来るのはホント、ラッキーですね。これで500年ぶりに、アデリナちゃんに再会できるもの」
「そうですね。ロッティの苦労も報われるでしょう」
トロータとブランディーヌは顔を見合わせ微笑んだ。