「まあ派手っちゃあ派手だけど…」
「ぴよぴよ…」
訳:[これは孔雀の羽根ですね…]
皆の視線の集中する先には、オレンジ色に塗装された孔雀の羽根。ガラスケースの中に収められている。
「あーれー?」
大きな丸い眼鏡をかけた少女は、明後日の方向へ視線を泳がせて誤魔化す。
古物商の店の奥に飾ってあるショーケースの前で、3人は揃ってため息をついた。
”修学の魔女”トロータ・アストーリは、メイブとフィンリーの冷たい視線を、手にしていた分厚い本で防ぐ。
「トロータさんって、知識の豊富な魔女さんって師匠が言ってましたよ~?」
「いや、ほらだってだって、知識だけで、実物見たことないから!それっぽい羽根だったものでそのお…」
細い肩を更に狭め、トロータは身を縮こませた。
「ごめんちゃい…」
「まあしょうがないか。こんな簡単にお店に売ってりゃ、俺たちあんだけ苦労しなかったわけだし~?」
「ぴよぴよ」
訳:[全くなのですよ]
メイブは左右の翼をぱたぱたさせて、当時の思い出を振り返った。
火山や海、砂漠に盗賊のアジト、あちこち飛び回ってやっと手に入れたのだ。
「ふにゅー、やっぱアレですよ!毎日24時間世界中を隅々まで見張ってないと、見つけるのは容易ではないと言いますかですね、そのおっ」
「スピオンに情報訊きたいけど、バカ高いんだもん、ねー」
「ぴよ!」
訳:[ぼったくりなのです!]
「ああ…あのコマドリかあ。法外な情報料取るもんね~。
うーん、”精霊使いの魔女”ジェシカ・カーショーが動ける状態なら手伝ってもらえたかもだけど、彼女は今、棺の中なのよねえ…。再生終わるの半年後だけど、そこから10年くらいは役に立たないしぃ」
「ふーん。その魔女さんは、24時間世界中を監視できたりするの?」
「出来ると思うわ。世界中の精霊を思いのまま操れるの。古参の魔女の一人だしね」
「へえ…凄いんだねえ」
フィンリーは目をぱちくりさせた。
「最古参級から古参級の魔女たちは、色々と凄いわよ。まあそのあと次第にこう…レベルダウンしていくっていうか…」
「トロータちゃんもレベルダウンしていった組?」
「アタシは違いますぅー!まあ、目立った魔法は使えませんがっ」
「ぴよぴよぴよぴよ!」
訳:[トロータさんはご主人様と同期なんですけど、ご主人様を下げるような言い方には納得できないのですよ!]
「ちっ、違うわよメイブちゃん!ロッティちゃんはずば抜けてて凄いって知ってるからね!」
「ぴよ」
訳:[当然なのです]
眼前に迫るメイブに、トロータはあたふたと言い訳をした。
「あははっ。とりあえず、どっかでお茶していこうよ。せっかくアディンセル王国まできたんだしさ。
そういえば12月に入ると、冬の祭典『
石やレンガ造りの建物には、色とりどりのオーナメントが飾り付けられてる。そしてあちこちに、赤いテントを張った露店が並び、道行く人の目を楽しませていた。
「ええ。王都カーレンは『
「なるなる」
3人は古物商から出て、繁華街のオープンカフェに落ち着いた。
空は白い雲を浮かべた青空だが、空気は刺すほど冷たい。
メイブとフィンリーは、北の大国アディンセル王国の王都カーレンを訪れていた。
繁華街にある古物商に、『フェニックスの羽根』とおぼしき羽根が売っているという情報を手に入れ見に来ていた。しかし生憎まがい物もいいところだった。
* *
2年前、東の大国メルボーン王国のチェルシー王女が、”曲解の魔女”に『魔女の呪い』をかけられてしまった。この呪いを解くために”癒しの魔女”が駆り出され、魔力を増幅させることができる『フェニックスの羽根』を求め旅をした。
やっとの思いで手に入れ、儀式で使用した。しかし『フェニックスの羽根』は一回きりで役割を終えてしまった。
”癒しの魔女”の親友”覆しの魔女”を助けるために、もう一つ『フェニックスの羽根』が必要だ。その為使い魔メイブと弟子フィンリーは、『癒しの森』を動けない”癒しの魔女”に代わり、『フェニックスの羽根』探しをしていた。
* *
発見の情報を送った”修学の魔女”トロータ・アストーリは、心疾しさにため息連打だ。
「ロッティちゃんの様子はどう?2年も眠ってたって言うんだもん、相当ギリギリまで魔力を出し尽くしたんでしょう?」
「うん。だから儀式後すぐ眠っちゃって。でも今はだいぶ魔力も戻ってて調子いいよ。『癒しの森』から出るのは、まだ無理だけどね」
「それで2人が代理で『フェニックスの羽根』を探しているんだね」
「そっ」
温かいココアを一口すすり、フィンリーはにっこり頷いた。
「メイブちゃんまで一緒に来ちゃって大丈夫なの?」
「ぴよぴよ」
訳:[レオンしゃんがいるから、大丈夫なのです]
「ああ、ロッティちゃんのカレシね」
「邪魔しちゃ悪いしね。まあ俺もメイブたんとラブラブ旅が出来て嬉しいけど♪」
「ぴ…ぴよ…」
訳:[ラブラブ…]
「色男のカレシ作るとか、メイブちゃんやるぅ」
「ぴよ!」
訳:[違います!]
「えええ!俺とメイブたんはカレカノでしょ!」
「ぴよ…」
訳:[えっと…]
「あっはははは」
いつになくしどろもどろするメイブに、フィンリーとトロータは声を立てて笑った。
「ところでトロータちゃん、さっきから凄く不思議なんだけど。メイブたんが何を言ってるか判るの?」
「え、判るよ」
「前から?」
「うん」
「ほほう…。魔女なら大抵判るもん?」
少し遠慮がちに言うフィンリーに、トロータは「ああ」と気付いて頷く。
「メイブちゃんの言葉が素で判るのは、魔女の中ではグリゼルダ様だけ。私の場合は、鳥や動物の語学を学んでいるから判るのよ」
「えっ、学べば判るものなんだ?」
尊敬の眼差しをするフィンリーに、トロータは頭を横に振った。
「私の固有魔法『知識を蓄える』を使えば、が前提。
一見無害そうに聴こえるでしょ?でもその真骨頂は、人間でも動物でも植物でも、生き物から直接知識を吸収できてしまう魔法なの。吸収された生き物は廃人と化しちゃう、かなり凶悪な魔法なのよね」
うふ、っと笑うトロータに、フィンリーは怖れの眼差しを向けた。
「トロータちゃん怖っ、吸血鬼みたい」
「ぴよぴよ」
訳:[こういうコワイ魔女もいるのです]
「ほんとだねー…」
「ヤメテー!」
トロータは2人の間に漂っている恐怖の雰囲気を、両手でパタパタ仰いで消した。
「だってそういう魔法なんだもん!でも、無闇矢鱈に使ったりしないから!」
「”修学の魔女”の通り名は伊達じゃない…っと」
「フィンリー君!」
「あらあら、賑やかですね」
わちゃわちゃと盛り上がる3人のテーブルに、金髪の美しい女性が近寄ってきた。
「ぴよぴよ!」
訳:[あなたは”壮麗の魔女”ブランディーヌ・ケクラン!]
「まあ、ブランディーヌ様じゃない」
「お久しぶりですね、メイブ、トロータ、フィンリー」
”壮麗の魔女”ブランディーヌ・ケクランは、ゆったりとした仕草で、美麗に微笑んだ。